HAKATA PARIS NEWYORK

いまのファッションを斬りまくる辛口コラム

再生は食から始まる。

2022-12-28 06:47:15 | Weblog
 福岡市の再開発事業、天神ビッグバンは、古くなったビルを建て替えて高層化し、支店経済からの脱却を図るもの。新しいビルにはオフィスやホテルがメーンで入居し、解体された都市型SCは商業ゾーンに入るか、建て替えでリボーンするかだ。ビルに入居する事業所が増え昼間人口が増加すると、SCにとっても売上アップが期待できる。だが、アパレル消費については消費者の変化もあり、キラーコンテンツとなるブランドや画期的な販売スタイルを取る業態でない限り、これ以上は必要とはされないと思う。

 天神はビッグバン以前にオーバーストアの状態だった。4つの都市型SCが営業を停止したことで、残る各店が残存者利益を得ているなら、できれば営業再開してほしくないだろう。もちろん、競争原理が働くから、思い通りにはいかない。その点、福岡より格段に市場規模が大きな東京はどうか。昨年、米国の投資ファンド、フォートレス・インベストメント・グループに買収された百貨店のそごう・西武の今後が気になるところだ。

 ファンドと手を組むヨドバシホールディングス(HD)傘下のヨドバシカメラが再建策の一環として西武百貨店池袋店の低層階に出店する計画が浮上している。これについて、西武ホールディングス(HD)の後藤高志社長が11月29日の日本経済新聞のインタビューで、「百貨店の文化的側面を大切にしたい」と、反対の姿勢を示した。また、池袋店が立地する豊島区の高野之夫区長も「築き上げてきた文化の街の土壌が喪失する」との嘆願書を後藤社長に提出するなど、利害関係者の間で一気に騒がしくなっている。

 ネットの意見は賛否あるものの、後藤西武HD社長がヨドバシカメラの出店に反対する理由として、百貨店の文化的側面を出すことに疑問を投げかける声は少なくない。また、自治体の首長が民間同士の行為に干渉できるのか、区の将来を考えればこそ、(ヨドバシカメラが)低層階に進出するのがなぜわからないなど、手厳しいものもある。

 西武池袋店は百貨店では全国第3位の売上げ(2022年2月期売上高1540億円)を誇る。まだまだお客さんに必要とされていることを考えれば、西武HDが一地権者として百貨店のまま残したいのはわからないでもない。また、後藤社長自ら「文化」を持ち出したのは、西武百貨店の創業者、堤清二氏の文化への造詣の深さ、同セゾングループが成長のキーワードにしたことも関連するだろう。後藤社長は文化という言葉を出すことで、堤氏の「遺訓」であるかように装い、顧客層を味方につけたい思惑がチラつく。

 だが、実際に西武百貨店、往年のセゾングループの価値を認知している層は今や60代以上。この中には富裕層も多いが、高級ブランドが購入できるのは西武池袋店だけと限らない。逆にそれより下のネット世代は、百貨店の暖簾より出店するブランドや売場に並ぶアイテムに関心があるかないかで、実需として購入しているのは極めて少数ではないか。そうした層に対し、文化を持ち出したところで百貨店のまま残す理由と受け取られるはずもなく、まして肯定されることはないだろう。本当に必要なら西武HDが「ファンドから池袋店のみを買い戻せばいい」との意見の方が一理ある。さて、落とし所はどうなるのか、状況を見ていくしかない。

 東京における百貨店再建ですらこうなのだから、地方百貨店の再生や跡地再開発は容易ではない。先日、2020年3月に閉店した「新潟三越」の跡地について、「複合型商業ビル」の建設が検討されていると報道された。地方都市の再開発事業で実績を持つ「東京建物」と、地元新潟のゼネコンが土地と建物を取得。30階以上の高層ビルを建設し、商業施設やオフィスなどを入れ、さらに分譲マンションなどを合体させる計画という。筆者が予測した通り、東京建物が乗り出してきたようだ。

 この報道を耳にした時、そごう・西武の地方店を含め、地方百貨店跡地の再開発としてはこれがベターではないかと感じた。そもそも百貨店が衰退したのは、それまで支えてきた中間層が没落し、メーン商材のアパレルが売れなくなったからと言われる。その背景はここでは置いておくとして、百貨店側はお客を奪われた郊外SCやロードサイト店への対抗策として、ブランド化粧品やデパ地下商材を強化している。


地方百貨店の再生に必要なコンテンツとは



 ただ、こうした政策を地方百貨店跡地の再開発に持ってきても、購買層や商圏から難しい。新潟三越跡地での複合型商業ビルでは仮に百貨店(三越か)を復活させるにしても、一部の洋品や雑貨(ギフト対応も)、固定客対応(ウェブルーミング型試着サロン)や外商拠点のサテライト店で十分だろう。地元メディアの報道によると、ビルは地上37階建てで商業フロア3層、業務フロア3層、高齢者向け住宅3層、10階から37階が分譲マンションになる予定という。

 おそらく百貨店が出店しても1層、残り2層(百貨店が出店しない場合は3層)が商業フロアになると思われる。集客が厳しくなった中心市街地でも、オフィスやマンションに人が集まれば、そこに仕事や暮らしが生まれ、消費が活性化される。計画はこれを意図したものだ。地方百貨店の再建が容易ではない中、これがギリギリの妥協点ではないか。もっとも、焦点は何を消費の軸にするかである。



 話が逸れるが、福岡では天神ビッグバンによる再開発工事で、「ランチ難民」が続出している。西日本鉄道本社の福ビルが解体され、天神コアや天神イムズなど4つの都市型SCが営業停止し、書店や専門学校などが入居していたMMTビル一帯も再開発工事を待つばかりだ。おそらくこれらのビルインで、数万人規模の胃袋を賄っていた飲食店が同時に閉店したのだから、難民が出るのも当たり前である。

 アパレルや雑貨のような買い周り品なら、残るSCや百貨店が受け皿になれるし、オンラインショッピングで代替できる。しかし、食はそう簡単ではない。特にランチは昼休みという限られた時間の中でとらなければならず、さっと食べられて仕事に戻れるエリアとすれば、半径500m圏内か。コンビニが代わりになると言っても、店舗数が限られて多くが行列するから、食べる時間が削られてしまう。移動販売は駐車スペースが少なく、オフィスへの直販では種類、個数が限られる。

 ビル工事でオフィスが引っ越し、ビジネス客が減って売り上げが下がった飲食店もあるという。黙っていても、天神はビジネスや教育、ショッピングなどで昼間は150万人以上の人流があるにも関わら、再開発という事業のために易々とそのマーケットを喪失することになった。裏返せば、「食」は確実にニーズがあると言うことだ。

 地方百貨店の跡地再開発でも、人流が増えることで最大となる消費は食ではないか。だから、誘致すべきテナントも飲食店(カフェ含む)だけでなく、HMR(ホームミールリプレイスメント)、いわゆる惣菜を販売する中食業態、産直の食材を揃えた道の駅的マルシェは必須。ビジネス関係者がオフィスで食事をとれたり、夕食の材料を購入できたり、マンションの住民が買い忘れた食材や急に必要になった食品を買える。そうしたニーズを掘り起こせば、活性化の起爆剤になる可能性は十分ある。

 次が「住」だ。とりあえずデスクワークに必要なアイテム、そして家庭生活の必需品が購入できればいい。100円ショップより品揃えに奥行きのあるミニホームセンター(HC)が理想的か。スタンダードプロダクツが多店舗化し、ハンズがハンズビーに代わる業態を開発すれば、台風の目になる。家電も消耗品としてのニーズはあるが、HCが電球や電池、PC関連商材は扱えば十分だ。あとはドラッグストアやフィットネスジムだろうか。

 最後が「衣」になるが、アパレルは買い周り商品でネット通販も浸透している。地方百貨店跡地の再開発ビルでは、ファッション衣料はそれほど求められないと思う。むしろ実用衣料の下着、デイリーに欠かせない靴下の方が不可欠だ。レディスはアモスタイルやチュチュアンナなどの専門業態があるが、メンズはマニア向けを除いて見当たらない。ビジネス関係者の男性が周囲の目を気にせず、値ごろな下着を購入できる業態があってもいい。個人的には無印商品が下着や靴下の特化した店舗を出してくれればありがたいが。

 地方百貨店跡地の再開発事業では優先順位として食、住、衣で強化していく。それがペイできる条件ではないかと思う。もちろん、新潟三越跡地の複合型商業ビルは37階もあるので、マンション区分350戸はタワーマンションと同等だ。東京では都心へのアクセスを優先するため、タワーマンションの供給が続いている。しかし、購入者からは住居数が多いことによる「維持管理コスト」や「修繕積立金」が高額だと、後悔の声も聞かれる。




 また、景観などの問題から屋外に洗濯物が干せない。生活習慣上、天日干しに慣れ乾燥機使用や部屋干しに抵抗がある人は、タワーマンションには向かないのだ。福岡・下川端商店街の再開発では、ラグジュアリーブランドを集積したスーパーブランドシティとホテルオークラ福岡を核に、商店街の住民がそのまま居住できる複合施設「博多リバレイン」が建設された。この時も高級ホテルから住民が干した洗濯物が見えるのはどうかという問題点が持ち上がった。

 一口に複合型商業ビルと言っても、テナントや住民の皆にとってベストな条件などあり得ない。あちらを立てれば、こちらが立たず。利害関係者のすべてがが納得したり喜ぶようにするのは難しい。そうした中で、いかに落とし所を見出すか。それが東京建物などデベロッパーの命題でもある。

 もちろん、再開発ビルに商業施設、オフィスやマンションが出来ようと、あくまで人流を増やすことが前提になる。これはそごう・西武の地方店をはじめ、再生が必要な他の百貨店やSCにも言えることである。

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遺産を今に生かす。

2022-12-21 07:28:49 | Weblog
 JRが運営する商業施設、いわゆる駅ビルには、JR東日本のルミネ、最近ではニュウマン、同西日本のルクアやエスト、そして同九州のアミュプラザなどがある。首都圏や関西圏のように膨大な人口を背景に大量の旅客輸送があると、そのまま駅ビルの売上げに直結する。さらにJR東日本がルミネより上の30〜40代の女性をメーンターゲットにしたニュウマンを開発できたのも、新宿や横浜の商圏人口の多さ、集客力の高さがあるからだ。

 一方、JR九州は事情が異なる。国鉄の分割民営化により三島会社の一つとなり、首都圏のような大量輸送に繋がる鉄道人口を持たないため、運輸事業単体での収益増は見込めなくなった。分割・民営化後、利益の大半は支給された経営安定基金を独立行政法人の鉄道建設・運輸施設整備支援機構に貸し付けた運用益で稼ぐしかなく、収益基盤は脆弱そのものだった。

 そのため、JR九州は流通・外食、不動産、ホテルなど事業の多角化を進め、稼げるところで稼ぐ戦略に舵を切った。駅ビルのアミュプラザもそうだ。佐賀を除き、九州の県庁所在地の主要駅に展開し、今や収益の柱に育ちつつある。開業が2020年10月の宮崎と21年4月の熊本の両ビルはコロナ禍の只中でいきなり躓いたが、人流が回復していることもあり足元では復調傾向にあると、JR九州側は見ている。

 もっとも、九州は福岡都市圏を除いて、すべての県で人口減少が進んでいる。地方に行くほど圧倒的なクルマ社会で、これ以上通勤や通学による旅客需要の拡大は望みにくい。また、外国人旅行者の回復に期待するとしても、それをいかに鉄道利用、インバウンド、アミュプラザの収益につなげるかという課題は残ったままだ。

 JR九州は2022年〜24年の中期計画で、流通・外食については「ブランド店舗の競争力向上」を重点戦略に掲げる。これはアミュプラザにも該当すると思われるが、具体的にどんな施策が実施されるか。詳細な説明はされていない。そこで仮に「ブランディング」という意味で解釈すれば、「アミュプラザについて消費者、駅ビル利用客のイメージを高める」ことが当てはまるだろうか。

 ホリデーシーズンの今、各アミュプラザは広場にイルミネーションを施しているが、駅スペースを活用してシーズン毎にいろんなイベントを展開している。テナントの顔ぶれは競合SCとそれほど変わらないだけに、1年を通じて駅ビルにわざわざ出かけてみようと思わせる集客策をブランディング構築の一つにしようということだろう。

 もちろん、その前提として著名なブランド、人気テナントを集めること、さらにはDtoCブランドといった購入が確実なファンへの対応強化が、駅ビルのブランド力を上げるのは言うまでもない。そのためにはテナントが「この駅ビルに出店したい」と思わせるようなハード面の充実、プロモーションなどのソフト、テナントが売りやすい環境整備も不可欠になる。また、テナントにとっては歩率家賃も重要だから、「それだけ払ってもこの駅ビルに展開する価値がある」と感じさせることは何か、常に考えて実践する必要がある。

 こうしたテナントのモチベーションアップは、そのままアミュプラザの競争力向上につながる。駅ビルがテナントの集合体だとすれば、テナント個々がいかに力を発揮するかだからだ。テナント側も独自でMDや販売力の向上に注力していると思うが、デベロッパーがテナントに対し、どんなヘルプを施して寄与するかの思考が欠かせない。



 その意味で先日、興味深いニュースを目にした。JR九州の子会社、JR鹿児島シティが運営する駅ビル「アミュプラザ鹿児島」で、同社でテナント管理などを行なう「営業担当者」が実際に売場を体験する研修を行ったというものだ。(https://senken.co.jp/posts/amu-jrkagoshima-221130)

 側から見れば、「駅ビルのスタッフがテナントの店頭に立ってどんな効果があるの?」だろう。だが、JR鹿児島シティは、「テナントのES(Employee Satisfaction/従業員満足)向上やコミュニケーション力アップに向けたもので、施設運営者としてテナントとの話し合いやスムーズな運営には現場を理解した上で互いに共感できることが重要だ」と研修の理由を説明。「販売業務への理解が高まり、新たな気付きもあった」と成果を強調する。


テナントスタッフの労働環境の改善

 もう少し詳しく見てみよう。具体的な研修の目的は以下になる。

 1.実務を体験し店舗スタッフの業務内容を理解する
 2.来店客のニーズを理解する
 3.課題を見いだし改善を図る


 研修を受け入れたのは「ニコアンド」と「ローリーズファーム」。運営企業のアダストリアはデベロッパーとの関係性があっての取り組みとした上で、「営業担当者とのつながりを密にすることはその後の連携や店舗運営にプラスになると考えたから」と説明。テナントにとっては営業担当者に売場に立ってもらうことで、販売スタッフが常日頃、いかに売上げを上げるために腐心、努力しているかを知ってもらい、互いに課題を解決していきたいわけだ。

 こうした取り組みを見るにつけ、ふと思うことがある。JRが国鉄だった時代の労使協調、スタッフマネジメントや人心掌握がその源流にあるのではないかということだ。振り返ると、国が鉄道事業に当たっていた時代、国鉄では東大卒のエリートたちが車両やダイヤの編成から運行管理までにあたる一方、運転士や機関士、車掌などは国労や動労といった労働組合に所属し、使用者側との闘争精神に溢れていた。

 労使問題や政治的駆け引きは説明を要するので割愛する。ただ、国鉄側が経営の杜撰さから巨額の赤字を抱え、労働者もコンプライアンスを遵守しないなど、ガバナンスが全く効いていない時代があった。鉄道事業は未来永劫続く。政治闘争の犠牲にはできない。民間企業となったJRをどう発展させるか。ここで力を発揮したのが他ならぬ東大卒のエリートだった。

 国鉄の法務課に在籍していた江見弘武(後々の東京高等裁判所部総括判事)は、「新会社ができるので、雇用者は一旦国鉄から退社してもらい、再び新会社に応募してくれれば採用する」と組合員に迫り、合法的に新会社への振り分けを成し遂げた。結果的に20万人以上が組合を脱退する一方、JRに残った多くは雇用の安定を手に入れ、労使紛争は次第に影を潜めていった。それでも、JR西日本福知山線で起きた事故を契機に、さらなる安全対策の徹底や労働環境の改善が浮き彫りとなった。




 ルミネのトップもJR東日本からの出向組で、東大卒が多い。労使対立を生まない考えは、駅ビルにおけるテナントの関係でも徹底され、ガバナンスを効かせる様々な施策が展開されている。一つがやはりESである。ルミネの大宮店、立川店では1グラム=1円という価格設定のスタッフ専用ビュッフェレストランを導入している。これは昼食が低価格で食べられるように配慮したもの。テナントスタッフにとってはありがたい制度だ。

 横浜店は女性専用の休憩室、横になれるソファやフットマッサージ機を設置した。販売は立ち仕事で身体への負担が重いことから、少しでもケアしてもらうためだ。新宿店のパウダールームではメーク直しに加え、歯磨き専用の洗面台まで用意されている。接客業は身だしなみを整えることが基本ゆえに、少しでも環境づくりに寄与しようということだろう。



 こうした取り組みは、館内に設置した「目安箱」により、テナントスタッフの声を吸い上げる形て実現した。国鉄時代とは比べられないほど、従業員の満足度は向上しているのだが、労働問題を発生させない環境づくり、ガバナンスの徹底がむしろ重要なのである。JR九州のアミュプラザではルミネほどではないが、鹿児島シティが実践した営業担当者の売場体験の研修はその第一歩と言っていいだろう。

 デベロッパーとテナントは大家と店子という関係。だから、どうして主従関係、営業担当者がテナントスタッフに対し、上から目線でものを言う光景を何度も目にしてきた。ただ、今の若手スタッフは国鉄時代の労使紛争など知らないだろうし、東大出身者に多い官僚主義的思考なんてこれっぽちもないと思う。

 デベロッパーとしてとにかくテナント管理をスムーズに行って、いかに多くのお客さんに買い物をしてもらい、歩率家賃のアップに繋げるか。それに尽きるのではないか。そうした過程で見直す点があれば改善し、ESを高めてテナントスタッフのやる気を引き出す。使用者と雇用者が協力して売上げを伸ばし、結果としてそれが雇用者に還元されるような施策。それが駅ビル版の労使協調と呼べる所以である。

 営業担当者にとってテナントとのコミュニケーションが円滑で、仕事がスムーズに行くのであれば、御の字のはず。たまにPCの前から離れて、売場に立つこともありだろう。「ショップの売上げはこうしてもたらされるのか」という新たな気づきは、テナントのちょっとした変化も見逃さない力を育んでいく。国鉄時代の遺産が駅ビルの今に生かされていくということだ。
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市場が決め始めた。

2022-12-14 06:36:33 | Weblog
 2020年2月に閉館した熊本パルコ跡地に23年春、新しい商業施設がお目見えする。運営は同じくパルコで、地下1階から地上2階、わずか3フロアの「HAB@(ハブアット)」。延べ床面積は3424m2に飲食や雑貨、地元企業の新業態が20店入居する。テナントの詳細はこれから発表されるようだが、地下1階に雑貨やサービス店、1階にカフェや食、生活用品、2階に地元や福岡の企業やオーナーが運営するレストランという構成になるという。

 また、2階には福岡市の「ローカルデベロップメントラボ」が九州産の食材を使って焼き上げたパンをメーンに打ち出す地域共生型店も出店する。再開発ビル(仮称:下通GATEプロジェクトビル)自体は11階建てで、3階から最上階には星野リゾートが運営するホテルの入居も決定。低層階にeスポーツや医療機関が出店する話が出てきていないところを見ると、地元市場の現状を鑑みた内容に落ち着いたようだ。

 ところで、各地で進む再開発事業は大都市と地方都市で地域の特性や商圏人口、テナントの出店戦略などが絡み、二極化している。東京のような大都市では膨大な人口集積と集客力を背景に、ラグジュアリーブランドから国内のアパレルや雑貨、プチプラの新業態までが十分に成り立つ市場がある。そのため、大規模な投資をした開発、多面的な商業集積、初物づくしのテナントリーシングが十分可能だ。

 地方都市は高齢化、人口減少でアパレル含め商業の衰退が否めない。地元百貨店と商店街中心の構図では立ち行かないから再開発は必要なのだが、どのような計画がベストかの判断は難しい。熊本の場合も同様だ。活性化の起爆剤として、2017年に都市型SCの「ココサ」、2019年に複合施設の「サクラマチ クマモト」、2021年に駅ビルの「アミュプラザくまもと」が開業した。だが、どれも商業地図を塗り変えるほどの成果を発揮できていない。



 これらの施設ではすでに撤退したテナント、中心商店街から移転した店舗があるなど、広がらない商圏で共食いし、同質化競合も懸念される。一例をあげると、セレクトショップのビームスは、サクラマチ クマモトの開業で「ビーイングライフストアbyビームス」を出店。そして、アミュプラザくまもとへのビームス業態の出店により、中心繁華街で展開していた路面店を閉店した。市場的に同業態の2店舗体制は厳しかったわけだ。これは他社にも共通する。

 一方、商業施設側は集客力を上げるために人気ブランドを1店舗でも多く誘致したい。ビームスに対してアミュプラザくまもとが開業する前に、サクラマチ クマモトから「業態を変えても店を出してほしい」とのオファーがあったとすれば、出店決断の説明もつく。もちろん、アミュプラザもビームスには出店要請したと思う。最後はビームス側が拡大しない市場で食い合いしてもしょうがないこと、加えてランニングコストなどの総合的な判断で「ビルイン」を選択したのではないかと思われる。

 ビームスの路面店跡には今年10月、古着店の「JAM」がオープンした。若者を中心に古着人気が高まっているのは全国的な傾向で、地方都市でも若者が買い物に出かける中心部では求められるテナント像が固まってきたと言える。デベロッパーはこれまで大型商業施設を開発し、「〇〇初出店」「〇〇初上陸」などのテナントを誘致すれば、地方都市でも商圏が広がり大量集客を果たせるとの目論見だったと思う。



 しかし、そうしたビジネスモデルに市場の方がはっきりノーと言い始めたようだ。パルコが熊本でハブアットを開発するのも、地方都市におけるファッション市場の縮小、広がらない商圏の中で最適化した器=ビジネスモデルとは何かを熟考した結果だろう。今後、ハブアットは商業開発のあり方、切り札とは何かを占うことになる。

 もっとも、老弱男女を問わず、お客が中心市街地に出かけた時、「少し贅沢にお茶や食事を楽しもう」「美味しいものを買って帰ろう」との消費意欲は無くなってはいない。人間は新たな服は買わなくても済むが、飲み食い無しでは生きられないからだ。それにプラスしてアパレルを1点でも買ってもらうよう街全体での仕掛けが必要だ。各個店も新しい発想や視点を持ち、個性的なMDや売り方、客対応などでお客さんを呼び込むことが求められる。


福岡の再開発は土地運用とビル開発が主体

 福岡パルコはどうか。先々月、同社は2010年に開業した本館と14年に新築した新館を、26年にも解体し立て替えると発表したが、その計画がより具体性を帯びてきた。11月30日、同社は西日本鉄道、三井住友銀行など5社と共同で、福岡天神地区を再開発すると表明。コンテンツとなるパルコ、新天町商店街商業共同組合、西鉄などが同日、天神ビッグバンの規制緩和を受けるための計画概要を福岡市に提出した。



 福岡パルコ両館と、パルコ本館裏手の西鉄福岡駅ビル(フロアをパルコに賃貸)、新館に隣接する新天町ビル、西側の商店街を一緒に再開発することで、容積率の特典を受けて再開発ビルを高層化するものだ。具体的にはパルコや福岡駅ビルを東街区、新天町の商店街を西街区として敷地を一体化する予定という。敷地面積は東街区が7900m2、西街区が5900m2というから、パルコ本新館と新天町ビルが東街区、からくり時計のある新天町サンドーム西側一帯の新天町商店街が西街区になると見られる。



 福岡市は再開発イメージを公表しているが、実際の規模などは今後詰められる。福岡パルコと対面する新福ビルが19階建てで建設されているのを見れば、おそらく同程度の規模になるのではないか。新ビルや福岡への期待から新ブランドや新業態が進出しても、買い物客の回遊からして商業施設は東街区で地下2階、地上8階(パルコのテナントや新規出店)、西街区で地下2階、地上4階程度(新天町の個店を含む)だろう。残りのフロアはオフィスやホテルで埋め、階上に「渋谷スカイ」や「ガーデンステージ」とのような施設を加えるのが妥当な線だ。

 福岡天神では、旧福ビルと一緒に天神コアや天神ビブレが解体され、天神イムズ、ミーナ天神も閉館している。同時に4つの都市型SCが営業を停止するのは、これまでにはなかった状況だ。営業中のソラリアステージやソラリアプラザ、天神ヴィオロ、天神地下街、さらに百貨店の岩田屋、福岡三越、福岡大丸は目下、解体され閉館した4SCの受け皿になっている。それには福岡パルコも含まれるし、新天町も多少のおこぼれに預かっていると思う。

 今後、パルコや新天町が解体工事で営業を停止すれば、企業グループ全体の売上げや各個店の経営に影響を及ぼす。そのため、パルコや新天町は代替出店の場所を探し、テナントや店舗の営業を継続していくと思う。ただ、新天町の個店がバラバラに移転すれば、固定客にとっては買い回りが難しくなる。まとまって移転するにも、場所の確保や資金面での問題が懸念される。こうした引受先をどうするかについても、早急に考えなければならない。



 福岡パルコに入居する人気テナントは、どのSCも欲しいだろう。解体工事中は同じJフロントリテイリング傘下の福岡大丸にテナントが移転するとの話もある。だが、売場スペースを考えると、別館のエルガーラを加えてもすべてのテナントを受け入れるのは困難だ。さらにテナントによっては百貨店と合わないものがあるし、12月10日にパルコに出店した「デザートスノー」のような「古着店」を福岡大丸が常設で受け入れるとは考えにくい。

 福岡駅ビルは西鉄の所有で福岡パルコにフロアを賃貸しているが、パルコ側が競合するソラリアステージやソラリアプラザにテナントを移転させるだろうか。天神ヴィオロではJR九州が11月から「プロパティマネジメント(オーナーに代わって不動産価値を向上させる管理・運営)」業務を受託している。駅ビルの運営ではパルコのコンサルティングを受けただけに、JR九州は秋波を送っているのか。どちらにしても、これから人気テナントの争奪戦が厳しさを増すのは間違いない。

 一方、お客の間では相次ぐSCの営業停止により、SNSなどでは「買い物をするところがなくなる」との懸念がつぶやかれている。実店舗でのリアルな接客や馴染みのスタッフとの会話に慣れ、現物の商品を見て購入してきた固定客は、オンラインショップだけでは満足いかないようだ。ビジネスは勝つか負けるかの戦い。情緒的なことを言っても仕方ない。だが、買い物ができなくなるというお客の声を無視すれば、それはそれで損失につながる。

 福岡天神は三度の流通戦争を経て店舗数、マーケット、商圏を拡大した。それが天神ビッグバンと大規模再開発による相次ぐSCの閉館で、一時的な残存者利益の奪い合いが起きようとしている。福岡市は人口が160万人を突破し、今なお増え続けている。これは地方都市で他に例を見ない現象だ。商業施設が次々と建て替えられても、アパレル市場はしばらくは拡大を続けるだろうが、商圏拡大については周辺が高齢化しているので限定的と思われる。

 福岡市がより成長していくのは誇らしいが、それが土地運用やビル開発主体で、商業や個店が置き去りにされるようでは、魅力ある街づくりとは言えないのかもれない。

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☆☆茶パニーズホテル。

2022-12-07 10:16:39 | Weblog
 先月の東京出張では、意外にも宿泊先のホテルが大当たりだった。仕事の都合で2泊は六本木に泊まらなければならなかったが、後りの2泊は銀座や渋谷、羽田へのアクセスがいい新橋に宿を取ることにした。予約サイトはワールドワイドなBooking.comを利用したが、検索ワードに「新橋」と入力し、偶然見つけたのが「1899 HOTEL TOKYO」だった。

 公式HPのデザインも秀逸で、イメージ写真も宿泊願望を起こした。仕事柄、エントランスに掛けられたタペストリーのロゴマークに目がいき、アイランドスタイルで木枠のフロントも和モダン調で気に入った。ホテルというより、雑貨のギャラリーという様相だ。

 六本木から都バスで10分ほどの新橋駅北口で下車し、レンガ通りを歩いて6〜7分で着いた。ダイレクトに泊まるなら、モノレールの浜松町駅から芝大門を右折すれば7〜8分で行ける。キャリーケースを引きずりエレベーターで地下鉄やJRの乗り場に行かずとも、そのまま地上を歩いてアクセスできる。土地勘があったことも、予約の決め手となった。

 ホテル名の1899とは1899年(明治32年)に創業した旅館「龍名館」がルーツであることを指す。2014年には「ホテル龍名館」お茶の水本店にメインダイニング「RESTAURANT 1899 OCHANOMIZU」が誕生。龍名館の改装にあたり、徳川家御用達の名水だったお茶の水の地で「お茶と共に過ごすゆるやかな時間」をコンセプトに、龍名館が旅館時代から培ってきた会席料理にお茶を取り入れた新しい和食体験を提供しようとオープンした。



 このレストランが契機となり、1899 HOTEL TOKYOは2018年、国内外のより多くの人たちに「お茶のあるライフスタイルと出会って欲しい」との想いから開業した。まさにお茶をテーマにしたコンセプチャルなホテルと言える。施設や設備、サービスが自分に合うかどうかは、実際に泊まってみなければわからない。ただ、コーヒーよりお茶、洋食より和食が好きな筆者に合わないわけがないと思った。結果的に自分には☆☆のホテルとなった。

 このコラムでホテルを取り上げるのは、アパレルを含めたあらゆる業態で発想や視点を変えないと、市場、お客さんが動かなくなっていることがある。特にホテルなどの宿泊施設を取り巻く環境は、アパレル専門店以上に激変している。単にビジネスで宿泊するだけならファスト&チープでもいいが、外国人をはじめとして団体旅行から個人旅行にシフトしている状況では、求められるニーズも多様化している。

 宿泊施設そのもので文化や日本のおもてなしを満喫したい。体験や学習など観光以外の一面を宿泊とともに楽しみたい。隠れた日本の魅力を再発見したい-ネオ・ディスカバージャパン等など。だから、ホテル側もソフトもハードもそうしたニーズに合わせたものを提供する必要がある。まさに「日本茶」は、外国人旅行客の関心の対象になる。日本人にとっても、内装を茶室に通じるもので統一すれば、旅の疲れを癒せる寛ぎの空間となる。また、お茶が持つアロマ効果をボディソープやシャンプーなどアメニティグッズに使うこともできる。1899 HOTEL TOKYOではまさにそれらを実践していた。




 食事はお茶を取り入れたレストランを運営していれば、それをカジュアル化させるなどお手のものだろう。1899 HOTEL TOKYOの朝食では、静岡産抹茶を使用しふんわりと焼き上げた「抹茶パン」や茶葉を練りこんだ「お茶ソーセージ」、碾茶が香る「グリルチキン碾茶塩」などのメニューが揃っていた。外国人はもとより日本人にもお茶の魅力が食事を通して発見できるのは、旅行ならではの楽しみと言えるのではないか。



 日本茶について言えば、ちょうどニューヨークから戻った20数年前、仕事を通じて京都本店から暖簾分けした北九州・小倉の茶舗「辻利」の辻利之さんと知り合った。当時はライフスタイルの変化から日本人のお茶離れが激しく、茶舗を取り巻く環境は非常に厳しくなっていた。辻さんはそうした状況を憂い、一人暮らしでも簡単に日本茶が飲める急須と湯呑みの一体型茶器を開発。並行して自店に抹茶ソフトクリームが食べられる「カフェ」も併設した。

 地元のグラフィックデザイナーの協力の元、辻利のブランドデザインを構築し、女子高生が辻利でお茶することを「つじる」呼び合うローカルトレンドも作り上げた。現在は子息に経営を譲っているが、2010年からは台湾をはじめとしてシンガポールなど9か国に20店もの抹茶カフェを展開し、日本でしか味わえなかった本物の味を現地ローカル化に成功。コンセプトを前面に打ち出し、日本茶の世界に斬新な志向を取り入れれば、活性化できることを内外で証明している。


小売りが商品をどうデザインし展開するか

 2000年前後だったか。ファッション業界で「ライフスタイルショップ」が注目された。取り扱う商品やサービスを雑貨や飲食にまで拡大し、幅広い客層を集客する狙いだった。無印良品を筆頭にコムサストアが追随、現在では「スタジオクリップ」などが展開されている。しかし、衣料から雑貨、食品まで何でも揃うものの、特にこれが欲しいというものではないことから、ターゲットがぶれ始めているのも確かだ。

 ファッション業態は時代と共に変化するのは避けられない。1980年代までは商品単体の価値を高めてブランドで仕掛け、それらにそった店づくりを行えば、1点単価の高い商品が売れて高収益を上げることができた。アパレルだけに限らず、商品の原価率を高め、高い売価をつけられるようなビジネスモデルだ。しかし、1990年代に入ると、バブル景気が崩壊し市場が次第に成熟して高粗利、高収益ビジネスが限定的になったのように言われた。

 では、本当にそうなのか。確かにDCブランドブームは去ったが、代わってセレクトショップが台頭し、バイヤー垂涎のブランドにはお客がつき、新たなマーケットを開拓した。異業種でもスターバックスコーヒーは単価は高くても集客できたし、コンビニも利便性を求めるお客は割高でも利用している。こうした業態は平成不況の中でも順調に伸びていった。

 単に高価なだけなら市場は広がらないが、この商品にこのサービス、このバランスならお金を払ってもいいというお客はまだまだ開拓できる。アパレルや雑貨についても、あるテーマで切り取り、コンセプトを際立たせることで、新たなショップを作り上げる。そして、その業態に見合う販売スタイルや人材を当てれば、高額な商品でも売れる余地は十分にある。それが小売りに一番求められる活性化のメソッドだ。ただ、市場が縮小している地方ではそれが非常に難しい面もある。

 セレクトショップのビームスが1998年にオープンした「BEAMS JAPAN」。店名の通り、同社が培ってきた独自の審美眼をもとに全国から魅力ある商品を集め発信拠点とするもの。日本のこだわりから生まれたモノ・ヒト・コトは食から銘品、ファッション、コラボレーション、カルチャー、アート、クラフトまでと多種多様で、BEAMS JAPANはそれらを繋げる場所とも位置付けられる。このような業態は地方の活性化でも参考になるのではないか。



 今年3月から9月までの半年間には、京都の西本願寺にビームス “チームジャパン” ストアとして「ビームス ジャパン 西本願寺」を出店。店内から本堂がのぞめるお茶所の一角で限定商品や地域に根ざす銘品を揃えた。西本願寺限定のTシャツ、お寺カラーの藤色をベースに内側に西本願寺のネームを入れたカード&コインウォレット、西本願寺オリジナルカレーや小豆粥は、まさにビームスのキュレーション力とデザイン思想がなせる逸品と言える。




 また、ビームスは牛乳石鹼共進社とのコラボレーションでも、銭湯の楽しみを伝えるプロジェクト「銭湯のススメ。」第3弾を11月17日から関西で初めて実施。「銭湯のススメウエスト」と銘打ったキャンペーンでは、大阪府内の153の銭湯にはグラフィックアーティストのクックさんによるイラストを使ったのれんを飾り、11月17日からこれらの銭湯をめぐると石鹸ケースや手ぬぐいが当たるスタンプラリーも開催する。

 クック氏のイラストをデザインに用いた湯おけ、キャップ、オレンジ箱の石鹸の銭湯グッズ、スウェットのシャツ、パンツなどのアパレル雑貨全9種が揃い、新宿、渋谷、京都のビームスジャパン、ビームス梅田、自社ECで販売している。

 街の銭湯は日本の文化でありながら家風呂や温泉、大型の入浴施設との狭間で、衰退の一途を辿っている。これまでにも地元の大学などが地域貢献の活動としてPRに取り組んだ例はあるが、ビームスが絡めばイメージングや商品づくりで新しい銭湯像を打ち出せる。牛乳石鹸としても業務向けの商品を違った切り口で展開できるので、新たな市場開拓に期待が持てる。

 日本のものづくりは素晴らしい。しかし、従来のままでは閉塞した市場ではなかなか通用しない。そこに新たな息吹をもたらすのがビームズのようなブランドデザインの開発力を持つ企業。ものづくりはメーカーの仕事だと頑ななままでは、活性化は遠のくばかりだ。また、小売りも仕入れて利益を乗せ売るだけのスタイルでは、価格競争に飲み込まれてしまう。

 市場、お客さんを動かすなら、物づくりにも売り方にも新しい発想や視点が必要になる。商品を売る小売り側が商品をいかにデザインするか。そして、コンセプトを前面に打ち出し、斬新な志向を取り入れるか。あの頃には戻らないと言うのは簡単だ。やろうとしない人間の言い訳にも映る。そうではなくて、「新しい商品と仕掛けで市場を切り開こう」というポジティブなやる気が前に進ませるのである。
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