HAKATA PARIS NEWYORK

いまのファッションを斬りまくる辛口コラム

背景を語るアイテム。

2022-06-29 06:34:36 | Weblog
 ニューヨークから地元福岡に戻り、事務所を出した1990年代半ば以降、中心部天神に接する大名界隈では、ショップのオープンが相次いだ。天神に立ち並ぶ百貨店や都市型SCとは対照的に、通りを一本挟んだだけで街の風景は一変。大名エリアはストリート系ショップや個人オーナーが経営する店のメッカとなった。

 大小様々な業態の出店ラッシュを迎えたことで、以前から付き合いのあった業界メディアから「取材をして原稿をまとめてほしい」との依頼を受けた。記事を書いた各誌が発行された後、誌面で取り上げたショップが全国的に注目を浴びたことで、福岡のポテンシャルを全国に知らしめる一助になれたことは、今でも光栄に思っている。

 もちろん、ビジネスの世界だから浮き沈みはある。ファッションリーダーを狙ってあまりに尖った商品を扱うも1年持たなかったショップ。4年〜5年は維持できてもトレンド変化で撤退を余儀なくされたブランド店。コツコツと地道に商売を続けるところ等など。ネット通販全盛の現在でも実店舗の有り様は、それほど変わらないと思う。



 先日、業界とは全く関係ない話題(酔っ払いによる店舗への放尿)で地元メディアに取り上げられたのが、「真空館」だ。(https://sinkukan.com)こちらのお店は2000年頃に当事務所と同じ区画に出店されたので、雑誌の企画で取り上げたことがある。店主の田中裕二さんは元はアパレルのMD職だったが、藍染の魅力に惹かれわざわざ四国・徳島原産の「蒅(すくも)藍」の工程を学び、藍染デニムなどの製造販売にこぎつけた。

 その時、淡々と語っていただいた藍染の魅力や効能、それをデニムなどの商品に生かす利点は今でも鮮明に憶えている。



 「藍染は元々お百姓さんの野良着に使われたもの」

 「藍には防虫などの効果があったのです」

 「インディゴデニムも工夫たちの虫除けのためで、目的は藍と同じ」

 「葉藍を発酵させた蒅の染液に布を浸け、空気にさらすと藍色になります」

 「外国人は藍染をジャパニーズ・インディゴと呼びますが、私はジャパニーズ・アイだと」

 一般のデニムジーンズは、「ナフトール」といった下漬剤を付着させた後、顕色剤によって発色させる合成染色の一種。所謂、インディゴ染めと言われるものだ。こちらは染色のコストが低く大量生産が可能。また、藍のような天然染料に比べ不純物がないため鮮やかに染まり、着用した時の摩擦や洗濯により色落ちする。それがデニムジーンズの人気を支えてきた。



 一方、藍染はまずタデ科の一年草である「葉藍」を細かく刻んで発酵させ、蒅を作ることから始まる。これを灰汁などで溶かして染め液を作り、染める布を浸す。これを何度か繰り返すし、染めた布が空気に触れる=酸化することによってあの藍色になる。ただ、藍染は天然物の藍を使うので染め具合の調整に手間がかかるなど、熟練した職人技が欠かせない。

 藍は糸の奥まで染み込むので、時間経過によって深みのある独特な色が定着する。ジーンズのように穿き込んで洗濯を繰り返すと、次第にデニムが柔らかくなって色が落ち着き、肌に馴染むのが特徴だ。蒅自体は高価で染色に手間がかかるため、量産は難しく商品単価は高くなるが、それほど多く出回らないのが魅力でもある。

 それでも、真空館が20数年もの長きにわたり大名地区で運営できているのは、店主の田中さんが決してぶれることなく真摯に藍染を追求し、地道にコツコツと顧客づくりをしてきたからだ。そんなお店が門外漢の酔っ払いに汚されるのは何とも腹立たしい。


ビール製造の残渣を活用したジーンズ

 最近ではデニムの綿布そのものにもいろんな「素材」が使われるようになっている。従来は廃棄するしかなかった「残渣」を活用する技術が開発され、ビールの製造工程で出るモルトフィードやポップの茎や葉からデニム用の生地が作られている。それを商品化したのが、「黒ラベル・モルト&ホップス・ジーンズ」だ。

 その名の通り、黒ラベルを販売するサッポロビールがサトウキビの搾りカスでジーンズなどを製造する沖縄の「SHIMA DENIM WORKS」と提携して実現した。製造方法は以下だ。まず、麦芽の殻であるモルトフィードから和紙を作る。その和紙から糸を紡ぎ、デニム生地に織り込むというもの。このデニム生地は軽く、通気性も良いという。




 サッポロビールも同社の看板商品をジーンズに投影するだけに、企画には力がこもる。デニム生地はビールのイメージに合わせて黒みがった色に仕上げ、レザーパッチには星のロゴマークを刻印。フロントボタンにもサッポロビールの創業年である1876がデザインされている。黒ラベルジーンズはECのみの販売で、限定30着。4万1800円という高額にも関わらず、応募は約1600件にも達したという。

 応募できるは黒ラベルのファンサイト「CLUB黒ラベル」の会員のみだ。つまり、その狙いはこうだ。まず、サッポロビールはビール製造で排出されるモルト殻などを活用したアップサイクルへの取り組みを会員他にアピールする。加えてこうした活動をブランド戦略に組み込み、モルト殻を利用した希少ジーンズでジーンズマニアを黒ラベルのファンに取り込む。

 ビール会社なので、製造過程で廃棄せざるを得ない残渣の再利用は長年の課題だったはず。一方でジーンズに利用するにはまず和紙を漉き、それで糸を紡いでデニム生地に織り込むなど相当な手間を要する。SHIMA DENIM WORKSが製造に携わっているから技術的には可能だとしても、中小零細のアパレルでは事業モデル化するのは容易ではない。

 そこで、サッポロビールがアップサイクルとブランドマーケティングを連動させることで、残渣活用ジーンズの先駆者となる。価格は4万1800円と決して安くはないが、わずか30着に過ぎないロットを考えると、ビジネスとしてはとてもペイする価格ではない。おそらく価格が4万円台で収まったのは、マーケティングコストで吸収したと思われる。

 サッポロビールは、黒ラベルジーンズを量産、量販することは考えていないだろう。ただ、製造業として廃棄物や残渣が出ることは避けて通れず、それらを再利用することは企業の使命でもある。その点、ファッションアイテムなら多くの人々に認知されやすく、希少ジーンズならマニアには垂涎の的でコレクターズアイテムになる。量産で消費されるのではなく、希少価値を持ってレガシーとなれば、アップサイクルの啓蒙にも繋がる。

 アパレル業界は糸を紡ぎ、糸で織り編み、糸や生地を染めるなどの工程が商品づくりのベースにある。つい華やかなデザイナーズブランドに目が行きやすいが、こうした裏方の仕事があってこと商品は生まれていく。識者の中には、サスティナブルブランドは量産しなければ生き残れないと仰る方もいるが、何も市場の全てが量産、量販を求めているわけではない。

 真空館のように藍染のアイテムを20年以上にわたって手がけ、地道にファン客を獲得しているところもある。なぜ、それが可能だったのか。それは商品、ものづくりにある背景まで売ってきたからだ。量産、量販で価格を抑えた商品価値は、ズバリ「安い」だ。安さを求めるお客ならそれで十分で、背景に何があるかまで知ろうとはしない。しかし、マーケットは安さだけを求めていないし、それだけで成り立つわけでもない。

 それを「蘊蓄」の妙と言えば、いかにも短絡的でマニアの世界に限られてしまうが、普通の消費者でも商品の背景にあるストーリーに惹かれることはある。それが藍染だったり、モルトフィードを織り込んだデニムだったりだ。トレンドが目まぐるしく変わる中でも、根強く売れ続けるアイテムほど、ものづくりの背景が重要な価値となっている。欧米のラグジュアリーブランドがそうだ。

 いろんな材料を使うことで、繊維や染めにバリエーションが出て、アイテムの幅が広がることは、アパレル業界にとっても良いこと。何かにつけて批判されるSDGsやエコロジーだが、あえて意識するのではなく、従来は捨てられている物を単に利用して違った持ち味を引き出す。そんないたってシンプルでサイエンティフィックな創造性もあっていいんじゃないかと思う。
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値上げに勝るもの。

2022-06-22 06:39:02 | Weblog
 いよいよだ。ユニクロが秋冬向けで一部の商品を値上げする。フリースは1000円アップの2990円、ウルトラライトダウンジャケットも同じ値上げ幅で6990円となる。ヒートテック(超極暖)やカシミヤのクルーネックセーター(レディス)も同じで、それぞれ2990円と9990円になる。

 業界では「あのユニクロが値上げしたのだから、他社も待ってましたとばかりに追随するのでは」との話で持ちきりだ。一方で、消費者にとっては食料品が値上がりし、ガソリン価格も高騰。生活必需品が軒並み値上げラッシュである。そんな中で、ほとんどが大量のタンス在庫を持ち、取り立てて必要でもないカジュアル衣料。それが値上げされれば、結果は火を見るより明らかだ。

 特に値上げの口火を切ったユニクロは原価率が50%程度ある。それだけ素材や縫製にコストをかけているのだから、一般のカジュアルに比べると質が良い。しかもデザインはベーシックと来てる。「1シーズン着れば、流行遅れの消耗品だから買い替えよう」という代物ではない。1シーズンで襟ぐりがヨレヨレになるUTを除き、大半のアイテムは最短で3年、長ければ5年ほど、それ以上着られるアイテムもある。

 ユニクロはカジュアルSPAのプライスリーダーとしてマスマーケットを攻略し、右肩あがりの成長を遂げてきた。しかし、それを支えたのは高い原価率を背景にして低価格の割に質が高かったということ。業界で言われる「値頃感のある商品」とも表現できる。そうした利点がユニクロの購買を支えてきたわけだ。

 しかし、アイテムにもよるが、売れ筋がいきなり1000円も値上げされたらどうだろうか。おそらく、ほとんどの購買層は「今持っているユニクロをまだまだ着ればいいや」と、買い控えが起こるのは想像に難くない。

 もちろん、アベノミスクで為替が円安に動き始めた数年前から、資源や素資材の価格、人件費や物流費が軒並み値上がりしていた。ユニクロ側も部分的なコストダウンなどで凌いだり、商品の仕様変更などで値上がり分に対応していた。しかし、ここまで全てが値上がりすれば、コスト吸収は価格に転嫁する以外に方法はない。そうした経営判断にいたったわけだ。

 今回、さらに商品企画を見直すという。1000円値上げするフリースは昨年秋冬向けでは約30%混紡していたリサイクルポリエステルの割合を約100%に高める。つまり、SDGsを意識した取り組みを示すことで、購買層に値上げへの理解を求める狙いと見て取れる。だが、果たしてユニクロの購買層がどこまで納得するかである。

 ヒートテックはストレッチ機能や消臭機能を向上させる。女性用セーターは3D技術で立体的に編み上げ、縫製部分を減らして着心地を改善する。ストレッチや消臭の機能が上がったと言っても、素人の消費者が値上げに足りるだけの効果を実感できるとは思えない。3D技術によるセーターの着心地改善も、どこまで値上げを正当化させる理由になるかは、甚だ疑問だ。

 従来のユニクロは素材、縫製、機能性が「十分条件」なのに対し、価格が廉価だったから売れていたのである。購買層は「これくらいのレベルで、この値段なら買い」という感覚だったわけで、作り手が蘊蓄するほどの機能や着心地を求めていたわけではない。それが1000円も値上がりすれば、ユニクロ側に機能や着心地を上げたと言い訳されたところで、「確かにそうですね」と納得する層はほとんどいないだろう。

 フリースはユニクロをブランド化したアイテムだ。発売当時、業界メディアは「宇多田ヒカルのCDよりも売れた」と絶賛した。それまではパタゴニアやL.L.ビーンといった高価な海外ブランドしか無かったが、ユニクロは素材から開発してコストを下げ、廉価にすることでマス市場を開拓した。軽いし、保温性も高い。欠点は素材がポリエステルで、熱に弱いこと。キャンプでバーベキューした時、火の粉が飛んで焼け焦げたという体験談が続出した。

 一方、ワークマンは、溶接用で堅牢な「綿かぶりヤッケ(コットン100%)」をキャンプフリークのママさんブロガーが愛用していたのをきっかけに、一般向けのアウトドア用にアレンジする手法に打って出た。こうして生まれた「フルジップコットンパーカー」(2500円)は、発売からわずか7ヶ月で5万5000着を売り上げる大ヒット。これが何を物語るか。企画を見直すなら新たな購買層を意識したものづくりが不可欠で、既存アイテムの焼き直し程度では市場は動かないということである。


他のブランドが追随すれば、共倒れ

 では、他のブランドはどう対応するのか。概ね、現在の価格では高騰するコストを吸収できないから、値上げに踏み切るのは止む無しとみられる。ただ、商品のグレードにより、値上げしても売上げに影響ないものもあれば、かなり売上げを落とすものもあるだろう。例えば、高額所得者の富裕層を購買対象とするラグジュアリーブランドは、そもそもの価格が高いから購買層は1〜2割程度の値上げ幅では大して堪えない。




 ブリッジやモデレートのゾーンはどうか。先日、小売り主要12社中3社は5月の既存店売上高がコロナ禍前を上回り、9割まで回復した企業を含めると9社に達したとの報道があった。百貨店では三越伊勢丹が2021年5月比で2倍増、大丸松坂屋が同86%増、高島屋が同63%増。大手アパレルもアダストリアが同32%増、ユナイテッドアローズが同41%増、ワールドが同51%増と、このゾーンを販売する小売業では軒並み回復傾向にある。

 各社とも行動制限が解除された3月以降、旅行など外出を意識した街着や雑貨のほか、高級時計、宝飾など高額品が売上げを伸ばしたかたちだ。しかし、資源や原材料が高騰し食品など値上がりしているのに実質賃金は20年ほど上がっていない。厚生労働省が発表する毎月勤労統計調査を見ても、4月の実質賃金は4カ月ぶりにマイナスとなった。

 大手企業ではこの夏のボーナスがプラス13.8%となったようだが、円安によるコスト増で収益に影響が出ている企業もある。また、中小企業では業績は回復してきていても、人手不足でボーナスによる利益還元まで行き届いていないところの方が多いのではないか。冬のボーナスでは、値上げによる収益悪化で減額される可能性も出てくる。貯蓄に回れば消費が減退するから、短期的な見方では語れない。

 働き盛りの中間層が主に衣料品を購買するのは、駅ビルや都市型SC、百貨店に出店するブランド(EC経由でも)だ。中間層の購買力が落ちれば、アパレルへの影響は避けられない。購入するにしても完全に買い替えが必要なものか、目的買いのために貯蓄し我慢してきたものに限定される。これでは絶対量が捌けないから、全体の売上げ減は必至だろう。

 60歳以上になれば、よほどの洋服好きか、衣料品が業務必需品という人々でない限り、シーズン毎の買い替え、買い足しはしない。逆に1000円も値上げされたユニクロほか、百貨店系のブランドなどの割高さを見ると、一気に買う気も萎んでいくのではないか。




 おそらく、ユニクロより安いGUとか、廉価な量販専門店チェーン、郊外SCのカジュアルブランドなども値上げされるだろう。こうしたブランドや業態は低所得者を対象にしてきたため、生活必需品の値上げから彼らがこれらの商品を買い控えすれば、相当の売上げ減を覚悟しなければならない。値上げ各社は共倒れする予感さえする。

 もちろん、消費者はあらゆる生活防衛策をとっていくと考えられる。ことアパレルに関しては、インフルエンサーがSNSで思い思いに対処法を発信していくだろう。「値上げされたブランドの値下がりのタイミング」「買いを優先すべきアイテムとは」「古着とリメイクによる着こなし」等など。ただ、企業側にとってシーズン中に売れないまま期末に値下げすることは、収益の減少を意味し赤字に転落する恐れもある。

 識者の中には、「ブランド古着にシフトする人が急増する」という人もいる。確かに元値が高いブランドの古着は上質な素材を使い縫製も良く、デザインが秀逸なものも多い。それらが2〜3年程度の着用でほとんど劣化がないまま、価格が定価の3分の1以下になるのなら買いだろう。すでに自動車産業では半導体不足で新車が1年以上の待ちとなり、中古車の価格が上昇している。ものが無ければ、価格は上がる。これが経済原理だ。アパレルに置き換えても、ブランド古着に人気が集まれば、こちらも市場価格が押し上げられる。

 かつて「夜霧のハウスマヌカン」という唄があった。昼食にシャケ弁当を食べながら、1着数万円のブランド服を着て売場に立つ販売員を揶揄したものだ。このレコードが発売された1980年代半ば、20代前半の販売職の平均給与は13〜14万円。報奨制度があれば16〜17万円になることもあるが、押し並べて給与ベースは今よりは低かった。なのに、服は売れていた。彼女らの中には軽く100万円をこえるローンを抱える人もいた。商品単価が高かったから借金が嵩んでしまうが、それを返すために一生懸命働く販売員も少なくなかった。

 しかし、現在は商品単価が下がった反面、ローンを組んでまで買いたい服が中々ない。しかも、手軽に購入できる服がコスト高による値上げで、売上げを落とす憂き目に遭おうとしている。これだけは言えることだが、いつの時代もお金を出しても買いたくなる服があれば、高い売上げがつくのである。アパレルメーカー、小売業が値上げに踏み切るのであれば、並行して商品企画の見直しを迫られるのは言うまでもない。

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アイコン不要の定番。

2022-06-15 06:35:40 | Weblog
 今から36年前に大ヒットした米国映画トップガンの続編、「トップガン・マーベリック」が公開されている。前作では海軍パイロットの養成学校を舞台に最高の称号であるトップガンを得るために奮闘する候補生たちの人間ドラマが描かれた。主人公のトム・クルーズを一躍スターダムに押し上げた作品でもあるが、彼が映画で着ていたレザーのA-2が脚光を浴び、巷ではMA-1ジャケットが大ブームとなった。

 今回のトップガン・マーベリックでもヒットアイテムが出るのかと思っていたら、意外にもリバイバルしそうなのが「レイバン」のサングラスだ。起源は米国移民のドイツ人が創設した眼鏡メーカー・ボシュロム社に、陸軍航空隊の中尉からパイロットの目を守るためのサングラス開発が依頼されたことだ。そこで生まれたのがティアドロップ型のメタルフレームにモスグリーンのガラスレンズを入れた「アビエーター・モデル」である。



 1936年、このモデルはクラシックメタルとして市販され、翌年には光線を遮断する意味の「Ray-Ban」というブランドが誕生した。日本では1945年、GHQの総司令官として厚木基地に降り立ったダグラス・マッカーサーがコーンパイプを咥え、そのサングラスをかけていたことで知られるようになった。その後、70年代にはミュージシャンなどがティアドロップ型をこぞって愛用し、一般にも広く浸透した。



 前作のトップガンでもトム・クルーズがかけたためヒットしたと言われるが、一大トレンドということでは70年代の方が凄かった。さらにティアドロップには大きめのサイズ、ブリッジの上部に汗止めがついた「シューター」、脱落を防止するためにテンプルが耳たぶまでかかるタイプ等など、バリーエーションは豊富だった。レンズも濃霧対応の黄色など機能に応じたカラーが揃い、近視向けに度付きレンズも用意された。

 トップガン公開と同時期の80年代にはセルフレームの「ウェイファーラー」1、2が流行し、90年代には映画マルコムXで主人公がかけていた「クラブマスター」が話題を呼んだ。そのどれもが今も市販されている。トレンドは繰り返すというが、レイバンもその最たるブランドだと思う。

 もっとも、レイバンのサングラスはミリタリーがルーツなだけに機能性を最大限に高めたものだが、ブランドサングラスの多くがティアドロップ型を採用したのを見れば、レイバンがデザインの面で与えた影響は計り知れない。ファッションアイテムとしてこうも長く受け継がれているのは、デザインの黄金比率というか、不変のプロトタイプである所以だろう。



 ベースは堀が深くて鼻が高い、頭蓋骨に奥行きがある欧米人に合わせてデザインされた。そのため、ベタっとした顔立ちのアジア民族には似合うはずもないのだが、日本人でもロン毛のミュージシャンがかけると、実にカッコよかった。70年代にはロンドンブーツ、パッチワークのジーンズと並んで、ファッションスタイルの三種の神器だったと言ってもいいだろう。

 今回のマーベリックでは、トム・クルーズが再びレイバンをかけたことで、70年代ファッションや前作を知らない層が注目するようになっている。先日もとあるタレントが同映画を観て、ティアドロップ型をかけてみた印象をTwitterに投稿。「トム・クルーズではなく香港の映画俳優チョウ・ユンファそっくりになった」との自虐的なコメントがネットニュースに掲載され、いろんな番組でレイバンが取り上げられるきっかけとなった。

 確かにベタベタな日本人がレイバンをかけたところで、欧米人のトム・クルーズに似ることはない。ただ、中華系のチョウ・ユンファは顔の骨格が日本人に近い。当該タレントも顔の輪郭というか、頬から顎にかけてのラインがチョウ・ユンファと同系なので、サングラスで目元が隠れると似てくるのは当然である。


強烈な個性を作り上げたサングラス



 折角だから、チョウ・ユンファのサングラスについても論評してみたい。彼がサングラス姿で登場するのは、映画「男たちの挽歌(原題:英雄本色、英題:A Better Tomorrow)」である。香港ノワールの鬼才ジョン・ウー監督による贋札シンジケートを舞台にした作品で、チョウ・ユンファは闇組織の幹部、マークを演じた。映画の冒頭でマークは同じ幹部のホー(ティ・ロン)と刷り上がった贋札の出来をチェックし、札につけた火でタバコを蒸すシーンでは、サングラスをかけた顔がアップになる。

 このスチール写真がビデオやサントラCDのパッケージで数多く露出したことから、世界中の映画関係者はもとより、映画ファンにも強烈なインパクトを与えた。あのクエンティン・タランティーノ監督もその一人で、自らサングラスをかけトレンチコートを着込み、爪楊枝を咥えて数日間過ごしたという逸話がある。ジョン・ウー監督にいたっては、自分が子供の頃に観てファンになった「小林旭」へのオマージュをチョウ・ユンファに投影したと語っている。



 一方、チョウ・ユンファがかけたサングラスは、男たちの挽歌のストーリー背景を語る上で重要なアイテムになっている。この映画は1987年に公開されたが、続編として「男たちの挽歌Ⅱ(英雄本色Ⅱ)」「アゲイン/明日への誓い(英雄本色Ⅲ)」が制作された。マークは男たちの挽歌のクライマックスで繰り広げられる壮絶な銃撃戦で命を落とすが、チョウ・ユンファはパートⅡでマークと双子のケン役で再登場する。

 アゲイン/明日への誓いは男たちの挽歌より時代を遡り、マークがなぜ闇社会に身を落としたのかを伝えるパートになる。つまり、「男たちの挽歌パート0」という設定だ。この作品では、パートⅠで製作総指揮だったツイ・ハークがメガホンを取っている。

 舞台はベトナム戦争末期のサイゴン(現在のホーチミン)。マークは従弟のマイケル(レオン・カーウェイ)を政府軍の手から救い出すことに成功し香港に脱出するが、裏切りにあう…という筋書きだ。TBSドラマのふぞろいの林檎たちで俳優業を本格化させ、ドリンク剤リゲインのCMで人気を集め、最近は海猿や監察医朝顔などでバイプレイヤーぶりを見せる「時任三郎」も、闇組織のボス役で出演している。

 サングラスはマークがマイケルや彼らを助ける現地の女ボス、キティ(故アニタ・ムイ)とサイゴンの街を遊び歩く中、露店で見つけて購入するもの。はっきり確認したわけではないが、ツイ・ハーク監督が時系列的にその後の展開(男たちの挽歌)との整合性を考えたのであれば、このサングラスは同一のものでなくてはならない。

 パートⅠの大ヒットでパートⅢの脚本が後から書かれたにしても、サングラスはパートⅠでマークの個性を際立たせた。また、パートⅡではケンが凶悪組織との戦いに挑む際、マークへの弔いから形見である同じサングラスをかける。つまり、続編を制作するにあたり、サングラスは大事に保管されていたか、同じものがいくつも用意されていたわけで、演出の小道具として見事に大役を果たしている。

 映画のストーリー上、サングラスはサイゴンの露天で売られていたのだから、出どころは米兵や軍関係者がベトナムに持ち込んだ無名ブランド、もしくは現地でコピーされた紛い物という設定だったと思う。デザインはレイバンのようなティアドロップ型ではなく、レンズが全体的に丸みを帯びて、智(ヨロイ)の部分が少し飛び出た形状だ。むしろ、チョウ・ユンファの顔立ちにはこちらの方が似合う。

 しかも、あれほどの強烈なキャラクターを作り上げたわけだ。監督のジョン・ウーやツイ・ハークにとっても、小道具集めに奔走したスタッフにとっても、ブランド名などどうでも良かったはず。たかがサングラス、されどサングラス。当時の香港ノワールが映画づくりに邁進する中で、スポンサーからの商品提供をどれほど意識したのか。おそらく商業主義、昨今の中国マネーに毒されているハリウッド映画よりも控えめだったのではないか。



 もちろん、映画制作は莫大な資金を必要とする。トップガン・マーベリックも然りだ。過去のミリタリー映画がファッションにも影響を与えているのは、プロデューサーは先刻ご承知のはず。ならば、大作の制作でファッションブランドのスポンサー獲得に動くのも当然だろう。それがマーベリックでは再びレイバンだったのか。もっとも、パイロット用に開発されたサングラスだから、演出の小道具というより教官であるトム・クルーズがかけた方が自然だ。

 トップガン・マーベリックの公開により、再びレイバンのティアドロップがブームになれば、それはそれで良いこと。70年代の大流行を知る層には懐かしく、マーベリックでそのカッコ良さを知った層には新鮮だろう。むしろ、ファッションアイテムとしてのレイバンほどアイコン要らずのものはない。洋の東西を問わず、誰がかけても様になるからだ。

 テレビ東京・ワールドビジネスサテライトのコーナーではないが、礼賛されるにふさわしい定番こそ、レイバンではないかと思う。さて、トレンドを生み出すと言われるブロガーやユーチューバーの反応はいかに。この夏、巷でどれほどレイバンスタイルが浸透するか、注視してみたい。
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発信一等地に出る。

2022-06-08 06:36:38 | Weblog
 先月初めだったか、名古屋の名鉄グループが運営する「MELSA Ginza-2 」を8月末で閉店すると発表した。筆者が初めてこのビルを訪れたのは高校1年で上京した時だった。当時は原宿の方に興味があったため、それほど惹かれることもく高級な婦人服やアクセサリーなどががラインナップされているだけの印象だった。

 後になって知ったことだが、MELSA Ginza-2 はパリの百貨店「ギャルリ・ラファイエット」と提携し1971年に開店。フランスの本店ほどではないにしても、「パリの美」を打ち出すことをコンセプトにデザイナーズブランドを集積したという。今思えば、洋裁師である母親が請け負っていたのも欧州産の高級服地を使った注文服で、MELSA Ginza-2に並んでいた服と生地は共通していたような記憶がある。



 当時の日本にも銀座を訪れるお客には「フランコフィーリア」もいたはずだから、彼らを引き寄せることに重点を置いたのだろう。ただ、銀座2丁目をよく知る業界関係者によると、「メルサは最初から手堅い2番手処の著名店をテナントに、いわば冒険もなく家賃を手堅く確実に得る手法に徹した。派手さはなくても注目され話題になる必要があった」そうだ。

 確かにMELSA Ginza-2から首都高の高架に向かうエリアは、出店する顔ぶれを見ると銀座の華やかさという点では、晴海通りと中央通りが交差する北西、南西のみゆき通り界隈より劣っていたのかもしれない。社会人になって定期的に銀座を訪れても、同じ2丁目区画の「伊東屋」には毎回のような立ち寄ったが、3軒隣のMELSA Ginza-2 は覗くことすらなく、今回51年の歴史に幕を閉じることを知った。

 その背景には日本の一等地、銀座が直面する課題があるような気もする。銀座と言えば、「日本で地価が一番高い」(ほとんどが鳩居堂前)のニュースがお馴染みだ。筆者が具に見てきた銀座は、1980年代後半のバブル景気から90年代の平成不況まで。この間には投機対象の地上げから、土地神話の崩壊と不良債権化、ラグジュアリーブランドの旗艦店出店があった。

 その後、平成不況が長引き、リーマンショックを経る中で、ファストファッションの進出、インバウンド効果、GINZA SIXの開業、ファンドの介入など紆余曲折がありながらも、都市として銀座のポジションは揺るぎなかった。

 確かに小売業では家賃が高いゆえに高額品を販売しないと、商売が成り立たない。銀座に店を持つ老舗では、御用達である富裕層が商品を購入してきたことからもわかる。一方で、渋谷や原宿が若者を集客したのに対し、銀座は大人の街であるのも確かだ。映画や芝居を観た帰りにコーヒーを飲む。築地まで足を伸ばして寿司を食べる。別に買い物しなくても、ぶらぶら歩きながら日差しの変化で季節の移ろいを楽しめる。

 古くから金融の拠点として人々の往来を生み、老舗や劇場、百貨店などが立ち並ぶようになった。街づくりを計算してきたのではなく、街自体が自然にブランド化していき、人々を刺激したと思う。当然、好景気や不況の影響を一番に受けるので、淘汰されていくところもあるし、新参者の顔ぶれも常に変わっていく。ただ、大人を惹きつけてやまない「格」という部分は揺るぎない。そこも銀座の良さではないか。

 外国人旅行者の間には築地で美味しい寿司を食べるため、買い物はチープなもので良いという価値観もあるだろう。逆に日本人の買い物客では、GINZA SIXやドーバーストリートマーケットでブランドを購入するなら、ドトールやスタバでコーヒーを買う程度で足早に駅に向かう。それもこれも銀座を訪れる人々のスタイルだ。どこかで格を求め、どこかを切り詰める。それが昨今の銀座を訪れる人々の行動意識ではないだろうか。

 ただ、変わらないのはビジネスから旅行まで世界中の人々を惹きつける情報発信力だ。演、書、文、画、食、衣等々と、歴史が裏打ちされた格式高い様々な文化が揃うだけに、それは日本の魅力として世界中の人々に伝わる。インターネットの時代にはこうした情報価値が都市のポテンシャルを高める。銀座はその代表格、発信一等地と言えるのではないか。そうした価値観の変化に新規出店する方も気づき始めている。


銀座のカジュアル化でSNSとリンクした展開



 満を持して銀座進出を果たしたのが、作業服やアウトドアウエアを扱うワークマンだ。しかも、出店先は名鉄グループがこちらは銀座5丁目で営業を続けるEXITMELSAである。

 ワークマンは職人向けの作業服などを扱う専門店だが、2018年からはアウトドアや防水などの機能で色鮮やかな商品を拡充させた「ワークマンPLUS」を展開。この新業態が大ブレイクし、ワークマンとほぼ同じ店舗数になっている。そのため、さらに市場を深耕する狙いで女性に特化した「#ワークマン女子」をEXITMELSA5階に出店した。

 業態名が変わっても扱う商品はほぼ同じで、商品価格もアイスアシストの半袖Tシャツが499円、防水シューズが1500円といたってリーズナブルだ。「高価格、高級ブランドではないのに銀座でペイするの?」「作業服専門店が出店するとは、銀座も格が落ちたものだ」という向きもあるだろうが、それは今の銀座とワークマンの戦略をわかっていない見方だ。

 ワークマンの原価率は65%を目標にしているため、価格に対して商品のクオリティは非常に高い。あのユニクロ以上と言っていい。しかし、あくまで職人を対象にして郊外展開してきたため、一般消費者、特に若い女性の多くはワークマンをよく知らない。郊外店のままでは情報発信は簡単ではないことから、同社がまず手掛けたのはワークマンの商品を愛してやまない「ブロガー」や「インフルエンサー」を広報担当に位置付けること。

 中でもSNSなどで光る情報を発信している人々を「製品開発アンバサダー」に任命し、商品開発に従事してもらっている。社員との共同開発で生まれた「フルジップコットンパーカー」(2500円)は、2019年10月の発売からわずか7ヶ月で5万5000着を売り上げる大ヒットになった。ただ、SC内のワークマンPLUSは女性客の割合が半数を占めるが、職人向けの店作りや品揃えでは男性中心で女性が気軽に訪れるには敷居が高かった。

 そこで、ワークマンでは女性向けの専門店を作る計画を進めた。既存店から一般受けする商品を切り出し、SC内に出店する。それが#ワークマン女子だ。同社初の女性向け業態としてメディア露出を強化しながら、既存店でも女性向け売場を拡充する。並行して近所のワークマンでも同じ商品が買えることをアピールし、クリック&コレクトにも対応にしながら全国的に女性客の来店比率を高めるものだ。



 つまり、銀座への進出は女性客に対しアパレルブランドのイメージを高め、ブロガーやインフルエンサーの情報を活用するSNSユーザーを積極的に呼び込むのが狙い。銀座の情報発信一等地を味方につけ、Z世代へのアプローチを積極化することでさらなる成長を目指す。店名の頭につけた「#タグ」は、SNSユーザーがメーンターゲットであることを意味する。

 同店では既存店で30%だった女性向け商品を40%まで高め、ユニセックス商品を合わせると女性が着用可能なアイテムは7割にも及ぶ。オープン後は子供服の売上げも好調で、30〜40代の夫婦や子連れ客を呼びこめているとか。銀座店は上々の滑り出しのようだ。

 ワークマンPLUSの仕掛け人でもある土屋哲雄専務によると、銀座進出の背景には「銀座のカジュアル化」があるという。なるほどだ。カジュアル化は何も銀座の劣化ではない。街が変遷していく中で、銀座の今を象徴する。5階フロアは、2015年9月のリニューアルで免税品店の「ラオックス」が誘致された。外国人旅行者を当て込んだリーシングだったわけだ。しかし、新型コロナウイルスの感染拡大で、インバウンド効果は全く期待できなくなった。

 一方、日本人の市場を深掘りするワークマンは、コロナ禍でも店舗を開け続けた。現場で働く職人たちに寄り添う店だからだ。それが2020年1〜3月期には前期比2ケタ超えの売上げ維持をもたらした。そんな好調企業が銀座をビジネスに生かさない手はない。情報発信の一等地である銀座の今をうまく利用できてこそ、今後の勝算に結びつくからだ。インバウンド効果が復活しても、海外展開はせずECで対応するという。

 #ワークマン女子は、フリーで展開する路面店が2店舗しかない。都心に店舗を出店したということは、各方面からいろんな好条件が提示されるだろうから、路面店の出店がさらにしやすくなる。ある意味、それも銀座の価値利用ということである。
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アンドエーの功罪。

2022-06-01 06:45:18 | Weblog
 セブン&アイHDが今年2月に手続きを始めた「そごう・西武百貨店」の売却問題。その二次入札が5月23日に締め切られた。結局、応札したのは米国のローンスターと同フォートレス・インベストメントグループ、シンガポールのGICといった海外の投資ファンドだった。

 募集当初は日本の三井不動産や三菱地所も参加するとの情報があったが、最終的に残ったのは外資3社のみ。そもそも三井や三菱といった不動産大手がそごう・西武に関心を示したと言われたのは、池袋や渋谷、横浜とった一等地に店舗を持つことから、オフィスビルやSCとして再開発するのではという見方からだ。



 しかし、蓋を開けると不動産大手は応札に二の足を踏んだ。西武の池袋本店については西武鉄道が保有していたり、渋谷店の土地は複数の地権者がいるため、落札しても再開発がスムーズにいくとは限らない。また、不採算店が多い地方店では百貨店のまま維持するのは難しく、SCに転換しても売上げが回復する保証はない。そうした懸念が影響したのではないか。

 加えてセブン&アイ側がそごう・西武側の社員の雇用維持を求めることもネックになった。買収した後、2000人以上に及ぶ社員をそのまま雇用できるのか。不動産大手もかなり熟慮したのではないか。百貨店のままではどっちみちリストラは致し方ない。雇用を維持するなら、まずは再開発ビル(SC)の運営管理で採用する。しかし、これは百貨店の社員を直接雇用することになり、とても全員の受け皿にはなれない。

 次に再開発ビルのテナントに採用してもらうケース。だが、どんな業種が入居するかはわからない上、百貨店社員のキャリアが生かせるかも不確か。地方店に勤務している場合は、現地に留まるのか、東京での採用活動になるのか。逆に社員側も独身者、妻帯者などで再就職の条件は異なるだろうから、応募はすんなりとはいかない。こうした諸々の事情が懸案となって結局、不動産大手は入札を断念せざるを得なかったと考えられる。

 不動産大手と言っても、買収資金は銀行からの借入となる。そごう・西武側は売却額を2000億円以上と提示した模様だが、それどころか有利子負債を3000億円も抱えている。銀行からすれば、そんな百貨店を買収して実際に再生できるのか、疑心暗鬼なってもおかしくない。融資に難色を示すのは当然だろう。

 外資ファンドとて条件は同じだろうが、彼らはどう考えたのか。おそらく、そごう・西武の買収価値に優先順位をつけたと思う。百貨店経営には何の興味も展望も持っておらず、最優先したのは池袋店や渋谷店などの不動産価値だ。百貨店のままリニューアルするにしても、解体して再開発ビルを建設するにしても、軌道に乗せた後、ビルごと高値で転売し元を取る方法をとるはずだ。地方店を閉店して被る損失より、都心店を売却して得られる利益の方が勝ると見積もったのではないか。「ハゲタカファンド」が一番得意とするやり口である。



 地方店にはついてはほとんど重視していない。一応、百貨店ブランドを維持した上でテナントビルへの脱皮を進める。百貨店機能は1フロア程度でサテライト店と外商部隊の拠点だけ残し、後のフロアはテナントに貸し出す。有能なコストカッターを送り込み、社員には退職金の積み増しなど一定条件をつけて退職勧奨を行う。「地方百貨店はもう時代にそぐわなくなった。皆さんもセカンドキャリアに邁進してほしい」とかの理由をつけてだ。

 日本では長年、解雇は社員の生活を脅かすとみなされ、裁判所も配置転換や再教育を重視し、解雇を認めない判断を重ねてきた。また、労使協調は雇用の維持が大前提だけに、経営不振の集団解雇はタブーになっていた。しかし、それはあくまで大企業に限ったもので、中小零細企業では解雇は当たり前に行われている。裁判所の審判に持ち込まれても、ほとんどが解決金の支払いで終結している。

 グローバル経済の今、解雇は不当だとの理屈をつけるは日本くらいだろう。むしろ、米国は世界で一番解雇規制が緩い国だ。そこのファンドが自らの利益のためなら、集団解雇に踏み込むなんて容易いのではないか。おそらく、コストカッターはそごう・西武の労働組合に対し、「百貨店はこれ以上必要とされないから人員削減が必要」という前提で、「赤字決算で新規雇用も中止し解雇する社員の人選は適切」で、「労使交渉・手続きは十分に行った上で結論を下す」というロジックで交渉を進めていくのは想像に難くない。


もの言う株主が外資ファンドを援護射撃?

 一方、親会社のセブン&アイに対しては、「もの言う株主」からの圧力が強まっている。5月26日の定時株主総会では、彼らが求めていた取締役の過半数を社外から招く人事案が承認された。表向きは稼ぎ頭のコンビニ事業に専念しろと迫っているようだが、裏ではファンドにそごう・西武を買い叩かせ、社員の雇用維持もなし崩しにしようとしているのではないか。

 カタログ通販のニッセンHDや大型専門店バーニーズジャパンの再建も待ったなしで、もの言う株主からすればセブン&アイの経営陣は責任追及の格好の相手になる。下手をすれば、次の総会で井坂隆一社長の解任動議が提案されてもおかしくない。それを取締役会にかけて社外取締役の賛成多数で可決し、自分らがコントロールしやすい経営者を外部からを招く。彼らがそごう・西武の買収にあたる外資ファンドの援護射撃を行うというシナリオである。

 もちろん、このロジックはあくまで推測の域を出ない。外資ファンドにとっても、そごう・西武の買収は容易ではないない。まず買収資金の調達だ。資金は投資家から集めるわけで、ハードルは低くない。ただでさえ、3000億円もの有利子負債を抱える百貨店買収にどれほどの投資価値があるのか。池袋や渋谷の不動産価値と相殺されてしまうのではないか。投資家がこうしたリスクを懸念すれば、資金を出すかどうかはわからない。



 そして、仮に買収できても、そごう・西武を再建して順調に収益を高められるかは未知数だ。両店は高島屋や三越のように富裕層の優良顧客を抱えていないし、伊勢丹新宿店のように高級&高感度なファッションで競争力を持つわけでもない。百貨店のままでは立ち行かないとすれば、SCに改装して脱皮を図るしかない。

 しかし、そうなると収益を稼ぐのはテナント次第になる。アパレルや雑貨では顔ぶれはほぼ出揃っており、売上的にも頭打ちだ。オフィスは都心の一等地に事務所を構えるところ次第になる。生産性を考えると、アプリの開発などを行う企業になると思われるが、それとて固定費の削減から地方に拠点を移したり、リモートで対応するところが増えている。オフィス需要が活発化するとは考えにくい。

 あとは自粛生活の浸透で売上げ好調なインテリア・家具の業態くらいだ。こちらなら賃貸スペースを稼げるし、パーソナルユースやリモートワーク需要といった新たなカテゴリーを販売するのに池袋、渋谷、横浜の店舗はもってこいだ。ニトリはビームスとコラボして商品を開発している。西武渋谷店なら絶好のアピール拠点になる。ただ、コストはそこそこかかるわけだから、ビル側は出店条件や家賃などで譲歩しなければならないだろう。

 もちろん、外資ファンドがそごう・西武を買収してSCに転換した場合、ビルを管理・運営するのは別会社になる。プロパティマネジメントという手法で、専門のデベロッパーにビルのメンテナンスからテナント誘致、賃貸契約にいたる交渉、家賃・共益費の回収、トラブル対応などまで業務を代行してもらうことになるだろう。

 買収した土地や建物自体は、「SPC(特別目的会社)」に保有してもらうことも考えられる。SPC側は土地や建物を保有するための資金を債券などを発行して調達し、この債権は一般の機関投資家に販売する。いわゆる不動産の証券化である。外資ファンドはそごう・西武を買収できれば、マージンを乗せてすぐにSPCに売却する流れだ。

 投資家にとっても、不動産に直接投資するよりも取引コストを権限することができる。また、様々な債権を保有してポートフォリオを組むことで、ビルごとの採算性や資金の分散を図った投資ができる。ただ、SPCは投資家に配当しなければならないため、そごう・西武なり、再開発したSCなりが順調に収益を上げていくという条件が付く。



 池袋や渋谷、横浜のような都心店舗なら、仮に両百貨店が倒産しても都心という立地自体が価値を持っているので、投資家は不動産価値を重視して、ビル運営は問題にはしないだろう。しかし、地方店、しかも賃貸ビルではこの手法では論外だ。

 水面化ではセブン&アイ、外資ファンドが腹の探りを繰り広げているのではないか。そごう・西武の売却が難航すれば、セブン&アイ本体の屋台骨すら揺るがしかねない。そうなると、経営陣の責任は免れなくなる。メリットもデメリットもある。買収に関する攻防の落とし所をどこにするのか。早くスッキリさせてほしいと願っているのは、両百貨店の社員やアパレルなどの取引先ではないかと思う。
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