“首相夫人” という肩書で仕事をしているらしい女性がいる
“首相夫人”というのはどういう仕事を、どういう立場で仕事をする人なんだろう?
どうも、私には理解の範疇をこえるのです
というのは、海外にもついていくし、晩餐会にも出席する…
こと日本だけでなく、何処の国の偉い人も、夫人同伴でくるから
これは慣例で、当たり前のことなんだろうが…???
私はちょっと違和感を感じる…いやこのたびの彼女のふるまいをみていて感じるようになった
夫の仕事と、妻は本来は離れたものではないだろうか?
奥さんたちの中には、私は本当はそんなことしたくないという人はいないのだろうか?
でも、それぞれだと思うのですよ!
ただ、それが慣例で、そういうものであれば、それは従うべきだというのもわかります
次女の上司の方で、暇な時を見計らって部下を自宅に招いてもてなしてくれる方がいる
奥様の手料理や、お子さん方とふれあい、
その折、その折で声をかけられるメンバーによって、思いもかけない話を聴いたり、
話をすることができたりするようだ これは、仕事後の飲み会のようなもので、
会社にいるときには持ちえないコミュニケーションの場になることは、体験として理解できる、
ああ、それに家業を維持している場合 これはまた違うなあ、
農家と一緒になってその仕事をしている、 店を開いた、
売れない物書きの場合、取材の手伝いをする、税金の申告を手伝うのは当たり前というか、
仕方がないことで、
そういろいろ考えると、何かのレセプションに伴侶とともに出席することも、なんとなくありかなと思う
だが、今、話題のあの人はどうなんだろう? “首相夫人”という仕事をつくりだしたのかなあ?
そういう意味で、新しい女性の在り方を体現された方なのかもしれないが、
なんだか人の褌で相撲を取っているように感じてしまうから、
これからの女性の在り方に良い影響はないのではないだろうか?
そういうものだと世間が“偏見”を持ってしまいそうだ
夫と妻は対等であるべきで、夫の仕事の関係で頼まれることに関して協力は必要だろうが、
自分の名前で仕事をしてほしいと思う
そうあれば、こんなややこしい事件は起こらなかったし、こんな曖昧なことにはならなかったと思う
人が好い天真爛漫な社会通念をよく理解していない女性が、押しの強い商売人と利害が重なってしまって、
周りもなんとなく動いてしまった…それが私が感じている構図だが、
そういう物語を作る舞台をあの人は自分で用意した
夫ができることと、自分ができることの間にきちんと一線を引いていない
“パフォーマンス”はしている人だと思うが、
あの人は、誰かの娘、誰かの妻で人生を歩んできて、
それは、本来の輝ける女性の姿ではないということを私は思うのです
ああ、そうだ、私は、旦那が子どもの小学校のPTA役員を引き受けたときに、
旦那と並びたくなくて、細かい係りも断った人間だった!
そういうふうに考える質なんだわ! これは “首相夫人” にごめんかもしれない!
人それぞれで生きているのですから、あの人はあの人のこれでいいという考えで選んでいること、
そう考えると、ま、何も言えませんわねえ
どう評価されても、それはそれで受け入れるしかないけれど、
権力も地位もお金もある人だから、正当化されて終わり…
ということは、そうか、これは私の単なる ごまめの歯ぎしり なんだなあ…
ただ、これだけは言いたい
同世代の女として、あなたの生き方は哀しいし残念だし、ある意味とても恥ずかしい