「永世七冠」と100年に1度の大勝負 渡辺明vs羽生善治 2008年 第21期竜王戦 その4

2021年01月10日 | 将棋・シリーズもの 中編 長編

 前回(→こちら)の続き。

 「史上初の永世竜王

 「前人未到の永世七冠

 この2つのかかった、2008年の第21期竜王戦(第1回は→こちらから)。

 渡辺明竜王と、羽生善治四冠(名人・棋聖・王座・王将)の七番勝負。

 羽生が開幕3連勝で「永世七冠」はほぼ決まりと思われたが、第4局で渡辺が奇跡的な「打ち歩詰め」の筋を発見しての劇的勝利でひとつ星を返すと、ここから流れが変わることとなる。

 第5局では先手の渡辺が、相矢倉らしく攻めまくってペースを握る。

 

 

 最終盤、後手の羽生が△24角と攻防手を放ったところ。

 後手玉はすでにがんじがらめで、先手が必勝のようにも見えるが、この角打ちがしぶとい手で、まだ油断がならない。

 合駒を使わされては戦力が頼りなくなるし、また後手玉も安易に▲42金などと取ってしまうと、△43から△34スルスル逃げ出してくる筋もある。

 さすが簡単には勝たせてくれないが、ここで渡辺は、すばらしい切り返しを用意していた。

 

 

 

 

 

 ▲35歩と突いたのが、読み切りの一着だった。

 △同金は銀を温存できたから、▲42金、△同玉、▲41飛から詰み。

 △41飛などかわしても、▲43銀から詰み。

 本譜の△同角▲46銀と打って、△47馬にはやはり▲42金と取って、▲52飛で詰み。

 ▲52飛の局面で、羽生は投了

 △24角の王手に▲68銀▲46銀と単に駒を使う受けは、△41飛△41桂といった手でねばられるから、ここでしっかり決め手を発見できたのは、調子が上がっている証拠だろう。

 ここへきて、前半3局とは明らかにちがった、渡辺のキレが見られる。

 勝負は一気にわからなくなったどころか、続く第6局では羽生がそれに押されたか、封じ手後すぐ不利になり、中押しのような形で負けてしまった。

 これで3勝3敗のタイスコアに。

 3連勝まであっという間だったが、ターニングポイントとなった第4局の後は、逆に一瞬で追いつく形となった。

 「流れ」「勢い」というものの怖さだ。

 これで、第21期竜王戦は、ついにフルセットにもつれこむことに。

 しかもこれが、「永世竜王」をかけた戦いでなく、羽生が勝てば「永世七冠」、渡辺が勝てば

 

 「将棋界初の3連敗4連勝

 

 という大きな栄誉がついてくることとなる。

 こんな大きなものがいくつもかかった勝負など、そう何度も観られることもないわけで、将棋界は大盛り上がり。

 だれが言ったか、

 

 「100年に1度の大勝負」

 

 というのも、決して大げさというわけではなかったのだ。

 泣いても笑っても、最終決戦の第7局

 先手になった羽生が矢倉を選択すると、渡辺は第6局と同じ、急戦を志向。

 阿倍健治郎七段が発案した、△33銀型の新手を披露し、この局面。

 

 

 ▲86歩と羽生が突いて、戦端が開いた。

 △同歩に▲82歩と打って、と金づくりと駒得が確定。

 先手がポイントをあげたようだが、△73桂▲81歩成△52飛と転換すると、7筋、8筋のタレ歩飛角銀桂が好所に設置され、後手が指せるというのが渡辺の判断。

 

 

 ところが、これが見た目ほどでもなかったようで、第1局に続き大局観の良さを発揮され落胆することに。

 そこからは控室でも「先手よし」「後手指せる」と、ことあるごとに揺れ動き、まったく一致を見ないむずかしい将棋に。

 羽生は▲64歩△62金に、得した▲59に打って、中央からくずしに行き、渡辺に見落としもあって先手がリードを奪う。

 

 

 この局面は、羽生にとっての大チャンスだった。

 ▲62金と打ったが、▲62銀成とすれば決まっていたのだ。

 銀成に△53飛▲64金。

 △54飛▲55金△74飛▲64金で、どちらも飛車が詰むので明快。

 

 

 先手はこの前に一回「▲63銀不成」としているので、その後に時間差で成るのが盲点になる筋だった。

 ▲62金には△65香と打つのが、きわどい切り返し。

 ▲66歩と打たせて歩切れにして、そこで△53飛と逃げれば、▲54歩と飛車を殺す手がない仕掛け。

 

 

 このあたり、攻守ともにギリギリのところで競り合っており、まるでタイトロープの上で戦うフェンシングのよう。

 一手のミスどころか、緩手でも「飛ぶ」という、危険きわまりない局面が続いているのだ。

 さすが一度は、あきらめたはずの渡辺も

 


 「ここまで来たら勝ちたい、負けたくない」


 

 という想念にとらわれ、

 


 「一手指す度に胸が張り裂けそうな思いだった」



 

 まさに、選ばれしものの不安と恍惚であろう。

 このあたり、「先手優勢」から「変調では?」と評価もブレはじめ、また羽生が▲23の拠点を生かして、▲22銀から一気に寄り切る筋を逃すなどすると、控室でも、

 

 「おかしい。不可解」

 「先手が勝てない流れ」

 

 という声が大勢を占める。

 このあたりでは、先手がリードを守り切れず逆転したようで、対局者の渡辺から見ても、明らかに羽生は落胆していたようなのだ。

 竜王が奇跡の逆転防衛に手をかけたが、寄せで小さなミスを犯してしまい、またも羽生が目覚めることとなる。

 

 

 △64歩に対して▲66角と放ったのが、攻防の絶妙手で、渡辺はこれを見落としていた。

 △65飛成を防ぎながら、▲22角▲24飛のような寄せを見せている。

 なおかつ△48金取りでもあり、この金をはずされると先手玉は右辺に逃げこむ形もあるため、後手はあせらされている。

 △59飛成の王手は変な手だが、▲57桂と駒を使わせて、なおかつ▲48角と取る筋を消す意図。

 緊急避難のような手だが、これで寄せの形は見えにくくなった。

 やはりこの2人の戦いは、そんな一筋縄ではいくはずなどないのだ。

 

 (続く→こちら

 

 

コメント
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