5月の半ばだった。過去に買って気に入った無地のホワイトTシャツを追加購入しようとしたところ、自分の体型に合うMサイズがすでに欠品していた。そのことをこのコラムでも取り上げ、一旦は諦めるしかないと思っていた。
ところが、1週間ほど前、取扱店から連絡が来て「再入荷した」とのこと。その時はあとでじっくり検討しようと、メールをチラ見しただけだった。たまたま、7月25日付けの繊研PLUSで「デザイナー発のストック型無地Tシャツ『ピウオッロ』」の見出しを見てハタと思い、サイトの在庫表を確認するも、時すでに遅し。再入荷した白、M以上のサイズはすべて完売。 またしても、購入のタイミングを逸してしまった。
因に楽天市場や他店を検索すると、同じようにSOLD OUT。各店とも完全仕入れで、マーケットプレイス扱いではないと思う。もともと、再入荷した在庫が数十枚と少なかったこともあるが、厚手で上質な白Tを待ちわびていたお客は、意外に多かったことを改めて実感した。
そこで繊研の記事を読むと、デザイナー側も無地Tにはチャンスありと見ている。これを年間通して販売できるのは大手チェーン店くらいしかないが、筆者と同じようなお客がいて再入荷しても即完売するわけだから、潜在需要は底堅いと言える。
ストック型無地Tシャツ「ピウオッロ」は、2004年にwjkをスタートし、現在junhashimotoのデザイナーを務める橋本淳氏が手がけるブランド。現在は無地Tの他にジーンズを卸とECで販売している。
企画に至った背景には、無地のTシャツが置かれた環境があった。まず、年間を通して一定のニーズはあるが、無地であるがゆえ「商品自体にはストーリー性が乏しい」ことがある。また、デザイナーは「上質な素材」「プリント柄」などでストーリー性を出したいが、価格が高価になるために在庫を抑えざるをえず、売れ切れると追加ができないというジレンマを抱えていた。
一方、SPA化した大手セレクトとは違い、仕入れのみに頼る個店では、こうした卸側の理由から無地Tを年間を通じて販売することは難しい。デザイナーとしては、これまで潜在ニーズはあると認識していても、いろんな条件がネックとなってできなかった。 ピウオッロは、それらを一つずつクリアすることから企画をスタートしたのである。
確かに市場を見ると、ベーシックで上質、かつ手頃な価格の無地Tは意外に少ない。百貨店ではブランドの一アイテムくらいで、価格も高くメジャーにはなりにくい。一方、量販店はトレンドを追っかけたアイテム(プリントTシャツ含む)を格安で売っているが、ベーシックな無地T(4オンス程度の下着とは違う)は全くお目にかかれない。筆者がネットで購入先を探したのはそのためで、そこで売り切れると諦めるしかないのだ。
無地Tは外には表れず目立たない、マーケットの中で埋もれた存在でもあったのだ。橋本氏はそこに目を付けて、デザイナーなりに仕掛けていった。それがピウオッロである。企画に賭けたご本人のコメントは以下の通り。
橋本氏:「ブランド、小売店ともに過剰在庫で倒れていく厳しい環境となり、メンズの黄金アイテムである無地Tシャツとジーンズを年間取り扱う店は減っている。店にとって〝メシの種〟にもかかわらずだ。そこで、これまでのデザイナービジネスにはない「在庫シェアプラットフォーム」を作る目的で立ち上げた」(原文のまま)
在庫シェアプラットフォームとは何か。繊研側は、「在庫フォローできるプラットフォーム」と解説している。商品は卸とECで販売中というから、取引アカウントをもつショップが商品が売れると追加仕入れができるバイヤー向けの卸サイトではないか。IDやパスワードを使ってログインすれば、バイヤーはストックされた在庫から色、サイズ、在庫点数が確認でき、ほしいものを注文できる仕組みだろうか。
筆者が知るフランスやイタリアのアパレルメーカーでも、海外のバイヤー向けに卸サイトを公開しているところがある。展示会で取引アカウントを開設すれば、アパレルからIDとパスワードが送られて来るので、バイヤーは期中に追加仕入れをしたければ、在庫を検索できるのだ。
橋本氏が語っているように、デザイナー系ブランドは展示会仕入れ、受注生産が多いので、期初にオーダーした枚数しか生産せず、フォローが効かないものが少なくない。シンプルでベーシックな無地Tは通年で売れる公算が高いが、それでもバイヤー側はリスクを考えて在庫を積むことに二の足を踏む。在庫フォローのプラットフォームがあれば、商品が売り切れても、期中に追加オーダーができるので、バイヤーとしては願ったりである。
橋本氏:「ディレクションする前に、無地TシャツをSPA(製造小売業)ブランドなど片っ端から購入して着てみた。(中略)大抵の人は店で服に触れた時のフィーリングで買っている。ECは物に触れられないのだから、買う気をくすぐるストーリー性がとても重要。ベーシック物のストーリー作りは僕の得意分野で、素材と作りで一番カッコいいバランスを取れたと思っている」(原文のまま)
商品化された無地Tは、一般のもののように前身頃と後ろ身頃を脇で縫い合わせるのではなく、ジャケットの「細腹」のような生地が挟み込まれ、立体裁断風で4枚接ぎになっている。だから、ドレスのようにウエストがシェイプされ、スタイルをきれいに見せる。ゆる過ぎず、ピタピタ過ぎないカッコいいバランスに仕上げたという。素材は空紡糸を使ったオリジナルの編み地で、 首の後ろの位置に「+」マークが小さくプリントされている。4860円と値ごろ感のある価格設定だ。
かつて「BA-TSU」は無地Tをブランド化するために、胸元に「×」の刺繍を入れて販売した。これがブランド名の起源でもあったが、進化したデザイナーは素材にもデザインにもパターンにもストーリーを持たせ、Tシャツにブランドの世界観を際立たる。「たかがTシャツ、されどTシャツ」との思いがデザイナーを突き動かしたようである。
橋本氏:「『ジュンハシモト』は顧客が付き、お気軽ではないブランドとなって、新しいことが試しづらくなった。大手SPAが小さなチャレンジを積み重ねていることへの危機感もある。特に気軽に買える価格はすごく大切。提案価格を保つにはストーリー性が欠かせないし、そこを伝えられる売り場を持ちたい。ライフスタイルブランドにして自分の好きなバランスを表現していきたいと考えている」(原文のまま)
junhashimotoにも無地Tはある。「背中で語るセリブシリーズ」という冠がついた定番のカットソーだ。こちらは背中(背中心)がリブ仕様になっており、着る人の背骨に添って伸縮する。ヤクザ映画ではないが、背中で語る男のTシャツだ。価格は10,800円(税込)と高額だが、毛羽の無い上質な糸を使った天竺で、ハイゲージの編み機で編み立てられている。100回の洗濯にも耐えうるというから、コストパフォーマンスは悪くないかもしれない。
それにしても時節柄を考えると、1万円以上もするTシャツはメジャーになりにくい。その点、ピウオッロは価格が5000円以下と、値ごろだ。価格に対する価値(ストーリー性や質感など)を考えると、お買得である。お客さんの側もセリブと比較できるだろうし、選択肢が増えるのは、双方にとって販促効果につながるのではないか。
もっとも、こうしたベーシックで、ストーリー性をもつ無地Tは、筆者のような中高年男子がいちばん買いやすいアイテムだと思う。wjkではかつて3枚パック(1万円程度)無地Tがあり、質はとても良かった。当時から橋本氏はプレーンなアイテムでも生地や色、ディテール処理で独自の世界観を打ち出す技量に優れていた。そして、時代の流れ、アパレルマーケット変化、卸先の状態を俯瞰で見ながら、 ピウオッロに辿り着いたのだ。
本来なら、百貨店や百貨店系アパレルが企画すべきものだと思うのだが、それができないから中高年男子からもそっぽを向かれているのではないか。アパレル全体の市場がどういう状況なのか。売場を見て、バイヤーの声を聞いて、売れる環境を創造し、アイテムを企画する。世代を問わずに求められるクリエイティビティには、やはりデザイナー自らが動くしかないようである。
ところが、1週間ほど前、取扱店から連絡が来て「再入荷した」とのこと。その時はあとでじっくり検討しようと、メールをチラ見しただけだった。たまたま、7月25日付けの繊研PLUSで「デザイナー発のストック型無地Tシャツ『ピウオッロ』」の見出しを見てハタと思い、サイトの在庫表を確認するも、時すでに遅し。再入荷した白、M以上のサイズはすべて完売。 またしても、購入のタイミングを逸してしまった。
因に楽天市場や他店を検索すると、同じようにSOLD OUT。各店とも完全仕入れで、マーケットプレイス扱いではないと思う。もともと、再入荷した在庫が数十枚と少なかったこともあるが、厚手で上質な白Tを待ちわびていたお客は、意外に多かったことを改めて実感した。
そこで繊研の記事を読むと、デザイナー側も無地Tにはチャンスありと見ている。これを年間通して販売できるのは大手チェーン店くらいしかないが、筆者と同じようなお客がいて再入荷しても即完売するわけだから、潜在需要は底堅いと言える。
ストック型無地Tシャツ「ピウオッロ」は、2004年にwjkをスタートし、現在junhashimotoのデザイナーを務める橋本淳氏が手がけるブランド。現在は無地Tの他にジーンズを卸とECで販売している。
企画に至った背景には、無地のTシャツが置かれた環境があった。まず、年間を通して一定のニーズはあるが、無地であるがゆえ「商品自体にはストーリー性が乏しい」ことがある。また、デザイナーは「上質な素材」「プリント柄」などでストーリー性を出したいが、価格が高価になるために在庫を抑えざるをえず、売れ切れると追加ができないというジレンマを抱えていた。
一方、SPA化した大手セレクトとは違い、仕入れのみに頼る個店では、こうした卸側の理由から無地Tを年間を通じて販売することは難しい。デザイナーとしては、これまで潜在ニーズはあると認識していても、いろんな条件がネックとなってできなかった。 ピウオッロは、それらを一つずつクリアすることから企画をスタートしたのである。
確かに市場を見ると、ベーシックで上質、かつ手頃な価格の無地Tは意外に少ない。百貨店ではブランドの一アイテムくらいで、価格も高くメジャーにはなりにくい。一方、量販店はトレンドを追っかけたアイテム(プリントTシャツ含む)を格安で売っているが、ベーシックな無地T(4オンス程度の下着とは違う)は全くお目にかかれない。筆者がネットで購入先を探したのはそのためで、そこで売り切れると諦めるしかないのだ。
無地Tは外には表れず目立たない、マーケットの中で埋もれた存在でもあったのだ。橋本氏はそこに目を付けて、デザイナーなりに仕掛けていった。それがピウオッロである。企画に賭けたご本人のコメントは以下の通り。
橋本氏:「ブランド、小売店ともに過剰在庫で倒れていく厳しい環境となり、メンズの黄金アイテムである無地Tシャツとジーンズを年間取り扱う店は減っている。店にとって〝メシの種〟にもかかわらずだ。そこで、これまでのデザイナービジネスにはない「在庫シェアプラットフォーム」を作る目的で立ち上げた」(原文のまま)
在庫シェアプラットフォームとは何か。繊研側は、「在庫フォローできるプラットフォーム」と解説している。商品は卸とECで販売中というから、取引アカウントをもつショップが商品が売れると追加仕入れができるバイヤー向けの卸サイトではないか。IDやパスワードを使ってログインすれば、バイヤーはストックされた在庫から色、サイズ、在庫点数が確認でき、ほしいものを注文できる仕組みだろうか。
筆者が知るフランスやイタリアのアパレルメーカーでも、海外のバイヤー向けに卸サイトを公開しているところがある。展示会で取引アカウントを開設すれば、アパレルからIDとパスワードが送られて来るので、バイヤーは期中に追加仕入れをしたければ、在庫を検索できるのだ。
橋本氏が語っているように、デザイナー系ブランドは展示会仕入れ、受注生産が多いので、期初にオーダーした枚数しか生産せず、フォローが効かないものが少なくない。シンプルでベーシックな無地Tは通年で売れる公算が高いが、それでもバイヤー側はリスクを考えて在庫を積むことに二の足を踏む。在庫フォローのプラットフォームがあれば、商品が売り切れても、期中に追加オーダーができるので、バイヤーとしては願ったりである。
橋本氏:「ディレクションする前に、無地TシャツをSPA(製造小売業)ブランドなど片っ端から購入して着てみた。(中略)大抵の人は店で服に触れた時のフィーリングで買っている。ECは物に触れられないのだから、買う気をくすぐるストーリー性がとても重要。ベーシック物のストーリー作りは僕の得意分野で、素材と作りで一番カッコいいバランスを取れたと思っている」(原文のまま)
商品化された無地Tは、一般のもののように前身頃と後ろ身頃を脇で縫い合わせるのではなく、ジャケットの「細腹」のような生地が挟み込まれ、立体裁断風で4枚接ぎになっている。だから、ドレスのようにウエストがシェイプされ、スタイルをきれいに見せる。ゆる過ぎず、ピタピタ過ぎないカッコいいバランスに仕上げたという。素材は空紡糸を使ったオリジナルの編み地で、 首の後ろの位置に「+」マークが小さくプリントされている。4860円と値ごろ感のある価格設定だ。
かつて「BA-TSU」は無地Tをブランド化するために、胸元に「×」の刺繍を入れて販売した。これがブランド名の起源でもあったが、進化したデザイナーは素材にもデザインにもパターンにもストーリーを持たせ、Tシャツにブランドの世界観を際立たる。「たかがTシャツ、されどTシャツ」との思いがデザイナーを突き動かしたようである。
橋本氏:「『ジュンハシモト』は顧客が付き、お気軽ではないブランドとなって、新しいことが試しづらくなった。大手SPAが小さなチャレンジを積み重ねていることへの危機感もある。特に気軽に買える価格はすごく大切。提案価格を保つにはストーリー性が欠かせないし、そこを伝えられる売り場を持ちたい。ライフスタイルブランドにして自分の好きなバランスを表現していきたいと考えている」(原文のまま)
junhashimotoにも無地Tはある。「背中で語るセリブシリーズ」という冠がついた定番のカットソーだ。こちらは背中(背中心)がリブ仕様になっており、着る人の背骨に添って伸縮する。ヤクザ映画ではないが、背中で語る男のTシャツだ。価格は10,800円(税込)と高額だが、毛羽の無い上質な糸を使った天竺で、ハイゲージの編み機で編み立てられている。100回の洗濯にも耐えうるというから、コストパフォーマンスは悪くないかもしれない。
それにしても時節柄を考えると、1万円以上もするTシャツはメジャーになりにくい。その点、ピウオッロは価格が5000円以下と、値ごろだ。価格に対する価値(ストーリー性や質感など)を考えると、お買得である。お客さんの側もセリブと比較できるだろうし、選択肢が増えるのは、双方にとって販促効果につながるのではないか。
もっとも、こうしたベーシックで、ストーリー性をもつ無地Tは、筆者のような中高年男子がいちばん買いやすいアイテムだと思う。wjkではかつて3枚パック(1万円程度)無地Tがあり、質はとても良かった。当時から橋本氏はプレーンなアイテムでも生地や色、ディテール処理で独自の世界観を打ち出す技量に優れていた。そして、時代の流れ、アパレルマーケット変化、卸先の状態を俯瞰で見ながら、 ピウオッロに辿り着いたのだ。
本来なら、百貨店や百貨店系アパレルが企画すべきものだと思うのだが、それができないから中高年男子からもそっぽを向かれているのではないか。アパレル全体の市場がどういう状況なのか。売場を見て、バイヤーの声を聞いて、売れる環境を創造し、アイテムを企画する。世代を問わずに求められるクリエイティビティには、やはりデザイナー自らが動くしかないようである。