今回ご紹介するのは「臨床心理学ノート」(著:河合隼雄)です。
-----内容&感想-----
臨床心理学と聞いて思い浮かぶのは人の心の問題を専門に扱う臨床心理士です。
そして臨床心理士と言えば、昨年の10月から12月まで放送されたドラマ「逃げるは恥だが役に立つ」で新垣結衣さんが演じた主人公、森山みくりが心理学を専攻して臨床心理士の資格を取得していたことで、この資格の注目度が上がったようです。
ただ私の場合ドラマは見ていなくて、主人公が臨床心理士の資格を持っていたことも知りませんでした。
ドラマからではなく、元々深層心理学の本(ユング心理学、アドラー心理学、フロイト精神分析学)を読んでいて、その流れでこの深層心理学を土台とする臨床心理学の本も読んでみようと思い、先日
「面白くてよくわかる!臨床心理学」(著:福島哲夫)を読みました。
そしてこの本をステップとして他の臨床心理学の本を読んでみようと思い、今回「臨床心理学ノート」を読んでみました。
P14「企業内での相談や、学校内での相談では、すぐに心のことを話すのや、症状について話すのには抵抗を感じるクライエント(相談者)がある。」
これはたしかにそう思います。
日本では心の相談をするとすぐにおかしい人として扱われる風潮があるのが問題なのだと思います。
ただ近年は心の問題を抱える人が増えていることもあり、この風潮はかつてほどではなくなってきている気がします。
P19「見たてに、見たてる人の状態が大いに影響を与える。治療者は自分という人間をどのように見たてているのか、が問われねばならない。」
これはクライエントが相談をした時に、その内容がカウンセラー自身のコンプレックスに関わるようなものであると、冷静な判断ができなくなることがあるので、カウンセラーは自分自身がどのような人なのかをよく知っている必要があるということです。
自分の性格、考え方のパターン、コンプレックスなどが分かっていないと良いカウンセラーにはなれないのだと思います。
P20「クライエントが自主的に話すまで待っている方が望ましいこともある。」
例えば、クライエントの相談の内容が明らかに父親が影響を与えていると思われる時でも、クライエントが自分の父親について何も話さない場合があります。
そんな時に父親のことをせかせか聞き出そうとすると逆効果になってしまうことがあるようです。
これはクライエントが父親のことを話しやすくなるように、他のことを話している時も「このカウンセラーになら父親のことも話せるかも」と思ってもらえるように努めていくのが大事だと思います。
P24「人間の心に関することは、正しい判断を下し、正しい助言を行っても、何ら効果のないことが多いことを知るべきである。」
まずクライエントの心理的課題を考えるためには、治療者が心理学の理論を学んでいることは大事です。
ただしその心理学の理論の中での正しい判断をし、それにもとずく正しい言葉をクライエントに言ってみても、全く効果がない場合があるようです。
このことについて「理論的に述べられていることは、抽象性が高く、実際に人生を生きるのは具体的、個別的」とありました。
現実の問題は理論のとおりには行かないということであり、治療者にはこれに対応する柔軟性が求められます。
P29「「相性」という言葉は、二人の人間にとって未知の発展の可能性に対する漠然とした認識のことではないかと思われる。」
この言葉は興味深かったです。
一般人の言葉にすると、「仲の良い関係、お互いに高めあっていける関係になれるかの予感」となるような気がします。
クライエントとカウンセラーは人と人が相対するのでやはり相性の問題はあると思います。
P30「臨床心理学は個々の人間を大切にすることから出発している。」
これは「電気に関することなら電気の理論が普遍的」というのとは違い、人間の場合は一人ひとりが違った性格をしているので、人間全体の心を電気の理論のように普遍的にすることはできないということです。
似たような性格をしている人がいても細かく見ていくと違っている部分もあるので、「同じ性格の人」とひとまとめにするのではなく、それぞれを個々の人間として尊重するのだと思います。
P32「臨床心理学の理論が他の分野と異なる要因として、人間という存在が常に変化する、ということがある。」
さらに「電気器機のように、対象が一定の固定したものではなく、人間は常に変化するし、むしろ、いかに変化するかということを課題としているのが臨床心理学である、と考えられるので、対象が常に変化することを念頭において、理論を考えねばならない。」ともありました。
たしかに人間の心はその時の状況などによって常に変化していくものなので、電気や機械の理論のように「こうなれば、必ずこうなる」といかないのは当然だと思います。
P58
「臨床心理学は今後ますます、一般人の人生のサイクルにかかわることが増加すると思われる。」
この本が出版されたのは2003年で、現在の状況を見るとこの言葉は当たっていたと思います。
そしてこれは最近の小中学生のなりたい職業ランキングにカウンセラーがランクインしていることからも明らかな気がします。
心の問題の相談を聴くカウンセラーの存在が重要と考える子供がそれだけ沢山いるということであり、現代は悩み多き社会ということでもあります。
P64「「生命現象」と「関係の相互性」こそ臨床心理学が重要とすること。」
近代科学が無視し、軽視し、果ては見えなくしてしまった「現実」があり、それは一つは「生命現象」そのものであり、もう一つは対象との「関係の相互性(あるいは相手との交流)」とのことです。
近代科学が対象外として除外したもの(人間の心)を臨床心理学では重視するというのは、
「イメージの心理学」(著:河合隼雄)にも書かれていました。
P79「筆者(河合隼雄さん)のことを、「オカルティズムの信奉者」、「神秘主義をふりかざす一派」などと断定している」
これは河合隼雄さんの「心理的療法と因果的思考」という本に対し、石坂好樹さんという人が書評でそのように書いていたとのことです。
私はこういった心の問題への対応を馬鹿にする人がいるから、心の問題を相談しずらい風潮がなかなかなくならないのだと思います。
P81
「(例えば家族の中で、ある人が心の問題を患い、何が原因なのか(誰のせいなのか)の原因探しが始まった場合に)原因を探し出そうとするのではなく、どうすればいいのか、今ここでできることを考えましょう」と言うようにしている。」
この状況におけるこの考えは良いと思いました。
そしてこれは
アドラー心理学的な考え方だと思いました。
この本の中でかなり印象的な言葉でした。
河合隼雄さんはユング派の臨床心理士なのですがここではアドラー的な言葉を発していて、この柔軟性が大事なのだと思います。
P128「アドバイスの害の大きいのは、それを何らかの「権威」を背景にして行う場合である。」
例として「自分は「臨床心理士」という資格をもっている。だから自分のアドバイスには従うべきである、というような態度が前面に出てくると、それに対する反発のために、正しいことを言っていても、無効になるどころか、有害でさえある」とありました。
これは臨床心理士に限らず、権威を背景に尊大な態度でアドバイスしてくるような人にはイラつく人が多いのではと思います。
また河合隼雄さんは「臨床心理士は上から目線で偉そうにアドバイスするようなものではなく、同じ目線に立ち、相手の話を共感とともに聴き、その時々の最適な言葉を慎重に見つけ出していくのが望ましい」と考えているようで、この考え方はとても良いと思います。
P128「「臨床心理士」という資格は、単に知識や技術を身につけているというだけではなく、人間関係や人間の心の状態について即断せず、じっくりと理解を深めてゆく態度を身につけている、ということを意味する。」
これは臨床心理学の知識をもとに「○○なので、△△だ」とすぐに決め付けたりしないということです。
相手に共感する姿勢、それでいて一歩引いて客観的に見る姿勢も求められ、なかなか大変なことだと思います。
P130「聴くと訊くは違う。」
「聴く」姿勢によって作られる人間関係がアドバイスを有効にする基礎になるとありました。
そして「医者の問診のように、あるいは電気器具のチェックのように、いろいろと「訊く」ことがアドバイスの基礎と考えるのは、間違っている。人間は機械ではない。」とありました。
これは「聴く」は相手を尊重することであり、「訊く」は尊重していないということだと思います。
その尊重していなさをクライエントが察知すれば、良い人間関係にはなっていかないと思います。
P131「「いったんやけになってしまうと、後は坂道を転がるようなもので…」と言うクライエントに対する言葉」
「そんなにやけにならないで」と言うのと、「坂道を転がるときに、何かつかまるものはないですか」と言うのとでは少し感じが異なるとありました。
この
「坂道を転がるときに、何かつかまるものはないですか」は私の心を捉える言葉でした。
とても静かに、そっと手を添えるかのように心に話しかけられた気がして、この本における最も印象的な言葉でした。
P170「心理療法の場合は、治療者の意図によってクライエントを動かそうとする考えを放棄しているところに、その特徴がある。」
これは理論にもとづき一方的なアドバイスをしても意味がないということです。
そしてクライエントが自分自身の考えを活発化させて自分自身と向き合っていくことに寄り添い、補助するということでもあると思います。
寄り添い、補助するためには言葉の選び方が一歩引いた、それでいて冷たくはなく、しっかり共感、受容していることを示すという難しいものになってきますし、それをクライエントと話す中で的確にやるには相当な訓練が必要だと思います。
この本を読み、やはり人の心の問題を扱うのは大変なことだと思いました。
悩みの多いストレス社会の今、心の問題を扱う臨床心理士や心理カウンセラーの存在は重要だと思います。
そして「臨床心理学は今後ますます、一般人の人生のサイクルにかかわることが増加すると思われる。」という言葉があったように、臨床心理(心の問題)について漠然と不安に思ったり距離を感じたりするよりも、本を読んである程度知っておくことも重要だと思います。
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