2月24日付の日経新聞の夕刊1面に以下のような見出しが踊った。「国内アパレル 飛躍の糸口 円安も追い風 海外展開へ布石 国産産地 世界が注目 」。通常なら日経MJのトップになりそうなテーマである。わざわざ日経本紙、しかも夕刊に持ってきたのは、週末で異業種の経営者にも「日本のアパレルに変化の兆しがある」ことを知ってもらいたいためだろう。
記事では海外ブランドの大幅値上げで、国内ブランドに割安感が出ている。上質な国産の生地を使い価格を抑えたものが登場したことから、国内ブランドへの注目が集まっていると伝えている。過去30年、日本のアパレル製造は衰退の一途を辿ってきたが、質の高い生地を製造でき、高度な縫製・編み立ての技術をもつ工場は今も存在する。デザイナーやメーカーが彼らの手を借り、上質で高感度なブランドを世界に発信する好機でもあるのだ。
生産メーカーや加工場が集まる尾州地域は世界三大毛織物産地と呼ばれ、生地はフランスのエルメスやルイ・ヴィトンなどにも供給されている。その尾州に拠点を置く「コルニエ 」は、2022年春夏コレクションからスタートした新興ブランドで、価格を抑えつつ質の高い国産素材 を使用する。一般に衣料品ブランドの原価率が平均約3割なのに対し、コルニエは約6割なのだそうだ。記事には以下のようなコメントがある。
代表の西村林太郎氏は「生地の値段交渉はしない。最高級の生地を言い値で大量に発注し、原価率を上げて量を売ることで、生地メーカーも消費者もブランドもメリットを得る仕組みを構築している」と話す。
商品はセレクトショップなどには卸さず、主にオンラインショップで展開し、販売手数料などの中間コストを抑えている。いわゆるD2Cブランド (Direct to Consumer、代理店や小売店を通さず自社のECサイトを通じて直接消費者に販売するモデル)だ。公式サイト(https://cornier-factory.com/)を見ると、適度のモード感を持つコンテンポラリーなアイテムが並ぶ。
これまでにもファクトリエといった疲弊する産地を救おうと国産の素材や工場を利用するブランドはあったが、コルニエはデザインセンスでも他を寄せ付けない。久々に登場したドメコンと呼ぶに相応しい。
使用される素材はヴァージンウール、スビンコットン、スーパーハイゲージコットン、指定外繊維(和紙)、ケンプウール&シルクツイード、ウールカシミアカレッジフランネル、シルクネップ、本水牛ボタンなど天然繊維オンリー。大手のアパレルやセレクト、グローバルSPAが原材料の価格高騰から合繊混紡の素材を使用してコスト高を吸収しようとするのとは対照的だ。デジタル画像を見ただけでも、生地の良さ(奄美大島の泥染も活用)が伝わってくる。これなら着古しても素材を分解・精製し再製品化するケミカルリサイクルをし易い。
その分、余分な装飾、加工を施さないシンプルなデザインに徹し、縫製コストを抑えているように感じる。カラーも黒、グレー、ネイビー、ベージュ、茶をベースにウィメンズで差し色にスカーレットを投入する程度。絞り込んだMDの分、素材の良さを特徴にして他ブランドと差別化している。販路はオンライン限定だが、顧客の感触を知りたいのだろう。2024年春夏シーズンでは2月17日から3月10日までの土日に、東京、大阪、愛知、福岡の4箇所でポップアップストアが開設された。
価格はウィメンズでカットソーが4,500円~、シャツが17,400円~、パンツが14,500円~、ジャケットが36,000円、ドレスが11,000円~、コートが46,000円~。メンズでカットソーが5,900円~、シャツが15,100円~、パンツが17,900円~、ジャケットが32,000円~、コートが64,000円。
生地のクオリティ、高い質感を考えると、非常にこなれたプライスラインと言える。ブランド側もマス層に好かれようとは思っていないはずだ。少なくとも大人の洋服好きにとっては買いやすい価格帯だから、顧客をしっかり捉まえてペイすれば十分だろう。現に2023年秋冬アイテムではウィメンズ、メンズとも素材使いや織柄で特徴のあるアイテムは完売している。「こんな素材感の服が欲しかったのよ」と心待ちにしていたファンがいる証拠である。
生地見本となる「Fabric Book 」(税込2000円)が販売されているのは異例だ。ブランドとして生地の良さを訴えたいという姿勢が伝わってくるし、お客にとってデジタル画像でわからない生地の質感やこしが事前に確かめられる。大手アパレルやセレクトショップはEC掲載商品の試着や店頭受け取り、返品を可能にしているが、小規模なメーカーやブランドにはそこまでのサービスはない。その点、生地だけでも現物が確かめられるのは実にありがたい。
中古品でも売れるのは価値があるもの
日経新聞はさらに2月27日付朝刊で、今度は再販価値を持つ中古品が売れ始めたことにも触れている。「物価を考える、好循環の胎動 」をテーマにした慶應大学の山本晶教授へのインタビューでは、再販価値がある中古品が売れると、新品購入も促進されているとの言説が述べられている。以下が抜粋した内容である。
ーモノの再販価値が意識されるようになった。
「中古品の取引拡大と相場の可視化が背景だ。(中略)中古への抵抗感が薄いZ世代がけん引して市場が拡大した。衣類やバッグなどの中古価格が車や不動産のように可視化された 」
Z世代にとって不要になった物を売り買いできるメルカリは、今や欲しい商品を探す上で重要なツールになった。価格はもちろん、スペック、状態までの情報がPCやスマートフォンの画面上でわかる=可視化されている。そのため、リサイクルショップの店頭と同じように商品チェックができるところが利用を促す。新品を購入する時は、リセールでできるだけ高い値が付けられるものを購入しようという心理が働くわけだ。
ー中古ビジネスに取り組む企業が増えている。
「アパレルなどで自社商品を回収・修繕して再販する企業も増えた。商品の下取り額を示して、その金額分を買い物の際に割り引く通販サイトもある。中古品の循環で廃棄ロスなど社会全体の無駄が減る 」
以前のように中古品販売にアングラなイメージは無くなった。むしろ、SDGsへの取り組みや脱炭素社会の実現からものを大事にしようという考え方が生まれている。リサイクル、アップサイクルへの価値が醸成され、いろんなビジネスモデルが生まれるのは社会にとってプラスなこと。無駄が減れば、地球環境への負荷も低減できる。
ー企業は中古市場とどう向きあうべきか。
「フリマアプリの出品商品の価格や需要がどの程度か確認すると、自社商品の値付けなどの参考になる。品質や価格をコントロールするために中古ビジネスに参入する選択肢もある 」
バブル崩壊によるデフレ禍の蔓延までは、アパレル商品のクオリティはむしろ高かった。当時のデザイナーブランドの中にもヴィンテージ価値を生むものもある。中古品ならなんでも良いというわけではなく、品質や真贋などをじっくり見極めるノウハウも必要だ。古物商・質屋を全国展開する大黒屋は、チャットで写真を送るだけで査定結果を表示するAI(人工知能)写真査定技術を開発し、2024年春から運用を始める。こうしたアプリがネットオークションやメルカリなどで活用されれば、安全な取引に繋がり事業者の信頼度も増す。
ー再販価値を意識すれば中古で値崩れしにくい新品を開発する動機になる。
「大量生産して売れ残った商品をセールで消化する悪循環がデフレを助長した。消費者は以前ほどセールに熱狂せず、価値を見極めて買い物している(後略)」
「中古品市場の相場が新品より高ければ、消費者が払ってもよい『支払意思額』が企業の想定より高いのかもしれない。(中略)品質や希少性で価値が保たれる商品と、値崩れする商品との差は広がっていく 」
暖冬の影響で冬物が売れる期間が短くなり、セールのやり方も変えざるを得ない。一方で、気温に関係なくプロパーで確実に消化できる商品開発もカギになる。中古でも売れるのはやはり一定の価値を持つ商品だ。ただ、ユニクロのような量産品は購入者も多いわけだから、同じ商品の中古出品が増えれば値崩れは否めない。
一方で、ユニクロでもデザイナーズコラボのような希少性を持つ商品は、高値を付けても買い手がつくかもしれない。ただ、それも品質が保たれているのが前提だ。高価なブランドでも再販価値をより高めるには、着用者がきちんとケアしておくことが条件なのは言うまでもない。クリーニングなどの関連市場が潤うという所以はそこにある。
新品だろうと、中古品だろうと、売れるものが変わってきたということ。低価格に対する価値観も変化している。だからこそ、産地で生産を支える事業者が適正な利益を得られるモデルを再構築していくことも不可欠。その根底には「上質は裏切らない」ということがある。作り手も、売り手も、こうした考えを念頭にビジネスにあたるべきではないか。
1ヶ月ほど前の2月22日、日経平均株価は終値では3万9098円68銭と、1989年12月29日のバブル絶頂期以来34年ぶりに最高値をつけた。3月7日には東京市場で平均株価が4万314円を超え、史上最高値を更新した。背景には、日本企業の好調な業績やイノベーションへの投資家の期待があると言われる。
市場関係者は、ハイテク銘柄のダウ平均株価が史上最高値を更新。東証プライム上場企業の業績が堅調なこと。1ドル150円の円安が輸出企業の収益を底上げ。そして、日銀のマイナス金利解除後も緩和的な金融環境があるなどと、分析する。
当然、海外の投資家は日本のマーケットに目を向ける。東証の調べでは、今年に入って海外投資家は7週連続で買い越しているという。300以上の海外投資家に日本株の評価を尋ねても、一昨年までは「ネガティブ」が半数近くだったが、去年夏頃には一転、「ポジティブ」が優勢になったそうだ。
加えて、海外投資家がこれまで重視してきた中国市場は、不動産バブルの崩壊で株価が下落。それに伴い、彼らが投資を日本市場へのシフトを活発化したことで、今回の株高を生んだと見られる。国際金融協会(IIF)によると、2023年の1年間に中国の株式・債券市場から流出した外国マネーは845億ドル、日本円で12兆5000億円に上っているとのことだ。
つまり、今回の株高を投資マネーの日本流入が要因と見れば、潜在的な経済成長率はバブル期と比べるとまだまだ低迷状態を抜け出せていないことになる。実感としてもとても景気がいいとは感じない。株価が日本経済の真の実力を反映したものではないとすれば、今後の株高の持続性にも疑問符がつく。むしろ、円安は続いたまま。春以降はようやくブレーキがかかり、円高傾向に反転するという見方が出ているが、実際のところはどうなのだろう。
3月19日には、日銀が金融政策決定会合でマイナス金利政策の解除を決定。実に17年ぶりの利上げに踏み切った。利上げは円高要因となるはずだが、同日の外国為替市場は円安が進んで1ドル=150円台をつけた。これは低金利の円を売って、高金利のドルを買う取引が優勢だったためだ。日銀が金融政策の正常化に向けて踏み出したことで、円高に進めば輸入に頼る原材料や資源の価格が下がる。物価の下落にも期待できるわけだ。
ただ、そうなると、円安の恩恵でインバウンド消費が盛り上がっている小売り・サービス業には多少の反動があるだろうし、10%の円高でも日本の輸出産業全体で2兆円が吹っ飛ぶと言われる。1ドル=130円になれば、日本企業にとって来期の増益が怪しくなると指摘する専門家もいる。賃上げが雇用者全体に広がり、一般大衆が「給料が上がったし、多少割高でも良いものを買った方がいい」という消費マインドに変化するのか。30年も続くデフレ慣れ、ダウンサイジングから生活スタイルをアップデイトできるかがカギになる。
アパレル業界では、円安で生産が国内回帰している。中国の人件費などコスト上昇から第三国にシフトする動きが影響しているとの見方もあるが、国内では上質で好感度な商品を求める層が増えているのは確かだ。ただ、国産回帰の流れについては単にアジア生産をMade in Japanにするだけ、商品企画が従来のようなおざなりでは、こうした層には靡かない。新商品の企画・販売に際して、「こんな素材使いはこれまでになかった 」「ここまで作り込んだものなら着てみたい 」と、感じさせるようなアイテムを生み出せるか、である。
現状も少しずつ変わり始めている。メンズでは、オーダー専門店にまで足を運び、スーツを誂える人が増えている。担当スタッフに聞くと、お客からは「実際に生地に触れて、質感を確かめてから、注文したい 」との声は少なくないという。スタッフは「ネット通販では質感が確かめられませんから。お客さんが生地を確かめたら、仮縫いのコースをお奨めしています 」と、オーダー客の心情をフォローする。
となると、レディスの既製服では、なおさらお客のリアル店回帰は進むだろう。もちろん、事前のプロモーションや事後のフォローはネットを活用し、マーケティングに活かさなければならない。今年はコロナ禍以前の売上げを超えるべく、ECとリアル店舗をシンクロさせながらどこまで高額品の需要を喚起させられるか。本当に良いものを長く着るなど、新たな消費トレンドを作っていくことが重要だと考える。
仕立て映えする生地づかい
レディスアパレルを見ると、昨年くらいから高価格ブランドへの挑戦が始まっている。取引先で主力販路になる百貨店側からの要請があるからだ。ブランドのポートフォリオの中で、空いているハイエンドゾーンへの投入もある。ここを制すれば、他のゾーンでも一気に高額化に弾みがつく可能性がある。カギはやはり素材や縫製、シルエットだろう。結果としていかにこれまでにない作り込んだ商品を生み出すかということになる。
オンワード樫山が23区の派生ブランドとして昨年秋から販売している「エステータ」。イトキンが10年ぶりに新ブランドとして仕掛けた「オーヴィル」。ワールド傘下のフィールズインターナショナルが企画するアンタイトルのスピンオフ「オブリオ」。ともにハイプライスの価格帯になる。百貨店がこれまで販売してきた国産ブランドには、これといって上質、高級で高感度なものがなかったことから、海外のラグジュアリーを購入していた層は少なくない。
ただ、国内アパレルの方が日本人の感性や体型を熟知しているし、それにフィットする生地、サイズ、縫製、仕様などを手当てできる。企画にじっくり時間をかけ、国内で生産することでコスト増にはなるが、その分商品の出来栄えが良ければ、お客を取り戻すことは難しくないと思う。富裕層にとっても手頃な価格の街着と位置付けるはずだ。いかに目の肥えた女性たちを唸らせるような服作りを行うか。大手アパレルの変化を期待をもって見ていきたい。
一方、デザイナーズ系ブランドでは、三井物産傘下のビギが2024年秋冬からレディスブランド「エンダレンス 」をデビューさせる。メンズデザインのしっかりした作り、そして機能性を取り入れ、感性で服選びする大人の女性にこんな服もあるのかと思ってもらえるようなもの。パターンに注力し、適度なリラックス感とシェイプしたフォルムの共存。コンテンポラリーでミニマルなテイストだが、決して尖んがり過ぎないバランス感覚が何ともいい。
特徴はそれだけではない。生地が全て国産オリジナルであること。そして、組織から織り、加工まで全ての工程で高度な日本の技術を活かした点だ。高価格帯だから、イタリアの生地を使おうなんて安易な発想は微塵もない。日本のデザイナーズ系ブランドだからこそ、生地も日本製に拘る。だから仕立て映えするということだ。
価格帯はアウターのコートやブルゾンが7~15万円、ドレスが5~8万円、ニットが3~6万円。百貨店に居並ぶブランドでは、プレステージとモデレートの間にあるベターゾーンという位置付け。デザイナー系ブランドとしての世界観を追求する一方、国内の各産地にも原材料や人件費などのコストを十分に吸収してもらう上では、妥当なプライスラインではないか。店頭の接客でお客が納得さえすれば、決して高いとは感じないと思う。
もちろん、生地作りの全ての工程で高度な日本の技術を活かした点では、従来のアジア生産を超えるクオリティを実現するはず。決してベーシックなデザインではないが、フォルムからして中古価格なら購入する若い女性も少なくないだろう。再販価値は維持されると思うし、SDGsが叫ばれる中で、受け継いで着ていきたいという人にも好感を持たれると思う。
振り返ると、ビギが創業時に捉えたファッションとは、「空気のようなもの 」だった。商品を提供する送り手とそれを取り入れる受け手、こんなへだたりを失くし、誰もが同じ空気を共有でき、楽しい気分に共鳴し合えるものづくりを創造する。それをミッションとしてきたのである。親会社は変わろうとも、その使命は脈々と受け継がれているはずだ。
エンダレンスにしてもデザイナーやMDなど、服作りに携わるすべてのスタッフが生地作りの現場と同じ空気感の中にいることで、考え方や意識を統一しながら「一枚の布に生命」を宿していく。これを改めて問い直した結果が国産のテキスタイルだったのだ。もちろん、そんな服を求める層はまだまだ少数派で、市場規模には限りがある。
だが、どこかの誰かがやらなければ、単に原材料などが上がっているから、それを吸収するためのコスト増、プライスアップの服作りで終わってしまう。そうではなくて、いろんな作り手が自らの感性と英知と技を一枚の布に傾ければ、こんなに素晴らしい服が出来上がる。国内回帰のベースにはそうした方向性をじっくり据えることが重要なのである。
陳腐な言い方だが、景気の気は、気分の気でもある。インバウンド、賃上げ、株高と、直接の恩恵はなくても周囲がざわつくと、気分が高揚することもある。どちらにしてもデフレ疲れの反動はあるはずだ。まずはしっかり商品を作り込みながら、価値がわかる顧客の輪を広げ、デジタルも駆使してブランドファンの裾野を広げていくことが大事だと考える。
2024年もあっという間に二月が過ぎた。メディアは物価高の影響からスーパーでは安さを訴求したPBの売り行きが良いと喧伝しながら、コロナ禍が終息しても割高なコンビニの弁当や惣菜はよく売れていると報道する。つまり、生活防衛のために自炊をして食費をできるだけ切り詰める層と、手軽に食事が済ませられる中食に利便性を求める層があり、双方の市場が共存していることを示す。消費構造は一律では捉えられないことになる。
そう考えると、スーパーや百貨店の売上げだけを基準に景気動向を判断することにどれほど意味があるのか。少なくとも、個人消費についてはミクロで、いろんな業種、業態の売れ行きを多面的に見て判断することも必要ではないか。
一例をあげてみる。今年のバレンタインデーだ。かつては女性から男性にチョコレートを贈るのが慣例化し、「本命」や「義理」といった目的別の贈答スタイルが定着していた。ところが、時代とともに目的も大きく変わっていった。他人へのプレゼントから自分へのご褒美としてチョコレートを購入している女性が増えているのだ。
そして、今年はそれが顕著になった。ある調査会社が行ったアンケートによると、女性がチョコレートにかける平均予算は2023年の1.3倍、金額で約1200円増えて、5024円だったそうだ。しかも、自分へのご褒美としてチョコレートを購入する女性が21.7%で、23年より大幅に増加。自分チョコの需要が増える一方、義理チョコに参加したくないと回答した女性は8割を超えたという。物価高が叫ばれているにも関わらずだ。
義理チョコにかける予算がまるまる自分チョコに流れたのか。詳細なところはわからないが、義理より自分用を購入する方がグレードが上がるのは間違いない。だから、購入単価もアップし、平均価格が5000円を突破したと見ることができる。大手百貨店はこぞって国内外の有名パティシエが考案した高級品のコーナーを開設している。価格を抑えたい義理チョコより自分用を購入する女性が増えていくのは必然でもある。
大手スーパーでもグレードアップした商品をエンド展開していた。東京白金の菓子メーカージェイズが作るタブレットチョコ(7~8cm四方)もその一つ。ブランド名は「メゾン・シロカネ」。キウイフルーツやオレンジ、ももなどの素材を組み合わせたグラフィカルなデザインが気に入り、価格も1枚180円と手頃だったため購入した。市販のチョコにはない趣のある味が家族にも好評だったので、輸入物のトリュフチョコでなくてもいいのかと感じた。
一方で、ディスカウントストアの店頭に並ぶ包装に凝ったチョコレートはどうなのだろうか。義理チョコを意識したギフト目的なのはわかるが、バレンタイン市場の変化を見れば大々的に展開する時代は疾うに過ぎたはずだ。NBの定番も大量展開しているので、こちらは手作りチョコ用の材料も兼ねていると思うが、それならまとめ買いを誘う割引き策が必要ではないか。どちらにしても、イベントに併せて商品そのものを練り直したり、売り方を一考するなど、工夫を凝らさないと消費者を惹きつけられないことは確かだ。
さらに近年の傾向として、単に既製のチョコを購入するのではなく、パティスリーでスイーツを楽しむスタイルも広まっている。パンケーキやフレンチトーストの延長線であり、これならバレンタインデーだけでなく、チョコメニューさえ準備できれば常時集客できる。スイーツビュッフェよりもグレード、客単価ともアップするだろう。「要予約」「限定○名」といったプレミア感を出せば廃棄ロスを抑制できる。SDGsが叫ばれる時代に合った手法だ。
女性層は老弱を問わず、甘いものには目がない。特に若い女性は外で食事を楽しむ場合、美味しいものにはお金をかける傾向がある。人気店に行列ができるのも、SNSでグルメ情報がたちまち伝播していくからだ。何も富裕層だけが食事にお金をかけるわけではない。安さだけが中間層を集める決め手だとの先入観を改め、価格が高くても「体験」という価値を伝えるコト消費にシフトする。売り方はそうしたフェーズに入っているのは間違いない。
ブランドを所有するのではなく占有する感覚
買い方の変化はZ世代にも表れている。従来、若者世代は収入が低いため、高額消費を牽引するまでにはならないとの見方が支配的だった。ただ、平成不況の中でもビームスやユナイテッドアローズなどのセレクトショップは、20代の若者世代に支えられ右肩上がりの成長を遂げた。お客の中には欲しいアイテムは無理しても購入するフリーターもいた。単価が高い高級ブランドには手が出ないが、値ごろなアイテムを購入するお客の絶対数が多いことで、セレクトショップでは高い売上げに繋がったわけだ。
もちろん、若年層の総収入には限りがあるし、非正規雇用から抜け出せない層も少なくない。そんな中で賢く生活する術としてどこかに投資をすれば、どこかを削ることになる。賛否は別としてブランドのTシャツを購入する割に、年金保険料は納付の猶予を受けていると嘯く若者もいた。昨今では収入が伸びないことが非婚化、ひいては出生率の低下、少子化を招いているとも言われている。ただ、個人の人生設計やライフスタイルに国家や企業がどこまで介入できるのか。これについては別の機会に書くとして、話を若者の消費変化に戻そう。
東京・渋谷の公園通りを上り、渋谷パルコの角を左に折れて宇田川町方面に歩くと、井の頭通りに下る路地坂がある。通称「スペイン坂」。かつてこの地にあった喫茶店のオーナーが開業するパルコから坂のネーミングを依頼され、自店の雰囲気にちなんで名付けたと言われている。ここはこれまでに何度も通り抜けているが、記憶に残っているのはガラス張りのDJブースくらいしかない。
そんなスペイン坂の井の頭通り角に昨年11月、中古品売買大手のコメ兵が「KOMEHYO SHIBUYA」をオープンした。売場はフロアごとにテーマが設けられ、全国から厳選されたアイテムが並ぶ。ボッテガ・ヴェネタ、ディオール、グッチ、ロエベなどのバッグのほか、「メゾン マルジェラ」「モンクレール 」といった若者人気のブランドアパレルがラインナップ。スニーカーやアクセサリーも充実する。
場所柄、明らかに若者をターゲットにした店舗になる。同社は若者向けに絞り込んだファッションアイテム主体の品揃えで、若者に人気のあるエリアで出店を進めている。有楽町にはすでにスニーカーの専門業態を出店したほど。そうした効果は歴然とあらわれ、2023年の客単価は19年対比で、29歳以下ではバッグが3.12倍、時計は7割も伸びたという。
背景には、Z世代では「せっかく購入するなら再販価格が高いブランド品の方がいい 」という価値観の変化がある。ネットオークションへの出品やフリマによる中古品の処分が簡単にできるようになったことで、新品を購入する前に中古価格を調べるためにわざわざコメ兵を訪れて調べる若者もいるとか。ブランド品であればクオリティも高い。再販価値は十分にあるから、高値で売ることもできる。ならば、所有するのではなく、占有する感覚で着用することは十分にあり得るだろう。
もちろん、再販で現金化すれば、それは新たなアイテムの購入資金になる。その循環がうまくいけば、割高なブランド品の購入を後押しする。経済効果として捉えてもいいはずだ。現にメルカリの調査ではフリマアプリの利用者の63%が「中古品売買で得た資金を新品購入の原資に充てる 」と答えたという。リサイクル専門誌は2012年から22年の10年間で2.9兆円と10倍に急増したリサイクル市場は、30年には4兆円まで伸びるとの見通しを立てている。
かつては「中古品ばかりが売れると新品の販売に影響が出る 」と憂う向きもあった。しかし、「売れる中古品は再販でも価値があるもの。そのためには価格が高くても新品のブランド品が売れることが前提 」という風に考えを変えるべきなのだ。平成不況の時代はコストパフォーマンスの良い商品と言えば、安くてオシャレなアイテムだった。それが令和の現在では、再販価値の高いものに変化した。そのためには原価率を上げた上質なもので、いかにブランド価値が高いものをいかに作っていくかにかかっている。
宝石・貴金属や高級時計は元々の価格が高いので、再販でも高値で販売することができる。ただ、業界の関係者からは、「海外ブランドのジュエリーは石のカッティングセンスがいいので、地金の台だけ溶かしてデザインを変えれば再生価値につながる 」と、聞いたことがある。今では「サスティナブル・ジュエリー」というカテゴリーがあるほど。これも再販価値を生むかもしれない。
機械式の高級時計はメンテナンスすれば、再販は可能だ。国内メーカーの販売代理店の部長はかつてこう嘆いていた。「セイコーがクォーツなんて開発するから、時計屋が潰れるようになった 」と。熟練技能士の雇用や育成がままならず、分解掃除の技術も伝承できなくなったということだ。再販市場が拡大すれば、日本人の技術者も必須になる。先日、高級時計のシェアリングサービスを謳った事件が発生した。防ぐには商品にシリアルナンバーをつけ、ブロックチェーンで管理することで所有者を明確にし、再販時にも確認できる仕組みが必要だろう。
国連が設定した2030年までの目標、SDGsが叫ばれる中で、サーキュラーエコノミー(循環型経済)が浸透し、若者の間ではリセール消費は当たり前になった。中古市場を時系列で推計するリサイクル通信は、2022年度の市場規模は2兆9000億円としている。カテゴリー別では衣料・服飾品が5200億円、ブランド品3100億円とみる。今後も成長が続くとみており、30年には4兆円に達すると指摘する。
リユース市場をアングライメージで見つめるのではなく、むしろ中古品市場の活況は再販価値をもつ商品作りがカギになる。そういう考え方に変えるべきなのだ。そのためには原価率が高くコストをかけた上質な商品を生み出す努力をすることが重要。若者には購入額に限界があるとは言えるが、消費そのものの動向から目が離せないのも確かである。
2023年12月、EU(欧州連合)は、持続可能な製品のための「エコデザイン規制」の見直しについて暫定合意した。内容はアパレル事業者が売れ残った衣服や付属品などの廃棄を禁じるものだ。フランスも2020年2月、「循環経済法」を施行し、売れ残った衣類などについて企業が焼却や埋め立てによって廃棄することを禁止している。
では、どう処分すればいいのか。フランスでは衣類などの売れ残り品は、原則として「リサイクル 」か「寄付 」をしなければならない。世界的に脱炭素の潮流が加速度を増す中、EUが規制に踏み込んだことで、日本も対岸の火事と見過ごすことはできなくなるかもしれない。
日本では、1980年代のDCブランド全盛期には、期末のセールでも売れ残った商品は「焼却処分 」していた。売れずに在庫として残ることによるブランドの毀損を避けるのと、期末には在庫が「資産 」とみなされ課税されるからだった。ところが、2000年代以降、CO2を排出する焼却は地球温暖化、脱炭素社会の流れに逆行することから許されなくなった。
一方で、2000年以降はファストファッションが台頭し、市場規模を超える大量の格安商品が流通したため、1980年代にプロパーで7割程度あった商品の消化率が5割程度まで落ち込んだ。さらに欧米に倣ってアウトレットやオフプライスストアといった在庫処分の業態が開発され、売れ残り在庫をできるだけ現金化する流れになった。ただ、元々知名度があり、製造コストをかけて原価率が高い商品ならともかく、端から安く作ったものをさらに安く売ったところで、消化に限界があるのは確かなことだ。
トレンド性があるとか、知名度のあるブランドは、タグを切って二次流通業者にわたるケースもあるが、できるだけ早く現金化しなければならない。バッタ屋などは自ら値引き販売すれば数十円~数百円でも換金できると考えるので、どうしても在庫を引きづってしまう。だが、キャッシュインが進まないのは、やはり問題だ。売れないものは売れないから結局、廃棄せざるを得なくなる。元々、日本ではそこまで売れ残る商品は数%と言われていたが、ファストファッションの台頭以降はこうした商品が増えていると思われる。
世界的に見ると尚更、格安品の売れ残り在庫は増加の一途を辿っている。そのため、フランスは在庫処分の次のプロセスにまで踏み込めるように法規制したわけだ。当局は衣料品廃棄の計画において売れ残り在庫は原則、焼却も埋め立てもできないという厳しいものとした。2030年までには「経済活動による廃棄物は5%、家庭の廃棄物は住民1人当たり15%削減 」の目標を掲げ、企業だけでなく一般消費者にも廃棄を減らす生活を奨励した。脱炭素社会が世界中に広がったことを考えると、日本も同様な流れになるのは想像に難くない。
フランスはリサイクルや寄付によって処分することを義務付けた。日本でもいろんなリサイクル方法が試みられているが、寄付が浸透するかは不透明だ。なぜなら、アパレル商品には好き嫌いがある。売れ残り在庫は消費者に好まれず、購入に至らなかったもの。寄付という行為でタダだからといって、皆が欲しがるかと言えばそれも疑問だ。「四の五の言わず、貰っておけばいい」と言うのは、あまりに横暴で善意の押し付けになりかねない。
ある児童養護施設の職員が語っていた。「子どもたちの感覚は普通の家庭の子と何ら変わらない。好きな服を着たいし、好きなものを持ちたい。なるべくそうさせてやりたい」と。今の日本なら当然かもしれない。そこで、文化や習慣が違い、貧困で着るものにも事欠く海外への寄付になると、どうなのだろうか。ただ、SDGsの第一目標である貧困を無くすには、世界の富をみんなで分け合うことであって、寄付をしたからといって無くせるものではない。
紙のリサイクルを応用した再生装置
もちろん、着るものにさえ困っている人たちへの寄付を否定するつもりはない。ただ、これも簡単ではない。まず、送料がかかることだ。それでなくても石油価格の高騰で、運賃は値上がりしている。寄付をするなら、送料まで支援できるのか、である。さらに税関の手続きにも手間がかかる。荷物の内容を明示するリスト作成がそうだ。
まず海外に出荷する商品の写真、繊維組成の明細(布帛、ニット、カットソー)、混紡率といった資料を用意しなければならない。そして箱ごとの枚数や重さを計量して書類に明示することも必要になる。また、繊維の組成別に商品を仕分けすれば、その分箱の数が増えるため送料に跳ね返ってくる。コンテナ輸送になるから、一箇所の港に集めて500~1000箱くらい送り出さないと、コストは吸収できないと思われる。
では、リサイクルはどうか。繊維製品のリサイクルは大きく分けて3つある。まず、廃棄物を粉砕または融解し、物質の特性を変えないまま、次のリサイクル品の原料とする「マテリアルリサイクル 」だ。これには1.衣類をばらして布状にしたあと雑巾や油拭き用のウエスにする。2.布から繊維をわた状にほぐし自動車などの防音シートにする。3.合成繊維の布は洗浄・粉砕・溶解し、ボタンやファスナーなどの成形材にする、3つがある。
次に素材を分子レベルで分解し、精製した後に化学合成・再製品化する「ケミカルリサイクル 」。これは異素材を除去し高品質のリサイクル品を生産でき、また石油由来の新品に近い品質を実現できる。だが、リサイクルの工程が複雑で、処理プロセスの高コストになるというデメリットがある。3つめが衣料を可燃ごみと一緒に焼却し、発生した熱を発電や暖房に再利用する「サーマルリカバリー 」。ただ、廃棄物を新たな製品に再生するわけではないことから、リサイクルとはみなされず、焼却によってCO2を発生させてしまう。
もちろん、日本企業の中は、高品位な繊維原料への再資源化する技術開発にも取り組んでいる。セイコー・エプソンが2025年に衣料品から繊維を再生する事業を開始する。同社は紙に印刷するプリンターのメーカーだが、衣料に衝撃を与えて繊維を取り出す再生装置を開発し、アパレルメーカーなどに供給する計画という。
従来のように衣類を細かく断裁して繊維を取り出す手法では、繊維の強度を保つために綿を加えるため、繊維の再生率は10%程度にとどまっていた。そこでセイコー・エプソンは紙のリサイクル技術を応用した手法で、まずは50%を超える再生を可能にすることからスタートする。もちろん、将来的には100%リサイクルが目標だ。
原理は以下になる。水を使わずに衣類を物理的にほぐして繊維を取り出す「ドライファイバーテクノロジー 」を応用する。同社はすでに乾式オフィス製紙機「ペーパーラボ」にこの技術を搭載しているほか、神林事業所やインドネシア・エプソン・インダストリーに大型設備を設置し、古紙から緩衝材やインク吸収材などを製造している。繊維分野では、パートナーシップを締結するデザイナーブランド「ユイマナカザト」が古着をリサイクルした不織布シートをコレクションの一部に使用するケースがあった。
今回はHKRITA(香港繊維アパレル研究開発センター)と共同開発契約を締結し、ドライファイバーテクノロジーを応用した、新しい繊維リサイクルのソリューション提供を目指す。繊維のマテリアルリサイクルでは、2種類以上の繊維が混紡された合成繊維を分離するのは、技術的に難しいとされている。特に主流の反毛機を使用した解繊では、強撚素材やストレッチ素材の処理が困難だった。ドライファイバーテクノロジーはこれらに対応していくもので、廃棄衣料を再び繊維として活用し、循環型ソリューション社会の実現を目指していく。
アパレル各社でも繊維リサイクルはすでに動き出している。ZARAを展開するインディテックスは、グローバル化学メーカーのBASFと協業し、リサイクルによるナイロン100%商品の販売をスタートした。繊維廃棄物をリサイクルしたBASFのループアミドを生地、ボタン、ファスナーなどに使用。2030年までにすべての繊維製品で、環境負荷を抑えた素材に切り替える計画だ。サステイナビリティー担当のトップは、「協業は新しいテクノロジーを使った循環型ソリューションの第一歩 」とし、引き続き両社での取り組みを拡大していくという。
海外アパレルのこうした取り組みは、サイトを見るとよくわかる。掲載商品のマテリアルの項目には、使用する繊維がリサイクルであれば、明確な表示がなされている。昨シーズンくらいからは、「Matière (素材): 30% Laine - Recyclée 」とか、「Doublure (裏地): 100% Polyester recyclé 」とかの表記が当たり前になった。一方、日本のアパレルもリサイクルには取り組んでいるとは思うが、素材に堂々と使用していると公開しているところはまだまだ少ないようだ。
裏を返せば、グローバルアパレルではもはやマーケットを制圧し、売上げトップになることだけが企業使命ではないということ。少なくともステークホルダーから信頼されるには、繊維の100%再生を目指すことも重要になる。機器メーカーによって少しずつ技術が開発され、それをアパレル各社が活用すれば、製品にもリサイクル素材が使用されていくだろう。そして、個々の消費者に理解されて浸透すれば、もはや販路の一部を押さえるプラットフォーマーのLINEヤフーや楽天も、中古品販売を超えるアクションを起こさないわけにはいかなくなる。
企業活動を続けていく上で、世界をより良く、持続可能なものに変えていく上で、リサイクルについて自らコミットメントするのは当然だろう。売場に積まれた大量の売れ残り在庫を前に、これらの再生にどう取り組むのか。某グローバルSPAのトップからも、ぜひ伺いたいものである。