「創作次の一手」ではありません 大山康晴vs飯野健二 1978年 十段戦リーグ予選

2020年02月06日 | 将棋・好手 妙手
 「受け将棋萌え」には大山康晴十五世名人の将棋が楽しい。
 
 前回までは羽生善治谷川浩司の「絶対王者」の座をかけた決戦を紹介したが(→こちら)今回は昭和の王者の将棋を。
 
 かつて無敵を誇った大山康晴名人といえば、そのしのぎの技術が際立ってい。
 
 
 「助からないと思っても助かっている」
 
 
 という有名な大山語録にあるように、相手からすれば「勝った」と思ったところから見事にしのがれて、絶望の底にたたき落とされるのだ。
 
 今回紹介したいのは、十段戦飯野健二四段(飯野愛女流初段のお父様)との一戦。
 
 
 
 
 若き日の飯野先生。
 
 
 
 十段戦というと、若い将棋ファンにはなじみがないかもしれないが、これは今の竜王戦のこと。
 
 昔からある「九段戦」が「十段戦」になり、さらに「竜王戦」に発展したわけだ。
 
 この十段戦にはひとつ特徴があって、それが挑戦者決定リーグに入る難しさ
 
 なんといっても、年に2人しか入れないという狭き門だったのだが、その分リーグ入りを果たせば、トップ棋士と10局も指せるというゴージャスな場が約束される。
 
 特に低段者にとっては収入経験値、また周囲からの評価という面でも、非常に得るものが大きい棋戦なのだ。
 
 過去にも、土佐浩司四段有森浩三四段泉正樹五段などがリーグ入りして大いに名をあげたが、その「十段戦ドリーム」にチャレンジする権利を得たのが、若手時代の飯野だった。
 
 
 1978年の十段戦リーグ予選。
 
 決勝まで勝ち上がった飯野は、大山康晴と相対することになる。
 
 大山の四間飛車に、飯野は左美濃で対抗。
 
 双方、銀冠に組み替えたところから飯野が仕掛け、玉頭戦のねじり合いに突入する。
 
 むかえた最終盤。先手の大山が▲13角と王手して、飯野が△12玉とかわしたところ。
 
 
 
 
 先手陣は△28角成詰めろになっている。
 
 受けるなら、飛車の横利きをうまく使いたいが、▲57銀などでは△38歩くらいで負け。
 
 一方、後手玉は詰まない
 
 となれば、一目後手勝ちである。飯野が、夢のリーグ入りだ。
 
 ところがここで、大山に奇跡的なしのぎがあった。
 
 絶体絶命にしか見えない先手陣だが、3手1組の好手順で逃れている。
 
 
 
 
 
 
 
 
 ▲49銀、△同香成、▲57角成まで先手勝ち。
 
 まず銀を▲49に引くのが序章。
 
 
 
 
 今度△38歩は、▲同飛と取る。
 
 △同金には▲同銀引(▲同銀上でもほぼ同じ)で、△28飛には▲19玉打ち歩詰めになって詰まない。
 
 △27歩と、ムリヤリ詰めろをかけても、先手はを手に入れたことから、▲24桂と打って、△同金に▲22角成と捨てるのが好手で、後手玉が詰むのだ。
 
 
 
 
 
 △同金▲13金から。
 
 △同玉も、▲21金から、どちらも▲24金と出る形で捕まる。
 
 かといって▲49銀に、そこで△27金▲46角成が、を取りながら▲28に利かす、詰めろ逃れの詰めろで後手負け。
 
 
 
 
 
 結局△49同香成と取るしかないが、通路をふさいでいた香車がどくことによって、今度は▲57に成り返る筋が可能になった。
 
 
 
 
 
 これで、△28金には▲同飛△39角成には▲同馬△28銀はスルリと▲18玉の死角に入って寄りはない。
 
 後手玉は受けなし。見事な「必至逃れの必至」でゲームセット。
 
 大山がこの筋を、どこから読んでいたのかは不明だが、こんなギリギリの形に呼びこんでいるのだから、かなり前からイメージしていたのだろうか。
 
 とにかく、あれこれ駒をいじくってみるとわかるのだが、▲13角からの組み立ては、後手がどの組み合わせで攻めても、すべての手順で先手はピッタリ受かっている。
 
 『将棋世界』の人気コーナー「イメージと読みの将棋観」で、この局面を見た渡辺明三冠が、
 
 

 「知ってます。創作次の一手ですね」

 

 
 と言ったのは有名な話だが、まさに作ったような駒の配置なのだ。
 
 ▲57角成の局面で飯野は投了したが、投げるまでに17分考えている。
 
 飯野のような新人棋士にとっては、その後の人生に関わる大一番であったはずだが、そこにこんな局面と出くわすというのは、どんな気持ちだったろうか。 
 
 
 
 
 (森内俊之の自陣飛車編に続く→こちら
 
 
 
 

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