HAKATA PARIS NEWYORK

いまのファッションを斬りまくる辛口コラム

シニア技術者の支え。

2021-04-28 06:46:49 | Weblog
 福岡の中心部に事務所を構えて25年目に入った。中央区の大名界隈は様変わりする一方、ずっと同じ場所で営業を続けている店舗もある。大名1丁目と2丁目を分ける通りに立つ古いビルの1階にあった「イシイ学生服」もその一つだ。




 「あった」と書いたのは、昨年夏に閉店し東区で新装オープンしたからだ。それでも、筆者が大名に来てから20年以上、この地で営業を続けていた。西区にも店舗を構えているので、2店体制は維持されたまま。少子化と言われながらも、改めて学生服需要の底堅さを感じる。同店のHPには「創業100年」とある。まさに福岡では老舗の学生服専門店。そこで、今回は学生服というアパレルとその環境について論じてみたい。

 振り返ると、友人の実家も都内でイシイ学生服と同じ専門店を営んでいた。過去に何度か訪れたことがあるが、店には工場から届いたばかりの制服が学校別に仕分けされ、ハンガーラックに掛かっていたのをよく目にした。店主の親父さんが生粋の江戸っ子で根っからの商売人。学生服のことを色々と教えてくれた。

 以下が今も記憶に残る親父さんの一言である。
 ○私立の幼稚園から養護(現:支援)学校、公立高校まで200校以上扱っているよ
 ○うちが販売した制服なら、見ただけでどこの学校かわかるさ
 ○高校は合格発表後に採寸して、1週間で縫製、仕上げを行わなければならない
 ○受注し製造、販売すれば終わりでなく、万が一のために備蓄もしている
 ○縫い子さんは専用工場に30名以上、他には20数名の外注さんを抱えている
 ○みんな40代以上のベテラン、仕事も早くイレギュラーサイズもこなしてくれる

 ざっとこんなところだ。男子学生向けの「学ラン」はほぼ既製のものがあり、オーダーする必要はない。だが、幼稚園児の制服や女子学生のセーラー服は園や学校によってデザインが異なり、基本パターンにそってオーダーを受け付ける。しかも、上着の形、スカーフの色、ラインの数、イニシャル、ディテールなどが違うため、縫製スタッフは外注を含め学校ごとに担当を決めているとも言ってた。

 また、私学ではブレザースタイルの制服が定着。そのため、人気デザインの制服には受験生が集中するから、競走倍率のアップに伴い偏差値が上がるとも。これらはすべて今から30年以上前に聞いた話だ。その親父さんも十年前に亡くなり、長男である友人が後を継いだ。


外注スタッフは80歳代だが、後任が見つからない

 一昨年、その友人に会う機会があり、経営状況について聞いてみた。すると、学生服自体の市場は堅調な反面、「縫製スタッフの高齢化が懸念材料だ」とポツリ。これは学生服に限らず、国内の縫製業界全般に言えること。構造的な問題でもある。

 ただ、学生服は価格競争に巻き込まれるファッション衣料とは違い、店側の言い値がほぼ定価となり、お客である学生側(代金を支払うのは親)にもすんなり受け入れられる。販売店も安売りはしないから、収益のバランスは崩れない。もちろん、格差社会の広がりで、貧困家庭では代金を一括で支払えないところもあり、分割払いなどで対処しているという。

 縫製スタッフの高齢化はどうか。親父さんから話を聞いた時、スタッフの大半は40代でバリバリの現役だった。空前の好景気で、工賃にも値上げ圧力がかかりそうだが、それはなかったという。逆に親父さんは外注さんへの型紙や素資材の持ち込みから、製品の受け取り、スケジュール管理、スタッフ家族への配慮(こ姉弟は割引)まで、いろんな気遣いをしていた。



 ところが、時が経ち、スタッフは高齢者が多くなり、外注さんには80代もいるとか。高い技術力と長年の経験があるので、生活のためというより認知症の防止になればとの自戒から、賃金に関係なく仕事を続けてくれるが、一人また一人とリタイアしている。並行して若手の採用や育成も行なっているが、制服のような単純作業は専門学校卒にはなかなか務まらない。これも「いつかはパリコレ」との夢を煽る教育の弊害だろうか。

 だから、技術者採用の間口を洋裁に関心がある30代の主婦パートにも広げている。だが、こちらはいきなり縫製作業を頼むわけにはいかない。下働きをしてもらいながら少しずつ技術を習得させているが、好きな服が作れるわけではないため、辞めていくものも少なくないと。勤めに出た方が楽に稼げるしねとも。都内でそういう状況なのだから、地方ではなおさら大変ではないかと思う。

 学校によってデザインがまちまちのセーラー服が減り、既成パターン・規格サイズのブレザースタイルが増えていることがせめてもの救いだが、セーラー服がゼロになることはない。ブレザースタイルでも注文者の体型と学校ごとのレギュレーションに則って、ジャケットの袖丈やボトムの裾などを微調整する。成長期で大きめを購入する男子生徒への対応も不可欠。それらにはお直しの技術が必要になる。

 また、幼稚園児の制服はファミリー層の好みを意識してか、ギャザーやタック、パイピングなどを施したおしゃれなデザインになっており、その分仕様も複雑になるから、やはり技術力のあるスタッフでないと務まらないと。抜本的な解決策がない中で、友人はシニアの技術者には「できる範囲でいいですから、ボチボチやってください」と、発注量を減らしながらイレギュラーや備蓄分をお願いしていると、語っていた。


学生服も単納期のパターンオーダーに移行するか

 今やスーツの世界では、ITを駆使したCtoM(Customer to Manufactory)による海外生産・単納期のパターンオーダースーツに移りつつある。学生服にもこのシステムが導入されれば、国外で生産され始めるのも時間の問題だろう。ところで、先日、ファッションライターの南充浩さんが、ご自身のSNSで以下のようなコメントをされていた。

 「先日お会いした制服販売店は、ファッションビルに2店舗、イオンとIYに4店舗あるだけでなく、ネット通販も開始。さらに縫製工場も持っていてOEM生産もやっているという。学生服という特殊なジャンルなので大企業にはなれないとは思うが、新しい切り口にチャレンジしているので、楽しみな企業ではある」(冒頭部分は割愛し、残りは原文のまま)

 実に楽観的な意見である。前出のような学生服の内部事情をまで細かく取材されているわけでもないだろうし、構造的な問題をどう解決すべきかというソリューションまで考えてあるわけではないから、無理もない。

 だが、知人は別の見方をしていた。「学生服の世界は海外生産の量産服とは違い、縫製という仕事に誇りをもち、スキルと経験をもった国内在住のシニア技術者抜きには語れない。その方々からは自分が気づいていないことを数多く学べた」と語る。

 また「世間では高齢者が直言すると老害だの、やがて死ぬから若者の声に耳を傾けろという書き込みを目にする。しかし、うちの仕事をしてもらっている80代のベテランスタッフの中には、月に30万円以上も稼ぐ人がいるので、こちらも税務面までサポートする。そんな人が縫った学生服は着心地がいいのか、注文者からの引き合いも多い」と、言い切った。

 80代で月収30万円以上とは驚く。しかも、これは純然たる工賃だから学生服の売上げに換算すれば、相当な額になるはずだ。コロナ禍の今、感染した高齢者は死亡する傾向が強い。彼らの死は寿命でもあり、死期が近い高齢者より先が長い若者を助ける国民世論を形成すべきとの意見がある。今は有事だから、それも一理あるだろう。

 しかし、平時ならどうなのだろう。稼げる高齢者と稼げない若者とは、75歳を過ぎても億の収入を得るタモリと吉本の売れない若手芸人を天秤にかけるようなもの。助けるとか、助けないとかの議論は置いといても、能力があって生産性が高く社会、経済に貢献しているのは明らかに前者。若手芸人は有能なタモリを超えてから、引退論を口にしろということだ。

 そう言えば、コムデギャルソンやヨウジヤマモトといったデザイナーブランドの特殊加工を担っているのも、その多くはシニア技術者である。アパレルは多かれ少なかれ、卓越した技術と豊富な経験を持ち、銭金関係なく仕事に誇りを持つシニア層に支えられてきた。それも肝に命じておくべきではないか。学生服のことを考えて、改めてそう実感した。

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シンプルが複雑になる。

2021-04-21 06:40:30 | Weblog
 アパレル業界はコロナ禍以前から、低価格ブランドの乱立で供給過多の問題を抱えており、この解決が不振脱却のテーマになっている。大手メーカーはオフプライスストアを出店し、売れ残りの消化に躍起だ。確かに在庫を少しでも現金化するには機能するが、端から無難に売上げを取るなら、生活に不可欠なデイリーウエアを扱うしかない。

 そうは言ってもアパレル市場である。上質でトレンド提案のある服を欲しがる層は、一定数いる。そこで、販売会社などを通さず小売店に直接卸すか、ECで直売するとコストをかけたもの作りができると、「DtoC」に活路を見出そうというデザイナーやメーカーがある。

 ただ、直接、卸や小売りをすれば、在庫を持たなければならない。ところが、店やECの向こう側には不特定多数のお客がいるわけで、企画生産する側にその数量を確実に読める能力はない。作った商品がお客の嗜好を外せば、売れずに一気に在庫を抱えることになる。

 筆者もマンションアパレルにいたからわかるのだが、取引先のバイヤーが顧客のことを熟知しているからこそ、ずいぶん助けられた面はある。バイヤーは展示会ではショップのお得意さんに「見せるもの」と、「売っていくもの」と、はっきり分けて「つけて(オーダーして)」くれるから、企画生産する側もMDに落とし込んで生産しやすかった。

 DtoCであろうと、基本は変わらないと思うが、「ネット事業者」はそこにデジタルというか、ITを活用しようということらしい。商品が多くの店舗に分散せず、販売スタッフの人件費もかからない点から、DtoCがクローズアップされるのはわかる。だが、デジタルを活用すれば、そんなにうまくいくのだろうか。


ネット事業者が主導権を握るDtoCビジネス

 先日、繊研PLUSが以下のような見出しで、記事を配信した。(https://senken.co.jp/posts/brandit-210412)

 「DtoC支援のブランディット 大広と資本業務提携

 内容は、「DtoC(メーカー直販)支援のブランディットが、博報堂DYグループの大広とSMBCベンチャーキャピタル、DIMENSIONを引受先とする第三者割当による増資を実施した。シリーズA累計で2億3500万円を調達しており、同社独自の「ブランディットシステム」のマーケティング機能と経営体制の強化に充てる」というもの。

 デザイナーやメーカーの服作り云々の前に、まずDtoCを支援するネット事業者が「広告代理店」や「ベンチャーキャピタル」に新株を引き受けてもらって資本を増強し、支援ビジネスのための資金にする狙いのようだ。いかにも昨今のデジタル社会を象徴するもので、投資する側もアパレル業界より、ネット事業者を信用している様子がよくわかる。



 そこで気になるのが「ブランディット」という企業だ。同社は、動画配信のプラットフォーマー「CANDEE」でライブコマース部門を率いた鍛治良紀氏が、2019年9月にDtoCを支援するために設立した。(https://brandit.co.jp)

 鍛治社長はCANDEE時代にインフルエンサーである佐野真依子氏のDtoCブランド「TRUNC 88」を軌道に乗せ、商品の生産から物流までをワンストップで提供するBtoB向けのソリューション事業を始めている。今やデザイナーやアパレルだけでなく、インフルエンサーと呼ばれる人間でも気軽にブランドを創れ、むしろECマーケットではそちらの方が共感を持たれる傾向にある。

 しかし、DtoC一ブランドあたりの売上げ規模は限られる。そのため、ブランディットは一つのブランドをブレイクさせて大きく育てるより、多くの小規模ブランドに対してマーケティングから販売戦略まで、各自に合致したカスタマイズシステムを提供するソリューション事業の方が商機ありと見ているようだ。

 一方、代理店の大広が増資を引き受けたのは何故か。背景には、従来のラテ(ラジオ・テレビ)、新雑(新聞・雑誌)といったマス媒体によるマーケティング手法が限界に来て、デジタルを使ったやり方に切り替えなければならなくなったことだ。親会社の博報堂はグループ内の生活総合研究所で、デジタル空間上に存在するビッグデータをエスノグラフィー(民族誌)の視点で分析する事業を進めている。

 ビッグデータのメリットは、量の多さと紐つけられたデータの多様性により、多角的に分析できる点だ。アパレルビジネスの例で言えば、ファッション関連記事への年齢別のアクセスデータから、何歳がピークなのかなどの傾向が割り出せるという。大広もこうしたノウハウを活かしたマーケティングに舵を切り、今回の増資引受による業務提携で、DtoC支援を強化する考えと見て取れる。


DtoC向けソリューションは資金調達の道具か 

 もっとも、アパレル側の人間からすれば、DtoCにおいてクリエーションに滲み出る肝心な「素材開発」、デザインを裏打ちする「縫製加工」にカネが動くというより、ブランドを媒介にしてネット事業者が資金調達する状況が本当にいいのかは、懸念せざるを得ない。




 米国の例を挙げると、アパレルのEVERLANE(エバーレーン/https://www.everlane.com)やスニーカーのALLBIRDS(オールバーズ/https://www.allbirds.com)などのDtoCブランドには、巨額の投資マネーが流れている。しかし、ECサイトに並ぶ商品を見る限りでは、マーケティングや商品作りが奏功し、画期的なブランドに成長した感じには見えない。また、世界市場で大きく伸びているとも言い難い。




 すでに日本にも上陸しているオールバーズは、2018年に日本円で90億円近く売り上げているものの、資金調達が84億円という法外な額に達している。それを見ると、米国では行き場のない投資マネーがDtoCブランドに向かっていると見た方が正解だろう。

 ブランディットのケースは方向性も額も違うが、第三者割当増資で2億3500万円を調達している。同社がこれまでDtoCブランド向けに開発したECシステムは日々の売上げから、消化率から割り出した1アイテムあたりの利益がひと目でわかるという。ならば、ブランドの売上高も堂々と公開しても良さそうなのだが、伸びているものはあるのだろうか。

 今回、増資で調達した資金について、鍛治社長は「独自のブランディットシステムのマーケティング機能と経営体制の強化に充てる」と公言している。それでDtoCブランドのインキュベーションにつながり、本当に顧客が待ち望んでいる商品が生まれるのかだ。

 大広のマーケティング支援にして然り。もともと代理店はマスマーケティングには強いが、デザイナーズアパレルのようなウォンツ、嗜好に左右されるものには弱かった。要はファッション音痴なのだ。今回はそこから脱却するためにビッグデータを活用するのだろうが、そうしたマーケティングが物作りにどこまで生かされるかはわからない。

 鍛治社長を含め、ネット事業者はインフルエンサーが生み出したものをSNSとECで仕掛ければ、高くても売れるという発想なのか。増資を引き受けた他のベンチャキャピタルも、出資した以上はそれに見合うリターンが保証されなければ、意味はないはず。そのために価格が釣り上がり在庫が増えていけば、そのしわ寄せはブランド側にいく。

 DtoCビジネスは間に小売店や直営店が入らず、ECとSNSで直接お客に商品を売っていくシンプルなものだ。そのためにはECとSNSで得られたデータを検証することが大前提だと、ネット事業者や代理店、ベンチャーキャピタルが介在するわけだ。だが、それがマネーゲームを生むようであるなら、利害が絡んでかえって複雑になりはしないか。

 アパレルである以上、商品を企画して生産した在庫を売り減らしていくモデルは変わらない。そのフローでネット事業者が有効なソリューションを導いていくのだろうが、お客の立場からして「こんな服が欲しかったのよ」と言えるものが手に入るかどうかは、別次元のような気がする。

 ネット事業者や代理店、ベンチャーキャピタルの思惑にデザイナーやメーカーが翻弄されるのであれば、本当にお客が望む服は生まれないような気がするが。果たして…

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処分のデジタルシフト。

2021-04-14 06:57:40 | Weblog
 タレントのタモリと新しい地図の草彅剛がメルカリのCMで初共演した。早速、テレビでオンエアを見たが、スクリプト通りの台詞まわしで、特に凝った演出ではなかった。むしろ、メルカリがタモリを起用した意図の方が気になっていた。

 そんなことを考えていたら、これまでデジタルに関心がなかったシニア層や高齢者がフリマアプリを積極的に使うようになっているという。メルカリが先日発表した「60代以上のメルカリ取引データ分析」の「20年4月~21年3月」データ(https://about.mercari.com/press/news/articles/20210330_covid19_survey/)によると、

 ◯60代以上のメルカリ利用者数
 前年同期比1.4倍、購入商品総数1.4倍、出品商品総数は1.6倍に拡大。
だそうだ。

 データは日本がコロナ禍で自粛生活に追い込まれた2020年度1年のものだ。同時期に発令された緊急事態宣言はひと月程度で解除されたが、自粛生活でこれまでデジタルの利用に二の足を踏んでいた中高年が断捨離のためにフリマアプリを使うようになったと考えられる。

 タモリ自身もCMのメイキング取材で、「処分したいものがありますか」との質問に「レコードかな」と、答えていた。団塊の世代から60代後半、特に男性のコレクションはやはりレコードが一番多いのではないか。すでにリタイアした人も多く、処分するのに1円でも高く売りたい人は少数派だろう。欲しい人がいるなら譲りたいという思いを察すれば、メルカリのようなフリマが一番適すると思う。


アパレルや百貨店のECは中高年には拡大しにくい

 ただ、どれほどのシニア層がECで商品を「新規購入」するかは別の話だ。メルカリで不要品を処分するくらいだから、「老い先長くない身。できるだけ身辺整理をしておこう」と気持ちの方が強いはず。ならば、必需品や消耗品、趣味的な商材を除き、ECサイトに並ぶ衣料品や服飾小物、雑貨、宝飾品をそれほど購入するとは思えない。

 もちろん、70代にも洋服好きはいるし、靴やバッグに拘る人も多い。だが、彼らは行きつけのショップがあり、そのオーナーと商品の蘊蓄をするのが楽しみという感覚。だから、自粛でストレスが溜まっている中でECによる販売、囲い込みはかえって顧客を軽視することになりはしないか。メルマガで情報発信し、感染対策を万全にすることで来店してもらうべきだ。

 大手アパレルや百貨店の経営者は、こぞってデジタルシフトを表明している。それは間違ってはいないが、今の大手アパレルや百貨店には「中高年が新たに買いたくなる商品があまりない」ことが問題。それを正さずにデジタルシフトだけに注力しても、全くの的外れだ。要はターゲットとシステムと商品をリンクさせてこそ、初めて効果が出る話なのである。

 販売する側が実店舗を持たず販売スタッフを抱えない裏返しで、ECに注力するのなら返品対応や毀損防止などにコストをかけなければならない。つまり、大手アパレルや百貨店がデジタルシフトで、若者を集客するには店舗取り寄せで試着を可能するのは当然で、それを超えるサービスまで充実しなければ、EC慣れした若年層を囲い込むは難しいと考える。

 逆にシニア層はデジタルシフトしていると言っても、それは断捨離のための処分に手間がかからないフリマアプリを使い始めた程度だ。現物を確かめられないECで、商品購入に二の足を踏んできた中高年である。実店舗なら商品を見て衝動買いすることもあるが、通販サイトを見ただけで「ポチる」層は、これ以上増えないと言える。デジタルの強化だけで、中高年を顧客化するのは容易ではない。

 デジタルの特徴とは何か。それはインタラクティブ、つまり双方向のコミュニケーションが取れることだ。通販サイトは24時いつでも、どこからでもアクセスできる。顧客が問い合わせるとオペレーターが対応し、最近はAIがチャットで受け答えしてくれるので、待たされるストレスも減っている。シニア層がデジタルにシフトするハードルが下がっているのは、こうした使い勝手が良くなったこともあると思う。



 百貨店の例を挙げると、店舗とオンラインのシームレス化を進める三越伊勢丹は、売場単位でもスマホを使った「ライブコマース」を進め、お客にリアルタイムで商品情報を伝えている。また、EC向けに商品撮影の「イセタンスタジオ」を開設し、社員120名が「ささげ業務(撮影から原稿制作まで)」を行う。サイトに掲載する商品の見せ方の質を担保するためだ。



 だが、商品カットや詳細情報をお客に見てもらうには、高い制作レベルが要求される。写真は色柄別からディールまで撮影し、サイズ別や生地厚までの情報を公開しないと、EC慣れしたお客は食いつかない。編集者やコピーライター、カメラマンの知識・経験がない百貨店スタッフには、ささげ業務は非常に時間を要する。


ジャパネットたかたに見るインタラクティブ

 つまり、オンライン展開では店頭とタイムラグが生じ、商品の同時展開はできないのだ。(逆のケースもあり、うちの事務所近くのトゥモローランドでは、サイト展開のあるアイテムが店頭には並ばずストックされたままで、販売スタッフも知らなかった)



 だから、映像制作の方ははるかに楽だし、詳細な情報まで正確に伝えることができる。これは通信と放送の違いこそあれ、「ジャパネットたかた」が20年以上前に気づいていたこと。その時の髙田明社長のスタッフに対する口癖は、「もっと制作能力を上げろ」だった。自社でスタッフの給料を持ち、テレビ局に長期研修に行かせている。

 髙田社長(当時)は90年代、メディアを使った販売手法に手応えを感じると、通販番組の収録を毎週KBC九州朝日放送のスタジオで行うようになった。ところが、収録からオンエアまで1ヶ月もかかる外部委託では市場の変化に対応できない(その日の天候で売れる商品が変わるから)と、本社に自社スタジオを作って「自社制作」「生放送」を積極的に進めた。

 そうしてメディアセールスのノウハウを蓄積し、今日ではCSやインターネットまで駆使するマルチ体制を確立。「ジャパネットチャンネルDX」では、気になった商品があれば、スマートデバイスの専用アプリを起動し、テレビ画面に向けるだけで商品ページにアクセスできる。詳細情報を調べて手軽にショッピングを楽しめる、まさに放送と通信のシンクロだ。



 2013年、仕事でご本人が出演する生放送を本社スタジオで見学した。大阪のテレビ局の30分枠を買い取った番組で、商品はミネラルウォーターとサーバーのレンタルサービスだった。高田社長が向くテレビカメラより上部、視線が大きく外れない程度の位置にディスプレイ画面があり、放送と同時に視聴者から注文データが表示される。髙田社長はそれを「マチコ」(注文待ちのコンピューター表示から)と呼んでいた。

 注文が殺到すれば、数字は急激に増えていくが、そうでなければポツポツと変わる程度。髙田社長を含め生番組を担当するMC陣は、視聴者に気づかれない程度でチラ見しながら(ラジオ放送なら視線は関係ない)、注文が少ない場合はメディアの向こう側にいるお客に対し声のトーンを上げ、喋り方に力強さを加える。

 また、注文データを瞬時に知ることで、次のオンエアに向けた商品選定やメーカーとの仕様開発(ジャパネットたかたのスペック)にもフィードバックできる。同社が電子辞書から調理器具、靴、寝具までを大ヒットさせリピーターまで獲得できたのは、まさにシニア層、中高年を捉えたからこそ。デジタル機能を生かしたインタラクティブなコミュニケーションがなし得たものと言える。

 大手アパレルや百貨店が声高にデジタル変革や顧客との多面的な接点を語ったところで、それは放送による通販番組を自社制作の動画配信に、チラシやカタログをWebに置き換えた程度に過ぎない。ジャパネットたかたと比べると、まだまだハード面はもちろん、ソフト面でも遅れを感じる。もちろん、同社は店舗を持たないのだから百貨店と単純比較はできないが、お客のレスポンスに敏感なのは事実。この点は学ぶべきである。

 それでなくても、シニア層が新規に商品を購入する動機は生れづらくなっている。デジタルシフトを進めるのならインタラクティブの機能を生かして、お客のニーズを深掘りし商品の仕様開発やMDに反映するのは不可欠だ。でないと、中高年のデジタルシフトは「処分」の範囲に止まり、「購入」にはなかなか進んではいかないと思う。
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トップの力、リーダーの器。

2021-04-07 06:47:37 | Weblog
 令和3年も4月に入った。コロナ感染は依然として予断を許さず、経済活動は回復とは行かない。と言っても、いろんな面で新しいことがスタートしたのも事実。企業のトップ人事もそうだ。アパレルとその関連業界はコロナ禍以前から業績不振に喘ぐところが多く、リーダー的企業のトップ交代には期待と不安が交錯する。

 ここ数年を振り返ると、業界の経営トップは頻繁に交代した。だが、筆者の記憶では、新社長が新基軸を打ち出して売上げを急回復させたり、大幅に伸長したりしたかについては、特に印象に残る事例はない。

 メーカーではレナウンが経営破綻したが、これはトップ人事以前の問題。ワールドは住友銀行出身の上山健二社長がリストラを続ける一方、デジタルシフトを打ち出したが、ヒット商品には恵まれなかった。昨年、6月にはデジタル戦略を加速するためにコンサルタント出身の鈴木信輝社長が抜擢されたが、目立った動きは余剰在庫を消化するオフプライスストアくらいだ。

 三陽商会は昨年1月に就任した中山雅之社長がわずか4ヶ月で退任。副社長から昇格した大江伸治社長も人減らしを続けるだけで、売上げ回復の緒は一向に見えていない。投資ファンド・インテグラルの元で再建に道を進むイトキンには期待するが、こちらも前田和久社長の手腕が表立って発揮されているとは言い難い。大手メーカーの状況は、そんなところである。

 小売業では、百貨店がコロナ禍の影響で軒並み売上げを落としたが、それ以前の戦略がインバウンド頼みなのだから決め手を欠くのも当然だ。高島屋が2019年2月末で木本茂社長が退任し、村田善郎常務企画本部長が社長に就任。ネット通販を23年には500億円にする目標を掲げるが、同社の暖簾を生かせるのは富裕層向けの商材と東神開発の情報収集力か。

 三越伊勢丹では4月1日付で、子会社・岩田屋三越の細谷敏幸社長がHDのトップに就任した。3年間の福岡在任中にはグループ内で一番早くIT化を進め、富裕層を対象とした「1日1組商談」を打ち出した改革派との評価は高い。しかし、コロナ禍の影響でHDの3月期決算は450億円の大幅な赤字になる見通し。流石のアイデアマンでも、カバーできるような数字ではない。


プロを招聘しても経営を立て直させていない

 セレクトショップのユナイテッド・アローズは4月1日付で、竹田光広社長から松崎善則社長に交代した。松崎社長は1998年4月に入社し、UA渋谷店で店長を務めた後、販売部や「ビューティ&ユース ユナイテッドアローズ」の本部長などを経験。まさに小売りの現場を知り尽くした経営者と言える。

 竹田前社長が生まれはもちろん、出身大学や商社勤務からして、セレクトビジネスに求められる経営感覚を磨ける環境にいたとは言い難い。それだけに松崎社長がおざなりの構造改革や不採算事業見直しの先にファッションリーダーとしての器をUAの進化にどう生かしていくのか。アパレル不振が叫ばれる中で、UAの全社員、また全株主がそれを望んでいるのではないかと思う。



 そこで考えたいのが、アパレル企業のトップは外部招聘型のプロ経営者がいいのか、それとも生え抜きの現場叩き上げがいいのかである。ワールドの鈴木社長や三陽商会の大江社長は前者、三越伊勢丹の細谷社長やUAの松崎社長は後者だ。

 まずプロ経営者を招聘する背景には、業界が置かれたグローバル競争の激化がある。その中で、企業が成長していくにはダイナミックな戦略とスピーディな意思決定が欠かせない。失敗を怖れて、決断・実行に時間がかかると、激変するマーケットの変化に追いつけないからだ。老舗と言われるアパレル企業ほど古参社員が多く、組織も保守的。そんなしがらみに捉われることなく、経営を進められる人間が必要になる。

 ただ、理屈ではそうなのだが、プロ経営者が不振のアパレル企業を立て直せたかである。ワールドは増え過ぎたブランドを片っぱしから休止し、それに伴って社員もリストラしたが、店舗も人員も減れば売上げも減少する。残したブランドに経営資源を集中させると言ったところで、爆発的なヒットアイテムが出ない限り、業績回復などあり得ない。これはバーバリーロスから転換できない三陽商会にも言えることだ。

 両者ともデジタルシフトに注力すると言っているが、すでに定着しているZOZOやベイクルーズのシステムを凌駕するもの=利用者が店舗で購入するのと遜色ないECサービスを提供しない限り、ネット購入に二の足を踏んできた中高年層まで捉えることはできない。当然、ファッションECで大手アパレルの存在価値をあげることなど不可能だろう。

 一方、生え抜きや現場出身のトップは、年功序列や終身雇用と合わせて日本型経営の典型で、時代遅れとされてしまった。でも、それはグローバル競争を乗り切れない裏返しとしてプロ経営者に注目が集まっただけだ。むしろ、生え抜きは社内事情や直属の部下の性格まで把握し、従業員の雇用を第一に考える点で求心力があり、組織をまとめるリーダーには向く。

 英語が堪能であろうが、数字に強かろうが、不易流行を実践しようが、それはプロ経営者の条件の一つに過ぎない。就任先の組織を率先垂範する能力になるかどうかは別の話だ。ワールドの上山社長や三陽商会の大江社長が経営を立て直せていない点を見れば、前任の企業で培った経験が必ずしも新任の企業で生かされるとは限らないのである。

 アパレル以外の企業を見ると、日産のように生え抜きの経営陣ではなかなか改革できなかった企業もある。そのため、コストカッターの異名を持つ外国人経営者カルロス・ゴーン社長を招聘したが、ドラスティックな手腕の裏側にあった私利私欲の塊が露呈し、挙句の果てが国外逃亡という日産の社員にとっては憤懣やる方ない結果をもたらした。

 アップルコンピューターの日本法人でV字回復を成し遂げ、日本マクドナルドでも低価格路線を見直して経営を立て直したとして、ベネッセコーポレーションに迎えられた原田泳幸社長。この方も妻に暴力を振るうという経済人の前に人間としての脆さを露呈した。経済紙誌、業界メディアのプロ経営者礼賛に警鐘を鳴らす事例とも言える。

 コストカットやリストラという変革だけが企業の立て直しに必須だとは思えない。むしろ、その企業がもつ良さや特徴を伸ばすことこそ、生え抜きや現場叩き上げの経営者が得意とするのではないか。だから、トップとしてリーダーシップを発揮できる力は十分にありえると思う。その意味で、三越伊勢丹やUAの新社長には期待したい。


カリスマ的オーナーのマネジメントの限界

 話はズレるが、3月3日、スーパーのダイエーで副社長を務め、福岡のユニード、九州ダイエーの社長を歴任した後、経営コンサルタントに転身された平山敞氏が亡くなった。平山氏はダイエー時代に中内正社長と袂を分かったことで知られるが、福岡ではSCのトリアス久山の開発に携わり、あの「コストコ」を日本に誘致したことでも知られる。

 筆者は平山氏がコンサルタントをされていた時、同氏とお話する機会があり、バブル崩壊で苦戦に喘ぎ始めた小売り業界への提言を伺った。同氏は企業論理優先の考え方に限界が来ているという前提で、「カリスマ的オーナーのマネジメントの限界」を断言された。それが誰のことを言っているのかは、賢い読者諸兄ならおわかりだろう。

 「小売業界は昭和30年代に台頭し、40年代の高度成長、50年代のオイルショックを経験し、バブル景気という追い風が吹いて、神がかり的なオーナーの「コレやれ、アレやれ」といった経営や施策が成功し、店を出せば売れた。しかし、それが通用しなくなって逆に部下に権限を委譲している会社の方が伸びている

 「これは3〜4年の差ではなく、10年、20年の差になる。要するにトップの自己革新なければならないということ。(カリスマ的オーナーは)ポストを後任に譲り、一歩引いたところで企業を見るのも、彼らに課せられたテーマの一つではないか

 カリスマ不在のアパレル業界、売上げ不振が依然として続く中で、この解釈は難しい。だが、プロ経営者だろうと、生え抜き社長だろうと部下に仕事を任せることで、ビジネスの新しい芽を育てるのは重要なことだ。それが業績回復の緒になるのは間違いない。今から20年以上前に、日本企業の経営やトップのあり方をうまく言い当てているのは流石である。

 その意味で、三越伊勢丹の細谷社長は福岡時代に販売担当者の縦割りを解消し、顧客が望めば衣服や鞄、靴、ジュエリーの接客にも携われるようにした。これも部下になるべく権限を与えて育てていこうという考えからだ。

 UAの松崎社長も、社員が楽しくワクワク働けるようでないと、顧客により良いサービスや価値の提供はできないと言う。ポジションを超えて自由に意見を言い合え、新しいアイデアが浮かびやすく、活気のある社内環境を大事にしたいと、自分なりの企業風土作りを語っている。これらは会社をよく知る現場叩き上げだからこそ考えつくことだ。

 プロ野球の故・野村克也監督は、自書「野村の流儀」の「リーダーとはどうあるべきか」で、「組織はリーダーの力量以上には伸びない」と、語っている。言い換えれば、伸びない組織は、リーダーに能力が欠けているということ。果たして、そんなリーダーをプロ経営者と呼んでいいかである。

 もちろん、現場委譲型の経営では、社員個々が自ら考えて仕事をしなければならない。というか、業績不振の企業こそそれが必要なのである。外様組のプロ経営者が成しえなかったことを是非とも生え抜き、現場叩き上げのトップに実現していただき、グローバルな価値観を覆すくらいの気概と責任感を見せてもらいたい。
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