「光速の寄せ」と「受ける青春」 谷川浩司vs高橋道雄 1987年 第28期王位戦 第5局

2021年01月24日 | 将棋・好手 妙手

 「の妙手」について語りたい。

 将棋の世界には、盤上にあったのに対局者が発見できないか、もしくは発見しても指し切れず、幻に終わってしまった好手というのが存在する。

 昨今ではAIが発見して、モニターに映し出されたりするが、そういう手をいち早く指摘した棋士は、

 

 「やるな」

 「コイツ、強いぞ」

 

 その評価も上がり、なにげにその後の勝負の結果にも、かかわってきたりするのだ。

 前回は若手時代の森下卓九段が順位戦で喰らった「ベテランの洗礼」を紹介したが(→こちら)今回は「光速の寄せ」と、それにモノ申す「受ける青春」のぶつかり合いの将棋を。

 

 1987年第28期王位戦は、高橋道雄王位谷川浩司九段の対決となった。

 このシリーズ、まず注目されたのは谷川の選ぶ戦型

 谷川は少し前からスランプにおちいり、昨年度は棋王戦で高橋に敗れて無冠に落ちてしまったが、このころから復調の兆しが見えはじめる。

 その流れの良さと気分転換のため、

 

 「毎局、作戦を変えて指したい」

 

 そう宣言していたのだ。

 そこで、ふだんはめったに指さない振り飛車穴熊なども披露し、その余裕がいい方に働いたのかスコアも3勝1敗とリードを奪う。

 勝てば王位獲得の第5局でも、やはり谷川はシリーズ初登板のタテ歩取りを選択するが、そこからひねり飛車への移行がスムーズにいかず、作戦負けにおちいる。

 高橋優勢で将棋は進むが、受け間違いが出てしまい混戦に。

 むかえたこの局面。

 

 先手の谷川が▲41にいた銀で、▲52銀不成と歩を取ったところ。

 難解な終盤戦だが、先手が▲62角と設置したのが好タイミングで、後手は相当にあせらされている。

 自玉は危険極まりないし、下手すると△26の香を抜かれて攻めが切れそうなど、いろいろと神経を使うのだ。

 時間に追われた高橋は、ここで△28飛と打つが、これが敗着になった。

 この手は△47桂からの詰めろだが、▲31飛成、△同玉、▲53角成、△22玉、▲32金、△12玉。

 決めるだけ決めてから、手にした金を、▲48金打と打ちつけて先手勝勢

 

 

 △同銀成▲同玉と手順に左辺へ逃げ出して、△27香成が詰めろになってないから▲31馬必至をかけて勝ちだ。

 これで谷川は王位獲得で無冠を返上。

 ▲62角のすばらしい働きと、▲48金打の緩急が、さすが谷川の終盤力である。

 ……と感心して終わりそうなところだったが、この将棋にはまだ続きがあった。

 主役になるのは、控室で検討していた中村修王将

 中村は△28飛と打つところで、△17歩成とすれば後手が勝ちだという。

 これに反論するのは、対局者であった高橋と谷川。

 両者とも読みは一致していて、本譜と同じく▲31飛成△同玉▲53角成

 

 

 

 これが王手香取りで、以下△22玉、▲32金、△12玉。

 そこまで進めて、そこで▲26馬と要のをはずして受けに回れば(高橋の指した△28飛はこのとき香にヒモをつけている意)、先手陣は△28を打たせなければ絶対に詰まない「ななめゼット」の形だから勝つと。

 ところが、ここにがあった。

 △17歩成▲31飛成に飛車を取らずに△12玉とかわせば、後手玉に寄りはなかったのだ!

 

 

 ▲13金からバラしても、が抜けているから、まったくつかまらない。

 王手▲53角成とする筋がないと、△26をはずせないから、先手陣に受けがない。

 ▲17桂と取っても、△19飛で簡単に詰みだ。

 ……というのは、指摘されれば理解はできるけど、実戦でこんな手は思いつかないよ。

 なんといっても、▲31飛成と、王手でボロっと金を取られて、それを逃げるという発想がない。

 現に高橋と谷川という「最強者対決」の2人が盲点になっていたのだから、相当にありえない手なのだ。

 こんなのを見抜いた中村王将は、まさに「受ける青春」の面目躍如。強い!

 

 (羽生善治の驚異的な「一手パス」編に続く→こちら

 

 

コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする