前回(→こちら)の続き。
「史上初の永世竜王」
「前人未到の永世七冠」
この2つのかかった、2008年の第21期竜王戦(第1回は→こちらから)。
渡辺明竜王と、羽生善治四冠(名人・棋聖・王座・王将)の七番勝負。
羽生が開幕3連勝で「永世七冠」はほぼ決まりと思われたが、第4局で渡辺が奇跡的な「打ち歩詰め」の筋を発見しての劇的勝利でひとつ星を返すと、ここから流れが変わることとなる。
第5局では先手の渡辺が、相矢倉らしく攻めまくってペースを握る。
最終盤、後手の羽生が△24角と攻防手を放ったところ。
後手玉はすでにがんじがらめで、先手が必勝のようにも見えるが、この角打ちがしぶとい手で、まだ油断がならない。
合駒で銀を使わされては戦力が頼りなくなるし、また後手玉も安易に▲42金などと取ってしまうと、△43から△34とスルスル逃げ出してくる筋もある。
さすが簡単には勝たせてくれないが、ここで渡辺は、すばらしい切り返しを用意していた。
▲35歩と突いたのが、読み切りの一着だった。
△同金は銀を温存できたから、▲42金、△同玉、▲41飛から詰み。
△41飛などかわしても、▲43銀から詰み。
本譜の△同角も▲46銀と打って、△47馬にはやはり▲42金と取って、▲52飛で詰み。
▲52飛の局面で、羽生は投了。
△24角の王手に▲68銀や▲46銀と単に駒を使う受けは、△41飛や△41桂といった手でねばられるから、ここでしっかり決め手を発見できたのは、調子が上がっている証拠だろう。
ここへきて、前半3局とは明らかにちがった、渡辺のキレが見られる。
勝負は一気にわからなくなったどころか、続く第6局では羽生がそれに押されたか、封じ手後すぐ不利になり、中押しのような形で負けてしまった。
これで3勝3敗のタイスコアに。
3連勝まであっという間だったが、ターニングポイントとなった第4局の後は、逆に一瞬で追いつく形となった。
「流れ」「勢い」というものの怖さだ。
これで、第21期竜王戦は、ついにフルセットにもつれこむことに。
しかもこれが、「初の永世竜王」をかけた戦いでなく、羽生が勝てば「永世七冠」、渡辺が勝てば
「将棋界初の3連敗4連勝」
という大きな栄誉がついてくることとなる。
こんな大きなものがいくつもかかった勝負など、そう何度も観られることもないわけで、将棋界は大盛り上がり。
だれが言ったか、
「100年に1度の大勝負」
というのも、決して大げさというわけではなかったのだ。
泣いても笑っても、最終決戦の第7局。
先手になった羽生が矢倉を選択すると、渡辺は第6局と同じ、急戦を志向。
阿倍健治郎七段が発案した、△33銀型の新手を披露し、この局面。
▲86歩と羽生が突いて、戦端が開いた。
△同歩に▲82歩と打って、と金づくりと駒得が確定。
先手がポイントをあげたようだが、△73桂、▲81歩成、△52飛と転換すると、7筋、8筋のタレ歩に飛角銀桂が好所に設置され、後手が指せるというのが渡辺の判断。
ところが、これが見た目ほどでもなかったようで、第1局に続き大局観の良さを発揮され落胆することに。
そこからは控室でも「先手よし」「後手指せる」と、ことあるごとに揺れ動き、まったく一致を見ないむずかしい将棋に。
羽生は▲64歩、△62金に、得した香を▲59に打って、中央からくずしに行き、渡辺に見落としもあって先手がリードを奪う。
この局面は、羽生にとっての大チャンスだった。
▲62金と打ったが、▲62銀成とすれば決まっていたのだ。
銀成に△53飛は▲64金。
△54飛は▲55金、△74飛、▲64金で、どちらも飛車が詰むので明快。
先手はこの前に一回「▲63銀不成」としているので、その後に時間差で成るのが盲点になる筋だった。
▲62金には△65香と打つのが、きわどい切り返し。
▲66歩と打たせて歩切れにして、そこで△53飛と逃げれば、▲54歩と飛車を殺す手がない仕掛け。
このあたり、攻守ともにギリギリのところで競り合っており、まるでタイトロープの上で戦うフェンシングのよう。
一手のミスどころか、緩手でも「飛ぶ」という、危険きわまりない局面が続いているのだ。
さすが一度は、あきらめたはずの渡辺も
「ここまで来たら勝ちたい、負けたくない」
という想念にとらわれ、
「一手指す度に胸が張り裂けそうな思いだった」
まさに、選ばれしものの不安と恍惚であろう。
このあたり、「先手優勢」から「変調では?」と評価もブレはじめ、また羽生が▲23の拠点を生かして、▲22銀から一気に寄り切る筋を逃すなどすると、控室でも、
「おかしい。不可解」
「先手が勝てない流れ」
という声が大勢を占める。
このあたりでは、先手がリードを守り切れず逆転したようで、対局者の渡辺から見ても、明らかに羽生は落胆していたようなのだ。
竜王が奇跡の逆転防衛に手をかけたが、寄せで小さなミスを犯してしまい、またも羽生が目覚めることとなる。
△64歩に対して▲66角と放ったのが、攻防の絶妙手で、渡辺はこれを見落としていた。
△65飛成を防ぎながら、▲22角や銀、▲24飛のような寄せを見せている。
なおかつ△48の金取りでもあり、この金をはずされると先手玉は右辺に逃げこむ形もあるため、後手はあせらされている。
△59飛成の王手は変な手だが、▲57桂と駒を使わせて、なおかつ▲48角と取る筋を消す意図。
緊急避難のような手だが、これで寄せの形は見えにくくなった。
やはりこの2人の戦いは、そんな一筋縄ではいくはずなどないのだ。
(続く→こちら)