HAKATA PARIS NEWYORK

いまのファッションを斬りまくる辛口コラム

学んで賢く買う。

2022-01-26 06:40:41 | Weblog
 かれこれ8〜9年前になるだろうか。たまたま訪れた事務所近くのZARAで、ハーフパンツとタイツが合体した「ジョギングパンツ」を見つけた。パンツとタイツが一緒なら別々に購入する必要もなく、フィットネスジムでのトレーニング用にもってこいと、即買いした。

 ただ、タイツ着用の効能はよくわからなかった。トレーナーさんの話では、「サポートタイツ」なら膝・股関節・腰などの関節や太もも・臀部などの筋肉を支えパフォーマンスを向上させてくれるという。中にはテーピング原理を応用して関節や筋肉に沿って施術するようなものもあり、動きやすく筋肉の余計なブレを防いで痛みを起こしにくくするそうだ。トップアスリートが着用するのは、これが理由だろう。



 一方、「コンプレッションタイツ」は足首・ふくらはぎ・太ももなどにより程良い圧力をかけることで血液の循環を良くし、下半身のむくみや冷えを予防するとか。また、栄養の供給や老廃物の運搬が促進され、疲労を軽減して回復させてくれるそうだ。ZARAのパンツはどちらかというと後者の方かもしれないが、実際に冬場のトレーニングで着用すれば、確かにむくみや冷えを予防してくれることはわかった。





 もちろん、ZARAのことだから、ナイキやアディダスのようなアスリートに特化したアイテムを企画しているわけではない。ハーフパンツとタイツを合体させたことで、筆者のようなお客が購入した点は企画の妙とも言える。しかも、ディテールではアパレルらしい処理や始末が施されている。注目はウエストがスポーツ系にありがちな「タック(ギャザー)入りのゴム仕様」ではない点。

 一般のトレーニングパンツはゴムの伸縮に合わせて生地も伸び縮みするようギャザーが入っている。トレーニング用ならこれで十分だし、ジャケットを着用すればウエストが隠れるので問題はない。しかし、ファッションアイテムではそうはいかない。ウエストをゴム仕様にするのは、ワンシーズンでのサイズ変化に対応する合理的な企画=量販・小売側の要望以外の何ものでもない。

 悪く言えば、「おしゃれ心も羞恥心もすっかり消え失せたおばさんがお腹周りの締め付けを少しでも楽にして、ずり下がりを抑える」ためにゴム仕様を好む傾向があった。若い子の間ではそんなイメージからウエストゴムは敬遠されていた。というか、メーカー側、特に専門店系アパレルではきちんとサイズ対応をしゴム仕様は避けていた。筆者と同じ時期に業界で仕事をした人々なら、少なからず一様な感覚で見ていたと思う。

 ところが、今はどうだろう。若い子向けのアイテムでもゴム仕様のものが増えている。彼らは臆することもなく平気で着ている。

 先日、業界誌の執筆でご一緒したことがあるファッションコンサルタントのSさんもSNSで以下のようなことを呟いていらっしゃった。「最近、シャツやブラウスをタックインして、ゴムウエストを平気で見せています。僕は違和感を感じるなぁ。サッシュベルトで隠すとかね」と。
 
 仰る通りだ。インフルエンサー諸氏も多分我々の時代の認識などご存じないはずだから、何ら抵抗なく着こなしを提案するだろう。しかし、8〜9年前の発売されたアイテムではあるが、ZARAは違った。スポーツ系のジョギングパンツであっても、タック(ギャザー)入りのゴム仕様は採用していない。Sさんの指摘通り、「ゴムベルトを見せない(ベルトに見えない)」ドレスコードをそのまま踏襲し、仕様を決めている。

 ゴムをコットン素材の帯で覆い囲んで加工しているので、フラットでギャザーがなくゴム仕様に見えず、すっきりしている。もちろん、帯状の板ゴムが入っているので伸縮はするが、外側の生地に皺がよることはない。サイズもXSからXXLまでの6段階でフレキシブルに対応。おそらくそれも計算済みだろう。Sさんの呟きに対し、当方は「そうした企画をするのは、美意識の差でしょうね」と、書き込んだ。ファストファッションとは言え、MDのスタッフはアパレルの精鋭揃いだから、見た目重視のドレスコードを厳守したのだと思う。
 

ロングパンツをカットし、PBのタイツをレイヤード



 そんなジョギングパンツも経年劣化で買い替え時期に入ったが、ZARAのことだから当然リピートすることはない。似たようなアイテムを探そうとしたが、コロナ禍もあって店舗巡りできず伸び伸びになっていた。年明けにたまたま訪れたショップで運よく「Champion」のロングパンツに出会った。もちろん、ウエストゴムだが、トレーニング用では問題ない。また、ハーフカットが前提なので足首リブのロング丈も許容範囲だ。何よりコットン100%で厚手の裏毛素材なのところが、筆者の好みに合い購入した。

 タイツは別に探せばいいのだが、いざ探すとなるとこれがなかなか見つからない。ヒートテックに代表される機能性のものは、そのほとんどが合繊オンリー。スポーツ系になると、コンプレッション重視なのでなおさらだ。当方が望むのはパフォーマンス向上や血流促進より、むくみや冷えを予防し洗濯に耐えてくれればいい程度。むしろ、コットンの混紡率が多いことで、乾燥による静電気を抑え、肌触りがチクチクしない方が望みだ。



 百貨店も機能性インナーを取り揃えているはいるが、こちらはどちらかというと高級下着に近い。数年前にしまむらのアヴェイルでPBの綿100%の機能性インナーのトップスを購入したので店舗に問い合わせたが、すでに廃番とのこと。あとPBを企画していそうなのは全国チェーンだろうと、福岡発祥のDS「ミスターマックス」を訪れた。すると、これがビンゴ。「綿あったかインナー」と題したPBを販売していた。

 パッケージには「保温」「静電気防止」「ストレッチ」「抗菌防臭」の表示がある。機能性インナーに変わりないのだが、筆者が設定した条件にかなう綿95%、ポリウレタン5%。しかも、価格は税込767円とすこぶるリーズナブルだ。ジム用のタイツなら、これで十分と言える。在庫は十分にあったので、とりあえず1着購入して試すことにした。



 年明けのトレーニングで着用してみると、薄くてフィット感も上々。着丈もユーロ規格のZARAと遜色ない長さをキープし、レッグプレスで60kg程度のウエイトを押しても、マシンで30分ランをしてもずり上がりはない。この上にコットン100%のパンツをレイヤードするのだから、静電気やチクチクも起こらない。優れものに感謝である。

 筆者は暑がりで多汗症ということや、ずっと職住接近のライフスタイルをとってきたため、冬でもそれほど寒さを感じたことはない。ニューヨークから福岡に戻って以降は、日本中で暖冬が続いたこと、また外仕事はロケ以外ほとんどないため、ボトムはずっとコットン系1枚で通してきた。ところが、長時間の電車通勤をされている方々や関東以北にお住まいの人たちは、男性でもボトムには機能性インナーが欠かせないようである。

 先日、大手メーカーに勤務されていた知り合いのNさんが「この時期、ヒートテックのタイツの上に裏起毛のパンツを重ね着すると、静電気で下半身がチクチクするように感じるのは私の思い過ごしだろうか?」と、SNSに投稿されていた。Nさんは関東の内陸部にお住まいだから、やはり冬場の防寒に機能性インナーは欠かせないようだ。しかし、ユニクロのヒートテックをはじめ量販系は合繊オンリーだし、裏起毛もフリースなら静電気が起きてしまう。また、合繊が肌に触れると摩擦でアレルギーを起こすから、チクチクするのは避けられない。

 そこで、筆者が購入したミスターマックスの綿あったかインナーを推薦させていただいた。同社は福岡発祥のDSだが、昨季はコロナ禍による巣篭もり消費で生鮮や食品が貢献し、最高益を上げている。衣料品は他の量販店と大して変わらないが、実用衣料では後発の強みを生かし、PBにも注力している。綿あったかインナーもそうだ。

 ユニクロはじめ大手の機能性インナーが合繊主体なのに対し、混紡とはいえコットンが95%を占める商品を発売した背景には、静電気やアレルギーを嫌がるお客の声に耳を傾けた結果だと思う。こういうところで、差別化されていくのではないか。

 当方もZARAのジョギングパンツを着用し、さらに業界の人々の声から学んだことで、衣料品を賢く購入することができた。ウィズコロナの中でも外に出る機会が少しでもあれば、新たな衣料品に出会うきっかけにもなる。そんな1年にしたいものである。
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バーチャルで実学。

2022-01-19 06:36:31 | Weblog
 先日、日本経済新聞がデジタルビジネスでの活用が期待される仮想空間技術「メタバース」について、アバター風で仕立てたキャラ対談でわかりやすく解説していた。(https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUD1758M0X11C21A2000000/)

 メタバースとは、「メタ(超越・高次の)」と「ユニバース(宇宙)」を組み合わせた造語で、オンライン上に構築された3Dのバーチャル空間、またはそのサービスを指す。自分自身だけでなく、離れた場所にいる他者とも空間を共有できるので、交流したり何かの作業を一緒に行ったりすることも可能になる。

 アバターも対話していたが、バーチャル空間でいろんな体験が可能なると、SNSに次ぐムーブメントのになる予感がする。では、具体的にどう利用するのか。多くは、「ヘッドマウントディスプレー(HMD)」という装置を頭に着け、アバターで空間に入り込む。そこでいろんなバーチャル体験、アパレルの場合なら仮想ショッピングが可能だ。



 バーチャル店舗ではリアルショップの感覚で入店から商品探し、詳細チェック、スタッフの応対までを体験できる。アバターを操作するのはお客である自分、接客にあたるスタッフ。離れたところにいる友人の参加も可能なので、買い物に付き合ってもらえる。商品はCGで再現され正面、背面はもとより、側面や斜面からもデザインやフォルムを確認できる。商品が気に入れば、そのままオンラインショップに移行して商品を購入することができる。

 従来のECではお客が一方向でサイトを閲覧し、商品やスペック、概要を確認して購入するかしないかを判断した。メタバースではバーチャルとは言えスタッフが接客に参加する。ECでは待ちの姿勢だった販売側が、積極的に売りに関わることができる点は画期的だ。

 また、遠隔地に住んでいるお客も、わざわざ実店舗まで出かけずに接客を受けることができる。ECでは購入に至らなくても、接客を受ければお客の気持ちが変わることもあるだろう。メタバースではオンラインショップにおけるコンバージョンレート(サイトへのアクセス数に対する買い上げ率)をアップさせ、カゴ落ちを少なくすることができるかもしれない。


どこまでストレスフリーな買い物、接客ができるか
 
 ここで気になるのが、どこまでリアリティが追求されるか、である。例えば、お客である自分の意思が完全にアバターに伝わり、日によって異なる気分が表情や仕草に再現されるのか。人間には喜怒哀楽、艱難辛苦がある。ストレスが溜まった時、仕事で落ち込んだ時など、好きな服を購入することで気分が変わることは往々にしてある。

 逆にベテランの販売スタッフはお客の表情や言葉遣いなどから、心の状態を察して応対に生かす術を持つ。経験に裏打ちされた優れたコミュニケーション能力をもつからだ。それが得手して販売力にも繋がる。つまり、お客の表情や気分などメンタルな部分、それに対する販売スタッフの対応力がどこまでアバターで再現されるのか。それが可能になってはじめて、メタバースはリアルな接客と何ら遜色ないということになる。

 そのレベルによって、オンラインショップに移行させた後のアイサスというか、アイシーズのフローが変わり、商品購入を決定づける「クロージング」にも結びつけられると思う。お客にしても、販売スタッフにしても、どこまでストレスフリーな買い物、接客が実現できるかがメタバースの課題だと思う。



 そして、もう一つ気になるのがコンピュータグラフィック(CG)で再現される商品のレベルだ。ECの場合は二次元の写真のみだが、CGではデザインやフォルム、素材感までが3Dでよりリアルになる。ただ、お客にとってはその先の「触感」までわかるのかどうかである。アパレルの場合、糸の種類、織り方、生地の組織で、着た時の感触が大きく異なる。実店舗を訪れるお客はまずそれを目で見て、次に手で触って、試着して着心地を確かめようとする。

 だから、触感が売れ行きのカギを握ると言ってもいいだろう。それがメタバースでも可能になるのかである。日経新聞の対談にも書かれているが、おそらくHMDに加え、お客自身が本当にメタバースで生きているような没入感を得るには、五感をリアルに再現するウェアラブル
の機器が必須だろう。手ではグローブ、足ではブーツ、体全体ではボディスーツである。

 現状ではそうした機器は高価なようだし、複雑なメカで重量もあり、長くは着けていられないようだ。かつてのゾゾスーツもタイツのようなニット素材にゴムをコーティングし、身体の各部位にドットをプリントした。それを専用アプリをダウンロードしたスマホカメラで撮影すれば、体型サイズが計測できるようしたが、データに誤差が生じて限界があった。結局、ゾゾスーツ事業自体が終了。やはり、簡素化するにはまだまだ技術が追いついていないのだ。

 つまり、ウェアラブルの機器が眼鏡のような形に進化して軽量化され、グローブやブーツ、ボディスーツも身体への負担を軽減しないと、メタバースは広く普及はしないだろう。これからウェアラブルな機器が開発され、進化していくだろうから、それ次第と思われる。


バイヤー教育の教材にできないか

 ここからはあくまで筆者の考えと提案である。メタバースがバーチャル店舗の運営を可能するのだから、商品の「模擬バイイング」や「仮想編集」もできなくはないと思う。オンライン上でバーチャル展示会を催し、そこでバイヤーが仕入れ、買い付けた商品をバーチャル店舗で編集し、入店したお客のアバターが購入するというフロー。それをバイヤー育成・バイイング能力向上の教材に応用できないかと思う。

 セレクトショップでは、こうしたメタバース教材を導入して指導教育を行う。スタッフがバイヤーとお客でそれぞれ交互に参加すればいい。ヒットしたアイテム、売れ残り、全く売れなかった商品を分析できるし、全体的な消化率を点数計算してバイヤーのスキルを磨く。また、ファッション専門学校向けの教材にすることも考えられる。



 専門学校におけるビジネスの授業は、講義による座学が中心だ。あとは学生にリアルショップを運営させる程度で、バイイングのノウハウを学ぶ実践教育が行われているとは言い難い。メタバースなら模擬バイイングというか、仕入れのシミュレーションも可能になる。バーチャルとは言え、学生に売上予算から粗利の見極め、交差比率などを考えさせた上で、自分で仕入れをしてみれば、適中率アップや不振商品を出さない法などが学べる。

 お客が仕入れた商品をどれほど購入してくれるのかを体験することで、ヒット率の向上やロスの低減、編集力の理屈も理解できる。また、編集の仕方で売れる、売れないがわかれば、そこも気づきや学びになる。学生なら何よりゲーム感覚でできる点がいいし、バイヤー、お客を交互に務めることで競争意識を育んだり、志望職種の適性を判断することもできる。

 ファッション専門学校の学生募集は、すでに頭打ちになっている。学生の側も「求人が販売職しなかないないのなら、進学してもどうなのか」と、冷めた目で見ている。だから、まずは学校側が教育内容を進化させ、学生の自己実現を支援していくべきだ。

 すでに採用マーケットは「ジョブ型」に移っている。採用企業側が「まずは販売からスタート」なんて言っているようでは、優秀な人材は集まらない。学生が「バイヤーになりたい」という目標を掲げるなら、学校はそのための実践教育を行うことが大前提だ。

 デザイナー志望の学生もデジタル時代だからこそ、CGによる商品制作も学んでいいのではないか。色替えやデザインの修正も短時間で可能だから、バイヤー志望の学生とバーチャル展示会でやりとりできる。「別注でこの色も欲しい」などの要望を受け入れた時、バーチャル店舗で実際にそれが売れれば、デザイナー志望の学生にとっても「こんな色が売れるのか」という学びになる。

 筆者は模擬バイイングについて過去にアナログレベルでプランを考え、紙上で教材を作成したことがある。いつかデジタルでやってみたと思っていたが、ついにその時代が到来した。業界はもちろん、学校もデジタルを利用するとはどういうことか。もっと突っ込んでいくべきではないかと思う。





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一捻りがほしい。

2022-01-12 06:38:55 | Weblog
 アパレル業界ではSDGsが叫ばれているが、小売りではリテールアウトレットやオフプラスストア、サブスクリプション、リユースといった二次流通が軸になると言われる。ただ、すでにいろんな業態が出揃い、ビジネス狙いなら通常店舗以上に群雄割拠の時代に突入していくのではないか。各企業の取り組むが期待される。

 二次流通はSDGsが叫ばれるはるか以前から存在した。欧米では、日本のように若者が新品のファッションに投資しないため、セカンドハンド(欧米ではユーズドという名称はあまり見かけない)、いわゆる「古着店」がメーンの御用達とされてきた。一方で、格差社会でもあることから中産階級がブランド品を手に入れる上で、リテールアウトレットやオフプライスストアが重宝されてきた。

 もっとも、アウトレットやオフプライスストアは、売れ残りの在庫があることが前提となる。好景気で新品がプロパーで消化され、売れ残りが出回らなければ二次流通も成り立たない。仕入れを伴うオフプライスストアは経営面で不安定さは否めない。つまり、こうした業態は一次流通の商品量が大量にあってこそなのだ。

 だから、SDGsに取り組むには生産されてからではなく、商品生産そのものに目を向ける。そして、コストの安い発展途上国に生産を集中させることで生じる児童就労や過酷な労働環境を是正する。さらに価格を下げるための過剰生産、大量に売れ残った在庫の焼却や第三国での処分、さらに廃棄そのものを改めていくことである。

 とは言っても、アパレルは生地や副資材の製造に始まり、工場の生産態勢から卸までがシステマチックに連携し、製品の一定量を小売店が仕入れることで商品が消費者に渡っていく。SDGsを突き詰めていくには、こうしたサプライチェーンの要素一つ一つにメスを入れ、産業構造全体を変革していなかなければならないのである。



 まずは市場でどれだけの商品が売れるのかの需要予測を行い、それに基づいた生地や資材も生産していく。また、生産現場の労働環境はどうなっているのかを可視化したり、履歴をブロックチェーンで暗号化して取引の正確性を期すことも必要だ。無駄にトラックを走らせていないかなど物流を効率化することも重要だろう。それらをデジタル技術で結んで、各企業が情報を共有していくことが最終目標になる。

 自動車産業ではメーカー、部品工場、ディーラーが同じ系列で結ばれ、サプライチェーンが出来上がっているから、デジタル整備はそれほど困難ではない。しかし、アパレル業界はそれぞれの業者が個々で事業を進めているし、立場や性格も異なり微妙に利害が絡み合うので、いくらSDGsの理念で意識統一しようとしても、なかなかスムーズにはいかないだろう。

 まして小売業になると、そもそも在庫がなければ商売にならないのだから、どうしても売れ残りは出てしまう。仮にメーカー側が生産を抑えると、小売側は商品が手に入らなくなり、あるいは限られた在庫の取り合いで優勝劣敗となり、淘汰されるところが出てくる。小売店舗が多いから商品を過剰に生産しなければならないという意味で考えれば、逆に小売店が減れば商品の生産量も減らすことができる理屈になるが、実際のところはそうはなりそうもない。

 小売市場にはオンライン、いわゆるECもあり、実店舗がなくても商品はこうしたルートに流れていくからだ。産業構造を変革するとはメーカー生産、店舗小売り、顧客所有というフローや価値を抜本的に変えていくこと。購入して消費するまでもないものは、レンタルで済ます。タンス在庫のまま着る機会がない不要品や倉庫に眠る不良在庫は、どんどん吐き出し付加価値をつけるなどして二次、三次流通で循環させていくなどである。


高くても納得いく商品を購入する消費

 サブスクリプション、リユース&リメイクへの転換もある。経済学では、生産から消費までをリニアエコノミー(直線型経済)、レンタルやリユースで済ますのをサーキュラーエコノミー(循環型経済)と呼ぶのだとか。Z世代(1997年以降の生まれ)を中心にメルカリなどで不用品を売買する動きが高まっているのを見ると、新品購入-所有-消費という豊かだけど無駄を生んできた従来の価値観に変化が生じているとも言える。

 ブランドファッションの価値が最も高いのは新品の時だ。しかし、衣服に袖を通して着始めると、すぐに価値は下がっていく。これは「減価償却型経済」と言われる。Z世代の若者の間ではすぐに価値が下がるのだから、高いお金を出して買う必要もなく、ユーズドやレンタルで十分という意識に変わっている。なおさら、価値低下は使い捨てを生み、廃棄となるのだから、SDGsに逆行すると考え始めている。

 また、過去20年もの間、所得が増えていない現状やコロナ禍による収入減や失業で生活に窮する若者もいる。企業側はSDGsやDXを消費復活のキーワードに掲げているが、そのためにはどこに資本投下するかが問われるのだ。岸田総理が経済3団体の新年祝賀会で、「次世代を担う子育て、若者世代の世帯所得に焦点を絞って倍増を可能とするような制度改革にも取り組んで参ります」と意欲を示したが、政府として具体的にどんな政策をとるかである。

 もちろん、新製品がゼロになることはありえない。低価格品の過剰な生産に歯止めをかける一方、どんな商品を企画製造し、売っていくかである。まずは素材や縫製のクオリティを上げ、匠の技を持つ国内工場での商品作りが挙げられる。小回りの効くメーカーならそれも可能だろう。小売店はそんな商品をセレクトして編集し、お客に提案していく。

 ブランドの休止、店舗や社員のリストラに明け暮れる大手アパレルはどうか。前出のような商品作りが必要とされるのを考えると、硬直化した組織をドラスティックに解体し、商品企画のみのプロジェクトチーム単位に再編してもいいのではないか。スタッフに予算と権限と責任を与え、ダメなら解散も辞さない覚悟で立ち向かわないと、構造改革にはならない。

 大手メーカー側がそうしたスタンスにシフトすれば、中小はさらに商品作りに磨きをかけるだろうし、百貨店をはじめとして店頭の変わっていくと思う。昔風に言えば専門店向けアパレル、今風に言えばD2Cアパレルだろうか。



 小売りではバイヤーの意識改革も必要だ。売上げを追うためにどうしても仕入れを増やしたくなる。それが売れ残りを生んでいる点をいかに改めるか。売り減らしより、買い足し。顧客の好みを熟知し仕入れに活かせてこと、消化率は上がる。ただ、この手法では多店舗化には向かない。コントロールできるのはぜいぜい5店舗程度だ。規模を追求しないため、小規模なところが市場をリードしていける。これこそ、真の専門店だ。

 D2Cアパレルは、専門店向けの卸とECが主販路になる。そこで少しずつ売り上げを伸ばし、タッチポイントというか、顧客とリアルなコミュニケーションをとり、ウォンツを知る拠点として実店舗を出店すればいい。常設ではなくて、期間限定でもいいと思う。

 SDGsは別の見方をすれば、消費者が商品に対して今まで以上に厳しい見方をするという意味。単に安いだけ、すぐに飽きるトレンド、どこにでもあるような商品、着る機会が少ないアイテム等々の新品購入、新品消費は減退していく。単なる売れ残り在庫を集めたリテールアウトレットやオフプライスストアも、消費者の厳しい目に晒されると存続は難しいだろう。

 すでに余剰在庫をECで再販するプラットフォーム事業者がいるが、B2Bで売れ残り在庫を捌くより、マッチングサイトを運営する方が儲かるという発想なら、それは不動産業と何ら変わらない。テナントが抱える商品に魅力がなくなれば、じきに会員、アクセス数は頭打ちになるだろう。

 要は新品であろうと、中古品であろうと、商品本体の価値をいかに上げられるか。どこまで打ち出し、どこまでリニューアルできるか。そして、できるだけ長く着続けられるか。でないと、SDGsが求める「持続性」にもつながらない。フランスでは昨年、百貨店がセカンドハンドに参入したが、回収された古着は建築用のレンガやオブジェに再生されている。また、高級ブランド企業が自ら商品を回収して、手直しをしたりと付加価値を加えて再販する。つまり、「一捻り」が必要なのである。

 それを生み出すにはデザイナーのクリエイションや匠の修復テクニックが必須になる。でないと消費者の心にも響かない。以前の商品が高級&高感度なブランドであったり、ヴィンテージあったりも条件になるが、中古品や在庫を処分したい側、手直しされた商品を買う側の双方を魅了する業態でなければ、小売りの存在価値はないと思う。それをいかに打ち出せるか。SDGs下における小売りの視点やポジションが問われている。

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紙、復権なるか。

2022-01-05 06:21:16 | Weblog
 令和4年が明けた。特に1年の計があるわけではないが、変化に合わせてやっていこうと思っている。

 当方にとっての変化とは、自然に変わっていくこともあるが、作用に対する反作用というか、偏ってしまったことからの揺り戻しも含まれる。それは期待する部分が大半なのだが、今年はその兆しがあるかもということである。

 1990年代半ばから急速に浸透したデジタル社会。仕事ではパソコン利用が当たり前となり、プライベートではスマートフォンが必需品となった。新聞のニュースや雑誌の記事はネットで読み、さらに知りたい情報はそのソースを検索エンジンで手繰り寄せる。ウィズコロナでなるべく人との接触を避けるために、ネット通販の利用が当たり前となった。もはやテクノロジーの進化無しで、生活の豊かさは享受できなくなってしまったとも言える。

 ビジネス界では、昨年から生活全体をデジタルの力で変革させていく「デジタルトランスフォーメーション(DX)」が叫ばれている。今年はそれに関する様々な要素や条件がビジネスの肝になるようだ。だが、本当にそうなのか。昨年暮れには東京株式市場の日経平均株価が32年ぶりに高値となったが、半導体不足や原油高が企業や家計に影響し、実体経済が回復している様子は見られない。

 確かにオミクロン株の感染拡大を抑制しコロナ禍が収束に向かえば、経済活動への制約が徐々に和らいでいくから、日本経済は回復に動いていくという見立てもできる。もちろん、これは楽観論の域は出ないのだが、その主役をDXに位置づけたいIT関係者のビジネス論理も透けて見える。デジタルが万能の神なのかはわからない。




 現にあれだけネット通販をリードしてきたAmazonに変化が出ている。同社は米国内で「紙のカタログ」を発行し始めた。米国の小売業界をリードしていると言われるウォルマートもである。アナログへの揺り戻しが起こっているとすれば、むしろそちらに注目したい。これが自分に対しての変化を及ぼすかもしれない。

 では、デジタル先進国の米国でなぜ、紙のカタログが復活したのか。専門家は以下のような理由を挙げている。まず、メルマガなどのダイレクトプロモーションが溢れすぎ、見てもらえないケースが増えていることがあるという。逆に一定の厚みを持つ紙のカタログなら、まず郵便受けから取り出す行動がある。次に袋はロゴ等のスペースを除けば他は透明だろうから、表紙などがはっきりわかり、手にとって見たくなる。デジタル媒体より、人肌に触れやすいことが理由なのだそうだ。

 二つ目は、紙のカタログは書籍、絵本のようにページをめくる(カタログは左開きが主流)ため、購読者が表現者側のストーリーにハマりやすいという。確かに閲覧者は写真なり、文字なり、イラストなりでその場面に目を止め、自分がそれを体験するイメージに置き換える。しかし、ウエブサイトは縦にスクロールし、次ページをクリックする作りだから、閲覧者が瞬時に注目し、リアルな体験を想起させるようにはなっていない。商品に注目しても、体験する臨場感は起こしにくいのだそうだ。なるほどである。



 三つ目は、こうしたリアル体験のイメージ想起によって、違う発想やひらめきを起こさせるのは紙のカタログの方が優れているのだとか。紙のカタログは端から商品使用や消費のシチュエーションを組んだイメージ写真を数多く掲載している。自分が使用するのはともかく、他人にプレゼントするような商品では、そうした写真の方がひらめきやすい。「こんな風に利用できるのだから、あの人に贈ったらきっと喜ぶだろうな」ということか。


広告ツールは「見られてなんぼ」の世界

 これだけネットに情報が溢れているのだから、検索結果の上位にランキングされないものは、埋没して認知されないまま消え去っていく可能性は高い。それは紙の媒体もページを飛ばして読むなら一緒なのだが、デジタルはSEO対策など人為的な行為も施せるため、結果として必ずしもお客の側が欲してるものとイコールにはならない。似非マーケティングとまでは言わないまでも、顧客満足を提供できいないのなら、問題があるということだ。

 90年代半ば、ネット広告が浸透し始めた頃は、それまで主流だったマス媒体(ラテ、新雑)よりも、媒体料は格段に安かった。また、チラシやカタログなどの印刷物よりも広範囲に露出できるので、マーケティング効率がいいと言われた。確かに2000年台に入るとこうした利点からデジタル広告は急激に伸びていった。だが、20年も経てば、媒体料は少しずつ高額になっている。

 クッキーレスによって媒体閲覧履歴を利用しないケースもあり、ユーザーごとのカスタマイズも難しくなっているという。デジタルだけで優位に立つことは難しいという証左である。Amazonやウォルマートが紙のカタログを復活させたのは結局、広告ツールとしてデジタルのデメリットを補い、リスクヘッジしようということかもしれない。要は広告媒体はお客に見られてなんぼの世界だからだ。米国企業が紙の媒体にシフトしてリードすれば、やがて欧州にも伝わるだろうし、日本でそうなるのも時間の問題か。



 一方、日本ではカタログ通販の企業は多い。老舗の「ニッセン」はフジサンケイグループのディノスや千趣会のベルメゾンなどとの競合に巻き込まれるようになり、2000年代にはネット通販の台頭もあって次第に売上げを落としていった。14年にはセブン&アイHDとセブン&アイ・ネットメディアの完全子会社となったが、当のセブン&アイ自体はネット事業では苦戦を続けている。

 一時、無料で配るカタログの制作コストが重荷になっていると言われていたが、ニッセンが復活した背景には、アパレルのサイズを小さいSSから大きい10Lまでのワイド展開に変えたからと言われる。これだけネット通販が浸透しても、イレギュラーサイズはほとんど販売されていないからだ。そうした商品を求めるお客さんに着こなしのイメージやフィット感を訴求するにはデジタルだけでなく、手軽に見られる紙のカタログの重要性もあるのではないか。

 また、1983年にアパレルの通信販売をスタートした「ベルーナ」は通販サイトは開設しているが、今でもカタログを制作し全国の会員に送付している。そのマーケティング手法は先にテレビでスポットCMを流し、翌日にメール便でカタログを宅配するもの。CMでお客に対し新商品への期待を煽り、直後に紙のカタログで購買意欲を喚起するやり方だ。もちろん、扱うアイテムが中高年向けだから、デジタルよりも紙の方が訴求力があるとの判断もあるだろう。




 アパレル業界ではOMO(オンラインとオフラインの融合)が叫ばれている。デジタルとリアルをミックスして、互いのデメリットを補っていこうということ。この理屈でいけば、リアル店舗では、実物の確認やスタッフによる接客のみならず、小洒落たショップツールを常備して顧客に手渡すこともできる。フロッキーやエンボスなど素材感のある「カード」や「タグ」も、ブランドバリュをあげる道具になる。

 デザイン業界ではかつてあった活版印刷が注目を集めている。印刷の掠れ具合など独特の趣がデジタルでは表現できないからだ。これで厚みのある紙にブランドロゴを印刷すれば、違った世界観が打ち出せる。アパレルではギフト需要もある。それにはパッケージも必要だ。「クラフトボックス」も開発されており、活版印刷も利用できる。そんなパッケージギフトをもらった人の感動はいかばかりかだろうか。



 もちろん、デジタルを否定するものではない。カタログに制作にはInDesignといったアプリケーションが不可欠だし、カードやタグのデザインはIllustratorで行う。デジタルは制作ツールとして無くてはならないのは確かだ。筆者の事務所では、昨年暮れクライアントさんにオリジナル制作の卓上カレンダーをお贈りした。これはデザインはIllustratorで行い、厚めの紙に出力した後、月毎にカットしてフロッピーケースに入れたものだ。

 デスク周りで使ってもらうには、リアルな紙の媒体がいいだろうとの判断で、一昨年から制作し始めた。結局、デジタルだけでもリアルだけでもダメ。ネットと紙の利点をいかにうまく活かしたマーケティングをしていくかだと思う。その意味で、2022年は紙媒体が再び脚光を浴びる年になることを期待して止まない。

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