HAKATA PARIS NEWYORK

いまのファッションを斬りまくる辛口コラム

パンデミックイベント禍。

2020-02-26 05:08:14 | Weblog
 怖れていたことがついに現実のものとなった。2月20日、筆者が生活する福岡市中央区で60代の夫婦が新型コロナウイルス(covid-19)に感染していることが確認された。この夫婦は中国を含め最近の海外渡航歴はないという。福岡市は「感染経路の特定が難しく、市中感染の可能性は否定できない」としたが、ならば1月24日からの春節休暇で中国人旅行者を受け入れたことがいちばんの要因でないかとの疑念を持つ。

 ここでは感染までの詳細については省略する。重要なのは今後の感染リスクとその対処法だ。福岡市は「妻がパートで働く勤務先の濃厚接触者を調べ、また夫の外出時の行動についても個人が特定されない範囲で明らかにしたい」と表明した。単純に考えて、パート勤務の妻の方が濃厚接触者が多いはずだから、無職の夫からうつされたというより、第三者から感染した可能性は高いと思われる。

 WHO(世界保険機関)によると、潜伏期間は1〜12.5日。仮に休暇初日の1月24日に福岡にウイルスが持ち込まれ直後に誰かに感染したのであれば、最大で2月5日まで潜伏する。だが、5日から20日までは福岡では感染者が出ていないので、60代の妻は5日以降に市中感染し潜伏期間を経て、夫にうつしたのではないかと推察される。妻が接触した人々が潜伏期にあるとすれば、これからも発症する人が出る可能性もあるのだ。

 厚生労働省は1月末の時点では、PCR検査(微量の病原体を調べる検査)をすべて行っていたわけではなかった。つまり、誰が感染して誰が感染していないかなど、判るはずはないのだ。2月に入り感染者が増え始め、ここに来てPCR検査の体制を1日3000件まで維持・獲得と発表したが、検査精度については完璧ではないという医療関係者もいる。現に陰性と判断されてもその後に発症しているケースがあるからだ。

 今となっては日本政府が観光立国、インバウンド消費を優先するあまりに新型コロナウイルスについて危機感が低かったと思う。チャーター機での帰国組やクルーズ船の乗客を除き、中国に渡航歴のない人にまで感染者が広がっている点を見ると、中国人旅行者の入国を一律で拒否しなかったことも、感染の要因として挙げられる。サーモグラフィーによる入国者の発熱チェック程度では、何の対策にもならなかったということだ。

 ただ、政府の初期対応のミスや後手後手の対策を批判するのは簡単である。今はもう封じ込めは無理との判断で、次のプロセスに向かわなければならない。それはこれ以上、拡大させないことである。

 すでに福岡市は感染症危機管理対策本部の会議を開き、朝夕に混雑する公共交通機関が感染ルートになる可能性もあることから、職員には時差出勤を推奨し福岡商工会議所にも実施を要請した。また、公式HPのトップページに「新型コロナウイルスに関連したお知らせ」と題したコーナーを開設。感染者夫婦についての症状や経過、市民や事業所への感染症対策などを公開している。

 今後の対応としては、「新型コロナウイルス感染症の感染拡大を防止するため,2月20日から当面1か月の間に福岡市が主催するものは,原則中止もしくは延期といたします」として、中止や延期を決めた福岡市主催のイベント・行事等(随時更新)を列挙している。


訪日中国人を呼ぶ最大リスク

 3月6日からは「ファッションマンス福岡アジア2020」(29日まで)が開催されることになっている。(https://f-month.com/)このコラムを書いている2月26日朝5時の時点で、主催の福岡アジアファッション拠点推進会議、共催の福岡県、福岡市とも、イベントについて全面的な中止も延期も発表していない。おそらく推進会議、自治体の担当部局、We Love 天神協議会、RKB毎日放送、各商業施設、イベント事業者の間で協議が続けられているはずだ。



 ただ、主催者側にとっては3月末で年度が変わるため、自治体からの補助金を使い切らなければならない。そう考えるとけつカッチンで延期は無理で、開催か、中止かのどちらかしかない。福岡市は早々と3月28日、29日に開催の「福岡ストリートパーティー〜ファッションアベニュー」 の中止を決定(年度末で延期は無理)した。28日の部はRKB毎日放送がプロデュースするFACo(福岡アジアコレクション)の一部「Street FACo」と思われる。29日はWe Love 天神協議会主催のものだろうか。イベントの目玉企画の一つが没になったわけだが、市が中止を先に発表したのは、資金面で補助をしているからだと思われる。

 ファッションマンス福岡アジアは、一昨年までは「ファッションウィーク福岡」として実施されていた。昨年から春節休暇で福岡を訪れる中国人旅行者のインバウンド需要を見込んで、期間を1カ月弱に拡大。今年はその中国人から新型コロナウイルスを持ち込まれるかもしれず飛沫や接触による感染、また市中感染が非常に危惧されるのだ。日本政府は「中国の湖北省、浙江省発行の中国旅券を所持する外国人、または両省への滞在歴のある外国人の入国を禁止する」というのを「他の地域にまで拡大する」方向との情報もあるが、2月25日の時点では決定されていない。

 他の地域からについては「質問・診察の実施、患者等の隔離・停留のほか、航空機等に対する消毒等の措置を講じる」ものの、入国そのものはが拒否されているわけではない。当然、ファッションマンス福岡アジアも中国人旅行者を呼び込むと公言している以上、無症状病原体保有者や潜伏期にある人の来場、そして接触は十分にあり得るのだ。アジア経済に詳しい方によると中国全土にウイルスを運んだのは、アクティブな浙江省の温州商人との説もあるとか。福岡には上海からたくさんの温州人が来ているわけで、感染リスクは計り知れないということになる。

 イベントは天神および博多駅地区他で、個々に開催されるファッション系の催しをファッションマンス福岡アジアの冠をもとに統一させたものだ。RKB毎日放送やWe Love 天神協議会が天神の「きらめき通り」で開催予定だったファッションショーは、ほぼ中止で間違いない。だが、イムズ(3月6日〜9日)、博多阪急(11日〜17日)のポップアップショップ、着物の糸や織りを再利用したトートバッグ作りのワークショップ(7日)、福岡美術館でARAKI SHIRO氏のファッションショー&トークショー(14日)、FACoの別企画としてソラリアプラザでの人気モデルによるファッションショー&トークショー、別会場でのクラブパーティー(28日)は、今のところは開催予定だ。(2月25日の時点)

 屋外でのファッションショーを除けば、すべてインドアでのイベントになる。厚労省は、「屋内などで参加者同士が十分距離を撮れないまま一定時間いることが感染リスクを高める」とする注意事項を列記した文書を公表した。つまり、屋内しかも限られた空間で行われるポップアップショップやトークショー、クラブイベントは、屋外でのファッションショーよりも新型コロナウイルスへの感染リスクが非常に危惧されるのだ。厚労省は25日、「今後は患者の集団が確認された地域などでは、関係する施設やイベントなどの自粛を検討していただくこともお願いする」と、それまでの自粛を求めない方針を転換した。

 だが、福岡アジアファッション拠点推進会議がイベント中止を即断できないのは、いろんな利害が絡んでいるためと考えられる。推進会議の母体は福岡商工会議所。各イベントを展開する商業施設は会員企業でもあり、インバウンドの減退や県内消費の冷え込みを不安視して、中止に二の足を踏むことはあるだろう。自治体主催のイベントとは事情が異なり、厚労省が一律の自粛を求めないことを拠り所にしたいのはわからないでもない。

 しかし、開催すれば非感染者と感染者との接触リスクを高め、無症状病原体保有者や潜伏期にある人がイベントを来場し、接触することも考えられる。感染症に詳しい医療関係者の話では、「若年層は比較的感染しにくい」という。だから、主催者側は若者を対象とするイベントでは、それほど神経質にならなくていいと高を括っているのか。それとも、市中感染しても、イベントとの因果関係を示すものは何もないと、押し通すのだろうか。

 人々が行き交う商業施設で咳やくしゃみをして飛沫にウイルスが含まれていれば、数十個から数百個の菌が充満するわけで、吸い込んだ人の感染リスクはより高くなる。咳エチケットを推奨しても、病原体保有の可能性がある中国人旅行者にまで徹底されるとは思えない。また潜伏期にある人々が訪れるかもしれないイベントに出かければ、「どうぞ、私に感染してください」と、言っているようなもの。現に北海道や熊本のケースでは、20代の女性が重篤になっている。正確なところは不明で、今の状況で判断するしかないのである。

 ウイルスを持ち込むのは、中国人、日本人とは限らない。福岡は通年で韓国人旅行者が多い。韓国人の感染者は2月25日の時点で、1000人に迫る勢いだが、日本への入国は2月25日現在、禁止されてはいない。福岡への渡航手段は飛行機だけでなく、フェリーや高速船ビートルもあるので、病原体保有者や潜伏期にある人がいた場合、感染がさらに拡大する怖れがある。

 開催場所の天神や博多駅は繁華街で、昼間の人口集積は爆発的に多い。約1カ月のイベント期間中に新たな感染者を出さないとも限らないのだ。そもそも、これだけ感染者が増えている現状を考えると、イベントが期待通りの集客をはたし賑わいを創出して、インバウンド需要を取り込めるかも疑わしい。すでに高齢者の来店が減った百貨店もあるくらいだ。マスクをしていない中国人旅行者なんて、怖くて近づけないのが地元民の本音だと思うが。


開催強行の大義はない



 ファッションマンスのしんがりに開催が予定されているFACo。従来は福岡国際センターで行われてきたが、今年のショーは天神の「きらめき通り」「ソラリアプラザ」「クラブ」での開催と、規模は大幅に縮小された。理由はわからないが、福岡市が一連のイベント支援に拠出する「経済観光文化費」が令和2年度には約25億円も削減される。そのため、補助金の減額を見込んで、元年度から低予算の企画に舵を切ったのだろうか。(https://www.city.fukuoka.lg.jp/data/open/cnt/3/73586/1/04.R2keisuushiryou.pdf?20200213220202)

 福岡の中心部に他地域から集客を図り、消費を促すというファッションマンスの目的からすれば、それに寄与する企画でなければならない。今回はそれに添ったとも考えられる。ただ、ストリートパーティが天神のど真ん中でオープン開催されることになって、中止また延期を余儀なくされたのは全く皮肉な話だ。会場がきらめき通りで不特定多数が観覧できることを考えると、屋外でも感染リスクがあるからだろう。ソラリアプラザやクラブでのイベントは25日の時点で中止も延期も決まっていないが、屋内なのでこちらの方がリスクは高いと言える。

 ソラリアプラザでのイベントには、モデルの江野沢愛美や松川菜々花がゲスト出演する予定だ。来場者はチケット料を払わずに街中でモデルが見られるわけで、集客の目玉と言ってもいい。ただ、ヘアメイクやフィッティングのために控え室に待機し、スタッフとの濃厚接触もあり得る。感染リスクが高いイベントにタレントを送り込むことには、むしろ事務所側が難色を示すのではないか。CanCam専属モデルの宮本茉由が出演予定だったストリートパーティーは、早々と中止に傾いた。FACoをオープン開催にしたために、所属タレントが新型肺炎に罹患したでは泣き面に蜂どころではない。他の2つの企画も開催は微妙なところだろう。

 もっとも、FACoには「前科」がある。2011年3月11日に発生した東日本大震災で、数々のイベントが中止された。ところが、RKB毎日放送は地震発生から3日目の夜10時過ぎ、TBSの地震報道番組中に「商業施設やイベント会場で明日から…地震の義援金を呼びかけ。福岡県や福岡市の庁舎にも募金箱を設置」との臨時ニュースを流し、暗にFACoの開催を示唆した。

 FACoのベースとなった神戸コレクションは、震災翌日の12日に開催するはずだった東京でのショーを中止している。この企画制作にあたっていた「㈱アイグリッツ」はFACoも担当していた。中止すればRKB毎日放送共々事業収益がゼロになるし、チケットの払い戻しやタレントの出演キャンセルなどに忙殺される。結局、関係者のいろんな利害が絡み合って、FACoの開催は強行された。

 じゃあ、義援金はどれほど集まったのか。FACo2011をスポンサードした地場化粧品メーカー「HRK」は、会場に設けた同社ブースでの売上金と義援金を合わせた1000万円を贈呈した。他にもスポンサー数社が義援金が贈ったとの報道があった。ただ、これらは会場で募金されたものではなく、スポンサーが福岡アジアコレクション事務局を通して、
日本赤十字社福岡県部長の麻生渡福岡県知事(当時)に手渡したものだ。https://www.0120041010.com/information/detail/i/109/start/340/

 では、会場で集められた義援金はどうだったのか。福岡アジアファッション拠点推進会議は公式サイトで、「当日の会場内では、震災復興のための募金活動も行い、多くの方から寄付が寄せられました」と報告しただけで、具体的な金額を公表していない。http://www.fa-fashion.jp/index.php?action_detail_index=true&doc_id=158また、RKB毎日放送は後日、FACoのオフィシャルサイトで、「70数万円ほど」集まった義援金について報告した。ただ、これは会場のキャパが約8000人、一人100円を募金すれば達する金額でもある。はてして偶然なのか。それとも意図的なのか。いかにも出来過ぎた感じがしないでもない。

 推進会議も「出演者やスタッフからも義援金が寄せられた」と言っているので、募金は観客だけでないのはわかる。タレントはもちろん、ヘアメイクやフィッターなどのスタッフ、音響照明、舞台装置などの企業関係者も仕事をもらっている以上、FACoのプロデューサーから要請されれば募金をしたと考えられる。それが70数万円に上ったのだ。だが、「義援金呼びかけ」をイベント開催の大義にしただけに会場での募金額が関係者に比べて、あまりに低かったのであれば、推進会議もRKB毎日放送も示しがつかない。というか、赤っ恥ものになる。だから、正確な金額を公表できなかったのではないかと、思えてならない。

 まあ、地震は地域が限定されるし、イベント自粛への批判論を味方に付けて、利害関係者が開催を強行することはできた。しかし、新型コロナウイルスの感染拡大が自然災害と異なるのは、誰の目からも明らかだ。福岡市が罹患者夫婦の感染ルートを特定すれば、各自が不要不急の外出を避けなければならないし、それ以上の感染を抑えることが不可欠になる。天神や博多駅のように昼間の人口が密集し、人ごみが多い場所では人同士が十分距離を取れないまま一定時間いることを止めるしか、感染を防ぐ手だてはない。つまり、今回はイベントを開催する大義など、全くないのである。

 このコラムを書いているのは、2月26日朝5時過ぎ。関係者による協議、調整は、これからも続くと思う。無理に開催してもし感染者を出せば、イベントが感染ルートに特定されるだろうし、その余波は止めどなく某大になる。もしかしたら、「ファッションマンス福岡アジアは、パンデミックイベント禍」と、末代まで言われ続けるかもしれない。主催者側の賢明な判断は待ったなしである。



追記:福岡アジアファッション拠点推進会議は2月27日、ファッションマンス福岡アジア2020および福岡アジアコレクション(FACo)2020について、全ての事業の中止を決定し、発表した。
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リメイクで在庫削減。

2020-02-19 06:46:18 | Weblog
 昨年末から冷え込むこともなく、一気に春到来かと思いきや、一昨日の福岡市は111年ぶりという過去最も遅い初雪が降った。自分には寒さより花粉やPM2.5の方が厄介な季節なのだが、今年は状況が全く違う。何せ新型コロナウィルスが心配されるため、観光客が多い天神界隈では人ごみを避けざるを得ない。いつもなら暇な時間を利用して、市場調査や商品チェックを行うのだが、感染のピークが去るまでは、打ち合わせを除き、不必要な外出は止めるしかないだろう。もちろん、マスク着用や手洗いなどの自己防衛は大前提だが。

 一方、アパレル業界としていちばん懸念されるのは、サプライチェーンが破綻するのではないかということだ。大手、中堅を問わず量産メーカーは、素資材から製造まで多かれ少なかれ、中国に頼りきっている。今シーズンの企画分はすでに調達や発注を完了していると思うが、工場の操業停止やスタッフの自宅待機が長引けば、メーカーによっては夏場以降の商品の納期遅れが発生することも考えられる。

 だからと言って、資材の調達や縫製が日本に戻ってくるとは考えにくい。SPAなど低価格の商品は製造コストの関係から国内製造は無理だし、中国レベルの量産に対応できる工場が国内にはないからだ。となると、メーカーや小売りに商品が供給されず、ショップでは展開できなくなる可能性もある。お客が来店しても、買いたい商品が見つからなければ、販売ロスや機会ロスが起きて、売上げが立たないことも予測される。すでにそうした心配が経営者の頭をもたげていてもおかしくない。

 グローバルSPAは中国生産の他国移管を検討し始めているだろう。製造だけでなく消費地になっているユニクロなどは、外出自粛による店売りの減少はもちろん、物流機能まで停滞すれば、ネット通販でカバーすることすら難しくなる。だが、感染が中国国内のみならずアジア全域に広がっていけば、中国以外に生産を振り分けるにしても支障が出る。10年ほど前に叫ばれていたチャイナリスクが現実のものとなるわけで、これを機会に中国やそれ以外の国とどう向き合い、どうリスクヘッジするか。真剣に考えていかなければならない。

 もっとも、個人的にはこんな極論から本質を見直してみてはどうかと思う。売る商品がなければ、売上げが立たないわけだが、一方で売れ残る商品もなくなるという論法だ。エコやサスティナブルに取り組むには、以下の3つが不可欠になる。①アパレルが無駄な在庫を出さない適量生産、②小売りが店頭在庫の最適化する、③お客の適量消費を心がけることである。そのためには、まず川上の商品作りからムリ、ムダを省くこと。大手アパレルや商社がいきなり適量受注やD2Cとはいかないから、前年で消化できなかった在庫分を当年の生産量から差し引くくらいの大胆な対策も必要ではないか。

 ただ、エコやサスティナブルがいくら声高に叫ばれようと、ビジネスとは相容れない部分があるのは十分承知の上でだ。経営者にはどうしても「コストを下げてモノを作り、在庫を持たなければ商売にならない」という意識が働く。結果的にそうした考え方が大量の売れ残りを生んでいるとも言える。だが、これを変えるのは相当に難しい。

 残ったブランド在庫を処分する方法として、俄に「オフプライスストア」が脚光を浴びている。この業態はアウトレットとは違い、「仕入れ」が伴う。一般にリサイクルに回る売れ残り在庫は、色やサイズが偏り、シーズンもごちゃ混ぜになってパッキン(段ボール箱)単位でバッタ屋ルートで取引される。輸送すればCO2を発生するし、さらに完全消化できなければ結局、焼却処分か、再生繊維へのリサイクルに向かわざるを得ない。廃棄も同然の余剰在庫を仕入れに足る商品にするには、手間やコストがかかるわけだ。

 最近では国内を避けて、海外に輸出して分別されるケースが増えている。そこでも、あくまでファッションアイテムとして売り物にするには、ブランドタグを切ってからテイスト別、アイテムやシーズン別、メンズ、レディス、キッズに、販売できないものは再生繊維やウエスにと分けていかなければならない。これについてもファッションの知識や情報が必要だから、単に賃金コストが安い外国人労働者を使えばいいと言う問題でもない。

 海外で分別してリセールする仕組みができたにしても、それを再度日本に持ち込むのは効率的とは言い難いし、CO2の削減には逆行する。エコやサスティナブルにどこまで貢献できているかの疑問もわく。日本→海外→第三国となると、日本で売れなかった余剰在庫のツケを海外に回すのか。今度は倫理的な問題が浮上する。リサイクルやリセールするにしても、また新たな課題と向き合わないといけない。

 食品のように消費期限があるものは、ロスやもったいないについて切実に考えがちだ。メディアが飢餓に苦しむ国々の子どもたちを盛んに報道しているし、自治体やNPOの活動、フードロスの対象にもなり易い。しかし、ファッションは鮮度はあっても、消費期限はない。在庫を抱えれば倉庫費用がかかるし、品物を動かせば物流費や人件費がかかる。実に取り扱いが難しい。前出のように収益を上げるには二次流通やリサイクルを考えつつ、なおかつ一歩踏み出す施策も必要なのである。

作り直す楽しさを知る

 個人的にはもう10年、15年と既成服で欲しい服が見つからない状態が続き、購入することが極端に減っている。替わって自らデザインし、オリジナルを作ることはある。それも素材次第で毎シーズンというわけにはいかず、タンス在庫は増えてはいない。それと並行して行っているのが、大枚をはたいて購入した商品の「お直し」である。

 ここ2シーズンはヤングを中心に太めのシルエットに回帰している。筆者はもともとタイトなシルエットが好みじゃないので、ゆったりめを購入することが多かった。ただ、手持ちのアイテムは微妙にトレンドから外れているので、そのままでは着にくい。ウエスト出しとは違い、縫い代だけではサイズ調整は不可能なので、布を接いで太めにしたアイテムもある。

 それにしても、もとのパターンがあるため、ただサイズを大きくすればいいというものではない。微妙な塩梅で生地を継ぎ足し、きちんと仮縫いを行って、全体のフォルムが崩れないように調整する。もちろん、生地屋で共地が見つかるはずもないから、敢て違う色(素材感は似たもの)を接ぐことで、それをデザインのように見せている。一昨年の冬には、その要領でメルトンのジャケットの袖と脇に生地を足してゆったり目にしてみた。

 インナーに厚手のニットを着ても着心地が良く、寒い日には非常に重宝している。接いではいるが、デザインと思えるので他人の視線もそれほど気にならない。コムデ・ギャルソンなら作りそうだし。



 自分仕様にカスタマイズしたものもある。20年〜15年前に購入したアイテムの中でも、素材や色が気に入っていたものは捨てずにストックしていた。最近はそれを引っ張り出して、お直ししている。例えば、20年ほど前に購入した春物のコットンブルゾンは、2シーズンほど着てファスナーが壊れタンス在庫のままだったが、YKKの「シンメトリックファスナー」に付け替え、ダブルジップ仕様にしてみた。自宅のミシンを使って自分で縫ったので、実費はニッケル素材、定番の引き手仕様のファスナー代372円のみで済んだ。



 また、90年代はじめにイタリアのミラノで購入したMA-1タイプのスエードジャケットは、その後に暖冬が続いたことであまり着る機会がなかった。数年前にトレンド復活したが、袖口のリブが劣化していたため、その時は着るのに二の足を踏んだ。昨秋、思いきって袖のみを鞣しの革に付け替え、袖先をジップ仕様にリメイクした。こちらは相応のコストはかかったが、セレクト系SPAにはない上質のライダースジャケット風に一新され、この冬はアウターのローテーションに入れることができた。



 新しいアイテムを購入しない反面、手持ちの服を自分好みにカスタマイズする。売り物ではないから、自分のセンスでいくらでもアレンジできる。それがクリエイティビティの妙だ。しかも、1点ものだから、かえってお洒落に感じられる。環境を意識することでは、プロのデザイナーも変わってきている。2020年春夏東京コレクションでは、植木沙織氏デザインの「SREU」がデニムやオーガンジーといった異素材を接ぎ合わせたクリエーションを発表した。古着の素材を利用してもので、作品1点1点が微妙に異なるが、シーズンコレクションとしては統一されている。

 アマチュア、プロを問わず、カスタマイズする服にはクリエーションが凝縮できる。そして、環境への負荷を考えると古着の再利用は理にかなうし、それで活性化が図られると少しは廃棄されるアイテムが減っていくと思う。こうした個人的、趣味的な活動が少しずつ浸透していけば、むしろ若者の方がアパレルが企画する新品やニュートレンドだけではつまらないと感じるのではないか。

 フランスのパリでは2月15日、古着を交換できるイベント「Bourse aux vêtements (tout à 1€!) 」が開催された。1回につき、1ユーロの募金をすることが条件。「ワードローブが安価でリニューアルできる。エコに責任をもって支援を」というスローガンも、いかにも倹約家が多いフランスらしい。安く手に入れた古着なら、お直しやカスタマイズにコストをかけてもいい理屈にもなる。手持ちの服や古着をリメイクして楽しもうというムーブメントが広がれば、ビジネスチャンスとまではいかなくても、エコやサスティナブルには貢献するはずだ。

 アパレル業界では、余剰在庫を減らすためにAIを駆使して需要予測や販売計画を立てる動きがある。だが、前出のように思いきって生産量をカットして在庫を減らす一方、タンス在庫を新しいアイテムに生まれ変わらせるサービスを考えてもいいのではないか。筆者のように素材で商品を選ぶお客はトレンドに合わせて着つづけたい意識が強い。カスタマイズにも対応してくれれば、違ったマーケットが掘り起こせるのではと思う。余剰在庫を生まないためには、お客の中に新品では味わえない価値観を醸成していくことも重要なのだ。

 果たして、こうしたサービスをAmazonや楽天が行えるだろうか。東京ファッションウィークの冠スポンサーになった一方、加盟店への送料無料の無理強いをお上に咎められて楯突く程度の経営者には考えもつかないのではないか。逆に考えると、その辺が小規模零細事業者にとってのビジネスチャンスなのかもしれない。
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ネットは全能の神か。

2020-02-12 04:42:36 | Weblog
 熊本に本拠を置くアパレル生産のプラットフォーマー・シタテルが昨年末から非アパレル事業者向けに、受注から生産、配送までを一体化したECパッケージ「シタテルスペック」のサービスを提供している。https://sitateru.com/news/20200204_spec/

 いったいどんな仕組みなのか。 非アパレルとはアニメやゲーム、アーチスト、インフルエンサーといった表現活動を行う事業者を指すようだ。彼らは紙や電波、デジタルなどのメディアを通して自ら制作したコンテンツなどを発信し、ファンやフォロワーを獲得している。それらの作品を衣料品化すれば、コンテンツビジネスは広がるはずだが、如何せん服づくりの知識や生産のバックボーンを持たない。そこで、シタテルが間に入ることで、非アパレル事業者が在庫リスクを抱えずに新たに服づくりにチャレンジできるようにするという。




 背景には業界が直面する問題もある。アパレル各社がコストダウンと低価格化のために海外生産を押し進めた結果、市場規模を超えた数量が流通し、売れない商品が大量に廃棄されている。そうした現状から何とか脱却するには、資源や環境を意識し製造態勢や取引に目を向けた適量生産、適量消費が不可欠になる。こうした動きを非アパレルからも起こそうということらしい。幸い、アニメやゲームなどの世界では、制作者もファンもコンテンツに対し人一倍、愛着が強い。また、アーチストやインフルエンサーが生み出すクリエーションに共感するフォロワーは少なくない。

 言い換えれば、生産するにしても先に売価ありきのサプライチェーンに組み込まなくていいという考え方もできる。そこで、シタテルがアニメやゲームなどの制作者が生み出すコンテンツを自社がもつプラットフォームのD2C(Direct to Consumer/生産者が消費者に対して製品を直接的に販売する)を活用して製品化。DNB(デジタル・ネイティブ・ブランド)という新興ブランドに位置付け、ECで販売するという。ターゲットはミレニアム世代以下の若い層が中心。この層は製品そのものより、価値観を重視するからで、前出のようにコンテンツに共感すれば、売価に関係なく購入していく可能性はある。



 具体的な製造フローは以下だ。まず事業者(コンテンツ制作者)が思い描いた服の企画をシタテルがサポートし、サンプルを生産。次にサンプルの写真を専用のECサイトで公開して受注を取る。そして、注文の数だけ生産し、商品を購入者に個別に配送する。ミニマムロットは30枚。納期は2週間から1カ月程度で、これもロットや工場の稼働状況次第になる。支払いは、シタテル側から制作者にEC売上金額に20%前後の料率をかけたライセンスフィーを渡すというかたちだ。

 ここまでの流れを見ると、シタテルがもつプラットフォームやネットワークで、企画から製造、販売までがスムーズに行き、コンテンツ制作者と製造業者がウィンウィンの関係になるように見える。だが、実際のところはどうなのだろうか。まず、アパレル音痴のコンテンツ制作者とシタテルとのコミュニケーションがネット上でスムーズに行くかどうか。専用のサイトにはサービスのフローが説明されているが、詳細の打ち合わせや確認はメール次元では難しいと思うし、iChatなどが必要かもしれない。そちらの方はアニメやゲームの事業者が得意とするところだろう。

 では、企画製造するアイテムはどんなものか。実際に製造するアイテムがわからないので、あくまで仮の話になるが、アニメやゲームのキャラクターをそのままTシャツなどにプリントするなら簡単だ。キャラクターのコスチュームを製品化するのはどうか。ゲームショーなどにはコアなファンが自分で手作りしたコスチュームを着て参加している。とすれば、シタテルのネットワーク内にいる業者でCADやCAMをもつ工場なら、不可能ではないだろうが…。もちろん、アーチストやインフルエンサーが作りたいリアルクローズもだ。

 シタテルは、 インターネットを使って不特定多数の人や企業に業務を委託するクラウドソーシングをもとに、小売店などから注文を受け製造工場に発注するシステムを確立した。それはブランドメーカーのOEMを担う国内50社の製造工場と提携し、各工場の受注状況や技術的な特長をデータベース化して、顧客にあった最適な工場に製造を発注するものだ。今回のシタテルスペックもこうしたシステムが下敷きになる。


工場は量が多い仕事を受けたい

 ただ、いつも懸念されるのが、非アパレル事業者のようなズブの素人と縫製工場が上手くやっていけるのか。間にシタテルが介在するにしてもだ。同社の河野秀和社長が語る「在庫リスクを抱えず、初期費用なしで新たな服作りにチャレンジ」「無駄な在庫を出さない同サービスによって、アパレル業界の適量生産・適量消費を推進」との大義を掲げているが、工場側とて収益を上げていかなければならない。また、ECでのサンプル展開で、どれくらい受注が見込めるのかは全く不透明だ。ワールワイドのマーケットを設定してもである。

 縫製工場は生産性を上げる上で、まず稼働率を重視する。次に1枚当たりの工賃だ。そして受注ロットが多いにこしたことはない。工場としては、業務中はミシンがずっと動き、縫製工賃が高く取れ、ロットが大きくて仕事が切れ間無く入ってくれば、儲かるのだ。シタテルは日本国内工場とネットワークを結んでいるとは言え、どんな工場にも生産効率が適性な品種で、自社が得意とする仕様、ロットの枠がある。今回のサービスのように受注生産で仕様がわからず、ロットも不明では非効率で採算が悪くなることが予想される。

 仮にアニメやゲームのキャラクター衣装を実際に製造するとなると、接ぎのパーツが複雑になるのは言うまでもなく、縫製以前の行程が長くなって稼働率は下がってしまう。しかも、アーチストやインフルエンサーが無謀にもコレクション次元のクリエーションを作りたいと言い出すなら、仕様が複雑になるのはいうまでもない。慣れない作業が新たに増えれば、パートさんたちはたいへん。それをやって、シタテルが余りある工賃を払ってくれるのかである。

 製造ビジネスを考えると、ミニマムロット30枚では大した収益にならない。河野社長がわざわざ記者会見まで行ったのだから、提携工場側の応諾は得ているとは思うが、本当に工場側の受入れ態勢は大丈夫なのだろうか。工場からプレミア工賃を要求され、シタテルのマージンや制作者側に支払うフィーを乗せると、売価は否応無く高騰する。いくら世界中にはキャラクターアイテムを求める顧客が大勢いる、コアなファンはほしいアイテムならカネに糸目を付けないと言ったところで、市販アイテムの10倍、20倍にもなると、売れるとは思えない。

 また、アーチストやインフルエンサーが作りたいアイテムにはシーズンがある。いくらECを使ってサンプルによる受注販売と言っても、お客が夏物を購入したのに納品が冬場にズレ込んだのでは意味が無い。工場の稼働状況がネットで確認できると言っても、閑散期だからこそロットの多いものを入れたいのが工場の本音。そんなに都合よくいくのだろうか。端からミニマムロットの30枚を製造する見切り発車するならいざ知らず、受注販売を行うなら納期スケジュールも重要なのはわかりきったことだ。

 昨今、盛んに言われているエコ、エシカル、そしてサスティナブル。限りある資源を大事にし、地球環境に負荷をかけず、なおかつ製造現場の態勢にも配慮するには、企画・生産から卸し、販売までのフローを見直し、適量生産で余剰在庫を出さないこと。それは正論である。しかし、国内工場にしても製造でメシを食っているのだから、サンプルのEC展開、受注生産で限られるロットの仕事をずっと受けていけるかには首を傾げてしまう。それこそ、このサービスが持続可能な次元なのかも考えなければならないのだ。

 現時点では、いったいどういうアパレル商品が企画されるかがわからないので、これ以上のことは言及できない。シタテルが創り上げようとしているDNBとは、クラウドソーシングをベースにD2C、エンドユーザーと直接の接点、高い関係性、データと分析力を起点に、非アパレル事業者でもビジネスを成功させられるブランドだそうだ。河野社長は外資系金融マンから経営コンサルタントを経て起業したお方だけに、ベンチャーや起業家受けするするキーワードを舌鋒鋭く語ることには、長けていらっしゃるようにお見受けする。

 ただ、シタテルとてクラウドソーシングによりアパレル生産を事業化している以上、物理的に仕事の量が増えないと収益は上がらない。当のアパレルが厳しい中では、非アパレルまでと取引しなければならないのが本音ではないのか。熊本市に本社を置くとは言え、東京にも支店を開設しているのは、そちらの方がアパレルメーカーが数多く存在するからだ。結局、ネットで繋がっているから、どこでも仕事ができるというほど、アパレルは甘くないという現実をシタテルの営業体制が示している。

 おそらくアニメやゲームの制作者も、河野社長が宣うSDGs、適量生産、適量消費には共感をもったと思う。アーチストやインフルエンサーも、在庫を抱えなくてビジネスできると聞けば、その気になるのは当然だ。ただ、クラウドビジネスは本当にアパレル業界の構造的問題を解決してくれる全能の神なのだろうか。筆者のように旧態依然のアパレルしか知らない人間からすれば、どうしてもネガティブに考えてしまう。「新しいことに踏み出す情熱や意思がないから、ダメなんだよ」と言われそうである。

 ならば、どんな商品がどんな価格で販売され、どこまで顧客を開拓できるか。期待半分、懸念半分で、シタテルスペックの動向を見ていくことにする。

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空へ伸びる街。

2020-02-05 04:55:08 | Weblog
 筆者が生活する福岡市の都心部では、天神の交差点から半径500m圏内で、高さ規制や容積率が緩和され、いくつもの古いビルが建て替えられようとしている。それらの再開発事業を総称して「天神ビッグバン」と呼び、2024年が緩和期限となる。計画では事業完了までに30棟の建て替えを誘導し、延べ床面積は今の約1.7倍、雇用数は約2.4倍で、年間で約8500億円の経済効果を目指すものだ。福岡市の人口そのものが増えていることもあるが、天神地区はさらにその受け皿となるビジネスでも、拡大の一途を続けることになる。

 もともと、福岡市では戦前に軍事用の「板付(席田)飛行場」が作られ、戦後は一時米軍に接収されたものの、「福岡空港」として整備されて供用がスタートした。空港は市内のほぼ中央に位置するため、アクセスは日本一抜群なのだが、航空法上の「高さ制限」から市街地の天神や博多駅では高層ビルが建てられなかった。そんな話をまわりにすると、「飛行機は天神の上空を飛んでいない」と、反論された御仁もいる。まあ、法律の適用範囲や航空管制の知識がなければ、そう思われるのも仕方ない。



 ただ、冷静になって考えてみると、時速何百キロで飛ぶ航空機が市内のど真ん中にある空港を離着陸しているのだ。飛行経路は予め決まっていても、その時の天候や風向きにも左右されるし、管制塔の指示もある。何らかの原因で空港への進入角度が数度でもズレると、天神や博多駅の上空をすり抜けるケースも出て来る。一度でも福岡空港を利用された方ならご存知だと思うが、空港に接する北側や西側のエリアには事業所ビルや店舗、倉庫、一般住宅、学校、マンションが密集する。おそらく昼間の人口集積では沖縄・普天間基地周辺の比ではないだろう。もし、気象や災害、あるいは機体の欠陥、離陸失敗、操縦ミスなどで航空機が墜落すれば、大惨事を招きかねないのが福岡なのだ。

 航空法では航空機の旋回飛行や離発着の安全を図るために、空港周辺の建物の屋上からはみ出る高さの構造物(屋外看板など)、植物、その他については、設置、植栽、留置することが禁止されている。福岡市は空港からの距離に応じた「すりばち状」で制限する高さを決めており、高さ制限[H]当該地の標高[GL]+実際の建物の高さ[h]で計算される。これによると、天神地区はH=GL+65~75m、博多駅地区はH=GL+50mと決められている。つまり、天神では75m以上の建物は建てられない。(一応、緩和承認という特例があり、福岡市役所は高さ76.1mにはなっているが)

 天神ビッグバンは、アベノミクスが第3の矢とした「グローバル創業・雇用創出特区」により、天神地区が航空法の高さ制限の特例承認を獲得したため、福岡市独自の容積率緩和(ビルの低層階にテナントを誘致する他、歩道拡張といった条件をクリアすれば、上限800%だった容積率に400%を加えた最大1200%となる)を行い、都市機能の大幅な向上と増床を図っていくものだ。また、市では雇用創出に対する立地交付金制度を活用し、創業支援、本社機能誘致などハード・ソフト両面を組み合わせることで、事業を進めていくとしている。



 では、建て替えられる主要な物件を見てみよう。旧UFJ銀行の福岡支店ビルと隣の西日本ビル跡地には2021年9月に地上16階、地下2階の「天神ビジネスセンター(仮称)」が完成する。14年に廃校になった旧大名小学校のグランドには、22年12月に米系のホテル「ザ・リッツカールトン」をはじめ、オフィス、公共施設、イベントホールなどが入る25階建てのビルが建つ。天神交差点角に立つ地場鉄道会社本社の「福岡ビル」、南隣のSC「天神コア」と同「天神ビブレ」は一体開発され、また隣の「天神イムズ」も解体されて、ぞれぞれ24年に新しいビルに生まれ変わる。再開発の対象となる建物は合計で11にも及ぶのだ。

 ファッション関連の施設では天神コアや天神イムズが対象となっているが、商業施設全体がネット通販の影響を受けていることを考えると、新たにつくられる施設はリアルにお客を呼べるSCの試金石になる。特に天神はわずか数百メートル圏内に国内外のブランドのほぼすべてが揃う買い物環境が良い好立地。ショッピングから食事、観劇までの回遊が容易で、モノからコトまでを一カ所で楽しめるのだ。その一角が来年の夏以降、閉館するのだから、集客力の減退が懸念されるのは言うまでもない。

 こうした課題に対し、官民でつくる「We Love 天神協議会」は今春、天神の公開空地(公共空間)を活用して集客イベントを開催する。毎年春、天神や博多駅では福岡アジアファッション拠点推進会議の主催で、「ファッションウィーク福岡」が開催されている。今年は3月6日から29日までだ。 企画内容は各商業施設のイベント、福岡土産のキュレーションポップアップショップ、外国人向けの免税キャンペーン、そしてFACo(福岡アジアコレクション)と、例年と大して変わり映えはしない。

 We Love 天神協議会が開催する集客イベントは天神に限ったものだが、客寄せのイベントは博多駅地区を加えて、通年でファッション以外を含め何らかものが開催されている。ショッピングやグルメなどでわざわざ天神に行くメリットがあれば別だが、集客減に歯止めをかけるという程度ものでは、特に目新しいとは思えない。要はお客を呼んで、カネを落としてもらう内容にできるかである。

家賃や売上げ歩率で稼ぐ?

 話を天神ビッグバンに戻そう。こちらも肝心なのは再開発が完了した後に展開される新規ビジネスだ。本当に約2.4倍の雇用拡大が進むのか。年間で約8500億円の経済効果を生むのか。ハード面の整備はあくまで手段に過ぎないわけで、ビジネスを拡大成長させることができなければ、事業の意味は無い。

 その前提として動いているのが「スタートアップカフェによる創業支援」。福岡市は2017年4月、大名小学校の旧校舎を活用してスタートアップを支援する「Fukuoka Growth Next(FGN)」を開設した。スタートアップカフェはその1階に入居し、各起業家はビジネスの 研究・開発、創業に向けた準備を行いながら、ノウハウ支援のセミナーなども受講している。小学校のグランド部分ではこれから25階建てのビル建設が始まるが、校舎はそのまま残されスタートアップカフェは継続される。

 昨年10月末には、FGNに参画する「福岡地所」が東京の「ABBALab」と共同でベンチャーキャピタルを設立。eスポーツ関連のRATELや家具デザインのWAAKなど、FGNに入居する5社を含む14社への投資を決定した。高島宗一郎福岡市長も市の成長と市民生活の質の向上が互いに好循環を生み出す上で、「支店都市経済からの脱却」という長期的な戦略目標を掲げる。大企業の庇護に頼らない福岡発祥のビジネス、新興企業の出現を目論んでいるのだ。

 アパレルに関してはなかなか創業しようという動きがない。というか、福岡は中国や東南アジアが近いことから、どうしてもローコスト生産のよる低価格品の卸しビジネスが主力としか見られない。それらは競合相手が乱立して企業の新陳代謝も激しい。ベンチャーキャピタルなどの投資案件の俎上に上がるのは容易ではないのだ。

 筆者は仕事柄、過去に地場企業の幹部から相談を受けたことがある。口頭では「安い商品を作って売るだけではもう限界ですよ」とは答えたものの、その場で具体的なプランを見せたわけではない。折りをみて「ミニマルなデザインでアイテムを絞り込む反面、原価率を上げてクオリティをアップし、現状の量産・低価格商品に飽き足りない層を確実に攻略する商品」という具体案を考えた。試しにサンプルを作ってプレゼンまで行ったが、相談を受けた企業ですら事業化には踏み出せなかった。

 企業側も朧げながらに低価格だけではこれからの市場攻略は難しいとはわかっていても、ビジネスを軌道に乗せられるかについては疑心暗鬼で、先行投資にも二の足を踏んでしまう。ベンチャーキャピタルの出資を受けるにしても、アパレルでは「ユニバーサル」「介護」「サスティナブル」など時代性をもつ要素が盛り込まれなければ、信頼されないようである。

 ただ、FGNが投資した14社がこれから順調に成長できるかの保証はない。また、天神ビッグバンで増える延べ床面積もほとんどをオフィスや商業施設、ホテルが占める以上、家賃や売上げ歩率、宿泊料で稼ぐという構造は従来と大差ない。それらを払える先進的なビジネスが生まれて、福岡が大きく変わるかどうかは不確かなのである。

 東京の渋谷などで行われている再開発を見てもよくわかる。商業・文化施設をリニューアルし、物販・サービスのテナントを誘致するだけでは限界があるため、オフィスや文化施設を抱き合わせた開発になっている。2012年に開業した渋谷ヒカリエにはDeNAやLINEといった大手IT企業が入居したが、LINEは2017年にフロアのスペースから新宿に引っ越している。

 そのため、ヒカリエ以降に建設される大型ビルは広いフロアを持ち、オフィス不足を解消しようとしている。これが東京・渋谷の実態だが、福岡・天神が同じ次元にいくとは思えない。東京は六本木ヒルズなども含めて、再開発ビルに入るオフィスの賃料がべらぼうに高い。福岡でも建設投資を回収するには家賃を高めに設定しないと、ペイしないだろう。DeNAやLINEのように画期的なビジネスで高収益を上げる企業が出現すればいいが、そうでなければ再開発ビルの稼ぎ頭は大家に入る家賃や売上げ歩率という不動産ビジネスになってしまう。

蠢く創業支援ビジネス



 創業支援については民間企業も乗り出している。アクロス福岡の1階、ジョルジオとエンポリオ・アルマーニの福岡店が撤退した後、「ファビット・グローバル・ゲートウェイ・アクロス福岡」が開業した。東京・大手町に本社を置く民間企業のファビットが福岡でもスタートした創業支援の拠点だ。もともと福岡県庁があった場所で、天神1丁目1-1という魅力ある地番と、オープンオフィスや個室にインテリジェント機能や会議室、レジストレーションなどのサービスを付帯し、入居する起業家を募集中だ。

 しかし、如何せん家賃、使用料などの固定費が高い。フリーの個人席(テーブルと椅子)が月額2万8000円、2名用の個室で同16万円から。初期費用個人2万円、法人4万円、住所登記月1万円、郵便サービス同1000円、ロッカー同3000円。起業計画の段階では、収益は生まないのだから、その分の原資は起業家自ら準備するか、クラウドファンディングなどで集めるしか無い。まさか生産性がないのに運転資金やランニングコストをベンチャーキャピタルが出資して起業が実現しなければ、全く本末転倒である。

 ただ、雇用創出に対する立地交付金制度や創業支援に公金が動けば、それを当てにしてファビットのような不動産事業者が蠢くのも確かである。一方で、創業支援の陰では、こんな痛ましい事件も発生している。セミナーで講演したIT講師が複数のユーザーに誹謗中傷のコメントを送る人物に逆恨みされ、スタートアップカフェのトイレで刺殺されたのだ。

 講師はインターネットセキュリティ会社に務める社員で、仕事の延長線上で誹謗中傷する人物のアカウントを凍結させる対処法を公開していたようだ。だが、リアルな身の安全は守られることなく自らの命がかくも簡単に奪われる現実を見せつけられた。もちろん、犯人の行為は決して許されるものではない。だが、福岡市が起業率の向上に躍起になるあまりに、東京から呼ばれた講師などが潤う一方、犯人のように国立大学を卒業してもまともに職につかない人間がいるネット社会の歪みを晒したのも事実だ。

 福岡はバブルが崩壊しても、日本一元気な街と言われた。それはニューヨークでも注目され、地元出身者としてはとても誇らしかった。これからさらに中心部天神が拡大成長することに異論を挟むつもりはない。ただ、それにはそこで日々を過ごす人々が並行して心の豊かさを持てることが欠かせない。言い換えれば、仕事を心から楽しめるかである。その意味では、アパレルという業種もその方向にシフトする時期ではないかと思う。従来の福岡はブランドを持ってきて売ることが主流だったが、ネット時代の今はその価値も薄れている。

 若いクリエーターは資金がないのが当然だから、それこそ廃校などの活用する手もあり得る。それについては、東京台東区の旧小島小学校で行われている「ファッションデザイン関連創業支援施設 台東デザイナーズビレッジ」(http://designers-village.com/)が参考になると思う。起業を夢見るデザイナーの卵や創業5年以内の若手起業家が校舎内の教室を自分のアトリエとして格安で利用できるものだ。入居期限は原則3年間だが、2年での卒業を目標とし、1年ごとに更新のための審査が行われる。

 現在、靴からバッグ、帽子、ジュエリー、アパレルまで、19のブランドが入居。平成18年度から31年度までに91社が卒業し、あるものは自分のブランドショップを持ち、あるものはメーカーや卸として商品の販路を拡大中だ。何もカネをかけて新しいビルを建設するばかりがいいとは思わない。福岡は地方都市だからこそ、世界に羽ばたくローカルアパレルが出現してもいいはずだ。空へ伸びる街の一角で、心を豊かにできるビジネス構想。筆者も業界人の端くれとして、ビジネス孵化の下地になるようなことが続けていければと思っている。
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