クは空中戦のク 中原誠vs高橋道雄 1992年 第50期名人戦 その5

2021年11月15日 | 将棋・シリーズもの 中編 長編

 前回(→こちら)の続き。

 ここまでの通り、1992年の第50期名人戦は、挑戦者の高橋道雄九段中原誠名人3勝1敗と押しこんでいる(第1回は→こちらから)。

 これはスコアのみならず、内容面でも圧倒しており、特に中原が「相矢倉」で3敗したことも衝撃だった。

 カド番の第5局は、中原先手で初手▲26歩

 当然であろう。負けたら終わりの勝負で、意地もへったくれもない。

 プライドも名人の沽券もかなぐりすてて、相掛かりにたくすしかないのだ。

 矢倉で勝ってこそ名人? 純文学? 知らん、知らん!

 そんなん言うてるうちに、このザマや。ほたらなにか? もし負けたら、アンタが養ってくれる言うんか?

 文字通りの「必死のパッチ」である。

 ただ、この将棋は中原の居直りが功を奏したか、はたまた高橋にプレッシャーがあったか、中盤戦でほぼ決着がつくという意外なこととなった。

 

 

 

 

 ここが封じ手の局面だが、▲22歩と打って「オワ」である。

 まだまだこれからのように見えるが、後手陣は金銀バラバラの浮き駒だらけで、△22同金壁形も痛く、すでに収拾がつかないのだ。

 事実、ここでは高橋も相当に悲観しており、

 

 「封じ手に【投了】と書こうかと思った」

 

 と語るほど。

 さすがに、本当には投げないにしろ、それくらい後手が勝てない形なのだ。

 以下、▲74歩から▲94歩と教科書通りに仕掛けて、先手が圧勝する。

 これで中原から見て2勝3敗と、星をひとつ返すこととなったが、さあここである。

 第5局は思わぬ拙戦だったが、高橋からすれば後手番であるし、スコア的にも「捨て試合」にできるところではあった。

 問題は、高橋が先手になる第6局である。

 当然、矢倉で来るはずだ。こうなったら、受けるほうもエースにたくすしかない。

 「沢村先発」。すなわち相矢倉だ。

 だが、中原はここに勝ててない。

 いわば、長期戦で自軍は弾切れに悩まされつつあるのに、まだ相手の方は潤沢な補給も受けた主力部隊が、無傷で残ったままのようなもの。

 果たして、シリーズ2勝の相掛かりが使えない後手番で、

 

 「負けてるのを見たことがない」

 

 と称賛される、高橋必殺の「矢倉▲37銀型」をブレークできるのか。

 いや、できたとしても、最終局の振り駒次第では、もう一回、高橋の先手番矢倉と、やりあわなければならないかもしれない。

 八方ふさがりになった中原は、ふたたび苦悶の海に沈む。

 なにを指すのか。矢倉か? それとも振り飛車のように、他の戦法でかわす? その付け焼刃が、今の高橋に通用するのか?

 またしても、オープニングに注目が集まった。

 高橋の初手は100パーセント▲76歩である。その次の手が問題だ。
 
 堂々と矢倉なら△84歩△34歩なら変化球。

 エースと心中か、はたまた、まだ隠し玉があるのか。


 1戦目 降谷●
 2戦目 沢村●
 3戦目 川上〇
 4戦目 降谷●
 5戦目 川上〇

 
 この星勘定で、あなたなら川上を使えない6戦目の先発を、どうするだろうか。

 まるで、告白の返事を聞く高校生の心境だ。どっちなんだ、どっち?

 答えは△34歩だった。

 将棋ファンで『血涙十番勝負』という大名著もある山口瞳さんも、雑誌で取り上げたように、またしても名人が矢倉を捨てた

 「エース沢村」はもう出番がない。まさかの展開だが、ことここまでくれば予想できたともいえる。

 矢倉回避はわかった。じゃあ、なにを指す。

 振り飛車か? それとも横歩取り? 

 ▲26歩に、中原の4手目は△84歩

 中原誠名人は、負ければ無冠に転落するというこの大一番に、初めて横歩取りを採用したのだ。

 たしかに中原は居飛車中心のオールラウンダーで、横歩取りだって問題なく指せる。

 とはいえ、このカド番で指しなれない戦法を持ってくることは、やはり勇気が必要だったろう。

 現に米長邦雄谷川浩司との名人戦では、指しているのを見た記憶がないし、中原自身も、

 


 横歩取りは以前、席上対局で2番勝っている。

 第4局のあと銀河戦でも高橋君相手にうまく指せたんでね。

 銀河戦の結果は大きかった。負けていたら作戦に窮していたかもしれない。


 

 
 銀河戦はまだしも、「席上対局」の結果まで持ち出してくるとは……。

 いわば、降谷と沢村が通用せず、シリーズ2勝と頼れる川上も投げられないこの試合で、今はセンターを守っている「元投手」の東条秀明を、

 

 「練習試合でいいピッチングをしていたから」

 

 という理由で、初めて公式戦のマウンドに送るようなものだ。

 追い詰められてのこととはいえ、片岡監督……じゃなかった中原名人の度胸も並ではない。

 ……て、さっきから『ダイヤのA』を読んでない人にはサッパリだろうから、実際のプロ野球で例えると、要するに阪神で言えば、村山実ジーン・バッキーを差し置いて、ピーター・バーンサイドが先発するようなものです(←よけいにわかりにくいだろ!)。

 そんな、奥の手と言えるのかどうかという、苦しまぎれだが、将棋のほうは熱戦に。

 

 

 △54桂と打つのが、いかにも「桂使いの中原」らしい好感触の手。

 飛車切りを催促しながら、桂馬も入手できそうだから、それを△46に打てば、継ぎ桂の手筋が、先手の中住まいの弱点であるコビンにヒットする。

 以下、▲44飛、△同歩、▲64桂、△同歩、▲73歩成、△同金、▲62角、△63金、▲44角成、△43歩、▲55馬、△76歩、▲88角

 そこで△85飛と浮くのが、「自在流内藤國雄九段のような華麗なさばきで、後手の駒がいかにものびのびしている。

 

 

 

 高橋が押しこまれているようだが、まだ難しい形勢で、ここで▲22馬と踏みこめば、先手が有望であった。

 △46桂打も怖いが、それ以上に後手玉も薄い。

 好機に▲72銀▲61銀挟撃されると、あっという間に寄ってしまうかもしれない。

 チャンスだったが、高橋は第3局に続いて、ここでも踏みこめなかった。

 ▲56馬と自重して、中原のさらなる攻撃を誘発してしまったのだ。

 最後は「一手ばったり」のようなポッキリ折れる負け方で、まさかの先手番ブレークをゆるしてしまう。

 これで勝負は3勝3敗タイに。

 様々な思惑が交差した第50期名人戦も、ついにフルセットで決着をつけることになった。

 そう、これこそが大名人中原誠の、かけひきと勝負強さ。
 
 そしてここからも、渡辺明名人

 


 「印象に残った名人戦」


 

 として取り上げ、この名人戦を総括した米長邦雄九段

 


 「詐欺師の手口」


 

 と呼んだ、海千山千の勝負術が、見事な逆転劇を生むことになるのだ。

 

 (続く→こちら

 

 


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2 コメント

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詰将棋サロン (松田圭市)
2021-11-15 19:43:30
将棋世界の「詰将棋サロン」というコーナーで拙作が採用されました。是非お考えください。
来月の結果稿では『増補新版すなどけい松田圭市詰将棋作品集』の記事が載る予定です。
返信する
Unknown (シャロン)
2021-11-16 22:28:19
「詰将棋サロン」採用おめでとうございます。

作品集については、ただいま金欠中なので、また次の機会があればにさせてください。
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