サイモン・シン『フェルマーの最終定理』を読む。
前回(→こちら)はサイモンの『暗号解読』を紹介したが、やや似たようなテーマで今回は数学の証明。
フェルマーの定理といえば、数学が鼻血が出るくらい苦手だった文系人間の私でも聞いたことくらいはある。
17世紀フランスの数学者であるピエール・ド・フェルマーが、ある日、読みかけの本の余白に、こんなことを書きつけたという。
「nが3以上のとき、n乗数を2つのn乗数の和に分けることはできない。この定理に関して、私は真に驚くべき証明を見つけたが、この余白はそれを書くには狭すぎる」。
これをフェルマーの息子が死後に発見し、発表したのだ。
数式にすると
「n≧3のとき、Xn+Yn=Znを満たす、自然数 X、Y、Zは存在しない」。
ザッと並べてみても、
X3+Y3=Z3
X4+Y4=Z4
X5+Y5=Z5(以下同文)
これらを成立させるX、Y、Zに入る自然数はない。
つまり、これらの式は絶対に成り立たないとういことである。
と言われると、なんとなくであるが、すごいような気がしてくる。
なにより数学者の死後に発見された謎の定理とは、ミステリファンとしては、なんだかダイイングメッセージみたいで、ちょっと楽しいではないか。
とまあ、根っからの文系人間である私は能天気に考えるとことだが、ところがこれが、あにはからんや。
なんとこの単純な、文章にすればたった2行の単純きわまりない定理、じゃあいざ、
「はい、ほな今からこれが正しいことを証明してみてちょ」
と言われてみると、これがなかなかできないらしい。
いや、実際のところ、なかなかなんてものではない。
なんとこの定理、一見簡単なように見えて、実は、古今東西のあらゆるスーパー数学者が束になっても解くことのできなかったという、超弩級超絶ウルトラ難問だったのである。
結論から言うと、一応この定理も今では証明されてはいる。
いるんだけど、その解き明かされるまでの期間がえげつない。
なんと360年もの年月がかかったのである。
360年。
ちょっと待てーい! とんでもない長さである。
さかのぼっていけば、そのころ日本はまだ江戸時代なのだ。
それも、長い間歴史から忘れられてたから、とかではない。
世界中の有象無象のあらゆる数学者があの手この手を使って、縦に横に、こねてたたいてひねくり回しての360年なのだ。
つまりは歴史上の最強に近い理系頭脳集団が、ドリームチームの知恵のかぎりを駆使して挑んで、それで360年かかったのである。
それはもう、とほうもない時間と手間と労力なのだ。
こう語られてみると、このフェルマーの定理がとてつもない、それこそ気の狂うような超絶難問であったことがよくわかる。
その苦闘の歴史は、ぜひサイモンの本で読んでほしい。
この歴史的難問に果敢に挑んだ数学者たちの、熱い想いには感動をおぼえる。
が、同時に有能で将来を嘱望されながらも、この定理にとりつかれ、すべてをこの証明に費やし果たせず、一生を棒に振ってしまった悲劇の数学者たちのことを考えると、なんだか空恐ろしくもなる。
それはまるで、ある女性を愛し、絶対に振り向いてくれないにもかかわらずすべてを捧げ、破滅していく男の姿のようでもある。
そういえば、『暗号解読』でも、
「これを解けば、途方もない額のお宝が見つかる」
と書かれた「ビール暗号」について言及している。
たった3枚の手紙に書かれたこの超難解な暗号。
お宝に目がくらんだもの、純粋に「暗号という財宝」に魅せられたもの、その他有象無象の腕自慢が世界中から集まって、あの手この手でロックをはずそうとしたが、ついに誰も解くことができず、多くの人々の人生を狂わせた。
あまつさえ、なんと財宝を掘り当てたというビール氏から暗号をたくされた持ち主自身が、家族や友だちから
「頼むからもう暗号のことは忘れてくれ」
何十年も泣いて懇願された末に、
「わたしは暗号を解くのに疲れてしまった。こいつのおかげで、たった一度の人生を無駄づかいしてしまった。もうあきらめることにする」
悲しすぎる敗北宣言をしたそうだ。
たった一度の人生の大空費。
そのむなしさには、背筋も凍るおそろしさを感じる。
まさに、ファム・ファタール。まこと難解な謎というのは魅力的で、罪作りであるなあ。
都大学数理解析研究所教授望月新一博士が考え出した「abc予想」は、理解するにはもう少し説明を求められる段階だそうではあります・・・。
当方も、よく理解できていません。
望月新一博士といえば、「宇宙際タイヒミュラー理論」のあの人ですね。
といっても素人の私にはサッパリで、どちらかといえばユニークなキャラクターの方でなじんでいるのですが、とにかくスゴイ人らしいとはよく聞きます。
理系科目が苦手だった私がこの手の本を読むようになったのは大人になってからで、それこそサイモン・シンや、あと江戸時代の詰将棋なんかの影響ですが、そこにある「ドラマ」を知ると、昔とは違ったアプローチができて刺激を受けますね。
きょう28日に、黒板に証明した「フェルマーの最終定理」をタイトルに採用し、ちっびり加筆しました。
なお、xのn乗は次のタグを用います。
X<SUP>2</SUP>
>>abc予想が、もし正しいと証明できれば、まるでドミノ倒しのように数々の難問が一気に解けると申します。
すごいですね。でも、学問の世界はほんのちょっとした「ひらめき」で大きく変化することもあれば、「思いこみ」「偏見」で何十年、下手すれば何百年も停滞することもありますし、「一気に解ける」のは運の要素なんかもおおきいのでしょうね。