筑土八幡神社(つくどはちまんじんじゃ)は、東京都新宿区筑土八幡町にある神社です。
当社の西側には、津久戸明神という将門公を祀る神社がありましたが、戦災により焼失し、 昭和21年(1946)千代田区富士見へ、さらに昭和29年(1954)九段中坂へ移り、筑土神社となっています。この津久戸明神は、平将門の首を祀った神社であると伝えられています。
また、筑土八幡神社にも将門が合祀されているとい説もあります。
筑土八幡神社由来
昔、嵯峨天皇の御世(809~823)に武蔵国豊嶋郡牛込の里に大変熱心に八幡神を信仰する翁がいた。ある時、翁の夢の中に神霊が現れて、「われ、汝が信心に感じ跡をたれん。」と言われたので、翁は不思議に思って、目をさますとすぐに身を清めて拝もうと井戸のそばへ行ったところ、かたわらの一本の松の樹の上に細長い旗のような美しい雲がたなびいて、雲の中から白鳩が現れて松の梢にとまった。翁はこのことを里人に語り神霊の現れたもうたことを知り、すぐに注連縄をゆいまわして、その松を祀った。
その後、伝教大師がこの地を訪れた時、この由を聞いて、神像を彫刻して祠に祀った。その時に筑紫の宇佐の宮土をもとめて礎としたので、筑土八幡神社と名づけた。
さらにその後、文明年間(1469~1486)に江戸の開拓にあたった上杉朝興が社壇を修飾して、この地の産土神とし、また江戸鎮護の神と仰いだ。
現在、境内地は約二千二百平方米あり、昭和二十年(1945)の戦災で焼失した社殿も、昭和三十八年(1963)氏子の人々が浄財を集めて、熊谷組によって再建され、筑土八幡町・津久戸町・東五軒町・新小川町・下宮比町・揚場町・神楽河岸・神楽坂四丁目・神楽坂五丁目・白銀町・袋町・岩戸町の産土神として人々の尊崇を集めている。
御祭神 応神天皇・神功皇后・仲哀天皇
大祭 九月十五日
宮比神社由来
御祭神は宮比神で大宮売命・天鈿女命ともいわれる。古くから下宮比町一番地の旗本屋敷にあったもので、明治四十年(1907)に現在地に遷座した。現在の社殿は戦災で焼失したものを飯田橋自治会が昭和三十七年(1962)に再建したものである。(筑土八幡神社HPより)
庚申塔
寛文四年(1664)に奉納された舟形(光背型)の庚申塔である。高さ一八六センチ。最上部に日月、中央部には一対の雌雄の猿と桃の木を配する。右側の牡猿は立ち上がり実の付いた桃の枝を手折ってるのに対し、左側の雌猿はうずくまり桃の実一枝を持つ。
二猿に桃を配した構図は全国的にも極めて珍しく、大変貴重である。
(筑土八幡神社HPより)
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当社の西側には、津久戸明神という将門公を祀る神社がありましたが、戦災により焼失し、 昭和21年(1946)千代田区富士見へ、さらに昭和29年(1954)九段中坂へ移り、筑土神社となっています。この津久戸明神は、平将門の首を祀った神社であると伝えられています。
また、筑土八幡神社にも将門が合祀されているとい説もあります。
筑土八幡神社由来
昔、嵯峨天皇の御世(809~823)に武蔵国豊嶋郡牛込の里に大変熱心に八幡神を信仰する翁がいた。ある時、翁の夢の中に神霊が現れて、「われ、汝が信心に感じ跡をたれん。」と言われたので、翁は不思議に思って、目をさますとすぐに身を清めて拝もうと井戸のそばへ行ったところ、かたわらの一本の松の樹の上に細長い旗のような美しい雲がたなびいて、雲の中から白鳩が現れて松の梢にとまった。翁はこのことを里人に語り神霊の現れたもうたことを知り、すぐに注連縄をゆいまわして、その松を祀った。
その後、伝教大師がこの地を訪れた時、この由を聞いて、神像を彫刻して祠に祀った。その時に筑紫の宇佐の宮土をもとめて礎としたので、筑土八幡神社と名づけた。
さらにその後、文明年間(1469~1486)に江戸の開拓にあたった上杉朝興が社壇を修飾して、この地の産土神とし、また江戸鎮護の神と仰いだ。
現在、境内地は約二千二百平方米あり、昭和二十年(1945)の戦災で焼失した社殿も、昭和三十八年(1963)氏子の人々が浄財を集めて、熊谷組によって再建され、筑土八幡町・津久戸町・東五軒町・新小川町・下宮比町・揚場町・神楽河岸・神楽坂四丁目・神楽坂五丁目・白銀町・袋町・岩戸町の産土神として人々の尊崇を集めている。
御祭神 応神天皇・神功皇后・仲哀天皇
大祭 九月十五日
宮比神社由来
御祭神は宮比神で大宮売命・天鈿女命ともいわれる。古くから下宮比町一番地の旗本屋敷にあったもので、明治四十年(1907)に現在地に遷座した。現在の社殿は戦災で焼失したものを飯田橋自治会が昭和三十七年(1962)に再建したものである。(筑土八幡神社HPより)
庚申塔
寛文四年(1664)に奉納された舟形(光背型)の庚申塔である。高さ一八六センチ。最上部に日月、中央部には一対の雌雄の猿と桃の木を配する。右側の牡猿は立ち上がり実の付いた桃の枝を手折ってるのに対し、左側の雌猿はうずくまり桃の実一枝を持つ。
二猿に桃を配した構図は全国的にも極めて珍しく、大変貴重である。
(筑土八幡神社HPより)
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新宿区教育委員会の駒札も更新して良いもので表示しています。
繁華街でも一筋裏に入ると、このような文化財が残っています。