一手パス&絶妙手 羽生善治vs久保利明 2001年 第26期棋王戦 第4局

2021年01月30日 | 将棋・好手 妙手
 「相手に手を渡すのがうまい」
 
 というのは羽生善治九段の将棋を語るのに、よく出てくるフレーズである。 
 
 「手渡し」が、将棋ではいい手になることがあり、双方とも指す手が難しかいところや、また不利な局面で相手を惑わせたりするため、あえて1手パスするような手で手番を渡す。

 私のような素人がやると単に1ターン放棄しただけになり、ボコボコにされるだけだが、強い人に絶妙のタイミングでこれをやられると、ムチャクチャにプレッシャーをかけられる。

 そういう混乱と恐怖を生み出す手が抜群にうまかったのが、昭和なら大山康晴十五世名人、平成では羽生善治九段だった。
 
 前回は谷川浩司の「光速の寄せ」を超えた、中村修の受けを紹介したが(→こちら)今回は、相手を惑わす羽生の手渡しと、その魔術的な逆転術を見ていただこう。
 
  
 2001年の第26期棋王戦
 
 五番勝負は羽生善治棋王久保利明七段が、相まみえることとなった。
 
 羽生が2勝1敗とリードして、むかえた第4局
 
 久保の四間飛車に対して、左美濃に組んだ羽生が果敢に仕掛け、おたがいに飛車を持ち合う華々しいやり取りに。
 
 むかえたこの局面。
 
 
 
 
 先手の羽生が▲31飛と打ちこんだところ。
 
 一見、窮屈なところにいるようで、下手すると詰まされてしまいそうな飛車だが、△42金のような手には、美濃囲いのコビンを開けているのが周到な下ごしらえで、▲64角が用意してある。
 
 △43銀と逃げれば▲21飛成で、▲64桂のねらいがあって攻めが続くが、実はこの羽生の仕掛けは無理攻めだった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 △34飛と打つのが、振り飛車らしい返し技。
 
 これで先手の飛車が完全に封じこまれ、次に△22角で殺される手を、防ぐことができない。
 
 見事な対応で、ここは完全に久保が読み勝っていた。
 
 困った羽生は、▲41角、△42金、▲63角成と攻めを継続するが、いかにも不自然というか強引で、よろこんで指したい順ではなさそう。
 
 以下、久保は丁寧に面倒を見てを召し上げ、駒得で大きなリードを奪った。
 
 そこから、羽生もなんとか食らいついて、この局面。
 
 
 
 
 ここでは後手が明らかに優勢
 
 先手の攻めは細く、持駒にある2枚の大駒の使い道もむずかしい。
 
 一方、後手は飛車がいい位置で、次に△76歩など、きびしい攻めが見える。
 
 相当に急がされているが、この苦しげな局面で、羽生は信じられない手を披露する。
 
 これが、クライマックスの第一弾だった。 
 
 
 
 
 
 
 
 
 ▲24歩と突いたのが、目を疑う一手。
 
 どういう意味があるのか見えないというか、そもそも意味があるのか理解不能だ。
 
 なんじゃこりゃ?
 
 そりゃ、手を渡したというのはわかるが、それにしたって、すごいところに手が伸びるものだ。
 
 ムリに理屈をつければ、次に▲16角と飛車取りに打って、▲52角成の特攻をねらうとかだろうけど、それが本当に利いているかは、かなり微妙
 
 なら、どうせパスするなら、せめて▲74歩とか、▲66歩とか▲68歩とか。
 
 まあ、歩切れになるし、これらがいい手かどうかはわからないけど、少なくとも▲24歩よりは、一手の価値はありそうではないか。
 
 そんな受けにも利かず、相手玉へのプレッシャーもなにもない、純粋一手パス。
 
 どうぞ好きにしてくださいと。善悪はともかく、「すごい手」なのは間違いない。
 
 どう考えても、ありがたい後手は△76歩と急所にたたいて、▲同金に△64桂
 
 いかにもきびしい攻めで、これで先手が、まいっているようにしか見えない。
 
 じゃあ、やはり▲24歩は、ただの緩手ということではないのか?
 
 以下、10手ほど進んでこの局面。
 
 
 
 
 △88金と打って、先手玉は絶体絶命。
 
 ▲85歩△78飛成で簡単な詰みだが、それを受ける形がない。
 
 進退窮まったに見える羽生だが、ここで今度は伝説的な妙手を披露し、難題をクリアしてしまう。
 
 
 
 
 
 
 
 
 ▲79金と引いたのが、盤上この一手の、すばらしいしのぎ。
 
 △同金の一手に▲85歩と取って、なんと先手玉に寄りはない。
 
 
 
 
 
 △78飛成としても、▲86玉と逃げて、金が△88から、ずらされているため、△87金と引く詰み筋が消えている。
 
 まさに、魔術的な受けの妙技であり、久保も唖然としたのではあるまいか。
  
 この将棋は、内容的にも熱戦だったが、くわえて一手パスのような手渡しと、最後にくるりと体を入れ替える絶妙手の組み合わせ。
 
 まさに「羽生マジック」のお手本のような形。
 
 本人は途中から必敗だったため、かなり不本意だったそうだが、それでもやはり、羽生らしい将棋といえるのではあるまいか。
 
 
 (山崎隆之による新人王戦の初優勝編に続く→こちら
 
 
 
コメント (2)
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