前回(→こちら)の続き
1992年の竜王戦、ランキング戦1組決勝。
米長邦雄九段と脇謙二七段の一戦は、横歩取り△33桂戦法から大熱戦に。
図で▲54馬と引いたのが、米長のねらっていた妙手。
▲72馬からの詰みと、王様が▲46の地点に逃げたとき、後手から△45金と打つ手を消した「詰めろのがれの詰めろ」になっている。
あざやかな一手で、米長快勝かに見えたが、ここですごい返し技があった。
△67馬と入るのが、盤上この一手の見事なムーンサルト。
こうして馬を△45に利かしておけば、先手玉が▲46に逃げたとき、△45金、▲同馬に、△同馬と取り返して詰ますことができる。
さらには▲72馬、△同玉、▲83と、とせまられたとき、王様が△74から△85に抜けるルートを作っている。
先の▲54馬が「詰めろのがれの詰めろ」なら、続く△67馬はそれを逃れての詰めろ。これすなわち、
「詰めろのがれの詰めろのがれの詰めろ」
という、ちょっと舌を噛みそうな、満塁ホームラン級の絶妙手だったのだ。
まさに1組決勝にふさわしい見事な応酬だが、ここは脇が大豪米長に読み勝っていた。
こんなものを食らっては、さしもの米長も負けを認めざるを得ないが、もちろんあっさりと勝負を投げてしまうわけではない。
そう、なんといっても米長は「泥沼流」とよばれる男。
局面はまいっているが、そんな簡単には楽をさせてくれないのだ。
▲72馬と取って、△同玉に▲83と、△同玉、▲94銀、△同馬、▲同香と、馬を消して、一回詰めろを解除する。
これでまだ難しそうだが、脇の次の手が、また好手だった。
△25桂と王手するのが、うまい手。
▲46玉に△24角の王手飛車で、やはり後手勝ちはゆるがない。
ちなみに、王様を▲26に上がっても△15角と、こちらから打つ筋があって同じようなもの。
さっきまで桂馬は、△45金と打って詰ます筋の土台になっていた駒だから、それをヒョイと跳ねてしまうのは、ちょっと気づきにくい。
脇の柔軟な発想が感嘆を呼ぶ手で、こんなクリティカルヒットを2発ももらっては、さすが剛腕米長もなすすべもない。
▲35歩、△51角に▲86桂としばって「どうにでもしてくれ」と開き直るくらいしかない。
後手は△44飛と打って、仕上げにかかる。▲45香に△48竜。
いよいよ先手に受けがないから、▲74金から▲83角と王手して、せまるだけせまって▲44香と飛車を取る。
いわゆる「下駄をあずけた」という手であって、
「詰ましてください。ただし、やり損なったらゆるしませんよ」
という局面。
これが大事なところで、仮に負けは確定でも、相手にプレッシャーをかけながら、一縷の望みをたくす精神力は見習いたいところだ。
ではここで、先手玉に詰みはあるのか。
あれば文句なく後手が勝ち。
パッと見は、ほとんど詰みそうだが、万一なければ、飛車を渡してしまった後手玉も相当に危険だ。
さらには両者とも、難解な戦いが続いたせいで、時間もなくなっている。
詰むや詰まざるやで、いよいよこの熱戦もフィナーレをむかえるかと思いきや、ここからが、この将棋のハイライト第2弾。
次の手が、またしても米長が読んでいない手。
それも、先の△67馬とはまったく違う意味での、ちょっと信じがたい一手だったのだ。
(続く→こちら)