大道詰将棋という言葉は、ほとんど死語と化しているかもしれない。
前回は「デビル中田」こと中田宏樹八段の王位獲得を阻止した、谷川浩司九段の絶妙手を紹介したが(→こちら)、今回は終盤のアクロバティックな手を。
舞台となるのは、第41期新人王戦の準決勝、西川和宏六段-加來博洋アマ戦。
若手中心の棋戦では、ときおり奨励会三段やアマチュア参加者が活躍して、大会を盛り上げることがある。
都成竜馬五段(奨励会時代に新人王戦優勝)や、稲葉聡アマ(加古川清流戦で優勝)が代表だが、その中に加來博洋さんの新人王戦決勝進出というのも、これまた賞賛されるべき戦績であろう。
このとき話題になったのが準決勝の対西川戦で、この終盤戦がまさに「作ったよう」な形になり、加來さんの快挙に彩りをそえることに。
西川先手で、角道を止めるオールドタイプの中飛車にすると、加來アマは変則的な形の相振り飛車にかまえる。
仕掛けから、西川がうまく指して優勢に。
加來アマもそこから、あやしいねばりを連発し容易には負けないものの、西川もくずれず、リードを保ったまま終盤戦をむかえる。
それが、この場面。
先手には勝ち方がいくつかあったようだが、寄せありと見た西川は、一気のスパートをかける。

▲71角の王手に、後手が△53歩と合駒したところ。
先手の玉は風前の灯火だが、後手玉はそれ以上に危ない。というか、これって終わってない?
その通り。スルドイ人なら一目だろう。▲42竜と王手すれば、後手玉は詰んでいる。
以下、△43に合駒して、▲53角成まで。
ところが、西川はその手を指さなかった。
ここを加來アマがねらっていたのか、それともいわゆる
「いい手が落ちていた」
という幸運なのかはわからないが、とんでもない手がある。
ちょっとした、次の一手問題として考えてみてください。先手が王手したときに、まるで大道詰将棋のような……。

▲42竜の王手には、△43角と引くのが必殺の切り返し。
なんとこれが逆王手で(これが逆王手の正しい使い方。野球の日本シリーズなどで言われる使い方は厳密には間違いなのですね)、先手は▲53角成とできない!
詰んでるはずの局面から、まさかのクロスカウンター。ビクトリーロードを走っていたはずが、最後の最後に、とんでもない大穴が空いていた。
こんなすごい手が、決勝進出をかけたこの大一番で出るのだから、西川にはツキがなかったとしかいいようがない。
西川は土壇場でそれを察知し、▲42竜ではなく▲53同角成と取る。
△同玉に、▲51竜と逆ルートの竜を使うが、△44玉と逃げられて、きわどくあましている。

ナナメ駒があれば、▲53に打って簡単に詰むが、持ち駒は金。
ふつうは銀より、金の方が詰ましやすいはずだが、ここでは銀一択だった。これまた運がない。
そして、ここでも▲42竜左と、▲82の竜で王手したら、やはり△43角(打)!
他の合駒なら簡単に詰むのに、まあなんたることか。
二枚の竜を鎖鎌のように駆使して、あと一歩まで追いつめているのに、この逆王手が呪いのようにのしかかり、どうしても先手が勝てない。
ほとんど、運命的ともいえる局面なのだった。
秒読みの中、その手が見えたときの、両者の心境はいかばかりか。
以下、▲54竜、△同銀まで指して西川は投げた。

やはりここでも、竜の王手は「角の持駒」があるから無効。あまりに無情な投了図だ。
こうして、加來アマの歴史的快挙が実現したが、それにふさわしい熱闘だったと言えよう。
(先崎学の鬼手編に続く→こちら)