「永世七冠」と100年に1度の大勝負 渡辺明vs羽生善治 2008年 第21期竜王戦 その5

2021年01月11日 | 将棋・シリーズもの 中編 長編

 前回(→こちら)の続き。

 

 「初代永世竜王」

 「前人未到の永世七冠」

 「将棋界初の3連敗から4連勝」

 

 など様々な栄冠を詰めこんだ、渡辺明竜王羽生善治四冠2008年、第21期竜王戦最終局(第1回は→こちらから)。

 

 

 

 先手の羽生有利から渡辺勝ちになり、一瞬のスキを突いた▲66角の絶妙手で、またも形勢は混沌

 とりあえずは△59飛成と王手で△48ヒモをつける。先手は▲57桂と合駒。

 とにかく角のニラミが強烈なので、一回、△55歩と王手して、▲同玉で利きを消してから、△65歩と取る。

 渡辺曰く、

 



 「(羽生の)顔に再び生気が戻っている」


 

 
 手ごたえを感じていたのだろう。そういうのを見せられると、相手としても苦しい。

 とはいえ時間もなく、ガッカリもしていられない。▲65同玉△73金とシバって下駄をあずけた。

 一目は▲22銀からせまりたいが、詰みはないよう。

 そこで、▲22角、△32玉、▲11角成

 後手玉は一手スキだが、先手玉は詰まない。

 ただし、うまく▲66の角をはずす筋があれば、まだなんとかなると、渡辺は歯を食いしばって△55歩と打つ。

 

 

 これがまたアヤシイ手で、羽生も渡辺も「わからない」と口をそろえる。

 とにかく一回、詰めろを防いだ手だが、ここで先手に2つの選択肢がある。

 ひとつは難解で、もうひとつは勝ち

 羽生は目をつぶって▲24飛と飛び出したが、ここでは▲48飛を取るのが正解だった。

 

 

 ▲22金までの詰めろであると同時に、玉が▲47に逃げるルートを作って攻防兼備の一手だった。

 危ないところを助かった渡辺は、△64歩と打診する。

 

 

 

 激烈難解な終盤戦の、ここが最後の勝負所だった。

 応手は2通りしかなく、▲55▲75どちらによろけるか。

 なにやら、第69期王将戦挑戦者決定リーグ最終戦、広瀬章人八段藤井聡太七段の決戦のようだ。

 あのときも、史上最年少タイトル挑戦記録をかけた藤井が、最後の王手で一方は天国、一方は地獄という2択をせまられた。

 あの将棋を見て思い出したのが、この局面だった。

 

2019年の第69期王将リーグ。広瀬章人竜王と藤井聡太七段の一戦。
勝ったほうが挑戦者になる大一番で、最後の王手に▲57玉とかわせば勝ちで「最年少挑戦者」だったが、▲68歩と打ったため△76金から詰まされてしまった。

 

 

 △64歩に片方は激戦続行、もう片方が負け

 時間に追われながら、羽生が選んだのは▲55玉

 だが無情にも、これが最後の敗着となった。

 △44銀打と打たれて、後手玉が上部を厚くしながら先手の駒をスイープしていく形になってしまい、これでは勝ちがない。 

 

 △33桂の王手など、いかにも玉頭戦で出てきそうな形。

 ▲同角成には△同金で、△41香がいるため逆王手になり、先手に手番が回ってこないのだ。

 将棋というゲームは一度勝ちになると、盤上の駒の配置がすべて「勝つように」(対戦相手に取っては「負けるように」)できているもので、第4局に続いて「勝ち将棋、鬼のごとし

 ただ、渡辺はまだ最後まで読み切ってはいなかったようで、ふらつきながらのウィニングランだった。

 決め手になったのは、△14歩の局面。

 

 ここで手拍子に△38角成▲18銀とねばられ、あわてるどころではすまないかもしれない。将棋の終盤は、本当に怖い。

 △14歩で、ようやく渡辺は勝利を確信

 この手は詰めろではないが、△25歩から、先手の飛車角を取ってしまえば受けはなくなる。

 こうして、劇的な大逆転劇が完了した。

 渡辺明が史上初の「永世竜王」に輝き、「永世七冠」はお預けとなった。

 同時に、「3連敗から4連勝」という、これまた将棋界初の快挙も成しとげ、これには渡辺の強さもさることながら、

 

 「こんな大勝負を羽生善治が落とすのか」

 

 という事実にも驚いたもの。

 様々な意味で「歴史が動いた」と言っていいシリーズだった。

 「羽生神話」をくずした渡辺は、2年後の第23期竜王戦でも羽生の挑戦を受けるが、4勝2敗でまたも防衛に成功。

 将棋の内容も盤石で

 

 「純粋な棋力だけなら、もはや渡辺の方が上では」

 

 とまで評価され、しばらくは対戦成績でも大きく勝ち越すなど、羽生の「永世七冠」達成の前に大きく立ちはだかり続ける。

 その後は、羽生の逆襲もあり(こんな痛い目にあったのに、巻き返して来るんだよなあ……)、二人は大きな勝負で勝ったり負けたりをくり返すが、羽生はなぜか竜王戦で挑戦者になれず、ファンをやきもきさせた。

 羽生が渡辺を倒して「永世七冠」になるのは、2017年第30期竜王戦。

 「100年に1度の大勝負」から、実に9年も経ってのことであった。

 

 (森下卓と関根茂の順位戦編に続く→こちら

 

 

コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする