HAKATA PARIS NEWYORK

いまのファッションを斬りまくる辛口コラム

器を作り、人を集める。

2024-06-26 06:36:11 | Weblog
 1976年、米国ロサンゼルス・ハリウッドに誕生したロンハーマン。フレッドシーガルでバイヤーを務めたロン・ハーマンがお客に心地よい刺激を与えたいとのコンセプトで、ファミリー対応のウエアから雑貨までを揃えてオープンした専門店だ。2009年、ロンハーマンはサザビーリーグと日本における独占ライセンス契約を締結。同年8月に東京・千駄ヶ谷に日本1号店を出店した後、東京、神戸、大阪、愛知などに出店し、14年には福岡にも進出した。




 ロンハーマン福岡店でスタッフを採用し販売代行にもあたったのは、岡山に本社を置くカイタックホールディングスの子会社で、福岡で不動産事業を手掛けるアキアゴーラカンパニー。同社はアパレルメーカーのジュングループが展開する「ビオトープ福岡」の誘致にも携わった。6年後の2020年には、ロンハーマン西隣りの会社跡地に「カイタックスクエアガーデン(以下、スクエアガーデン)」を開業。こちらは道路から少し奥に入った4層、吹き抜けのモール型施設で、それまでの福岡にはない斬新なランドマークを予感させた。

 施設開発のきっかけは都心部の天神や隣接する大名での家賃高騰があった。1980年代後半の地上げに始まり、90年代にはファンドが進出。現在はオフィスビルの建て替えが進行中だ。新たな商業プロジェクトを展開するにも用地はなく、両エリアから外れるしかなかった。だが、離れすぎると回遊性が悪くなる。アキアゴーラカンパニーはそうした環境下でも、用地を探して施設を開発しテナントを誘致。スタッフを採用し販売体制を整え、新たな商業の芽を吹かせる。それがスクエアガーデンが立つ「警固エリア」だった。

 スクエアガーデンには多種多彩な業態が並ぶ。コンバースをカスタマイズできる「White atelier BY CONVERSE」。英誌・Monocle magazineの世界のレストランBEST50にも選ばれたハンバーガー店「GOLDEN BROWN」。バラエティーに富んだ作品を上映する木下グループの「キノシネマ天神」。結婚式場の他にイベントスペースやフォトスタジオとして利用が可能な「WEEKEND HOUSE」等など。日々の生活に潤いを与えてくれる業態で、実際に店舗を訪れないとその良さが体験できないものばかりだ。



 しかし、アキアゴーラカンパニーの開発プロジェクトはこれだけに止まらない。2027年春には、スクエアガーデンに隣接して新たな複合施設「カイタック・リビンコート」がオープンする。こちらは地上22階建てのA棟と2階建てのB棟で構成。A棟は1~3階が商業ゾーンで、4階以上がマンション(62戸)。1階と2階に高感度なファッションやライフスタイルなど、3階はメディカルやヘアサロンで構成する予定。B棟は1、2階のメゾネットタイプのテナントを導入する。着工は24年秋になるという。



 プロジェクトは、カイタックグループの貝畑雅二CEOの「グループの西日本の新しい拠点にしたい」との意向から始まった。スクエアガーデンが新型コロナウィルスの感染拡大で、開業が当初の2020年4月28日から6月11日にずれ込み、コロナ禍の2年間は苦戦を強いられたものの、23年度の売上高は前年度比約20%増と伸長。売上げの堅調さが開発への自信に繋がったようだ。ロンハーマン、スクエアガーデンと3施設が並べば、誘客のポテンシャルはぐんと上がり、人が集い楽しめるエリアになるとの思惑も見える。




 また、福岡市の中心部には自治体が進める「セントラルパーク構想」がある。これは中央区にある大濠と舞鶴の公園一帯を活用し県民・市民の憩いの場、また歴史、芸術文化、観光の発信拠点に整備するもの。アキアゴーラカンパニーの中原伸広社長は、スクエアガーデンの開発時にこんなことを語っていた。「天神や大名の西通り沿いには海外ブランドなども進出するが、賃料の割に売上げが上がらず撤退してしまうケースが少なくない」「(スクエアガーデンの用地が)天神・大名エリアとセントラルパーク構想が進む大濠公園・舞鶴公園エリアを結ぶ国体道路~けやき通り沿いであったことは、決断するにあたっての大きな理由だった」。

 つまり、自治体の整備計画とうまくシンクロさせ、中心部の商業開発を進めていくという狙いと見て取れる。ロンハーマン、スクエアガーデン、ビオトープの単独では「点」でしかないが、それぞれが有機的に結びつけば「線」になり、さらに住宅を加えることで回遊性が生まれて「面」になる。繁華街エリアがぐんと広がるということだ。東京渋谷駅の周辺が開発され、さらに宮下公園が商業施設に生まれ変わると、明治通りや宮益坂を通って表参道に続く人の流れがさらに増えた。それの福岡版とでも言うか。


売上げ至上主義からの発想転換か

 では、開発計画の課題は何か。やはりいかに誘客するかだろう。天神エリアは西鉄福岡駅を核にして、南側に岩田屋や福岡三越、福岡大丸、ソラリアプラザなどが並ぶ。ここにはアパレルから飲食、サービスまでが充実するため、老弱男女の消費がほぼ完結する。その西側には天神西通り、大名エリアがあり、南側には国体道路が走る。人通りが一番集中する天神西通りと国体道路の交差点から一番近いロンハーマン福岡店まで、徒歩で5~6分はかかる。客の流れは東側の警固神社、福岡三越方面では大きいものの、ロンハーマンがある西側ではどうしても細ってしまう。

 ロンハーマン手前にはかつてブックオフがあり、漫画を立ち読みする若者で溢れていた。だが、ドラッグストアに変わると若者の流れが切れたように感じる。大名エリアも中央区役所横の通り、紺屋町商店街を軸に東の天神側には買い物客が回遊するが、西側にはほとんど流れない。まして、大名を訪れる若年層が国体道路を渡ってロンハーマンやカイタックスクエアガーデンまで行くかといえば、それも難しい。客層がファミリーターゲットで高級路線のロンハーマン、映画館やブライダルサロンといった目的消費のスクエアガーデンとは異なるからだ。まだまだ回遊性を生んでいるとは言い難い。






 一方、ビオトープ福岡はロンハーマンから西に1.2km行った国体道路沿いに位置する。バスに乗ると店舗前の警固町から3つ目の赤坂三丁目で下車し、徒歩で5分ほどだ。その先の大濠公園一帯は市民のランニングコース、外国人旅行者の観光コースになっているが、天神、大名、警固のエリアと買い物で回遊するにはやはり距離がある。城南区方面からの通勤客を含めて自転車利用者が大半を占める。また、ビオトープ福岡では、福岡城址や護国神社の緑に囲まれるロケーションから、当初はナーセリー(園芸商材)も扱っていたが、現在では休止している。環境に品揃えを合わせても、誘客には結び付かなかったようだ。



 スクエアガーデンは、23年度の売上高が対前年比で約20%増収したが、同施設が特別なわけではない。新型コロナウィルスが5類感染症に移行したことで、人流が回復したのだから数値が伸びるのは当然だ。ただ、テナントを見るとフランフランが展開する「モダンワークス」は、すでに閉店し空きスペースは埋まっていない。家具を中心にファブリック、アート、グリーンなどの関連アイテムを揃えたものの、スペースが広いほど売上げ効率は悪く、家賃負担が重くのしかかったようだ。同業態は東京青山店も閉店しており、都心部では厳しい状況と言える。筆者もYOYデザインのSCRIBBLEシリーズのコースターを購入しただけだった。

 現状、ロンハーマン、ビオトープ福岡、スクエアガーデンは、爆発的な売上げを誇るまでには至っていないと思う。テナント各店が集客力を発揮するにも、個店にできることは限られている。デベロッパーとしては現状の売上げ状況を承知の上で、改善することにチャレンジしている状況ではないか。「天神西鉄福岡駅から離れたエリア」「わざわざ買い物に来てもらう」「目的&時間消費の業態集積」「同業種を集めないテナント配置」等など。天神や大名の商業施設に慣れてしまえば、つい「厳しいんじゃないの」と見てしまう。開発思想が業態成立のセオリーから外れた異端に思えるからだ。

 もっとも、スクエアガーデンではエントランスのスロープ脇に一坪型のショップスペースも確保されており、イベントや仮店舗などの短期出店を想定し、定期借家とは別契約で出店できるようにしたと思われる。こうした部分は天神のビルインや大名の路面店にはない試みだ。やはり、若者が気軽に店を出して商売をできる環境を作る。デベロッパーがそうした役割を果たしているとすれば、個店も最大限の誘客努力をするべきだと思う。人の往来が多い天神西通りで店の存在をアピールしつつ、ライブコマースなどを手がけて情報を発信するなど、リアル、バーチャル双方での誘客が必要になるだろう。

 ファッションライターを自認するあるお方は、「カイタックは金持っとるなあ」とだけで済ませていらっしゃる。しかし、一連のプロジェクトを資金力だけで捉えても意味はない。アキアゴーラカンパニーも多くの課題があるのは承知の上で取り組んでいるのだ。2023年6月9日から11日には、「こだわりのFOOD・SWEETSが楽しめる2日間」と銘打って3周年の記念イベントを開催。誘客や賑わい創出のきっかけが掴めたのかなど、課題を掘り起こしているはずだ。国体道路の警固~赤坂の呼称「けやき通り」では、住民や店舗が共同で、フリーマーケットを開催している。次のステージはそうした街ぐるみの連携に移っていく。

 ファイブフォックスの創業者で、先日お亡くなりになった上田稔夫さんの言葉を借りると、「日本ではテイスト、オケージョンにそっていろんなファッションがある。しかし、それを捨てたところにもマーケットが出現する。人間にとってファッションの楽しみって何なのか。それにはレボリューションが必要だ」という考え方もできる。ファッションビジネスでは常に革命を起こすような発想が不可欠。それは売上げ至上主義とは別の考え方から生まれる。今は異端であっても、やがて正当になる時が来るからだ。

 幸い福岡市はそれほど広くないエリアに交通網、公共サービス、商業施設、住居などの生活機能が集中し、非常に暮らしやすい街を形成している。いわゆるコンパクトシティだ。それでも天神を取り巻く渡辺通りや国体道路では朝夕の交通渋滞が激しい。こうしたクルマ社会を少しでも脱していくには、徒歩で移動できる範囲に都市機能を充実させていかなければならない。器を作って、そこに店を誘い、人を集める。それがヒューマンスケールの街づくりのスキームとなる。アキアゴーラカンパニーの開発事業がその一助になることに期待して、今後を見守っていきたい。

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レストア勝負になる。

2024-06-19 06:38:48 | Weblog
 今日のコラムは本来なら先週投稿する予定だった。だが、4月初めに書いたものが投稿を伸び伸びにしていたため急遽、先週に差し込んだ。すると、6月12日の繊研PLUS「めてみみ」に「スニーカーのリペア」(https://b161.hm-f.jp/cc.php?t=M23445&c=42499&d=fc08)という記事が掲載された。偶然とはいえ、筆者を含め業界関係者がそれだけ注目していることだ。では、本題に入ろう。

 スニーカーをできる限り長く履くための工夫、それがビジネスになることについてだ。日々の移動では電車や地下鉄、徒歩が多いので、お気に入りのスニーカーを履き続けると、消耗が激しくなるというのは前にも書いた。アッパーやタンの劣化が激しくなると、そろそろ買い替えのシグナルで新しいものを探さないといけない。ただ、スポーツブランドからセレクトショップ、専門店までで、気に入った1足を見つけるのは容易ではない。そこで、お気に入りはできるだけ長く履けるようにケアも考えるようになった。



 ゴールデンウィークが明けて急に暑くなり好天が続いたので、ホワイトのキャンバススニーカーを履き始めた。毎度のことだが、白地はすぐに汚れが目立ってくる。洗い替えに1、2足用意してシーズンをローテーションで履き替えるのが理想なのだが、1足しかないとこまめに洗って履き続けるしかない。一応、専用洗剤やブラシを使って洗ってはいるが、よくすすいだつもりでも、洗剤がアッパー部分に残ると、乾いた時に廻しテープとの境目が黄色に変色することがある。同じ経験をした方も多いのではないだろうか。




 原因を調べると、スニーカー用の洗剤は「弱アルカリ性」が多いので、成分が少しでも繊維に付着すると変色するのだそうだ。防ぐには「よくすすぐこと」、そしてアルカリ成分を中和する「」に漬けるのが良いとあった。なるほどである。念には念を入れると、洗う段階から「中性洗剤」を使い、すすいだ後に酢を入れた水に漬ければいいだろう。そうすれば黄ばむのを抑えられ、元のような白さが蘇るかもしれない。早速、やってみた。すると、弱アルカリ性の洗剤で洗うよりも、黄ばみが抑えられた。今後はこの方法を使っていくことにする。

 ところで、海外のスニーカーマニアはセコハンのブランドスニーカーを購入し、綺麗に洗浄して補修を施す=レストア(原状を復元する)動画を公開している。おそらく、丁寧に原状を復元した後は、再販しているのではないか。外国人が公開する早送り映像だから、レストア作業はイージーなのかと思いきや、実際はスニーカーの各部分を洗浄するのに、使用する道具や手法を変えるなど、隅々まで時間をかけている。再販を目的とするなら当然だが。工程を分けてみると、ざっと以下のようになる。





 1.紐を外し、専用のブラシを使用し表面の汚れを軽く落とす。
 2.アウトソールの溝に入りんだ土などの汚れはピックでかき出す
 3.容器に入れた液体洗剤を念入りに撹拌
 4.汚れ落とし用のブラシでミッドソールの側面から汚れを落とす
 5.アウトソールは汚れをとした後、スチームクリーナーで洗浄
 6.内側もブラシで汚れを落とし、毛羽立ちは毛玉取りで落とす
 7.スチームリーナーを使い、洗浄と除菌を行う
 8.中敷きは毛先を変えたブラシで両面を丁寧に洗浄する
 9.アッパーやタンなどは回転ブラシで洗浄
 10.臭いを取るためネットに入れ、芳香洗剤を使用し洗濯機で洗う
 11.スエード面は色落ちを染料で着色
 12.何回かブラシをかけ、さらにスエードスプレーを噴霧
 13.黄ばんだ箇所に漂白剤を塗りラップしてUVライトに当てる
 14.乾燥させた後、内側に芳香スプレーを噴霧





 ある動画制作者は、高級ブランド「クリスチャン・ルブタン」のスエード、「ルイ・ヴィトン」のコラボでも怯むことなく、洗剤をつけたブラシで汚れを落としている。ただ、スエード部分は洗剤で洗うと乾燥後に色落ちが目立つからだろう。染料を上塗りし、できる限り元の色に近づけようとしている。表面の毛羽立ちもスエードスプレー(ミンクオイル配合)を噴霧し、丁寧にブラッシングする。最後は芳香スプレーで香りづけまで行って仕上がりだ。ここまで手をかければ、相当の価格をつけても再販は可能だと思う。


単なる中古販売から手間暇かけたリセールに

 このところ、中古販売の人気が鰻登りだ。販売チャネルも路面のリサイクルショップからフリマアプリのメルカリ、さらに新興の買取事業者までと増えている。ただ、これらの業態で売られている商品は、ブランドであるかないか。また、状態の程度の違いこそあれ、使い古して不要になったものが大半。中でもメルカリのような仲介サービスが支持されるのは、誰でも簡単に出品でき、買い手がつく可能性があるからだ。ただ、そうした商品でもマニアが好むレアなものを除き、ほとんどが量産品のため、それほど高値で取引されることはない。

 商品単価を上げることが難しい中、中古品の売買事業者はスムーズに取引を進められる方向に軸足を移している。主にブランド品が対象になるが、買取希望者が店舗に直接持ち込んだり、自分で店舗まで送付する手間を省くため、買取業者の間では宅配買取の「梱包キット」を用意するのが当たり前になった。各社が中古品の売買に参入している状況では、他社よりも買取の利便性を向上させることが差別化につながると考えたわけだ。

 メルカリは2024年5月22日から出品者の「値段決め」や「価格交渉」の煩わしさを解消するために、「価格なしの出品」機能の提供を始めた。これにより、購入希望者側が「購入したい価格」を提案し、出品者がその提案をOKすれば、取引に移るというものだ。このサービスもできる限り簡単に出品してもらうことで、売買機会を増やす=メルカリ側の手数料収入増を図る狙いと見て取れる。さらにヤクルトの宅配員に家庭に眠る不用品の回収を委託する実験も始めた。不用品はメルカリで販売するというが、営業所で不用品が管理できるのか、発送業務の手間が生じるなど課題も少なくない。

 ただ、出品者は商品ができる限り高く売れて欲しいし、購入者はできる限り安く買いたい。そうした心理は程度の差こそあれ、一様に同じと見られる。つまり、中古品売買のハードルが下がると、売買機会を増やすために売れる環境を整える様々なサービスが登場する。一方で、出品者側は売りたい商品について何らかの差別化、競争力を持たせる必要に迫られる。もちろん、それが面倒な人間の方が大半だと思うが、市場がここまで大きくなると、少しでも高く売るには中古品の質を上げるなど何らかの工夫が必要になるということだ。






 海外のセコハンスニーカーでは、人気アイテムを手間暇をかけてレストアし、新品と見まごうレベルに仕上げるようになっている。こちらも最初は価格が安い中古のブランドスニーカーを見つけて自分で履くために洗浄、補修していたのだと思う。それをネット動画で公開すると、あまりに反響が高かったために「これはビジネスになる」と踏んだのではないか。数をこなしながら試行錯誤を繰り返すことで、洗浄や補修の技術を高められたこともあるだろう。あえてSDGsに結びつけるまでもなく、セコハン先進国の欧米だからこそ、生まれたビジネスではないか。日本に浸透していくのも時間の問題だと思う。

 中古品はニーズが増え、マス市場を形成するまでになった。中古品の買取業者の中には、「何でも買い取ります」を謳い文句に、「破れ(衣類)」「壊れ(携帯電話・家電)」「傷物(楽器・工具類)」「カビ(カメラレンズ)」などがあっても引き取ってくれるところがある。ただ、これら「瑕疵のある商品」を綺麗に洗浄、補修して、実際に再販しているかはわからない。洗浄、補修するにはスタッフが必要になり、コストがかかる。仮に0円で引き取っても、割に合わない。おそらく廃家電やパソコンからは金属を取り出し、それ以外のものは様々な素材やパーツ用として海外に輸出しているのではないか。

 国内の中古品市場に目を向けると、実店舗やネットなどでは様々な企業が参入し、競争が激しくなっている。これまでのように店やサイトに商品を並べたからといって、簡単に買い手がつくとは限らない。つまり、中古品売買は次のステージに移りつつあるということだ。その意味で売り手ができる限り高値で売りたいのなら、商品の状態を良くすることが不可欠になる。なおさらブランドスニーカーのような人気アイテムは、使用時からケアを欠かさないのはもちろん、きちんとクリーニング&補修を施す=手間暇とコストをかけて原状を復元したものなら、高値で売れるという理屈である。

 一方で、国内の買取業者ではユーズドスニーカーを洗浄や補修し、付加価値を上げてまで再販するには至っていない。買取業者は中古品の状態のままで金額を査定するノウハウしか持っていないから、それは仕方ない。エルメスのバッグやロレックスの時計などの中古品は、多少の劣化があるものでも売りやすい。また、宝石・貴金属は分解して石と地金に分けることができるので、再加工のための原材料として流通できる。つまり、革製品や高級時計、宝石・金地金なら中古品でも高値が付くから、それほど手をかけなくてもいいわけだ。

 だが、スニーカーは違う。履くほどに汚損や劣化が進み、足臭が付くわけで、「まだ十分に履けるから」の価値感だけでは、競争激化に飲み込まれて販売は難しくなる。売る側が中古品だから状態の低下は許容範囲のはずだとしても、買う側とすればより状態の良いものを欲するわけで、売買成立のギャップは無くならない。つまり、売るためには買う側の気持ちになることも重要なのだ。今後は日本でも中古のブランドスニーカーを売るには、欧米のように洗浄や補修を施すことが差別化、競争力になり、売れる条件になっていくだろう。あとはそこまでして売りたいか、そのままで売れるのを待つかだけの違いだ。

 欧米では日本よりもはるか前からセコハン文化が根付いている。それはSDGsとは別の次元でビジネスとして浸透し成熟の領域に入ったことから、何らかの活性化策が必要になってきたわけだ。クリーニング&補修を施して原状を復元するのは、必然というべきかもしれない。メルカリが米国でうまくいっていない理由もその辺に隠れているのか。日本のリサイクル業者やプラットフォーマーにとっては、商品が売れるに越したことはない。ブランド品の買取業者は高く売るための条件を指南するが、今後はリサイクル業者やプラットフォーマーが原状復元のための手法について周知啓蒙したり、レクチャーすることが必要になるのかもしれない。

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夢を語る是非。

2024-06-12 06:59:48 | Weblog
 今回はアパレル業界とは違うことを書く。上場企業の収益が増し、株価も値上がり基調にある。日本企業による海外での買収案件も目立ってきた。企業の収益が安定し社員の賃金が上がると、経営者は夢を語り始める。日本経済は失われた30年からようやく脱却の時を迎えたのだから、社員を引っ張って行く上で夢を語るのが必要であることは理解する。でも、どんな時代でも経営が立ち行かない企業は、倒産の憂き目に遭うのも事実だ。

 平成に入って2年目の1990年。バブル景気が崩壊する1年ほど前、ある企業の倒産に遭遇した。もちろん、勤務していた会社が損害を被ったわけではない。倒産した企業とは事務機器の中堅販社。社長が一代で築き上げた会社で、有名メーカーの商品をリース販売して業績を上げていた。年に一度、取り扱う商品が改変されるため、営業用の総合カタログやパンフレット、展示会のDMなどが広告代理店や印刷会社に発注される。これらは同社の営業マンにとってセールスツールでもあり、取引先にも提案しやすいなどデザイン面での注文が多かった。

 1989年秋、同社が翌年春から新たに外国製の機器を扱うことで、日本語版のカタログやパンフレット、ポスターなどの案件が発生した。元請けの金額にすると、全部で2000万円は下らない。業者としては是が非でも獲得したい仕事だ。発注先は企画プレゼンによるコンペで決まる。大手代理店から印刷会社まで十数社が事前のオリエンテーションに出席するとの話だった。ただ、元請けとして仕事を得られるのは1社のみ。オリエン出席業者のすべてがコンペに参加すれば、受注できる確率は10数分の1だった。

 ところが、この企業と長年取引していた大手代理店が今回は参加しないとの情報が入ってきた。うちの会社にも参加を打診されたが、バブルの真っ只中でもあり、制作の人間は皆、抱えるクライアントだけで手一杯。全て外注すればできなくはなかったが、利益が薄い割にリスクは高い。それ以上に「あの代理店が参加しないのは何か裏がある」との予感から、辞退することになった。この段階では単なる懸念に過ぎず、その後の状況は予測もつかなかった。

 この企業については、プレゼン経験があるデザイナーから、以下のような話を聞いていた。同社の社長は業者を前にしたオリエンで、毎回「企業は社会の根幹を支えている。だから、経営者は事業で勝つか負けるかというより、社員に対して夢を語り、己の信念、哲学に従って会社を経営していかなければ…」とのニュアンスの訓示をしていたそうだ。当時、クリエイティブワークを行う上でそれほど重要とは思わなかった。しかし、訓示の内容とは裏腹に多くが裏切られることになるのだった。

 コンペが終了し、受託業者が決定。すべての制作物が納品されたのは、半年くらい後だったと聞く。しかし、その数週間後、オフィスの入口には「株式会社〇〇〇〇は、諸般の事情により休業やむなきに至りました。お取引各社様におかれましては、多大なご迷惑を…」という倒産を告知する張り紙が貼ってあったそうだ。出社した社員は事実を受け入れられるはずもなく、右往左往するばかり。倒産の知らせを聞いて駆けつけた債権者らしい輩に絡まれる様子も目撃されている。この時、大手代理店がコンペに参加しなかった理由が何となく想像できた。

 この企業の倒産情報を銀行筋からいち早く入手していたのかもしれない。他の業者はそれまできちんと支払いがあったので、信用していたようだ。しかし、社長と娘婿で銀行出身の副社長が外部の監査役と結託して計画倒産を企て、実行に移した。常務は経営面で社長と対立し、しかも入院中で事態を知らなかった。社長派の親族が専務や平取に就いていたが、計画に加担したのかは不明だ。首謀の二人は売掛金を早めに回収し、仕入れ代金は手形で決済。現金はどこかにプールし、逃亡資金にしたとか。業界内ではそんな噂話が流布していた。

 企業が倒産する主な要因は、売上げ不振と手元資金の枯渇だ。経営陣がそうした状況に追い込まれると、私利私欲から関係者を裏切り、意図的に会社を倒産に追い込むこともある。給料を受け取れない社員、手形が不渡となる業者は、憤懣やるかたない。一方で、首謀者は経営責任を負わせるスケープゴートを用意することもある。ここからは仮定の話だが、倒産の少し前に中間管理職の社員が社長から取締役就任を告げられたとすればどうか。指示通りに誓約書に記名・捺印し、定款変更のためと言われ、実印や印鑑証明を渡す。倒産のスキームも財務状況も知らないまま、役員就任の報告を兼ねた出張を命じられる。

 ところが、会社に戻った途端に債権者に囲まれる。登記簿には役員として名前や自宅の住所が記されている。借金の連帯保証人にも名前があり、実印まで押されていると、法的には逃れられない。自分は何も知らなかった=善意だとしても、裁判で立証するには相当の労力と時間がかかる。社長が語る夢に賛同して仕事をしてきたのに、計画倒産のための捨て駒にされるとは思ってもいない。しかし、それには善意で無知の新参取締役が適任なのだ。もちろん、あくまで仮定の話である。社長が社員に語った夢がどんなものかは知る由もない。むしろ社員や取引先を丸め込む方便だった可能性もある。この時はそんなことも考えた。

形にできる人間こそが夢を語れ

 一方、別の取引先ではこんなケースにも触れた。店舗が100店にも満たない中堅の小売りチェーンは、社員にどんどん仕事を任せることが奏功し、平成不況の中でも売上げは順調に伸びていた。また、集中的なドミナント展開を行わなかったため、店長がじっくりマネジメント術を身につけることができたという。店長はあくまで黒子に撤してスタッフを育てる。そのスタッフが全国的なロールプレイングコンテストで上位を占めるなど、人材が確実に育成され、それが売上げアップにつながる好循環を生んだ。



 一口にマネジメント術といっても漠然としている。一応、スタッフのシフト決めから売上げ・商品の管理、本社への報告、本社からの指示受け、スタッフへの連絡、コミュニケーションまでがある。だが、それらがどの程度のレベルか、またショップの売上げにどこまで結びついているのかは、よくわからない。結局、数字が良ければ、うまくいっていると判断されるに過ぎない。もちろん、方法論にそったマネジメントだけでなく、店長の裁量でできることがあり、それが目に見えない効果となって、良い結果を生むこともある。

 この企業では店長が通常業務の他にいろんなことをこなしていた。ある店長は店舗の掃除を隅々まで行ってクレンリネスを徹底した。スタッフが行えばいいのだが、各自の仕事に集中してもらうため、自らは汚れ仕事も躊躇わなかった。スタッフはそんな店長をちゃんと見ていた。「私たちにもできることは何でも言ってください」と。店長は実感した。「これだけのスタッフに店は支えられている。彼らがもっと自発的に仕事に取り組めるようにすれば、店はもっと良くなる」と。

 エリアが変われば、環境もお客も異なる。ある店長は地域へのアピール力が足りないと感じ、カード会員獲得のキャンペーンを張った。大手では派遣会社の手を借り、店頭でお客に入会を勧めるが、この店ではスタッフに任せた。店長は「隣近所からも会員さんを増やしてください。多く獲った人は報奨します」と指示した。おそらく本社に掛け合って、下準備をしていたと思う。結果は一人で100人の会員を獲得した強者もいたという。だが、会員獲得が目的ではない。スタッフを一つの目標で結束させること。それもマネジメント術なのだ。

 店長をまとめる役職として、エリアマネージャーがいる。その人がこんなことを語っていた。「世の中、不景気って言われるでしょ。でも、売上げの話ばかりじゃ楽しくない。だから、店長にはスタッフに対し、もっと夢を語れよって言っているんです」。お客さんに接するのは店だからこそ、店長を中心にしてスタッフがいかに結束するか。店を成長させていくのは、売上げ目標だけでないという認識が伝わってくる言動だ。

 店長が語る夢が簡単に叶えられるわけではない。それも十分に承知の上だ。ただ、店長はスタッフからの提案があれば、いつでもすんなり聞き入れる。もちろん、大事なことは、「こんな風にしたい」「こうあれば、楽しい」「できるできないより、やってみることが大事」と、自己実現したい形を示すことだと、先のエリアマネージャーは言う。店がそうなれば、お客もきっと喜んでくれる。スタッフも誇りに感じ、働きやすくなるということだ。

 夢を叶えたからではなく目標を達成した店舗には、会社からのインセンティブがある。年間で売上げ予算を10%以上超えると、店長ほかスタッフ全員にロサンゼルス研修がプレゼントされるのだ。実際に現地に赴いた店長の話では、ビバリーヒルズからダウンタウンまでのいろんな店舗を見て回るほか、コンドミニアムの上層階を貸し切ってパーティも開いたという。



 ロスの高級スーパーでロブスターや肉、野菜、スパイスやソースなどを調達する。料理好きのスタッフがキッチンで調理をして参加者全員をもてなす。もちろん、シャンパンやワインも揃い、ゴージャスなひと時を過ごせたという。これは本社の上層部と現場の店長が折に触れて話し合い、研修と報奨を連動した企画として実現にこぎつけた。スタッフは店舗視察ができるし慰労も兼ねているので、経営陣から異論は出なかったようだ。

 店長がスタッフに語った夢とはどんなものだったのか。少し頑張れば達成できそうなものから、とても実現できそうにない壮大なものまであったと思う。夢なのだからそれでいい。大事なのは店長が夢を語ることで、スタッフのモチベーションが上がること。結果として、売上げ目標が達成されれば、スタッフへの還元もあり得る。さらに企業として次のステージに挑戦しようという意欲を生む。具体的な戦略が動き出せば、さらに資金や人材が集まっていく。

 倒産した企業の社長が社員に語った夢。小売りチェーンが店長に求めたスタッフに夢を語れ。本来ならどちらも同じ目的でなければならないが、結果は大きく違った。経営者が夢を形にするには理想が必要で、理想を持つには信念が不可欠だ。つまり、経営者が信念を持てば、必ず行動が伴うということ。夢は叶えられなくても、自己実現は不可能ではない。もちろん、それは企業、社員、取引先、そして社会にとって公正であること。目標を形にした人間こそが夢を語るべし。それも一理あると思う。

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黒子を脱する時。

2024-06-05 06:49:30 | Weblog
 少し前、下着メーカーのワコールを傘下にもつワコールホールディングス(以下、ワコールHD)の決算発表を見た。2024年3月期は連結で、売上高に当たる売上収益が前期比0.7%減の1872億800万円、純損益は86億3200万円の赤字。赤字は2年連続で、赤字幅は前期の16億4300万円から大きく拡大した。業績低迷の要因は、国内外で主力商品の下着の販売が振るわなかったこと。また、米国の女性用下着事業からの一部撤退に伴い、減損損失を計上したことなどが影響した。

 国内の下着事業では、高級ラインの「ユエ」や「サルート」が堅調に推移した一方で、中価格帯ブランドの「ワコール」や「ウイング」は苦戦した。これは前期から続く傾向で、実店舗で新規顧客の獲得ができていないのが大きな要因だ。傘下のピーチ・ジョンもタレントの藤田ニコルを起用したプロモーションやコラボ企画も効果は出ずに、全てにおいて営業赤字。米国事業でも一部の取引先で仕入れ抑制が継続して低調だった。

 ワコールHDはワコールの業績が好転しない中、構造改革の一環からグループ会社の見直しに手をつけた。同社が所有するマネキン製造・内装施工の(株)七彩の株式544万株のうち、463万株を物流会社のセンコーグループホールディングス(以下、センコーグループ)に譲渡する。これにより、同社が所有する七彩の株式は議決権所有割合で15%弱となり、同社の子会社から外れることになる。ワコールが七彩を子会社化したのは1987年だから、協働効果を発揮した時期もあったと思うが、近年はそれも薄れているようだ。



 そもそも七彩とはどんな企業か。アパレル業界、特に店作りやディスプレイなどに携わった経験がある方はご存知のと思う。ただ、黒子的な会社なので一般にはあまり知られていない。筆者も業界に入った1980年代の初め、取引先の専門店でよく同社の営業の方と一緒になった。社名はすでに七彩となっていたが、店舗のマネージャーやスタッフの間では「七彩工芸」という旧名で呼ばれていた。それだけ長きにわたって御用達にされていた証左だろう。総じて同社のマネキンに対する専門家の評価は高く、あるディスプレイヤーは「マネキンは七彩、什器はアルス」と語っていたほどだ。

 ワコールHDは、2期前の19年3月期から21年3月期の中期計画において、七彩の戦略について言及。そこでは、「この3ヵ年で利益重視の経営を高めて、営業利益率4%水準の実現に取り組む」としていた。「人手不足やAI(人工知能)の普及を背景に事業環境が変化する中、マネキン事業の需要増加」を見込んだ。「飲食業界や空港、学校といった公共施設のハイセンスな内装工事の需要も高まっていることから、これらを好機と捉え百貨店、アパレルメーカーだけでなく、新しい業種の工事事業の顧客開拓を進めていく」との目標も掲げていた。

 ワコールHDが22年6月に策定した「VISION 2030(23年3月期~25年3月期の中期計画)」にも、七彩の数値目標が掲げられている。25年3月期で、売上収益が83億1500万円、増減率(対23/3期)が29.5%増、事業利益が2億8000万円、売上比が3.4%。21年3月期が営業利益率で4%を目標に掲げていたから、やや下方修正している。それでも、計画から1年で七彩を子会社から外したのは、目標通りにいきそうにないからだろう。決算発表では経営陣は「シナジー効果がない」と語っている。

 まあ、ワコールHDとすれば、本業の下着事業が苦戦を強いられる中、七彩がそれをカバーして余りある営業収益を上げていれば別だ。だが、中期計画に掲げた営業利益率4%すら難しく、低空飛行が続いている状態では、シナジー効果がないとの判断に至っても仕方ない。ただ、アパレル業界の人材不足に対応すべくデジタルコンパニオンやアバターを超え、AIを駆使したロボット開発などに投資をできなかったことはあるだろう。また、内装工事の需要は東京などの大都市では活発だが、地方は百貨店が不振でSC開発に絞られている。飲食店や空港、学校などの新規開拓にしても、あまり進んでいなかったと考えられる。


物流会社傘下で七彩はブラッシュアップできるか



 マネキン製造会社の事業モデルとはどんなものか。マネキンは製造しても販売は一部に限られ、多くは取引先との「リース契約」になる。アパレルメーカーにしても、ショップにしても、マネキンは商品をディスプレイするツールになる。商品にはトレンドがあり、シーズンごとで変わる。トレンドが変われば、それに合わせてマネキンも変えた方がいいかなとなる。だから、マネキンにも人間のような目鼻立ちや体つきのもの。完全に塗りつぶしたもの。デフォルメして形状を留めないものなど、いろんなデザインや仕様がある。

 ディスプレイに携わる人間なら、ブランドイメージやウエアのテイストで、使用するマネキンを変えたくなる。フェミニンでコンサバな商品なら、より人間に近いマネキンの方が見た人は服を着用した時をイメージしやすい。逆にミニマルなデザインの服であれば、デフォルメされたものやコーディネートスタンドの方がウエアは訴求される。同じマネキンを何年も使い続けないなら買い取る必要もなく、一定の期間だけリースをすればいいわけだ。それに買い取れば資産となり、償却まで課税の対象となるが、リースなら経費で落とすことができる。



 また、製造会社はマネキンを販売すれば1体分の売上げしか立たないが、リース契約するとリース料は1体分の価格より高く設定できる。契約が終了すると、マネキンを回収してリサイクルに回すことになるが、新しいもののリース契約が結ばれれば継続して売上げが立つ。販売するよりリースの方が収益に貢献してくれるわけだ。もちろん、仮縫い用の人台(ボディ/トルソー)のように、デザイナーのアトリエや専門学校などに販売されるものもある。こちらは歴史がある海外ブランドの人気が高く、国内のマネキン製造業者が販売代理店になっているケースが多い。

 1867年に創業したフランスのマネキンメーカー、STOCKMAN(ストックマン)がそうだ。人間の理想的なポロポーションというか、バスト、ウエスト、ヒップの美しい黄金比率を表すボディは、創業からずっとハンドメイドで製造されている。衣服をデザインする上で欠かせないツールとして世界中で愛用され、有名デザイナーのアトリエから生み出される服は、ストックマンのボディ上で作られていると言われるほどだ。七彩は2007年からストックマンのボディを製造販売するSIEGEL & STOCKMAN社の日本総代理店となっており、親会社が変わっても販売は継続されると思われる。

 一方、内装施工については、店舗の出店や改装の動向が売上げに影響する。一般にショップが新規出店したり売場が改装されるのは、春と秋が多い。つまり、施工はそれに合わせて集中するため、一年を通じて見ると売上げに波がある。それを解消するには店舗以外の取引先を開拓しなければならない。ただ、皇室の御所や迎賓館、各国の大使館、各種舞台、高級ホテルなどの内装施工を受注するとなると、営業力や設計ノウハウ、技術の蓄積や実績がものを言う。七彩がワコールHD傘下入りした後、そうした分野に参入するため、どこまで人材に投資し育成してきたかと言えば、疑問だ。



 七彩は長年、マネキンのリースで百貨店や路面の専門店のみを相手にしてきた面は否めない。それはルーティンワーク=御用聞営業に満足してしまう企業風土を生み、新規の顧客開拓へのチャレンジ精神を育てていなかったのではないか。ワールドHDの傘下入りし親会社から経営陣が来たところで、急に企業風土や社員の気質が変わるとは思えない。経営陣はそれを時間をかけて変えていこうとしたと思うが、大手百貨店の本店改装プロジェクトを請け負えば、売上げもポンと上がる。会社全体がそれに甘んじれば、中期的な戦略を立てても実効性を欠く。なおさら、下着事業との協働効果は出にくい。

 では、七彩にとってセンコーグループ入りはどんなメリットがあるのか。マネキンの搬入や入れ替えはトラックを使う。かつては七彩の各支店には取引先に出向く営業マンとは別にトラックのドライバーがいて、搬入や入れ替えに当たっていた。百貨店のような大型店舗では専用駐車場にトラックを停めることができるが、路面の専門店は路駐して搬入していた。その後、道路交通法が改正され、駐車違反が厳しくなったことを考えると、トラック輸送のノウハウをもつところが搬入や入れ替えを行った方が無難かもしれない。それだけがセンコーグループが親会社になった理由とは思えないが、マネキンや什器のストックでは物流倉庫を活用できるわけだから、物流会社との親和性はなくもない。

 2025年には大阪・関西万博が開催される。開催まで1年を切ったが、建設費の高騰や人手不足の影響で、工事は計画通りに進んでいない。万博は内装業者にかなりの好影響を及ぼすと言われる。万博工事があった年には乃村工藝社などの売上げがぐんと伸びているからだ。七彩が万博に参画しているかはわからないが、今回はいつものとはかなり事情が異なるようで、各事業者ともそれほど期待していないのかもしれない。七彩が本流の店舗関連に資源を集中させながら新規開拓にも挑むのであれば、そちらの方が賢明な判断と言えるだろう。

 業界に入った頃、取引先の専門店に行くと、七彩の営業マンの商談が長引いて待たされることがあった。彼が商談を終えて去った後、バイヤーさんがポツリと語った話が今でも記憶に残る。「売場作りには定数や定量のルールがあるんだよ。定数とは什器一台を置くのに必要なスペースを決め、それあたりの適正な什器の数をはじき出すこと」「什器一台あたりの適正な商品量を決めるのが定量。さっきの営業マン、その辺をちゃんと提案してくれるんだよ。さすが七彩というか、彼が優れているんだけどね

 七彩のマネキンは業界でもファンは多く、ディスプレイツールや什器も定評がある。リサイクル品を一般にリセールするだけでなく、賃貸の住宅やマンションのリノベーションに活用してもいいのではないか。SDGsには賛否両論が渦巻いているが、マネキンのリサイクルを積極的にビジネスにしていくことは重要だと思う。加えてバーチャル向けのイノベーションは引く手あまたで、ネット通販対応のデジタルマネキンの需要も高まっている。アパレル業界の黒子として御用聞営業に甘んじてきた部分から抜け出し、自らをブラッシュアップして新たなビジネスモデルを確立できるか。今後の七彩を期待をもって見ていきたい。

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