1年半ほど前だったか。経済・金融情報の配信する米国のブルームバーグが、「家具インテリアのニトリHDがアパレルチェーンの展開を検討している 」と伝えた。このニュースはアパレル業界で一時は話題となったが、その後は同社から具体的な内容が発表されることは無く、いつの間にか立ち消えになったのかと思っていた。
ところが、社内では着々と計画が進んでいたようで、今年3月に「N+ 」という名称で実店舗が埼玉県の「ららぽーと富士見」と「越谷レイクタウン」にオープン。さらに10月に開業する千葉県の「テラスモール松戸」にも出店するという。詳細が大々的に発表されていないのに、ニトリ運営のショップと判明したのは、アパレル業界の諜報力というよりは、とにかく他社の動向が気になってしかたない性ゆえのこと。
業界系メディアが覆面調査(http://shogyokai.jp/articles/-/1946)する中で、商品タグに記されたN+というブランド名、企業所在地がニトリの東京本部と同じだったことから、メディアは間違いないと判断したようだ。まあ、ブランド名もユニクロがジルサンダーと協業した「+J」をもろにパクったように見え、業界特有の拘ったネーミング発想などは微塵も感じられない。
一応、公式サイト( https://www.nplus.style/ )が開設されてはいるが、現段階では商品コンセプトの説明程度に止まり、商品のラインナップやオンライン販売もない。ニトリは家具インテリアの業界に製造小売りというビジネスモデルを持ち込んで成長したが、アパレルについては後発でゼロからのスタートだけに、まだまだ試行錯誤の段階と推察される。肝心な商品内容はと言うと、「レディスのミセス向け 」のようだ。
公式サイトには、
「N+(エヌプラス)は、年齢を重ねながらも若々しさや感性を失わない『大人の女性』が毎日着たいと思うファッションを提案していきます 」
「いつまでも自然体でいたいそんな想いに寄りそう新ブランドです 」
との説明がある。また、カテゴリーは、
「友人との食事や子供とのお出かけ。職場への通勤着。自宅でくつろぐ時のルームウェア。N+は、大人の女性の様々なシーンに合うファッションをカラーコーディネートで提案していきます 」
とされている。
前回、アダストリアが開発した40代半ば〜50代向けの新ブランド「エルーラ」について書いたが、N+が想定する客層のライフスタイル、志向も筆者がエルーラで解釈したそれとほぼ一致する。ニトリとしても、ある程度のマーケティングリサーチを行った結果、狙うなら新規開拓の余地があるターゲット、今のマーケットでいちばんブランドが不足しているゾーンと判断したのではないか。
では、実際の商品はどうか。公式サイトのモデル写真を見る限りでは、ミセス向けなので淡いカラーでディテールに多少のデザインを施した程度。カテゴリーに記されている通り、「デイリーや仕事で着られる」ことを意識したと見られる。価格帯は1990円、2990円、3990円の3プライスで、買いやすさを追求したようだ。
まあ、パット見でその色合いや価格から、かつてのダイエーや今のイオンといった量販店が企画しそうなPBに見えなくもない。というか、ニトリにはアパレルのノウハウはないのだから、OEMやODMの業者に丸投げしたというより、家具製造でネットワークをもつ商社のアパレル部門に企画から生産まで委託したのでないかとも考えられる。
覆面調査員は実際に商品を購入し、チェックしている。商品ついての総括では、ニトリがスローガンにする「お、ねだん以上」の意味、「競合商品よりも3~5割値段が安いか3割以上は品質、機能性が優れていることが大前提」にからすると、競合が想定される「ユニクロや無印良品と比較すれば、優位性は感じられない 」と記している。筆者が大手量販店のPBレベルと感じるのも、同程度の価格では二社の方がはるかに上質な商品を売り出しているからだ。
また、調査員が購入した「ショート丈シアーニットカーディガン(2990円)」は、 甘編みによる透明さから清涼感があり、素材組成はアクリル95%、ポリエステル5%。同レベルの商品は、無印良品やユニクロではコットン素材で、UVカットという付加価値がつく。調査員は「肌触りや素材そのものの質感という点では、アクリルがコットンに勝るとは限らない 」と述べているが、筆者も冷房の効いた室内着といっても夏のカーディガンに合繊オンリーは厳しいのではないかという印象だ。
縫製については、「カーディガン前合わせのボタンホール部分が波打ってしまっている、ボタンホール部分の糸始末も汚い 」と、お、ねだん以上にはほど遠いと評価している。ここら辺も仮に家具インテリアで生産管理に当たっているスタッフがN+でも携わったとすれば、あまりにお粗末である。それとも、商社側に丸投げしたのだろうか。詳細はわからないが、お客はこうした点を鋭く見ているので、改善しないと商品としては致命傷になる。
ただ、あのユニクロでさえ改良に改良を重ねて、お客の信頼を得るまでに5年、10年の歳月を費やしている。でも、ニトリがアパレル事業で既存ブランドと対峙し戦っていくのなら、そんな悠長なことは言ってられない。おまけにお、ねだん以上は顧客に摺り込まれている。お客が現状の商品を見た時に、「ニトリにしてはお、ねだん以下ね 」と、笑えないオチがつかないとも限らないのだ。
販売スタイルについては、調査員の評価は「ベーシックな商品の中にデザインものを一緒にして、しかもハンギング展開 」というから、これもアパレル素人を露呈する。競合ひしめくレディスアパレルで勝負していきたいのなら、店づくりも根本から研究しなければ、ならないということである。
筆者は、ニトリがアパレルを手がける上では、商品づくりから販売スタイル、店づくりまでもっと企画を詰めてからデビューしても良かったのではないかと思う。要は見切り発車すぎたのだ。餅屋は餅屋である。レッドオーシャンのレディスアパレルに挑むのなら、やはりそこから有能なスタッフをヘッドハンティングしなければならない。しかも、スタッフには当面の売上目標や短期計画の期間のみを提示し、あとは自由にやらせるくらいの覚悟が必要だ。でないと、商品も売り方も店も画期的なものは仕上がらない。
あのワークマンがそれまで作業服オンリーから、アウトドアやスポーツ系衣料に参入し、デザインやカラリングで新しい顧客を捕まえたのは、アパレル人材を登用し企画に専念させたからである。異業種にとって、これほど模範となる成功例はないはずだ。
チェーン化については、既存の2店をみると郊外SC中心の展開になっている。これがベストなスタイルなのかと言えば?がつく。いくら現状のマーケットにミセス系ブランドが少ないと言っても、商品に魅力がなければ販売には結びつかない。商品のレベルを上げるには生産量のアップという後ろ盾も必要だから、出店数が少ない状態ではとても上がるとは思えないのである。
だったら、ニトリは多くの店舗を持っているだから、例えば既存店の家具売場を30〜40坪ほど割いてN+のショップにするとか、 ニトリEXPRESSやホームデコの店内にコーナーを設けて、ACTUS風の展開にするとか。既存店を生かしてもいいのではないか。
ニトリレベルの家具なら現物を見て、質感を確かめて買うというのは少数派だ。売場ではタブレットやPCを活用して、お客の商品選びやコーディネート提案、据え付け確認を行い、あとはネットで注文を受けるという時期に来ていると思う。
大塚家具が経営に腐心しているのは、スペースコストがかかっている割に売上げが上がらない点がある。これはローコスト展開のニトリとて、今以上に利益を稼ぐには生産性を上げる必要がある点で共通する。そのためのアパレルなら意味があるはずだ。
既存店でのショップやコーナー展開なら、家具インテリアで集客したお客についで買いを誘発することできると思う。うちの女性陣にこの話をすると、「ニトリに行った時にミセス服があれば、買うかもしれない」と、即答した。少なくともそこで売上げ動向や顧客のニーズを収集し、企画にフィードバックし商品づくりのレベルを上げてから、ビルインやフリースタンディング展開を考えても遅くはないと思う。
ブルームバーグが「アパレルチェーンの展開を検討している」と配信した直後、お世話になっている繊維流通研究会のO氏は、「部外者はアパレルが簡単に作れると考えているようだが、実際にやってみるとそうじゃないと気づくと思う 」と、SNSで呟かれていた。まさに現状のN+を見る限りでは、O氏の言葉は核心を突いている。
せっかく異業種から参入するのだから、在り来たりの展開をやっても面白くないし、ニトリがアパレルに参入する意味は無い。従来とは違う、既存業者にはない発想の転換に期待したい。
グローバルワークやローリーズファーム、ニコアンドなどを展開するアダストリア。同社は40代半ば~50代の女性向けにブランドを企画開発する。
今半期の決算発表はまだだが、昨年は上期(18年3月〜19年8月)が純損益5億5400万円の赤字に転落したものの、下期は下期(18年9月〜19年2月)は商品企画や生産のあり方を見直し、適時、適価、適量を徹底したことで、業績は3%アップ。通期では、連結売上高2226億6400万円(対前年比0.1%減)、営業利益は71億9000万円(同43.7%増)と回復。修正の早さ、学習能力の高さを見せつけた。
ただ、構造的な問題は残ったままだ。それは福田社長が以前から語っている「既存顧客の高齢化 」。例えば、ローリーズファームは、1992年に20代前半をターゲットにスタートしたが、25年以上を経過し顧客の中心年齢が上昇。昨今はそれに企画を合わせるあまり、売場にはヤングからOLや主婦層まで着られる商品が並び、ブランドの焦点がボケていた。そのため、昨秋からメーンターゲットを25歳上に設定して、リブランディングを図っている。
しかし、顧客の高齢化は他のブランドにもそのままスライドする。本来、ローリーズファームの上の層には「リプシム」(アパートバイローリーズやアンデミュウは駅ビル、ファッションビル立地でターゲットは異質)が対応していたが、こちらを卒業した40代半ば~50代には、受け皿となるブランドがアダストリアにはない。顧客がエージアップしているのに囲い込めていないのだ。
こうした状況をとらえ、アダストリアがグループとして初めて40代半ば~50代の女性向けに開発したのが新ブランド「 Elura (エルーラ)」である。プレスリリースによると、
「近年の人口分布の変化に伴い、日本の成人人口の70%以上を40代以上が占める状況の中、アラフィー世代の女性に向けたアパレルブランドはそれ以外の世代と比較するとまだ少ないのが現状」
「体型や肌質、髪のボリュームなど、年齢を重ねたことによる変化や大人の女性特有の悩みに「効く」服を提案いたします。年齢によるお洒落の悩みを解決するだけでなく、ターゲット世代が「自分の好きな自分でいられる」というポジティブな価値を提供する」 のだそうだ。
価格帯はアウター:9,900円~12,900円、シャツ・ブラウス:4,900円~6,900円、カットソー:2,900円~4,900円、ニット:3,900円~5,900円、ワンピース:6,900円~8,900円、パンツ:4,900円~6900円、スカート:4,900円~6,900円(税抜)と、なっている。
40代になると、独身で仕事をしている女性は少数派だし、大半は結婚、出産を経て家事中心の生活を送っている。それに合わせて体型も変わっていく。ただ、子育てを終えると、また仕事に就く人々は少なくない。だから、ターゲットのライフスタイル変化に合わせ、サイズやデザインを一から考え、主婦層でも購入できる価格帯に設定すれば、埋もれた市場を発掘できる可能性は高い。
本来なら百貨店が狙うべきマーケットなのだが、「プレタ」の栄光を未だに引きずっているのか。都心店ではラグジュアリーが好調だからか。裏を返せば、新しい客層を全く取り込めていないとも言えるわけで、それが不振の原因の一つでもあるのだ。この層をターゲットにした百貨店ブランドを見ても、オンワード樫山の「自由区」、レナウンの「エンスイート」は感度的に時代を外れており、「プランテーション」「プレインピープル」は、購入できる層に合わせた着心地重視で、デイリーカジュアルに寄り過ぎている。
インショップ展開するワールドの「リザ」やレナウン(現在は伊藤忠)の「レリアン」には、仕事着になるデザインもあるにはあるが、正直感覚がコンサバ過ぎて、おばさん臭い。というか、メーンの購入客はすでに60代に入っているだろう。なおさら価格が高いので、これ以上マーケットが拡大することはないと思う。
独立系や路面では、「ハグ オ ワー」がモード感覚をもち、今の時代にフィットしているが、こちらも価格が高くメジャーにはなりにくい。逆に「ドゥクラッセ」は値ごろだが、コンサバテイストで対象客が限定されている。他にも40代以上をターゲットにする「コカ」「ピエロ」「マーコート」があるが、販路が限定され全国区ではない。一般大衆からすれば、最寄りに店舗があるユニクロで妥協するしかないのだ。
やはり、本格的にこのマーケットを攻略するには、素材、デザインからサイジングや着心地、オケージョン、価格までをトータルで考え、企画を詰めていかなければ、量販にはつながらない。それには製造から販売までのノウハウをもつSPAが適任で、アダストリアが参入するのは妥当だと思う。他にはストライプインターナショナルがあるが、「イエッカヴェッカ」止りで、攻略には乗り出していない。
特に郊外SCがいちばん求めているコンテンツだろうし、デベロッパーから開発要請や引き合いがあったとしてもおかしくない。今の40代〜50代の女性は若々しいし、アクティブだ。以前なら「人生の折り返しを過ぎて」なんて悲観的に語られる面もあったが、今や「人生100年時代」と言われ始めた。まだまだ老け込んではいられない。そのためにも上辺から若々しくなれるファッションが重要なのだ。
20代、30代のトレンドはルーミーなシルエットに回帰しているが、それをそのまま踏襲したのでは、「太って見える」と逆効果になる。デザインやパターンの線引きが非常に難しい。デイリーカジュアルだけでなく、カチっとした街着、ビジカジでもいけるコストパフォーマンスのいい服。それがメジャーになる条件だろうか。アダストリアの企画サイドがこの相反する条件にどう向き合い、答えを出したのか。10月のブランドデビューが待ち遠しい限りである。
顧客と等身大のキャラは豊富
ここからはあくまで私見だが、ブランドとして大きく育てるには、同年代のイメージキャラクターも重要だと思う。アダストリアは、これまでローリーズファームで新進女優の有村架純(26)や波瑠(28)、そのリブランディングでは長澤まさみ(32、過去にはグローバルワークにも)や夏帆(28)を起用している。みな尖らず、ナチュラルで、等身大の役柄をこなす女優陣だから、ブランドイメージに合った人選だったと思う。
エルーラが対象とするフォーティアップからアラフィフの女優は、さらに人材が豊富である。言い換えれば、芸能界では群雄割拠の世代とも言え、ファッションブランドのキャラとしては、甲乙付け難い。まあ、アダストリアには美魔女キャラは不要だと思うが。
まず40代から。 菅野美穂(42)、松たか子(42)、瀬戸朝香(42)、小雪(42)、内田有紀(43)、中谷美紀(43)、木村佳乃(43)、井川遥(43)、 吉瀬美智子(44)、米倉涼子(44)、吉田羊(不詳) と、ほとんどが20代から活躍し、歳をとっても安定した人気を誇る。(数字は2019年8月21日現在の年齢、敬称略)
50歳過ぎは大塚寧々(51)、鈴木京香(51)、夏川結衣(51)、原田知世(51)、天海祐希(52)と豊富とは言えないが、次席には日本一可愛いとアラフィフと言われる石田ゆり子(49)が控える。あえて失礼な設定で四捨五入すると松嶋菜々子(45)、水野美紀(45)、篠原涼子(46)、宮沢りえ(46)、鈴木砂羽(46)、りょう(46)、松雪泰子(46)、深津絵里(46)、常磐貴子(47)、稲森いずみ(47)、永作博美(48)、木村多江(48)、檀れい(48)、藤原紀香(48)、中山美穂(49)と、アラフィフ予備軍は錚々たる顔ぶれだ。
スタイリング提案まで考えると、着映えがするのはモデル出身の吉瀬美智子や小雪、松嶋菜々子、稲森いずみか。他には黒谷由香(43)、宝塚で男役を務め最近結婚した遼河はるひ(43)がいる。でも、客層との距離感は否めないし、彼女たちは同姓よりも男性ウケするタイプだ。りょうは個性が強いので、モードテイストならはまると思う。宮沢りえ、米倉涼子、檀れい、藤原紀香、天海祐希は格が違い過ぎる。年齢不詳の吉田洋はCMでは母親役を演じているが、やはりキャリアを重ねた管理職イメージが強い。
同世代の客層に好かれ、若々しさを発揮できると言えば、菅野美穂、深津絵里、松たか子、内田有紀、木村佳乃、木村多江、大塚寧々、石田ゆり子だろうか。 最近は露出が減ったが、本上まなみ(44) もいけるかもしれない。名前を見ると、表紙を飾りそうな雑誌名も自ずと浮かんで来る。
彼女たちも20代の頃は個性を発揮していた。清純や汚れという定義を超え、タブーに挑戦したもの。梨園という閉鎖環境に生まれながらも、自由に演技の道を切り開いていったもの。ボーイッシュというか、アンドロジーナスというか、健康的な中性性を醸し出したもの。アンニュイで無美貌な表情が「癒し系」というジャンルを生んだもの等々。
あれから20年以上を経過し、人生の艱難辛苦を経験したことで殻を破り、逆に大人の女優として新境地を切り開こうとしている。それはそのままエルーラが狙う客層の人生を投影していると言っても過言ではないだろう。ゴシップ記事になるほど紆余曲折、波瀾万丈ではないにしても、40代以上の一般女性も勉強やスポーツで競争し、受験や就職を体験して社会の理不尽さにぶち当たるも、人並みに恋愛や結婚、出産を経験し、新たな壁を乗り越えなければならない時期に差し掛かっている。
人生の折り返しを迎えてホッとひと息つけるかと思っていたら、今度は人生100年なんて言われ始めるのだから、「つくづく苦労する国の下に生まれてきたのかな」と思っている人は少なくないはず。そんな女性たちがほんの少しの間でも、女性としての気分が高揚し幸せや心の豊かさを感じられるのは、新しい服を着た時ではないだろうか。ファッションほど大人の女性を活き活きさせる上で、ますます重要になるのだ。
40代の女優陣には、そんな客層と等身大のキャラクターが多いことが、誰がなっても好感を持たれ、共感を得やすいと思う。彼女たちはドラマ、CMの記者発表や映画の舞台挨拶では、専属のスタイリストが借りてきたブランドを着用している。また、セレクトショップがあると言っても、店頭に並ぶアイテムはメーカー仕入れでテイストは限られ、バリエーションも少ないから選択の幅が狭い。日常で気軽に着られるブランドが市場に少ないことを考えると、私服ではお客と同様に苦労しているのかもしれない。
長年芸能界にいれば目が肥えているだろうし、実際に買うかどうかは別にしても、合理的な視点からそんな服は欲しているはずだ。キャラに起用すれば、かなりのプロモーション効果が発揮できるだろうし、感想や意見は今後の企画にも生かせるかもしれない。
かつてレディスを手がけた人間としては、ファッションなんて所詮、上辺のものだと思っている。だからこそ、大人の女性が肩肘張らずに着こなせて、お洒落に見える服。家族からも「ママ、お洒落」と言われ、心にゆとりが生まれる服。それで十分なのだ。エルーラがそんなブランドになることを願うばかりである。
セレクトショップの「ユナイテッド・アローズ(以下UA)」は、今年10月で創業30周年を迎える。それに伴って、キャンペーンや記念アイテムが企画されているが、筆者が注目するのはネットなどで打ち出されているスローガンだ。筆者はこれを専門店経営の根幹、エレメント(条件)と解釈する。 http://taisetsu.united-arrows.co.jp/30th/
それは何か。1998年にUAのCMに登場したイタリア人画家、ジャンルイジ・トッカフォンドを再起用したビジュアルと呼応させるスローガン「ヒトと モノと ウツワ ユナイテッドアローズが大切にしていること 」。業界では、ヒトとは販売や仕入れに携わる「スタッフ」。モノとはアパレルメーカーが製造して同社が仕入れ、または企画する「商品」。そして、ウツワとは商品を販売する拠点、「店舗」と言われる。
この三つがリンクしなければ、アパレル業界、特にファッション専門店は経営が成り立たないとして、過去から念仏のようにずっと語られて来たのだ。今、この三語は普通に使われ、やや陳腐化して聞こえるが、UAが30周年のキャンペーンに使い、広告会社のサン・アドがビジュアル化すると、すごく新鮮に伝わってくる。ウツワには店舗だけでなく、UAが関わる場所やスポットも加えられている。
筆者がこの三語を初めて聞いたのは、今から40年近く前。千駄ヶ谷のマンションアパレルでアルバイトをしていた時だ。そこの社長は取引先の専門店経営者やマネージャーから常々聞かされていたからだろうか。「お得意さんの経営を左右するヒト、モノ、ウツワ。うちはそのうち、モノ作りに当たっている。少しでも手を抜けば、専門店さんはたちどころに崩れていく 」と、事あるごとに口酸っぱく語っていた。
と言われても、筆者は大学生。取引先から発注された商品を納品するためにパッキン(段ボール)詰めをしていたに過ぎない。ファッション専門店の経営に必要な条件だと知っても、 当時はどれほど重要なのかを理解する由もない。それが業界に入ると、あちこちから同じことを聞き、業界紙誌で取り上げられているのを目の当たりにして、少しずつ専門店経営の根幹として、重要かつ不可欠な条件なのだと理解していった。
ファッション専門店にとってヒトとは、単に商品を仕入れ、販売を行うだけではない。バイヤーはアパレルメーカーと直接やり取りするから、自店の方向性にモノ作りが合っているか。クリエーション重視か、数を売っていくのか等々、ケースバイケースで考えきれる思考力やバランス感覚が求められる。
販売スタッフは売場に並ぶ商品への思い入れを持ち、商品を通じてお客との関係性を深めていかなければならない。表情が魅力的で、セールストークが秀逸だけでなく、プライベートの生活や趣味などが人間性の醸成には重要になる。もちろん、個人の目標やキャリア設計もあるだろう。経営者は営業戦略や店舗体制に鑑み、スタッフの素養や適性を見極めながら、人材として育てていかなければならない。
モノである商品は、市場には無数のアパレルが存在し、日々あまたが生まれている。だから、専門店は自店のマーケットポジションを知った上で、仕入れた商品を整理し編集していくために、プランニングが必要になる。それは自店に適した商品(適品)を、適した数量(適量)で、適した時季(適時)に、適した場所(適所)に、適した価格(適価)という五適を確保すること。これができて始めて「専門店の商品 」になるのだ。
また、昨今は商品を差別化し、付加価値をつける意味で、「ブランド」というモノがカギを握る。これは価格やグレードを軸にしたものと、ローカル、ドメスティック、グローバルを軸にしたものがあり、カテゴライズされる。例えば、ハイエンドでグローバルなモノと言えば、欧州を中心にラグジュアリーブランドとなり、国内で低価格と言えばユニクロや無印良品の他、チープなブランドになる。
ただ、中小零細の専門店は、SPA化した大手アパレルのように自社で商品を企画製造ができるわけではない。だから、マスマーケットとターゲットの間を狙うかたちで、自店のポジションにあった商品、ブランド(専門店系アパレルが製造する商品)をチョイスして仕入れ、整理、編集していくことになるのだ。
そして、ウツワである店舗は、人と商品が存在する空間。一概に店といっても多種多様だ。日本語では店だが、英語ではショップとストアとでニュアンスは異なる。路面、ビルインもあり、ハードがない無店舗、ヒトがいない無人店舗もある。ネット上に設けた店は実際に商品を見ず試着もしない仮装店舗となる。
店舗は出店コストをかければ、豪華で立派なハコを作ることができるが、商品が売れていくには売場作りやVMDも磨き上げる必要がある。商品を見やすく、手に取りやすく、買いやすくする「陳列」。商品がよく見えるようにコーディネートし、演出して飾る「デコレーション」。店の主張、シーズンテーマ、ブランドのコンセプトなどを明確化する「打ち出し」。これが売場を演出する上で欠かせない三原則だ。
店の中ではお客を導き入れるための「動線」が重要であり、ゆっくり立ち止まって商品を選べる溜り場も必要になってくる。店の入り口は大きく広い方がお客は入りやすいが、奥まで見通せてしまうと入ってもらえなくなる。店内の3割程度は隠すことで、何かありそうとの期待感を持たせるのだ。また、商品を服種、色サイズ、テイストやキャラクター、シーズン、価格帯などで分類する「ゾーニング」、動線や什器、棚などの位置を決める「レイアウト」も、売場づくりには必須だ。
そして、VMD(ビジュアルマーチャンダイジング)を駆使して、お客の視覚に訴える販売演出までしなければ、店は機能しない。商品の特長を訴えたディスプレイだけでなく、商品をより良く見せるためのイメージ演出や売上げにつなげるための環境づくりだ。店のポジションと品揃えの方向性をシンクロさせてつくり上げたVMDこそ、ウツワである店の広がりや奥深さを映し出すのである。
少々、解説が理屈っぽくなったが、ファッション専門店にとってヒト、モノ、ウツワとはわかっていそうでも、突き詰めきれない究極のエレメントなのだ。筆者がその概念を知って、10年ほど後にUAは産声を上げた。それまでのファッション専門店を進化させ、セレクトショップという新しいスタイルを定着させた「ビームス」から、育ての親の重松理氏、栗野宏文氏らが独立し、ワールドとのジョイントベンチャーとして設立された。
当初、UAが打ち出したコンセプトは、「21世紀の老舗 」だったと思う。それについて重松社長は、「世界に通用する良い店とは品揃え、売場環境、販売スタッフ、顧客……のどれもが、望み得る最高のレベルでそれを達成し、実現する 」ようなことを語っていたと記憶している。UAの根幹は、まさにヒト、モノ、ウツワだったのである。
UAは、創業30周年を機に、改めてセレクトショップを運営していく上で根幹となるエレメントはヒト、モノ、ウツワなのだと、社内外にも訴えかけたいのだと思う。設立当時は、自社が目指すセレクトショップの基準を「ジャパニーズスタンダード」と、定義づけていた。スタンダードは「基準」「規範」という意味。ジャズのスタンダードナンバーのように単に売れた曲、ヒットした曲ではなく、時代を超えてずっと愛され、受け継がれていく曲。そんなショップでありたいという願いが込められていたと思う。
そして、UA30のキャンペーンサイトを見ると、おそらくサンアドのコピーライターが参画したのか、ヒト、モノ、ウツワの思いを平易な言葉でよりわかりやすく表現している。業界では2020年以降、販売の中枢はAIが担い、お洒落需要の減少で新品市場は追い詰められ、店舗はECに対応するためのショールームとC&C(クリック&コレクト)拠点となると、言われている。そんなビジネス論理がまかり通る中で、ヒト、モノ、ウツワはいたって漠然とし、極めて情緒的だ。
しかし、セレクトショップがファッション専門店である以上、経営していく上では必ず壁にぶち当たり、経営者には迷いが生まれる。そんな時にこそ、根幹というか原点に返ることが重要なのである。それはヒト、モノ、ウツワについて、何か欠陥や綻びが生じていないか。それを見つけ出して、手当てをする。ファッションビジネスがどう変わっていこうが、セレクトショップを運営している以上、解決の道はこれしかない。
UAは30周年で、専門店のエレメントを訴えることで、自社においても原理原則を見つめ直そうと自己暗示をかけているのだと思う。時代を超えてずっと愛され、受け継がれていくセレクトショップ。それへの飽くなき追求は、これからも続く。
夏のセールも中だるみする8月初頭、気になるニュースを目にした。衣料品の売上げ不振が続く大手百貨店が「アパレルとの取引を見直したい 」との声を上げたというもの。インバウンドが下火になり、コスメが伸びているとは言え、衣料品不振からの脱却は至上命題。できなければ、秋商戦で売上げの見通しは立たない。果たして抜本的な施策が実行され、衣料品不振から脱却できるのか。依然として不安は拭えないのだが。
今回の見直しについて、三越伊勢丹HDの杉江俊彦社長は、「主力のアパレルメーカー各社の幹部と詰めた話し合いをする 」と語り、詳細は明らかにしていない。髙島屋の村田善郎社長は、「売上げ減少が続く中、単なる値入れ交渉では互いに疲弊する 」と、具体策についても含みを残す。
実際に動きだしたところもある。大丸松坂屋百貨店だ。9月に新装開店する大丸心斎橋店本館において、アパレルは基本的に「定期賃貸借契約 」にするという。リーシングするアパレルはテナント扱いとし、売上げに応じた歩率家賃を取る方法だ。海外ブランドやコスメなどは消化仕入れのままで、アパレルはSCと同じ形態になるわけである。
定期賃貸借は期間を決めてブランドをリーシングするので売れなくなれば、容易に入れ替えることができる。百貨店側は自社の社員を販売に従事させずに済むので、人件費が抑制できる。百貨店はよりデベロッパー色を強めていくことになる。また、予め決めた売上げ目標を超えれば歩合を下げる契約なので、アパレル側は荒利益が好転する。
ただ、それで衣料品の売上げが向上し、百貨店の経営が改善するかと言えば、そんな甘くはない。そもそも百貨店市場が縮小した原因は、景気低迷による所得低下とミドルクラスの没落、消費マインドの冷え込みや中高価格帯商品の売上げ低迷によるものだ。
こうした状況下で、百貨店はアパレルに対し、「商品の納入掛け率を切り下げて利幅を広げること 」で、売上げ減少分を挽回しようとしたに過ぎない。本来ならば、まず自社の高コスト構造にメスを入れなければならないのに、それには手を付けずアパレルの納入掛け率の切り下げることで、自らの値入れ率を上げることに血道を上げた。
それがどんな結果をもたらしたのか。掛け率の切り下げは、そのまま商品原価率の圧縮につながった。アパレル側は素資材のコストを下げ、工賃が安いアジアに製造を委託し、原価率は1995年から5年間で10ポイントも低下したと言われる。結局、肝心な商品は「品質の低下」や「お値打ち感の喪失」を招くかたちとなり、百貨店はさらなる顧客離れを引き起こしてしまったのである。
一方で、2000年に施行された「定期借家法」により、SCや駅ビルに出店する初期投資が従来の5分の1まで減額された。(月額家賃50カ月分の保証金から10カ月分の敷金に)。この時点で、アパレルは百貨店より家賃などの不動産コストを抑制=商品の原価率を上げられて競争力を持ち、集客でSCや駅ビルが優位に立てるかに見えた。
ところが、デベロッパー側も強かで、保証金の減額分を共益費や販促費という形で歩率家賃に乗せたため、結局はテナントの家賃負担は4ポイントも増加した。また、同年の「大店立地法」施行により、商業施設では営業時間が延長されたことで、アパレルは売上げは伸びないのにコストが増えるというダブルパンチに見舞われた。
さらに2010年頃からはECが急拡大し、お客は実店舗からECへ購入場所を移していった。ただ、EC事業者が年々手数料を上げており、一部のアパレルは自社EC、自前のプラットフォームに投資し始めている。百貨店を取り巻く環境は商品の品質低下、顧客離れ、規制緩和、そしてECという新たな敵。まさに四面楚歌の状況にある。
顧客の利便性を考えるべき
これまでの一連の経過を見ると、百貨店側が取引契約の見直す場合、目指すべきは商品の品質向上、お値打ち感を取り戻せるのか、である。それはアパレルが納入掛け率のアップ=商品原価率の向上に踏み込める「契約内容」にかかっている。つまり、お客が店頭に並ぶ商品を実際に手に取って試着した時、「質が良くなった」「お買い得だ」と感じられることが先決なのだ。
百貨店特有の「鮮度の良い商品」や「売れ筋」を売場に並べる手法も改めなければならない。お客が「色違いありますか」と訊ねると、スタッフは平気で「ストック見てきます」と言う。その度にイラっとさせられるし、VMDに濃淡やメリハリが感じられず、アパレル側が処分したい在庫の販売機会も逸している。
その割りに百貨店は期末まで色、サイズを欠品させないように、アパレル側には在庫負担を要求する。これでは期末の在庫が膨れあがってしまい、アパレルの収益はますます下がってしまう。そんなアパレルは今、IoTを駆使して生産をどんどん効率化させている。例えば、オーダーのシャツやスーツは典型的で、採寸からお届けまで1週間という短納期が可能。在庫を持たずとも勝負できるようになったのだ。
D2C (Direct to Customer/百貨店のような流通業者を通さず、メーカーが直接消費者に商品を販売する)を進めている中で、 百貨店はITに資源を投入し、ECやオムニチャンネルにどう与するか。逆にITにできない人間業、実店舗ももつアナログの良さでも、対向する方法もあるだろう。お客はネットで探した商品を売場で試着し、アドバイスやお直しが受けられるサービスを求めている。実店舗の価値が見直されているのだから、百貨店がそれを活用しない手はないはずだ。
定期賃貸借契約になると、アパレルが在庫の取り寄せ、店頭在庫引き当てなどのためにタブレットの持ち込めるようにしないと、SCや駅ビルとは勝負にならない。昨今のお客はどこまでも賢い。ネット通販で購入すると送料がかかるから、店頭で受け取りたい。こうしたニーズは百貨店としても無視できないと思う。取引見直しは、その先にある顧客の利便性まで想定したものでないと、実効性を欠くのだ。
筆者が住む福岡市に目を転じると、中心部の天神に「岩田屋」という百貨店がある。同社は1981年、市営地下鉄の開業を当て込んだ再開発ビルの核店舗として「西新岩田屋」を出店した。だが、本店とわずか3km程度しか離れていない無謀な出店となり、オープンから苦戦が続きで、本店の経営破綻と相まって2003年に閉店を余儀なくされた。
北九州市小倉に本店を置く井筒屋も、2018年7月に経営不振からコレット、黒崎、宇部の3店を閉店すると発表した。この報道でメディアは盛んに地元民の「存続願望」という「郷愁」ばかりを拾い上げた。その影響からか、黒崎井筒屋は家主との交渉で黒字の見通しがたち、この8月1日からは1階から3階に規模を縮小して営業を続けている。
だが、井筒屋の経営が好転する保証は全く無い。2021年には八幡のスペースワールド跡地にイオンがアウトレットを開業することを考えると、予断を許せない。まして、井筒屋はダイヤモンド社が発表した「年収が低い会社ランキング2019」(https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20190718-00209076-diamond-bus_all)で、社員の平均年収が約319万円とワースト8位にランク入りしたほどだ。
おそらく従業員が加入する組合は経営者との労使交渉で、雇用維持の代わりに賃金の減額を受け入れたのではないか。地元経済が低迷し、稼げない街と揶揄される北九州市の現状を考えると、地元での再就職が困難なこともあるだろう。でも、場当たりな延命策は負のスパイラルに陥るとも言え、従業員にとって将来展望などないに等しい。
一方、西新岩田屋については閉店後、施設はデベロッパーの東京建物がSPC(特別目的会社)で取得したものの、8層のビルをテナントで埋め、運営していくのは容易ではなかった。結局、建物を取り壊して30階建ての高層マンションと低層(地上4階、地下2階)の商業施設に再開発する計画に落ち着き、先に着工していた商業施設「プラリバ」がこの7月26日にオープンした。
人口が地方都市では異例の増加を続ける福岡市(2010年から5年間に7万4000人以上増加。政令市でダントツの1位。19年6月末現在、住民基本台帳、日本人のみ151万人)とて、天神や博多駅を除けば百貨店どころか、多層の商業ビルすら求められなくなっている。伊勢丹や三越、西武が地方店を閉店する構図は、そのまま福岡市にも当てはまる。なおさら再開発が続く東京では、商業スペースに百貨店の居場所は無いに等しいということである。
百貨店は暖簾と信用で持ってきた。都市部の一等地に立地し、交通アクセスも格段に良かった。中高年には電車やバスに乗って「お買い物に出かける」という消費文化も根付いていた。しかし、時代は移り、消費は変わった。GINZA SIXは、銀座ならではの業態だし、髙島屋SCは新しいお客を集め一定の成果を上げている。これが何を意味するのか。
かつて雑誌「商業界」で商人道を唱えた倉本長治は、「商売が繁盛するには、お客さん本意に立った行動でしか実現しない」と説いた。果たして大手百貨店の経営者はどう考えているのだろうか。ここは自社の利権を差し置いても、高コスト構造にメスを入れ、顧客利益を最優先した施策に踏み込まなければならないのではないか。
「商品が良くなった」「店が変わった」となれば、お客は必ずやってくる。どこがその口火を切るのか。秋以降の変化に期待したい。