HAKATA PARIS NEWYORK

いまのファッションを斬りまくる辛口コラム

何を守り、捨てるか。

2020-03-25 04:12:47 | Weblog
 3月14日、「新型コロナウイルスの感染拡大に備える新型インフルエンザ等対策特別措置法(コロナ特措法)」が施行された。この法律により、時の首相がウイルスの全国的かつ急速なまん延で、国民生活や経済に甚大な影響を及ぼすと判断すれば「緊急事態宣言」を出せる。それを受けて「都道府県知事」は外出の自粛や休校の措置、イベントの自粛を要請できるようになった。また、緊急事態宣言が出されると、興行施設の利用制限の要請、指示、土地や建物を臨時医療施設に強制使用、緊急物資の輸送の要請、指示も可能となる。

 ただ、状況は刻々と変化している。政府の専門家会議は3月19日、「大規模イベントは感染リスクに対応できないなら、中止をしてもらう必要がある」としたが、裏を返せば「対応できれば、可能」とも解釈できる。これを受けて、安倍首相も「大規模イベント等について、専門家会議から主催者がリスクを判断して慎重な対応が求められるとの見解が示されたことから、今後は主催者がこれを踏まえた判断を行う場合には、感染対策のあり方の例も参考にしてください」と、事実上は主催者側の判断に委ねることとした。

 新型コロナウイルス禍の問題は人の移動が制限され、モノやサービスが動かないことによる「経済損失」に置き換わっている。個人所得が減少し不要不急の購買が控えられて、消費が減退しているのだ。国内では倒産する企業もあり、収入が全くない個人事業主もいる。政府は新型コロナウイルスの影響で学校が一斉休校した措置として、一定の要件を満たしたフリーランス(個人事業主)や自営業の人たちに対し、1日あたり4100円の休業補償を緊急対応策に盛り込んだ。

 そんな中、芸能関係の団体からはこの休業額は雇用者向けに出す助成金の上限日額8330円により少ないため、金額を補償を倍増させ、なおかつ休校以外で休んだ場合も対象にするように求められていた。政府の措置は、あくまで「学校の休校に伴うの休業補償」だが、4月以降も感染者が発生すると、地域によってはイベントが中止され、芸能人などの仕事のキャンセルが相次ぐかもしれない。そこで、厚生労働省はフリーランスを対象とした貸付制度に特例を設け、臨時休校と関係がなくても生活資金として最大で20万円まで借りられるようにした。

 福岡市では3月6日から29日まで開催予定だったイベント、ファッションマンス福岡アジアでは、全ての事業が中止となった。また、ファッションマンスに組み込まれた福岡アジアコレクション(FACo)も同日、中止が発表された。そのため、ファッションマンス関連ではショーを予定していたデザイナー、ARAKI SHIROのショーがキャンセル。また、FACoに出演するはずだったモデルの宮本茉由、江野沢愛美や松川菜々花、DJKOOやエグザイルのMAKIDAI、他に数団体のバンドも、すべて出番がなくなった。

 疫病でイベントが中止になるケースは、タレントらの病気や怪我による欠席ではないため、興行保険では担保されず、損害は補償されない。大規模イベントになると、タレント以外に多くのスタッフが関わっており、休業が相次げば経済損失にもつながりかねない。政府が新型コロナウイルスの感染リスクに対応できるなら、大規模イベントの開催を主催者側に委ねる決定をしたのは、刻一刻と変化する状況を見ての判断からだ。

 では、4月以降、大規模イベントは開催されるのだろうか。それには、別の問題が関わって来る。タレントらの感染リスクと損害・休業補償の問題である。FACoやTGC(東京ガールズコレクション)のようなファッションイベントは、ホールやアリーナといった屋内会場になる。ショーに出演するモデル、タレント、ミュージシャンらは、ステージやランウエイで繰り広げるパフォーマンスの他に、バックステージでのヘアメイク、フィッティング、音合わせなどでスタッフと濃厚接触する。もし、ウイルスのキャリアが会場等にいた場合、感染リスクは来場者よりはるかに高いと考えられる。

 万一、イベント終了後にタレントらの感染が判明すると、どうなるのか。医療機関でPCR検査を受けてのことだから、医師によって「イベント会場」で感染したと判断されることもあり得る。そうなると、タレントらは回復するまですべてのスケジュールをキャンセルしなければならず、損害、休業補償などの問題が生じるわけだ。その場合、補償について話し合う場合、当事者の一方が誰なのかである。イベント会社やイベントを業務委託した諸官庁、自治体、経済団体などが推定される。


補償リスクから、TGC東京は無観客開催

 ファッションイベントの場合、主催者自らがイベントを企画・制作するわけではない。ほとんどが外部のイベント会社や代理店などと契約を結んで業務委託する。TGCの場合では、主催は「東京ガールズコレクション実行委員会」で、共催・後援に諸官庁自治体経済団体などが名を連ねている。これらの委託を受けたW TOKYOが企画制作を行い、プログラム内容に合わせてゲストを選考し、契約を結んでいるモデル事務所や芸能プロダクション、音楽事務所から所属するモデルやタレント、ミュージシャンをイベント会場に派遣してもらうのだ。

 問題を整理して考えてみよう。次の3つのケースがある。①イベントが事前に中止されるケース。②イベントが開催されるケース。③イベントでゲストタレントらが感染するケース、である。①の場合は感染リスクはないが、タレントらは仕事がキャンセルされるため、ギャラが発生しないのがほとんど。だから、前出のように関連団体が芸能人に対しても学校の休校以外でも休業補償の対象にしてほしいと、要望したのである。

 ②の場合は、イベント会社がタレントの所属事務所などに「タレントが感染しないように万全の態勢を整える」旨は伝えていると思われる。ただ、大阪のライブハウスでクラスター感染が発生した原因として、専門家からは「狭いスペースに大勢が集まり、楽しくなると騒いで飛沫を遠くに飛ばす可能性があるところ」「熱がある人が咳をしたとき、飛沫が2メートル程度飛びそうで、かつ換気が悪い場所で行われるイベント」が挙げられている。つまり、TGCは限りなく感染リスクが高いということになる。


 
 ③の場合は、イベント会社はタレントの所属事務所などと協議することになる。契約書には「会場での天変地異(地震や水害)で、派遣タレントらが被害を受けた場合」との条項は記されていると思うが、それにウィルス感染のような「疫病」が含まれるかどうかは微妙なところだ。タレントは所属する事務所にとっては「商品」。カネを稼げる大事な商品が損害を受けるわけだから補償の話し合いがこじれると、事務所などがイベント会社、イベント主催者を相手取って、民事訴訟に踏み切ることが無きにしもあらずだ。ただ、主催者といっても、東京ガールズコレクション実行委員会は、法的責任を問える実質の契約の当事者にはなりえない。

 そのため、イベント会社とタレントの事務所などとの間、また実質的な業務委託者である共催・後援者とイベント会社の間で、新型コロナウイルス禍に合わせて契約内容を見直したのではないか。イベントを開催する場合に万一、不可抗力で感染した場合の損害、休業補償はどうするか。さらにSNS等で誹謗中傷された場合までの責任を持つのか。おそらくイベントの中止が相次いだ3月中には、4月以降の開催を想定して新たな条件に加える調整が行われたと思う。仮に共催者がイベント会社が提示する条件変更(業務委託者にとって不利)を飲めないのであれば、イベントの中止も止むなしかもしれない。

 今年2月29日の「マイナビ TGC 2020 SPRING/SUMMER」は、新型コロナウイルス禍による感染拡大につき、厚生労働省の発表を受けて「無観客」で行われた(ショーの模様は動画配信、タレント着用の商品は専用サイトで購入可能)。ただ、東京ガールズコレクション実行委員会やW TOKYOは厚労省の発表(来場者などの感染リスク)を受けて判断したというのは、表向きの理由だと思う。それよりも後援=開催資金を補助する観光庁や東京都、渋谷区の強い意向、冠スポンサー・マイナビのイメージ悪化や同調圧力、そしてW TOKYO自らがタレントらが感染した場合の補償を回避するため、と見た方が説明がつく。

 新型コロナウイルス禍は感染しても発症までに時間がかかり、その間に二次感染、三次感染を引き起こす可能性がある。TGCはライブハウスよりは大きな会場で行われるが、ウイルスの怖さははっきり見えないことにある。終了後にタレントらの感染が判明する可能性もあるわけで、感染症にゼロリスクはありえないことを考えると、いかにリスクを抑える対応を取るか。TGC東京が無観客で開催したのは、それが来場者や出演タレントら、後援する諸官庁や自治体、各種経済団体、主催者やイベント会社、そしてスポンサーにとって、いちばんベストな選択だったからだ。


熊本開催は多選知事の政治決断か




 では、4月以降のイベントはどうなるのだろうか。ネット上では「コンサート中止で3月の収入もゼロ」「新型コロナで貧困に苦しむイベントスタッフ、演奏家」などの見出しが躍っている。イベントで食っている人々にとっては、1日も早く再開してもらわないと死活問題になる。こうした傾向は、4月25日に熊本市で開催予定の「TGC KUMAMOTO 2020 東京ガールズコレクション」も、例外ではないだろう。(https://girlswalker.com/tgc/kumamoto/2020/)

 このイベントは、主催は他会場と同じく東京ガールズコレクション実行委員会であるが、共催は熊本市、TGC熊本推進委員会、後援が熊本県、協力が熊本経済同友会、熊本商工会議所、熊本市中心商店街等連合協議会、企画・制作はW TOKYO、冠スポンサーは鶴屋百貨店となっている。主演者は、女優にも活動を広げている中条あやみや新川優愛、昨年の記者発表に参加したモデルの三吉彩花、タレントのマギー等々、ミュージシャンではAIやDa-iCEなど。こちらでも開催するか否かの協議が行われていると思うが、いろんな利害関係者が絡むため、中止か、延期か、無観客かの決定は簡単ではないはずである。

 政府の専門家会議は、イベントを開催する場合の注意事項を挙げている。それには体温の測定や症状の有無を確認し、具合の悪い人は参加を認めないように要請すること。また、感染が広がっている国を14日以内に訪れた人も参加すべきでないと規定した。会場では手洗いする場の確保、手で触れる場所の消毒などの徹底。入場者数を絞り互いに一定の距離を保つなど密集しないようにする必要性も強調する。また、声援などで大声を出すことを避け、屋内の場合は適切に換気するべきだとしている。

 TGC KUMAMOTOの会場はグランメッセ熊本で、キャパは最大で1万人となる。専門家会議の注意事項にある「入場者数の絞り込み」「互いに一定の距離を保つ」「大声を出すことを避ける」「換気する」を厳守すれば、TGCそのものが成り立たない。もちろん、出演タレントらの感染リスクがあるため、事務所側が派遣に難色を示すことも考えられるし、イベント会社や共催・後援者側がタレントらの感染で被害・休業補償を求められる可能性もある。何より来場者が感染すれば強行開催したからだと、自治体の責任も問われることになる。

 感染や損害、休業補償に対抗するには延期や無観客開催が有効だが、政府や都道府県が開催自粛を呼びかけても、格闘技の「K-1」は3月22日、予定通り決行された。法的拘束力がない自粛要請だったからだ。ところが、23日になって観戦者から発熱症状が出たという報告が厚生労働省にあったという。もし、この感染者が新型コロナウィルスに感染したのなら、強行開催した主催者の責任は計り知れない。

 また、イベントを開催するか否かが主催者に判断に委ねられるとは言っても、東京ガールズコレクション実行委員会は、任意の団体で法人格を有しない。だから、損害・休業補償を訴えられた場合の当事者にはなりえないのだ。結局は共催の熊本市、TGC熊本推進委員会、後援の熊本県などが補償を求められることになるだろう。コロナ特措法の主旨に立ち返ると、最終的には熊本県知事が政治判断することになるのではないかと思われる。



 もっとも当の蒲島郁夫知事は、3月は任期満了に伴う県知事選(告示3月5日、投開票22日)のただ中にあった。と言っても、今回は新型コロナウイルス禍中だったため、通常の選挙活動を封印して公務を優先したが、対立候補に大差をつけて4期目の当選を果たした。

  TGC KUMAMOTOは、蒲島知事が選挙公約に掲げた熊本地震からの創造的復興事業の一つであり、選挙戦の最中から非常に難しい課題だったのではないか。そこで開催について知事がどう対応するかが注目される。今回は地元の鶴屋百貨店が冠スポンサーについたため、初回に比べて自治体色は薄れているが、県をはじめ熊本市が拠出する補助金も、年度早々だから「けつかっちん」にはならない。会場さえ確保できれば、中止はせずに秋ぐらいに延期するという選択肢もある。それとも、TGC東京と同じく無観客開催にするのか。強行開催もあり得るが、クラスター感染にもなれば、就任早々なのに県知事の政治生命を奪うことにもなりかねない。

 新型コロナウイルス禍がいつ終息するのか。現時点では全くわからない。経済活動の停滞も深刻になってきている。政府はいろんな対策を打ち出しているが、ホリエモンをはじめとしたイベント開催派は「ゼロリスクはあり得ない」「同調圧力に屈すれば経済が崩壊する」「中止や延期による莫大な損失が置き去りだ」と、ネット民を中心に開催の自由を訴えている。利害関係者はそうした世間の動向も見ながら、蒲島知事の決断を固唾を飲んで待っているだろう。

 もちろん、憲法で保障されている集会の自由は守られるべきだ。しかし、イベントを開催するのは当事者の自由と叫びながら、感染拡大を阻止して封じ込めができるのか。それとも、自由をプライオリティにした結果、オーバーシュートを起こして東京オリンピックまでも中止にさせてしまうのか。国難とも言える状況だけに、何かを守れば、何かを捨てなければならないのは、当然のこと。改めて日本人の見識が問われている。

追記:このコラムをアップした同日の3月25日、TGC KUMAMOTOは、公式HPで「新型コロナウイルス感染拡大の影響に伴う開催延期およびチケット払い戻しについて」との表題で、延期を発表した。https://girlswalker.com/tgc/kumamoto/2020/news-archives/2801/
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