HAKATA PARIS NEWYORK

いまのファッションを斬りまくる辛口コラム

作る人がほしい店。

2021-12-29 06:43:50 | Weblog
 暮れになってすごいニュースが飛び込んできた。報道によると、「ホームセンター(HC)最大手のカインズが東急不動産HD子会社の東急ハンズを買収し傘下に収めるもので、一連の手続きは2022年3月末に完了する予定。買収額は200億円超」というものだ。

 筆者にとって東急ハンズは90年代まではずっと御用達だった。紙1枚から売ってくれるスタイルが気に入っていたのだが、新聞に織り込まれるタブロイド型のチラシも目を引いた。ピックアップ商品が写真ではなくペン書きのイラストで表現されていて、当時としては非常に斬新だった。一時、資料としてわざわざ集めていたほどだ。

 また、ハンズ大賞でDIYを打ち出す手法にも、デザインの仕事をしている人間には好感が持てた。それまで渋谷にはアパレルを取り扱う店舗は数多あったが、DIYを全面に打ち出す業態はなかったからだ。それもこれも西武セゾンと対峙する東急グループの戦略だったと思う。



 1990年代半ばには、東急ハンズはクイズ番組のテーマにもなった。フジテレビがミュージシャンのうじきつよしを司会に深夜枠で放送した「カルトQ」というクイズ番組だ。それだけ毎日のように足繁く通うファン客がいたのである。彼らは商品から売場作り、販促、BGM、スタッフまでありとあらゆることを知り尽くしていた。

 回答者にすれば、極めてオタク的な番組が成立する。「渋谷店で働く外国人アルバイト名前は」という問いに正解した女性には正直驚いた。うじきつよしが理由を聞くと、「数日前に館内放送の呼び出されていたから」と、即答。それだけマニアに愛されていたということか。



 そのブランドは全国的にも知れ渡り、次々と開業するショッピングセンターではリーシング候補の上位に掲げられた。しかし、池袋や渋谷といった一等地に構える店舗の家賃はべらぼうに高い。しかも、多品種の商品を仕入れて展開し在庫管理するには、人件費負担が重く高コスト構造になる。なのに1個数円のものから販売するのだからアパレルに比べると利幅は薄く、損益分岐点は高いと言われてきた。

 そもそも利益率が低い業態は家賃が安い郊外に店舗を構え、大型駐車場を併設して広域大量集客を狙うのがセオリーだ。そうしたビジネス論理から外れていた東急ハンズだったが、頑なにショップコンセプトを守り、若者をターゲットにするために都市部展開にこだわった。地方でも都市型SCや駅ビル、百貨店が出店先となった。福岡でも、2011年に開業したJR博多駅のアミュプラザ博多に核店舗として5フロアで出店している。



 各地への進出で東急ハンズはメジャー化する一方、他店でも同じ商品が手に入るようになったため、新鮮味は薄れていった。今では欲しい商品はハンズのネットストアで探し、博多店に在庫があれば出向いて購入するが、ない場合は取り寄せしてもらう。先日も「ステンレスクラスプ クリップ・ステープラー」のSサイズをネットで注文し、店舗で受け取った。だが、昔のように常時店舗を訪れることは無い。ハンズクラブ会員にもなっていたが、毎日のようにメルマガが送られてくる煩わしさから脱会した。

 デザイン関連はもとより、DIYや料理に必要な専門商品になると、東急ハンズだけでは揃わない。木工の道具や材料、金属小物はHCのハンズマン、レザークラフト材料は博多の革屋さん、料理道具は東京出張時に合羽橋、アパレル関連はユザワヤで購入するなど店舗を使い分けている。ましてマスプロの商品からマニアックなものまで何でも揃うネット通販により、多くのお客が現状の東急ハンズにそれほど魅力を感じなくなったのは確かだろう。

 東急ハンズの店舗は国内外に86店あるが、競争は激しくなっておりコロナ禍の影響もあって直近の売上高は631億円と前年から334億円も減少。連結純損益は71億円の赤字に転落した。そのため、池袋店を閉店してインターネット通販やPB開発に注力していたが、東急グループ単独での再建は難しかったようだ。図らずも当初から指摘されていた課題がボディブローのように響き、ここにきて自ら立ち直ることを断念したのである。


東急ハンズはスタイルファクトリーに衣替えか



 埼玉県の本庄市に本社を構えるHCのカインズは名前だけは聞いていたが、店舗を見たのは2016年にオープンした福岡新宮店が初めてだった。同店は店舗面積約1万300平方㎡、531台収容の駐車場、約7万品目の品揃え。実際、売場を見ると、やたらPBが多いとの印象を受けた。それもそのはず、新宮店では商品全体の4割をPBが占めているという。

 他には園芸やペット、カフェ&ガーデンがあるが、木材や金属パーツなどのプロ向けはそれほど充実していない。店舗の一角に設けられた「カインズリカー」では、1400種以上の酒類や飲料、加工食品を販売。同社がベイシアグループに属するため、ついで買いを誘う狙いのようだが、価格はスーパーやDS、ドラッグストアとほぼ同等で特別に安くはない。



 HCでは必須の工作室は「カインズ工房」という名称で、最新のデジタル機器やレーザーなどを使用して自分でオリジナル製品に加工できるとの触れ込み。個人的には興味があるが、木材などの品揃えが充実していないし、工房の利用料金は表示されているものの、セルフで行うのならやはり加工レベルの不安は残る。筆者のようにインテリアデザインを自分で行い、設計図面をおこした上でカギや溝彫りなど細かな加工を必要とするケースで、どこまで使い勝手がいいのか、実際に試して判断するしかない。

 2016年のオープン前には天神のカフェでDIY、ペット、サイクルなどカインズオリジナル商品が展示されるイベントが開催された。これは異例の若者向けプロモーションだったと思うが、どこまでの効果があったのか。同じ新宮地区にIKEAがオープンした時はかなりの若者が出かけたようだが、「カインズに行った」という話は若者からは聞かない。そうしたことも東急ハンズを買収した理由の一つだろうか。



 2018年9月開業の「ららぽーと名古屋みなとアスクル店」には、別業態の「スタイルファクトリー」を出店した。こちらは大型低価格のHCとは一線を画しインテリア、雑貨とDIYに絞り込まれている。目を引くのは内装からVMDまでにアーチスティックなデコレーションを採用した店作りだ。米国仕込みのハンズマンのそれを凌ぐ洗練された売場デザインは群を抜く。美大出のデザイナーが噛んでいるとの話もある。

 店舗は現在、名古屋の他にみなとみらい東急スクエア店、ららぽーと海老名店、ららぽーと立川立飛店の計4店。ららぽーとに出店していることで、来春開業する「ららぽーと福岡」にも出店する公算が高い。あくまで私見だが、将来的に東急ハンズはスタイルファクトリーと融合していくのではないかと思う。ただ、課題もいろいろと見えてくる。

 カインズの高家正行社長は東急ハンズとカインズの価値観は共通しており、相互補完性は非常に高いという。それはあくまで経営者側の言い分だ。当面、東急ハンズのまま運営していくにしても、立て直しのために利益率の高いカインズのPBを投入したからと、本当に離れていったお客を呼び戻せるのか。むしろ、HCに並ぶようなPBに若者が飛びつくとは思えない。86店舗のスケールメリットを活かして新たに開発しないと難しいのではないか。

 それにしても、デザイン性やブランド力で先行する無印良品などの競合が存在する。逆に世界中から好感度な生活雑貨を集める高感度業態にリニューアルする方法もあるが、スーパーが主体のベイシアグループにそのノウハウがあるとは思えない。スタイルファクトリーとの融合でインテリアの幅を広げ、DIYを打ち出す手法で勝負していくのか。若者ターゲットの雑貨業態は数多あるし、インテリアとDIYを軸にしてどれほど惹きつけられるかは疑問だ。



 かつてのハンズ大賞のように「手作りする素晴らしさ」「使う人が作る人」を訴求するクラフト文化も、使い捨てに堕した低価格マーケットでは取り戻せそうもない。いくらカインズが資本力を持つと言っても、HCの経営ノウハウだけでは東急ハンズの再建は容易ではないと思う。作る人がほしい店、そんな東急ハンズの復活は、もはや無理なのかもしれない。

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イブは、金曜日。

2021-12-22 06:55:09 | Weblog


 クリスマスまであと3日。そこで思い出した広告がある。1977年掲載の西武百貨店の新聞10段で、「イヴは、土曜日。」というコピーだった。週休2日ではなかった当時、半ドンの土曜日は貴重で今以上にテンションが上がっていた。それがクリスマスホリデーと重なれば、消費を盛り上げない手はないということだったのだと思う。

 ボディコピーでも以下のようなリード文が目を引く。「パーティの招待状なんて1通も来ないうちから、そのときは、こんなドレスにあんな靴、なんて」「うーん、ワインカラーのロングドレスなんて素敵だなァ。それにあっというような真っ赤な夜会用の靴をはいて」「フォーマルはもう、かた苦しい白と黒の時代じゃないんですね」。

 「例えば、モデルのキャシーが着ているこのドレス、西武オリジナルのパーティドレスです」「…ラインストーンがいっぱい使ってある。シンプルなデザインが着るひとの動きで華やかにも大胆にも見えるんです」「他にもラメやレースをぜいたくに使ったドレスがいろいろ揃っています」「となると、靴もドレスに引けをとらないものを。キラキラ光るシャインレザーの真っ赤なハイヒールを。その名もノクターン

 新聞広告だから商品価格も表示されていた。ロングドレスはアクリル100%ながら42,900円。西武オリジナルというが、おそらく別注だろう。シャインレザーのハイヒールは11,000円。広告ではこの2つのアイテムに絞って訴求されているが、パーティ会場まで出かけるにはボレロ風のジャケットやロングコート、ファーやアクセサリーなんかも必要になるから、コーディネート販売もできたと思われる。

 1977年と言えば、今から44年も前だ。大卒初任給は一流企業で12〜13万円だっただろうか。だから、このドレスや靴はボーナスを利用しないと購入できない代物。まあ、「クリスマスなんだから、このくらいの贅沢はいいじゃない」と、お客の上がったテンションを消費に結びつけたい西武百貨店の意図がうかがえる。

 コピーライターは西村佳也、アートディレクターは浅葉克己だが、この際制作スタッフが誰かはどうでもいい。むしろ、バブル景気も平成不況もやって来ていない時期に、商品政策と広告展開でここまで斬新というか、進歩的な生活提案をする西武百貨店には驚く。それもこれも西武グループの中で流通部門の総帥となった堤清二氏の存在抜きには語れない。自らも、代表室発行の「SASON GROUP 1988-’89」の中で、以下のように説明している。

 「生活者の欲求や期待を受けて、革新的に、より積極的に、一貫性を持って様々な事業を進めていく。それは人びとの期待や欲求に応える新しい価値創造への取り組みなのである。このような行動を支えるセゾングループの企業理念を、私たちは生活総合産業という言葉で表現しています」。同氏は身につけた米国的な近代性や合理性をもとに、流通事業を単なるものを売るのとは一線を画する文化ビジネスに押し上げていった。




 こうした西武百貨店の提案がきっかけとなり、80年代に入ると若年層でも一つ上をいくライフスタイルが脚光を浴びた。クリスマスホリデーには、フォーマルウエアを着てパーティを楽しむのは若者のトレンドになった。DCブランドもこぞってパーティ向けのドレスやスーツを企画したことで、雑誌のアンアンやブルータスではタイアップ記事も組まれた。

 当時はファッションスタイル自体が現在のようなカジュアル一辺倒ではなく、オンとオフの切り替えがはっきりして、ビジネスシーンでは男女ともスーツを着る人が圧倒的に多かった。つまり、フォーマル、オフィシャル、カジュアルとオケージョンがはっきりして、それぞれに合わせたアイテムが企画され、売れていたのだ。

 もちろん、ど・フォーマルでは気後れする人が少なくないので、スタイリストによってややカジュアルダウンしたパーティシーンの着こなし術も提案された。タートルのネック周りにシルクサテンのスカーフを巻いたり、ジャケットのラペルにピンアクセを付けたりなどと、いろんなホリデースタイルが楽しめた。


往年を知る60代がホリデーを楽しんでは

 90年代に入り、バブルが崩壊すると、ファッションはカジュアル主体となり、並行して低価格化が進んだ。そんな中、クリスマスホリデー向けのアイテムもすっかり影を潜めていった。さらに長引く不況で若者が仕事を探すのにも苦労したため、贅沢なお洒落に支出する余裕は無くなったとも言われる。まあ、完全に消滅したのではく、バブル期のように皆が浮かれる状況ではなくなったのだ。

 そして令和の今、百貨店を販路にする日本のアパレルは全く勢いがなく、次々と店舗を閉鎖してECにシフトしている。というか、感度も素材感も落ちまくって買う気になれないのが実際のところか。だが、70年代後半から80年代、バブル期を謳歌した世代が完全におしゃれ心を失ってしまったかと言えば、そんなことはない。現にコロナ禍による緊急事態宣言が解除されたこの冬は、百貨店で「ドレス」が売れているのだ。

 あるドレス専業メーカーも地方の専門店を中心にファンを獲得し、堅調な売上げという。いろんなレセプションに参加予定が多い女優やタレントからも、スタイリストを通じて引き合いが多いそうだ。つまり、中高年層からすれば機会さえあれば、コロナ禍が落ち着いたからおしゃれをして出かけたい層が確実にいるということ。

 コロナ感染者数は一時より減少傾向にあるが、オミクロン株の猛威で油断はできない。だから別に大掛かりなパーティではなく、カップルでクラシックのコンサートやジャズライブを鑑賞したり、ミュージカルや歌舞伎などを観劇するシチュエーションでいい。その後にレストランでコース料理とワインを楽しめれば、クリスマスとして最高だ。ドレスが売れているのはき、お客の方がそんな機会を持ちたいと思い始めているのではないか。



 Nouveau formel des années soixanteとでも言おうか。実際のマインドは遥かに若い新しい60代をターゲットにしたユーティリティの高い「余所行き」を打ち出してもいい。それは別にフォーマルウエアを企画して売るという意味ではない。日頃はオフィシャルで通用するアイテムだが、小物使いなどで一工夫すればパーティシーンでも着こなせるもの。

 バカの一つ覚えでECやOMOを叫ぶのではなく、業界自らシーンやオケージョンに合わせた着こなし提案をすべきではないか。中高年が大人のカルチャーライフを楽しむことで、逆に若年層も刺激されていくと思う。




 若者ならドレスなどは古着をうまく活用するだろう。ボディや袖のとこ所々をシースルーにするとか、胸元にカットオフを施したりとか、リメイクもある。ワンピースにフェイクファーや金刺繍のアタッチド・カラーを付けたり、ゴールドメッキやパール、カラーストーンのアクセなんかを組み合わせるだけでパーティ気分になれる。インフルエンサーも斬新なニューフォーマル、クリスマスホリデーの着こなしを提案して行けば、あっという間に火がつくのではないか。

 あとは「場」をいかに提供し、演出を含めたシチュエーションをいかに提供するか。これにはホテルやレストランがリカーベンダーなどと協業して企画する手もある。飲食に進出するアパレルがあるが、こうしたスペース作りにこそ挑戦すべきではないか。単なる外食では成功することは至難だ。むしろ、場づくりの方がアパレルのノウハウが活かせると思う。

 何もタキシードやスリップドレスを手がける必要はない。冬物衣料の発想を変え、少し贅沢で艶のある素材でアイテムを作ればいい。女性ならシワ加工のプリーツにするとか、シルク混のビスコースで光沢を出すとか。男性ではモッサのジャケットやベルベットのセットアップで十分。あとは女性がゴールドアクセやパール、フェイクファー。男性は派手目のネクタイ、シルクのスカーフ&チーフ、ラペルアクセをうまく使えばホリデーシーンに通用する。

 今年のイヴは、金曜日。まだ、時間はある。クリスマスホリデーをおしゃれに着こなす。そんなシーンの復活を大人のファッションから期待したい。

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タダでは済まない。

2021-12-15 06:38:24 | Weblog
 楽天グループ(以下、楽天)が楽天市場の出店者に対して、一定額以上の購入代金を「送料込み」とする新制度(送料無料との表示を要求されれば、実質的には出店者が配送業者に支払うもの)について、公正取引委員会(以下、公取)は12月6日、独占禁止法違反(優越的地位の乱用)容疑の審査を終了すると発表した。

 と言っても、楽天側が営業方針を変更して自主的な改善措置の申し出をしたため、公取は出店者に対する状況が改善されると推定し処分を取り下げただけ。「楽天市場の制度は独金法違反の疑いがある」とした判断したことに変わりない。


改善措置を額面通りに信じられるか

 改善措置は以下の通りになる。
 改善措置1:出店者側の参加、不参加の意思を尊重
 改善措置2:商品の表示順位を下げるなど不参加店に不利な扱いをしない
 改善措置3:出店者からの苦情や相談を受け付ける
 改善措置4:会社の方針に違反する働きかけをした社員の処分規定を整備




 これで楽天、公取が手打ちをするのか。筆者はとてもそうとは思えない。なぜなら楽天の三木谷浩史社長は出店の条件にした送料無料を公取が問題視した時、民間企業の経営者として「国家権力が規制を元に自由なビジネスを阻害するなら徹底して抗う」的な発言をしている。自社が右肩あがりの成長をしていくには、折に触れてお上と対峙しなければならないとの姿勢は、今後も変わることはないだろう。

 一方、公取側も三木谷発言の趣旨は十分に理解しているはずだ。3980円以上購入すると送料は原則無料となる制度が弱い立場にある出店者に負担を強いるものであるのは言うまでもない。楽天が今後もプラットフォーマーという優越的地位を振りかざすかもしれないことに、公取は出店者へのヒヤリングなどを通じて調査、監視を続けていくと思う。

 では、改善措置により出店者は救済されるのか。まず、送料込みの制度に参加、不参加を出店者の意思で自由に決められる点は評価される。ただ、制度に参加を見送る店舗に対し商品の表示順位を下げないという点は、あくまで楽天側がSEO対策を行うわけだから何とも言えない。苦情や相談の受け付けについても、楽天が速やかに対応し改善するには時間を要する。額面通りに受け入れない方がいい。

 そして、会社の方針に違反する働きかけをした社員の処分については?がある。そもそも、送料込みの制度に不参加なら商品の表示順位が下がるようになることを社員が単独で行ったとは考えにくい。むしろ上層部の指示があったとみた方が合点がいく。言い換えれば、今後も出店者への何らかの不利益を示唆すれば、「それは社員がやったことだ」と、上層部はトカゲの尻尾切りで済ませるのではないか。ならば、非常に問題である。

 楽天がAmazonに対抗していく上で、送料サービスは目下のところ一番の肝だ。というか、ネット通販の場合、同じ商品なら価格はほぼ同等だから、送料で違いを出すのが最も有効と言える。楽天はどの出店者であろうと商品が売れればいいわけで、送料を無料にすることで出店者同士を競争させ、自社に有利な状況を作っていくと思われる。


運送事業者は外部委託でネット通販に対応

 もっとも、送料問題は物流の課題を抜きには語れない。運送業界はドライバー不足やガソリン価格の高騰に喘ぎ、輸送コストが高止まりの傾向にある。そうした問題にはプラットフォーマーも出店者も購入者も目もくれず、自ら利益ばかりを求めている。

 プラットフォーマーは、とにかく出店者を増やして購入者の選択肢を増やすことで競争力をつけ、収益を伸ばそうとしている。出店者は実店舗や販売スタッフが必要ないネットモールでとにかく粗利益を稼ごうと躍起だ。購入者は同じ商品なら価格や送料を比較して1円でも安く買いたい。利害が三つ巴になる中でも、送料というコストはかかっている。

 もう少し詳しく言うと、以前Amazonの配送に参加していた佐川急便は、定額送料では利益が出ないために撤退した。その後、Amazonは個人配送業者、いわゆる赤帽さんを組織して配送を一括で委託する方針を打ち出した。現在、どうなっているのか。



 ヤマト運輸が同社と連携したオンラインショップ等で注文した商品(ヤフーのネコポス、ZOZOなど)の受け取りを、購入者の自宅敷地内の玄関ドア前やガスメーターボックス、車庫などに置き配し、非対面で荷物を受け取れる「EAZY」をスタートしている。(https://www.yamato-hd.co.jp/news/2020/20200616.html)

 同社のSD(セールスドライバー)が配送するのではなく、外部パートナー「EAZY CREW(イージー・クルー)」に委託するもの。既存の個人配送業者や赤帽の資格をとったドライバーがこの業務に当たっている。Amazonはこれに乗っかる形で配送を委託している。



 だからと言って、送料が簡単に下げられるものでない。Amazonの物流倉庫や出店者から出荷された商品はヤマト運輸の荷受けターミナルに集まり、県ごとに仕分けされて大型トラックで各県のターミナルまで配送される。そこで今度はエリアごとに手作業で仕分けされた後、大型トラックで各エリアセンターまで運ばれ、さらに配送ルートごとに手作業で仕分けされて、それをイージー・クルーが購入者の自宅まで届けるのである。

 大型トラックでの配送、ターミナルやセンターでの仕分け、委託業者の個別配送などなど。どれだけの人員や車を要し、どれだけの手間やコストがかかっているのか。むしろ、配送事業者がAmazonの通常配送料450円の範囲内で応分のコストを吸収している方に驚く。また、イージー・クルーもヤマト運輸が支払う荷物1個の配送料(160円程度か)で、生活が成り立つのかである。

 おそらく、ヤマト運輸にとってEAZYは、Amazonの配送を請け負うのと、輸送コストを下げる上での苦肉の策ではないか。ただ、Amazonは一般会員からは送料を取っているし、プライム会員には手数料を取って送料負担させているから、まだマシだ。


果たしてOMOは理想形なのか



 ところが、楽天は2019年8月に送料無料化の方針を打ち出し、出店者にはその制度に参加しなければ、検索順位の低下や退店要求、サイト内のセールに出られないなど圧力をかけた。無人配送ロボットの実証実験や置き配ボックスの配布は行なっているが、自社物流の体制整備を差し置いて、送料無料の代償を出店者に強いる横暴さは目に余る。

 もちろん、出店者もネット市場には無尽蔵なお客がいて売上げが伸びた事実から、ネット通販無しではビジネスが成り立たないと信じ込んでいる。しかし、楽天が送料無料の方針を出した途端、利益の目減りどころか旨味の無さを突きつけられた。今のビジネス環境はコロコロ変わる。一寸先は闇、それほど簡単には行かないという証左だ。もちろん、物流業界もコストダウンや効率化に向けた自助努力は必要だと思う。

 タダでは済まないという慣用句がある。ただ、今回の問題はそのままの意味に当てはまる。公取は楽天に対しお上の言うことを聞かなければ、排除措置命令を下すなどタダでは済まないとの判断を下した。出店者は送料を無料にすればお客は食いつくが、商品価格に上乗せすれば競争力失う。こちらもタダでは済まないのだ。購入者は店舗に出向けば送料は払わなくいい。店舗まで買いに行けない理由があるにしても、配送を選べばタダで済まないということだ。

 アパレル業界ではOMO(オンラインとオフラインの融合)が叫ばれている。ネットショップと実店舗の境目はなくなり、お客がチャネルの違いを意識せずにサービスを受けられるようにオンラインとオフラインを一緒のものとして戦略を進めようという考え方だ。だが、そうすればサイトと実店舗で二重のコストがかかってしまう。

 そこまでやらないと生き残れないと言われればそれまでだが、中小零細のメーカーや小売業者に両方のコストが負担できるとは思えない。逆にOMOに注力すればコスト増で、商品づくりへのしわ寄せが行かないとも限らない。

 楽天の送料無料に端を発し、オンライン、オフラインのそれぞれにメリット、デメリットがあることも浮き彫りとなった。2022年はネット販売のみ、OMO、実店舗のみのどれを選択し、磨きをかけて勝負するか。それが問われるのではないかと思う。
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自分を作り替える。

2021-12-08 06:57:35 | Weblog
 今年も残すところ1ヶ月を切った。ウィズコロナの中で、何とか無事に乗り切ることができそうだ。秋以降、徐々に感染者が減ったこともあり、少しずつ外出、移動ができるようになった。ただ、以前にように何でも自由に行うまでには、まだまだ時間がかかりそうだ。

 自宅と事務所の往復がルーチンで、ウィンドウショッピングを含め店舗で買い物する機会はほとんどなかった。生活に最低限必要な食糧や日用品、水はまとめて購入すれば、週1回の買い物で済む。逆に店舗にない生活必需品はネット通販を利用することが増え、店頭で確かめて購入することは皆無だった。

 アパレルについてはもともと素材や色合いが購入の条件だったこともあり、店舗に行く機会がない中で買うことは全くなかった。泊まりがけの出張もなく、アンダーウエアすら一枚も買うことなく1年が過ぎようとしている。業界にはさんざんお世話になってきたので、全く申し訳ない気持ちでいっぱいだ。

 一方、リモートワークで空いた時間を有効に使って、リメイクやリフォームに費やした1年でもあった。素材や色が気に入って購入したアイテムはそればかり着てしまうので、劣化やトレンド変化による手直しが必要になる。手間やコストはかかるが、自分仕様でオリジナリティも出せるので、また長く着ようという気持ちになる。



 先日、10数年前の海外出張で購入し、リメイクに出していたレザージャケットが工場から上がってきた。スエード革を使ったMA-1タイプで、先に購入したのは黒だったが、次の出張時に追加で買った「ペールブラウン」のやつだ。どちらも3〜4年は着続けただろうか。その後、暖冬になって着る機会がなく、ブラッシングだけしてパッキンに蔵っておいた。

 数年前に改めて確認すると革の劣化はなかったが、どちらもヘビロテで袖のリブに毛羽や毛玉が目立ち、袖口が擦れていた。リブを交換することもできるが、袖を身頃とは違う「」に切り替え、「ジップ仕様」にしようと思った。3年前に黒をリメイクすると、すごくスタイリッシュに仕上がったので、また着るようになった。そこで、今年はペールブラウンも同じように作り替えることにした。

 問題は革の色である。もともと本体は海外で購入したものだから、日本のブランドにはない微妙な色合いだった。まず、メンズのレザーウエアで茶系のペールカラーは、国内ではなかなかお目にかかれない。そこで、身頃より濃い目にするか、逆に薄くするか。ダメもとで、これまで何度もお世話になった博多の革専門店に当たってみた。

 いつもなら革選びは「ああでもない」「こうでもない」と考えながら、じっくり時間をかけるのだが、ウィズコロナの今はそうも行かない。接客してもらうのも気が引けたので、春くらいにジャケットだけ渡して在庫で適当なものがなければ、探してもらうようお願いした。すると、2〜3日後に店主から連絡が来た。

 店主:「元の色が微妙なので、探しても気にいるものが見つかるかどうか」
 店主:「今、うちに在庫しているものでは、これしかないですね」
 筆者:「では、端切れでいいので、見本を送ってもらえますか」



 
 そして、送ってきたのが写真の革だ。袖を切り替えにするから、同じ色にする必要はないのだが、できればトーンは合わせたい。濃い目にしても、薄目にしても、身頃のペールブラウンとうまく調和すれば、許容範囲である。ところが、これが袖はもちろん、襟や裾のリブとほぼ同じ色。襟や裾はそのまま残すから、袖を付け掛けても色目の違和感は全くない。個人的な好みもあるだろうが、筆者のセンスにドンピシャ。即決した。



 革が決まったので、リフォームの細かな仕様をまとめた図面の作成に取り掛かった。一応、革は余分を持った用尺を購入したが、縫い直しがきかないことも前提だ。黒のジャケットとはアームホールのサイズも微妙に違うだろう。筆者は平均的な日本人よりも腕が長いので、日本規格ではどうしても袖が短く感じる。フランスやイタリアのものがジャストで着られるのだが、元のスエードジャケットはリブ仕様で、意外に袖丈が短かく感じていた。

 それも袖を切り替える理由だった。そこで、切り替える袖丈は元のものより長めにしてもらうようにした。また、フロントを「ダブルジップ」に変更すること、両袖のジップのステッチや袖先の始末なども、「出来上がった後にこうじゃなかった」とならないように、確認する意味で図面に詳細を記した。リメイクでも仕上がりを重視すれば、綿密なコミュニケーションは欠かせない。工場には作業過程で疑問が生じれば、連絡してもらうようにお願いした。


YKKのジップはコストパフォーマンス最高 

 次はジップだ。こちらも何度かお世話になったYKKの代理店さんに注文した。担当者に打診したのは、福岡に緊急事態宣下が発令される前の8月初旬。サイズなど詳細な詰めが必要なので、短時間でも直の打ち合わせは不可欠だ。そこでファスナー製造やリメイク期間を逆算して、9月頭に短時間の打ち合わせを行った。担当者からは後任の若手スタッフを紹介された。

 黒の時は両袖をライダーズ風の仕様にしたので、発注したファスナーは長さ10cmほどのシングル2本。エレメント(務歯/ムシ)の色はシルバー、素材はニッケルだった。今回はジャケットの地色がペールブラウンで、ファスナーは光沢を落とした「アンティークシルバー」が用いられていた。ムシのサイズはフロント、ポケットとも8mmとやや大きめ。「フロントのファスナーをダブルジップに替えたいので」と、担当者に相談した。

 YKKは世界中のファッションブランドに対応するため、色・形はもちろん、素材、機能性、用途などに応じて様々なファスナーを揃えている。レザージャケットに付けられる「メタルファスナー」もエレメントカラーは7種類あり、ムシのサイズも3mmから10mmまで6種類と豊富だ。もちろん、全て色、エレメントではないが、「逆開仕様(ダブルジップ)」にも対応してもらえる。

 Webカタログを元に担当者と打ち合わせの結果、エレメントカラーは元のファスナーと同じくアンティークシルバーを選択し、フロントはこちらの意向通りのダブルの8mm、両袖はシングルの8mmとした。スライダーにつける引き手は、フロントがYKKのロゴが入ったオーソドックスなZF(ノンロック/自由)タイプ、両袖は黒の時と同じく別革の引き手も付けられるものにした。製造期間は1ヶ月とのこと。あとは若手スタッフに全てをお任せした。




 フロントのダブルジップ、両袖をシングルジップの計3本で1000円でお釣りが来るほど。いつもながら、YKKのコストパフォーマンスには感服する。片やカネにならない仕事なのに快く引き受けていただいた代理店さんにも、非常に恐縮している。工場にはファスナーが届き次第に作業にかかってもらうよう、こちらからはジャケットと革を発送した。

 売り物ではないので、別段納期を急ぐわけでない。工場の責任者は「12月上旬に仕上がります」と言っていたが、それより早い11月23日に届いた。作業過程では、袖山、袖幅やカーブ、袖丈は「黒に合わせますか、それとも元のジャケット通りにいきますか」との連絡があった。黒に合わせるのと元のサイズ感を踏襲する部分の折衷案でうまく折り合いをつけた。



 事前に革の色がドンピシャだったから、リメイクについても特段の不安はなかったが、やはり上がってみないと、完成度はわからない。そんな不安が打ち消されるように、黒とはまた違ってすごくいい趣に仕上がった。ダブルを含めジップ使いもいい塩梅で、スタイリッシュさを醸し出してくれている。

 それもこれも、革の専門店、YKKの代理店、そして革の縫製を知り尽くし、卓越した技を持つ工場スタッフが結集してくれたおかげ。感謝にたえない。まだまだタンスやパッキンに眠っているアイテムは多い。来年は別のリメイクにもとりかかろうかと思っている。そのために持てる創造力で、いろんなデザインを構想しているところ。特にSDGsを意識しているわけではないが、リフォーム、リメイクは眠った服を蘇らせるだけでなく、コロナ禍ですっかりルーチン化した自分自身を作り替えることができるような気もする。

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インキュデパートに進化。

2021-12-01 06:37:10 | Weblog
 百貨店のレディスファッションが少しずつ売上げを回復している。伊勢丹新宿本店が2ケタ増。高島屋や大丸松坂屋百貨店も対前年を上回った。コロナ感染者が減少し、緊急事態宣言も解除されたことで、外出する人が増えたのとコートやドレスの実需期がうまくシンクロしたのだと思う。

 もっとも、首都圏の他、東海や関西は電車を利用する人が多いので、冬場のコートは必需品だ。急に気温が下がったことや外出機会の増加で、これまで買い控えていた層が一気に飛びついたとも考えられる。百貨店側も暖冬で重衣料の苦戦が続いていたため、スマッシュヒットは嬉しい限りだろう。この流れをうまくクリスマス商戦につなげていきたいものだ。

 ただ、メーカー側からすれば、コートほど企画が難しいアイテムはない。11月に店頭展開するには、春以前の売れるかどうかわからない段階で素材を手配し、企画を進めながら素材が調達できると、生産を見切り発車する。それにはコストと手間がかかり、ある意味先行投資と言わざるを得ない。暖冬で商品が売れなければ、ロスになる。まさにギャンブルだ。

 そのため、かつてはカシミアなどの高級品は、毛皮と一緒に受注会を開催して5月くらいに先行販売することもあった。バブル崩壊以降はコートも低価格化し、また廉価なダウンジャケットの台頭で、マスで売れるアイテムでは無くなった。それでも、百貨店では3万円後半から10万円以上までを扱い、売れ筋は4〜5万円なので、売上げへの貢献度は大きい。

 ここ20年ほど、メーカーはライナーをつけて3シーズン対応にしたり、軽めの素材を利用して着やすさを追求したりと、手を変え品を変えいろんな企画を練ってきた。それが今年は企画デザインの面でトレンドを打ち出したというより、単純な気温の低下とライフスタイルの変化で売れたのだから、つくづくわからないものである。


D2Cアパレルならどんなコートを企画するか

 そこで思ったのが、コートのようなアイテムはスーツ以上に受注生産にするか、共感した人だけに買ってもらうD2Cアパレルの手法にシフトするのがいいのではないか。大手アパレルのように量産態勢を取り続けると、いくらマーケットインの企画でも気候などの要因で外れるリスクが高い。また、SDGsの流れからも売れ残りはなるべく避けた方がいいからだ。

 受注生産といっても、レディスはデザインも重要になる。そこで数年周期で変わるトレンドを落とし込んだ既成パターンのバリエーションを多めにする。素材はウール、同化繊混、コットンに絞り込み、注文方法はスーツと同じ「短納期のパーソナルオーダー」。採寸から納品までは最長でも1ヶ月程度にできれば、スーツよりリードタイムが長くても注文者は十分に納得するのではないか。



 逆にD2Cアパレルは、気候やトレンド、素材などの条件にとらわれることなく、自分たちが作りたいコートを提案すればいい。もちろん、それにも予約受注方式が必要だと思うが、少なくとも反つぶし分の在庫は持ってもいいのではないか。販売方法はインターネットになるが、現物を試着してみたいというお客もいるから、百貨店のトランクショーやファッションビルのイベントを活用すればいいと考える。

 コートなどのアパレルに限らず、百貨店がD2Cブランド全般を扱い始めている。まず、そごう・西武の試みだ。今年9月、西武渋谷店はパーキング館1階にOMO(オンラインとオフラインの融合)型ストア「チューズベース・シブヤ」をオープンした。売場には商品とその横にQRコードのみが置かれるだけで、商品に興味を持ったお客はスマートフォンでQRコードを読めば、Webカタログを閲覧することができる。

 当初は半年ごとに商品を入れ替える予定だったが、出展したいとの要望が多く暫定的なポップアップストアや3ヶ月間の短期出展も可能となった。店頭の商品と専用ECの在庫情報は完全連携されているので、お客は店頭で買えなかった商品を自宅で購入することも可能だ。また、ECで注文した商品を店頭で受け取れる仕組みも導入されている。いよいよ百貨店もここまでの売場作りに踏み込んだようだ。

 大丸東京店もこの10月、19のD2Cブランドを扱う「明日見世」をオープンした。こちらは店頭での体験のみで販売はECで行うものだ。お客は商品のQRコードからサイトにアクセスし決済する。ブランドの研修を受けた「アンバサダー」と呼ばれる5人のスタッフが常駐するが、商品の魅力を伝えるのみの「大使」という役割だ。


D2Cブランドの孵化器を目指せ

 百貨店がここまで進化してきたのは、オンラインショッピングが浸透しても、現物を直に確認したり、サイト情報だけでは購入に結びつかないお客がいるからだ。こうした層の中には目が肥えた人がおり、マスで売れるような商品など眼中にない。そこで、D2Cブランドがアプローチするには絶好のターゲットになるわけだ。

 むしろ、そんな客層はライフスタイルを充実させ、満足できるアイテムを求めている。百貨店が生き残るにはそうした商品をどんどん発掘して、提案することも必要なのだ。

 従来のアパレル小売りは、GMSに展開する量販系、デパートが販売する百貨店系、街のブティックなどが扱う専門店系に分かれていた。ところが、バブル崩壊後のデフレ禍に加え、価値観の多様化、そしてインターネットの浸透で流通革新が進み、小売り側は自店がターゲットとする客層にフォーカスしづらくなった。

 マスプロの量販系では、GMSに代わりユニクロやファストファッションが主役となった。百貨店系や専門店系は価格やブランドはもちろん、デザインやテイスト、エージ、性別といった切り口がお客を捉える条件ではなくなった。何が売れるか。売れるものは何か。非常に掴みづらくなったのだ。今ではバイヤーの感性よりも、インフルエンサーの発信力に共感が集まるのだから、なおさらである。

 それゆえ、百貨店にしても専門店にしても、ある程度マスで売れるアイテムより、お客個々が共感を持ってくれるような商品を揃えなくてはならなくなった。D2Cブランドはその対象になる可能性が大いにある。西武渋谷店や大丸東京店がそうしたブランドを扱い始めたのも、売れる商品がなかなかない中で、それを探し出すきっかけにしようということだ。

 一方で、D2Cメーカーは資本力が脆弱だから、実店舗の展開は難しい。ネットがメーンの販路になるにしても、探しているお客とのマッチングは容易ではない。そこで、実店舗を持ち、一定の集客力がある百貨店が媒介すれば、お客との接点が生まれ販売にも弾みがつくということ。百貨店ならD2Cブランドの孵化器になることは十分にあり得るのだ。



 暖冬やライフスタイルの変化で、死に筋アイテムと化したコートをD2Cアパレルならどうリデザインしてくれるか。冬場に着るコートはどうしても、防寒、保温といった機能に走りがちだが、その概念を覆すようなアイテムに挑戦することもできる。また、百貨店がそうしたD2Cブランドをどうインキュベートしていくか。そこが最も肝になる。

 こういう新しいビジネスのカタチがアパレル市場を活性化していくと思う。前回のコラムを続きではないが、ハードを整備したからといって、物が売れるわけではないのだ。

 既存のビジネスや店舗をいかにリモデルするか。それでも十分にポテンシャルはあるだろう。そういう意味で、百貨店はD2Cブランドを孵化する役割を果たせれば、復活とは言えないまでも存続への布石にはなる。英語で言えば、インキュベートデパートメントストア。略してインキュデパートという造語はどうだろうか。

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