中飛車というのは、明るい戦法である。
大砲を戦場の中心にそえ、5筋から戦っていくというのは発想に曇りがなく、なんとも「健全」な戦い方に見える。
前回は子供のころ感動した「英ちゃん流中飛車」を紹介したが、今回は元気いっぱいな中飛車の将棋。
1991年、第40期NHK杯戦の準決勝。
羽生善治前竜王と(当時は竜王や名人を失って無冠になると「前竜王」「前名人」と呼ぶマヌケな習慣があった)先崎学五段の一戦。
両者とも、まだ20歳くらいというフレッシュな対決だが、それが決勝進出をかけた一番だというのだから、当時の2人がいかに勝ちまくっていたか、わかろうというもの。
特に少年時代は両雄並び称されながらも、プロ入り後はタイトル獲得を先に果たされるなど、差をつけられた先崎には期するものがあったろう。
注目の一番となったが、その初手がまた話題を読んで▲56歩。
早くも、
「中飛車で行きゃッス」
という宣言であり、今では久保利明九段や菅井竜也八段など振り飛車党の棋士なら普通に指すけど、このころはまだ、相当にめずらしい形。
人によっては「スタンドプレイ」と取る向きもあったけど、視聴者やNHKのスタッフは大盛り上がり。
そういえば先チャンは、やはりNHK杯で谷川浩司名人相手に、
「初手▲36歩」
を披露していたもの。
ちなみに、この初手▲36歩は先チャンのオリジナルではなく、元女流棋士の林葉直子さんが考案したもので、林葉さんは九州大学の学生さんのアイデアからヒントを得たとか。
戦法の出どころはむずかしくて「升田幸三賞」選考のときにも問題になりがちだけど、谷川戦の方はその後、こういう形の力戦に。
結果は谷川が勝ち。
この▲36歩は渡辺明九段がやはりNHK杯の今度は決勝で丸山忠久九段に披露して、全国放送で2度、話題になったものだった。

話を戻して、先崎-羽生戦は出だしこそ派手だが、そこからはオーソドックスな中飛車になった。
一目、▲45の銀がつんのめってる感じで、ふつうは▲28玉から▲38銀と美濃に囲いたいところだが、△35歩のような「銀ばさみ」の筋が気になる。
といって、▲36銀みたいにかわす手は、あまりに勢いがなさ過ぎて、指す気になれない。
なら、ロックされる前にあばれてしまえ、となるのはモノの道理であり、先崎は筋よく動いて行く。
▲75歩と突くのが、フットワークのよい仕掛け。
将棋の攻めは、頭の丸い角か桂をねらうのが基本である。
△同歩は▲74歩でイタダキだから、△同銀と取るが、▲55飛と走るのが気持ちの良いさばき。
△31角と金取りを受けるが、そこで▲75飛といきなりぶった切って、△同歩に▲74歩。
流れるような手順で、先崎が手をつないでいく。
△72飛と桂取りを受けるが、▲73歩成と取って、△同飛に▲65桂できれいな両取りが決まった。
先手が駒得うえに、攻め駒も目一杯使えて、実際の形勢はまだまだかもしれないが、選べるなら先手をもって指したい人が、多いのではあるまいか。
以下、△74飛、▲53桂成、△同角に一回▲48銀と、自陣を整備するのが、戦いの呼吸。
△86歩の手筋に、▲65歩と突くのが、また元気いっぱいの手。
△87歩成には▲55角と飛び出すのが、気持ち良すぎることこの上ない。
なんかねえ、「中飛車って、こういう戦法やよなー」とうなずいてしまう、なんとも楽しい指し回しだ。
そうして、先崎ペースでむかえた最終盤。
玉が至近距離で、こういうところは「逆王手」みたいなカウンターに気をつけないといけないが先崎は見事に仕留めた。
▲43銀と打つのが、華麗な決め手。
△同金は▲21角が痛打になって寄り。
本譜は△22玉とよろけるが、▲34桂と王手して、△同銀、▲同銀成で先手玉が手厚くなり先崎勝勢。
以下、羽生も△44歩から必死のラッシュをかけるも、正確に対応して逃げ切って、先崎が決勝進出を果たした。
(中飛車の気持ちよすぎるさばきといえばこちら)
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