暮れになってすごいニュースが飛び込んできた。報道によると、「ホームセンター(HC)最大手のカインズが東急不動産HD子会社の東急ハンズを買収し傘下に収めるもので、一連の手続きは2022年3月末に完了する予定。買収額は200億円超」というものだ。
筆者にとって東急ハンズは90年代まではずっと御用達だった。紙1枚から売ってくれるスタイルが気に入っていたのだが、新聞に織り込まれるタブロイド型のチラシも目を引いた。ピックアップ商品が写真ではなくペン書きのイラストで表現されていて、当時としては非常に斬新だった。一時、資料としてわざわざ集めていたほどだ。
また、ハンズ大賞でDIYを打ち出す手法にも、デザインの仕事をしている人間には好感が持てた。それまで渋谷にはアパレルを取り扱う店舗は数多あったが、DIYを全面に打ち出す業態はなかったからだ。それもこれも西武セゾンと対峙する東急グループの戦略だったと思う。
1990年代半ばには、東急ハンズはクイズ番組のテーマにもなった。フジテレビがミュージシャンのうじきつよしを司会に深夜枠で放送した「カルトQ」というクイズ番組だ。それだけ毎日のように足繁く通うファン客がいたのである。彼らは商品から売場作り、販促、BGM、スタッフまでありとあらゆることを知り尽くしていた。
回答者にすれば、極めてオタク的な番組が成立する。「渋谷店で働く外国人アルバイト名前は」という問いに正解した女性には正直驚いた。うじきつよしが理由を聞くと、「数日前に館内放送の呼び出されていたから」と、即答。それだけマニアに愛されていたということか。
そのブランドは全国的にも知れ渡り、次々と開業するショッピングセンターではリーシング候補の上位に掲げられた。しかし、池袋や渋谷といった一等地に構える店舗の家賃はべらぼうに高い。しかも、多品種の商品を仕入れて展開し在庫管理するには、人件費負担が重く高コスト構造になる。なのに1個数円のものから販売するのだからアパレルに比べると利幅は薄く、損益分岐点は高いと言われてきた。
そもそも利益率が低い業態は家賃が安い郊外に店舗を構え、大型駐車場を併設して広域大量集客を狙うのがセオリーだ。そうしたビジネス論理から外れていた東急ハンズだったが、頑なにショップコンセプトを守り、若者をターゲットにするために都市部展開にこだわった。地方でも都市型SCや駅ビル、百貨店が出店先となった。福岡でも、2011年に開業したJR博多駅のアミュプラザ博多に核店舗として5フロアで出店している。
各地への進出で東急ハンズはメジャー化する一方、他店でも同じ商品が手に入るようになったため、新鮮味は薄れていった。今では欲しい商品はハンズのネットストアで探し、博多店に在庫があれば出向いて購入するが、ない場合は取り寄せしてもらう。先日も「ステンレスクラスプ クリップ・ステープラー」のSサイズをネットで注文し、店舗で受け取った。だが、昔のように常時店舗を訪れることは無い。ハンズクラブ会員にもなっていたが、毎日のようにメルマガが送られてくる煩わしさから脱会した。
デザイン関連はもとより、DIYや料理に必要な専門商品になると、東急ハンズだけでは揃わない。木工の道具や材料、金属小物はHCのハンズマン、レザークラフト材料は博多の革屋さん、料理道具は東京出張時に合羽橋、アパレル関連はユザワヤで購入するなど店舗を使い分けている。ましてマスプロの商品からマニアックなものまで何でも揃うネット通販により、多くのお客が現状の東急ハンズにそれほど魅力を感じなくなったのは確かだろう。
東急ハンズの店舗は国内外に86店あるが、競争は激しくなっておりコロナ禍の影響もあって直近の売上高は631億円と前年から334億円も減少。連結純損益は71億円の赤字に転落した。そのため、池袋店を閉店してインターネット通販やPB開発に注力していたが、東急グループ単独での再建は難しかったようだ。図らずも当初から指摘されていた課題がボディブローのように響き、ここにきて自ら立ち直ることを断念したのである。
東急ハンズはスタイルファクトリーに衣替えか
埼玉県の本庄市に本社を構えるHCのカインズは名前だけは聞いていたが、店舗を見たのは2016年にオープンした福岡新宮店が初めてだった。同店は店舗面積約1万300平方㎡、531台収容の駐車場、約7万品目の品揃え。実際、売場を見ると、やたらPBが多いとの印象を受けた。それもそのはず、新宮店では商品全体の4割をPBが占めているという。
他には園芸やペット、カフェ&ガーデンがあるが、木材や金属パーツなどのプロ向けはそれほど充実していない。店舗の一角に設けられた「カインズリカー」では、1400種以上の酒類や飲料、加工食品を販売。同社がベイシアグループに属するため、ついで買いを誘う狙いのようだが、価格はスーパーやDS、ドラッグストアとほぼ同等で特別に安くはない。
HCでは必須の工作室は「カインズ工房」という名称で、最新のデジタル機器やレーザーなどを使用して自分でオリジナル製品に加工できるとの触れ込み。個人的には興味があるが、木材などの品揃えが充実していないし、工房の利用料金は表示されているものの、セルフで行うのならやはり加工レベルの不安は残る。筆者のようにインテリアデザインを自分で行い、設計図面をおこした上でカギや溝彫りなど細かな加工を必要とするケースで、どこまで使い勝手がいいのか、実際に試して判断するしかない。
2016年のオープン前には天神のカフェでDIY、ペット、サイクルなどカインズオリジナル商品が展示されるイベントが開催された。これは異例の若者向けプロモーションだったと思うが、どこまでの効果があったのか。同じ新宮地区にIKEAがオープンした時はかなりの若者が出かけたようだが、「カインズに行った」という話は若者からは聞かない。そうしたことも東急ハンズを買収した理由の一つだろうか。
2018年9月開業の「ららぽーと名古屋みなとアスクル店」には、別業態の「スタイルファクトリー」を出店した。こちらは大型低価格のHCとは一線を画しインテリア、雑貨とDIYに絞り込まれている。目を引くのは内装からVMDまでにアーチスティックなデコレーションを採用した店作りだ。米国仕込みのハンズマンのそれを凌ぐ洗練された売場デザインは群を抜く。美大出のデザイナーが噛んでいるとの話もある。
店舗は現在、名古屋の他にみなとみらい東急スクエア店、ららぽーと海老名店、ららぽーと立川立飛店の計4店。ららぽーとに出店していることで、来春開業する「ららぽーと福岡」にも出店する公算が高い。あくまで私見だが、将来的に東急ハンズはスタイルファクトリーと融合していくのではないかと思う。ただ、課題もいろいろと見えてくる。
カインズの高家正行社長は東急ハンズとカインズの価値観は共通しており、相互補完性は非常に高いという。それはあくまで経営者側の言い分だ。当面、東急ハンズのまま運営していくにしても、立て直しのために利益率の高いカインズのPBを投入したからと、本当に離れていったお客を呼び戻せるのか。むしろ、HCに並ぶようなPBに若者が飛びつくとは思えない。86店舗のスケールメリットを活かして新たに開発しないと難しいのではないか。
それにしても、デザイン性やブランド力で先行する無印良品などの競合が存在する。逆に世界中から好感度な生活雑貨を集める高感度業態にリニューアルする方法もあるが、スーパーが主体のベイシアグループにそのノウハウがあるとは思えない。スタイルファクトリーとの融合でインテリアの幅を広げ、DIYを打ち出す手法で勝負していくのか。若者ターゲットの雑貨業態は数多あるし、インテリアとDIYを軸にしてどれほど惹きつけられるかは疑問だ。
かつてのハンズ大賞のように「手作りする素晴らしさ」「使う人が作る人」を訴求するクラフト文化も、使い捨てに堕した低価格マーケットでは取り戻せそうもない。いくらカインズが資本力を持つと言っても、HCの経営ノウハウだけでは東急ハンズの再建は容易ではないと思う。作る人がほしい店、そんな東急ハンズの復活は、もはや無理なのかもしれない。
筆者にとって東急ハンズは90年代まではずっと御用達だった。紙1枚から売ってくれるスタイルが気に入っていたのだが、新聞に織り込まれるタブロイド型のチラシも目を引いた。ピックアップ商品が写真ではなくペン書きのイラストで表現されていて、当時としては非常に斬新だった。一時、資料としてわざわざ集めていたほどだ。
また、ハンズ大賞でDIYを打ち出す手法にも、デザインの仕事をしている人間には好感が持てた。それまで渋谷にはアパレルを取り扱う店舗は数多あったが、DIYを全面に打ち出す業態はなかったからだ。それもこれも西武セゾンと対峙する東急グループの戦略だったと思う。
1990年代半ばには、東急ハンズはクイズ番組のテーマにもなった。フジテレビがミュージシャンのうじきつよしを司会に深夜枠で放送した「カルトQ」というクイズ番組だ。それだけ毎日のように足繁く通うファン客がいたのである。彼らは商品から売場作り、販促、BGM、スタッフまでありとあらゆることを知り尽くしていた。
回答者にすれば、極めてオタク的な番組が成立する。「渋谷店で働く外国人アルバイト名前は」という問いに正解した女性には正直驚いた。うじきつよしが理由を聞くと、「数日前に館内放送の呼び出されていたから」と、即答。それだけマニアに愛されていたということか。
そのブランドは全国的にも知れ渡り、次々と開業するショッピングセンターではリーシング候補の上位に掲げられた。しかし、池袋や渋谷といった一等地に構える店舗の家賃はべらぼうに高い。しかも、多品種の商品を仕入れて展開し在庫管理するには、人件費負担が重く高コスト構造になる。なのに1個数円のものから販売するのだからアパレルに比べると利幅は薄く、損益分岐点は高いと言われてきた。
そもそも利益率が低い業態は家賃が安い郊外に店舗を構え、大型駐車場を併設して広域大量集客を狙うのがセオリーだ。そうしたビジネス論理から外れていた東急ハンズだったが、頑なにショップコンセプトを守り、若者をターゲットにするために都市部展開にこだわった。地方でも都市型SCや駅ビル、百貨店が出店先となった。福岡でも、2011年に開業したJR博多駅のアミュプラザ博多に核店舗として5フロアで出店している。
各地への進出で東急ハンズはメジャー化する一方、他店でも同じ商品が手に入るようになったため、新鮮味は薄れていった。今では欲しい商品はハンズのネットストアで探し、博多店に在庫があれば出向いて購入するが、ない場合は取り寄せしてもらう。先日も「ステンレスクラスプ クリップ・ステープラー」のSサイズをネットで注文し、店舗で受け取った。だが、昔のように常時店舗を訪れることは無い。ハンズクラブ会員にもなっていたが、毎日のようにメルマガが送られてくる煩わしさから脱会した。
デザイン関連はもとより、DIYや料理に必要な専門商品になると、東急ハンズだけでは揃わない。木工の道具や材料、金属小物はHCのハンズマン、レザークラフト材料は博多の革屋さん、料理道具は東京出張時に合羽橋、アパレル関連はユザワヤで購入するなど店舗を使い分けている。ましてマスプロの商品からマニアックなものまで何でも揃うネット通販により、多くのお客が現状の東急ハンズにそれほど魅力を感じなくなったのは確かだろう。
東急ハンズの店舗は国内外に86店あるが、競争は激しくなっておりコロナ禍の影響もあって直近の売上高は631億円と前年から334億円も減少。連結純損益は71億円の赤字に転落した。そのため、池袋店を閉店してインターネット通販やPB開発に注力していたが、東急グループ単独での再建は難しかったようだ。図らずも当初から指摘されていた課題がボディブローのように響き、ここにきて自ら立ち直ることを断念したのである。
東急ハンズはスタイルファクトリーに衣替えか
埼玉県の本庄市に本社を構えるHCのカインズは名前だけは聞いていたが、店舗を見たのは2016年にオープンした福岡新宮店が初めてだった。同店は店舗面積約1万300平方㎡、531台収容の駐車場、約7万品目の品揃え。実際、売場を見ると、やたらPBが多いとの印象を受けた。それもそのはず、新宮店では商品全体の4割をPBが占めているという。
他には園芸やペット、カフェ&ガーデンがあるが、木材や金属パーツなどのプロ向けはそれほど充実していない。店舗の一角に設けられた「カインズリカー」では、1400種以上の酒類や飲料、加工食品を販売。同社がベイシアグループに属するため、ついで買いを誘う狙いのようだが、価格はスーパーやDS、ドラッグストアとほぼ同等で特別に安くはない。
HCでは必須の工作室は「カインズ工房」という名称で、最新のデジタル機器やレーザーなどを使用して自分でオリジナル製品に加工できるとの触れ込み。個人的には興味があるが、木材などの品揃えが充実していないし、工房の利用料金は表示されているものの、セルフで行うのならやはり加工レベルの不安は残る。筆者のようにインテリアデザインを自分で行い、設計図面をおこした上でカギや溝彫りなど細かな加工を必要とするケースで、どこまで使い勝手がいいのか、実際に試して判断するしかない。
2016年のオープン前には天神のカフェでDIY、ペット、サイクルなどカインズオリジナル商品が展示されるイベントが開催された。これは異例の若者向けプロモーションだったと思うが、どこまでの効果があったのか。同じ新宮地区にIKEAがオープンした時はかなりの若者が出かけたようだが、「カインズに行った」という話は若者からは聞かない。そうしたことも東急ハンズを買収した理由の一つだろうか。
2018年9月開業の「ららぽーと名古屋みなとアスクル店」には、別業態の「スタイルファクトリー」を出店した。こちらは大型低価格のHCとは一線を画しインテリア、雑貨とDIYに絞り込まれている。目を引くのは内装からVMDまでにアーチスティックなデコレーションを採用した店作りだ。米国仕込みのハンズマンのそれを凌ぐ洗練された売場デザインは群を抜く。美大出のデザイナーが噛んでいるとの話もある。
店舗は現在、名古屋の他にみなとみらい東急スクエア店、ららぽーと海老名店、ららぽーと立川立飛店の計4店。ららぽーとに出店していることで、来春開業する「ららぽーと福岡」にも出店する公算が高い。あくまで私見だが、将来的に東急ハンズはスタイルファクトリーと融合していくのではないかと思う。ただ、課題もいろいろと見えてくる。
カインズの高家正行社長は東急ハンズとカインズの価値観は共通しており、相互補完性は非常に高いという。それはあくまで経営者側の言い分だ。当面、東急ハンズのまま運営していくにしても、立て直しのために利益率の高いカインズのPBを投入したからと、本当に離れていったお客を呼び戻せるのか。むしろ、HCに並ぶようなPBに若者が飛びつくとは思えない。86店舗のスケールメリットを活かして新たに開発しないと難しいのではないか。
それにしても、デザイン性やブランド力で先行する無印良品などの競合が存在する。逆に世界中から好感度な生活雑貨を集める高感度業態にリニューアルする方法もあるが、スーパーが主体のベイシアグループにそのノウハウがあるとは思えない。スタイルファクトリーとの融合でインテリアの幅を広げ、DIYを打ち出す手法で勝負していくのか。若者ターゲットの雑貨業態は数多あるし、インテリアとDIYを軸にしてどれほど惹きつけられるかは疑問だ。
かつてのハンズ大賞のように「手作りする素晴らしさ」「使う人が作る人」を訴求するクラフト文化も、使い捨てに堕した低価格マーケットでは取り戻せそうもない。いくらカインズが資本力を持つと言っても、HCの経営ノウハウだけでは東急ハンズの再建は容易ではないと思う。作る人がほしい店、そんな東急ハンズの復活は、もはや無理なのかもしれない。