HAKATA PARIS NEWYORK

いまのファッションを斬りまくる辛口コラム

古着を売る新しさ。

2022-10-05 06:48:01 | Weblog
 先日、こんなプレスリリースが目を引いた。「伊勢丹新宿店のメンズ館が様々なデザイナーやブランドとタッグを組んでコートを提案するキュレーションポップアップ『The COAT』を10月5日(水)より18日(火)までメンズ館1階で開催する」という告知。(https://www.imn.jp/post/108057205353)

 同店がお客との「つながり」をテーマに新しい発見を生み出す場とするメンズ館1階の「プロモーション」スペース。ここではイセタンメンズがキュレーション(収集・選別・編集)するアイテム特化型のポップアップショップを展開。今回はイベントタイトルにある通りコートをクローズアップ。「定番品」「男性のマスターピース(傑作)」を過去のアーカイブや新作も含めて再定義し、次世代の銘品、次世代にふさわしいアイテムを提案する。




 カテゴリーは①ネクストビンテージ②アーカイブ③マスターピースの3つ。①はポール・スチュアート、アクアスキュータムなどで、国内外のデザイナーやブランドディレクターに別注した5ブランド。②は東京・高円寺でビンテージクロージングなどの専門店を展開する「サファリ」の協力のもと、往年の銘品150着以上を展開。③はイセタンメンズのベストセラーモデルを含む5ブランド。

 ①と③は百貨店が取り扱うブランドから別注&選別したものを、正規の売場からイベントスペースに移して打ち出すだけ。日頃、デパ地下で販売する商品を上階の催事場に上げ、一部の仕入れ商品を加えて開催する「〇〇展」と、大差ない。定番化した百貨店イベントだからそこそこの集客はあるだろうが、ことメンズファッションに関して言えば、ファッションの伊勢丹としてややインパクトに欠ける。

 むしろ顧客の洋服好きが伊勢丹に期待するのは、「エッジが効いてスパイシーな」「コレだと言わせる」「時代を突き抜けるような」ものを提案してくれるかだ。当然、企画するバイヤー側もそれは十分承知のはず。日頃の業務やオフの市場調査で、それを実感したのがビンテージクロージングと呼ぶにふさわしい海外直輸入のセコハン衣料。所謂、古着で②のアーカイブとして出展にいたったのではないか。仮にそうだとすれば、ファッションをリードしてきた伊勢丹がついにパンドラの箱を開けたことになる。

 百貨店の存在価値が問われて久しい。国内外のブランドを集めて販売する。これだけでは同質化はやむ無しで、市場規模は1991年の約9兆7130億円をピークに減少の一途を辿っている。特に衣料品は2020年には約1兆1409億円まで下落し、10年に比べて半分となった。まさに自己変革は待ったなしで、各経営者は口々に「脱・百貨店」「シン・百貨店」を標榜し、他店にはない「良品」を発掘してお客が「出会える場」を作ろうと躍起になっている。

 しかし、現状の取り組みはD2Cブランドの体験会を開いたり、そうしたブランドのポップアップストアを誘致し、EC購入とシンクロさせる程度に止まる。伊勢丹からすれば、さらに一歩進んだ良品やお客が体験できる場を提案したいと考えてもおかしくない。言い換えれば、お客にとって「良品」とは、何も「新品」とは限らない。また、「出会いの場」は常設でなくて千載一遇の機会だとすれば、顧客の購買意欲に火をつける可能性もある。

 つまり、この商品、このチャンスを逃せば、もう出会えない(買うことはできない)という気にさせるのが肝心なのだ。筆者は伊勢丹がプロモーション、そしてThe Coatをそういう場、そういうものに位置付けようとしていると感じる。百貨店がこれまで踏み込んでこなかった古着も、その範疇に入るということである。


百貨店が古着を売るための努力

 イベントで提案されるアーカイブは、ビンテージクロージングを扱う「サファリ」が全面協力してラインナップされる銘品コートの数々。同店はこれまで靴博にも出展し、今回のイベントを企画したバイヤーが常連客でオーナーと仲良くなり、今回の参加が実現したという。(詳細は以下に。https://www.imn.jp/post/108057205347)



 バイヤーはサファリのビンテージクロージングを気に入った理由に、「ウェルドレッサーたちが古着を巧みに取り入れた着こなしをよく見かけるようになり、古着がごく身近な存在になっていると感じた」ことを挙げる。確かに大手ブランドメーカーが発表する新商品は、どうしても自社企画が優先されるため、色柄や素材感、シルエットなどにおいてビンテージ古着が発するような匂いや世界観に乏しい。

 しかも、伊勢丹の顧客ともなれば、もはや「ブランドだから」「インポートだから」といって簡単に飛び付くことはないと思う。洋服を選び抜く目は百貨店のレベル、バイヤーの視点を遥かに超えているということだ。むしろ、新品にはない古着の独特の風合いや質感こそ、スタイリングの決め手になると、感じる部分もあるだろう。洋服の玄人にとっては、古着がそれだけ抵抗がなくなったと言える。

 これは伊勢丹側にとってむしろチャンスではないか。他の百貨店ならどうしても「古着を販売する」ことに抵抗感がある。保守的な経営陣は尚更なことだ。しかし、ファッションの伊勢丹ならそれができなくはない。新たなファッションをお客に提案するのに、新品も古着もない。少なくともそうした姿勢を伊勢丹が示すことが重要なのである。いや、そこまで踏み込んでこそ、脱・百貨店、シン・百貨店ではないかと思う。

 業界は盛んにSDGsを提唱し、世界中のデザイナーが先のコレクションでは、元の素材をそのまま生かしたアップサイクルなクリエーションを提案している。百貨店がそうしたデザイナーと手を組むことも考えられるが、コレクションレベルのクリエーションでは実売に足るものがほとんどない。また、商品化に漕ぎ着けるにしても、一百貨店では生産ロットの問題、仕入れ条件などが頭をもたげてしまう。
 
 伊勢丹と言えど現状でできるのは、「いいものを長く着よう」というスローガンを具体的に商品や販売手法に落とし込むことくらいだ。期間限定のイベントで、古着のビンテージクロージングを売るのもその一つだろう。もちろん、いくら伊勢丹と言えど、一バイヤーの思い入れで、簡単に「古着が販売できる」はずはない。そこには越えなければならないハードルがいくつもあったと思われる。

 伊勢丹側から、その舞台裏の詳細は公開されていないので、あくまで筆者が百貨店の内規に沿った条件を推測してみたい。まず、バイヤーがThe Coatの企画書にアーカイブのコーナーを設け、テナント出店とはいえ伊勢丹の店舗で古着を販売することについて、上層部まで稟議を上げ、許諾をもらわなければならなかったと思う。

 逆に上層部は許諾するに際し、以下の条件を付けたと考えられる。まず、サファリが正当な古着店であるかどうか。それは「古物商許可証」を持っているかである。少なくとも許可証の提出は求めたはずだ。さらに厳密に言うなら、古物商申請までの流れを踏んでいるかを明示させる。条件の確認から個人・法人の区分、取り扱う品目、警察署への事前相談、必要な書類提出、申請書の作成、書類提出と手数料納付、審査までがきちんと行われていたかだ。



 中古衣料を日本に輸入するには、かつては「検疫」を受けなければならなかった。病害虫や細菌などを日本にもたらす恐れがあるからだ。現在では輸入業者が現地、または輸入後の通関前にクリーニングを行うことが定着したため、輸入にあたって特段の規制はない。ただ、実際に販売するには「家庭用品品質表示法」に則り、繊維の組成、洗濯等取扱方法、表示者(輸入者または販売業者)の名称および住所又は電話番号等の表示が必要になる。

 また、「家庭用品規制法」で肌に触れる製品では、有機化学物質を含有し、基準に適合しない製品の販売は禁止されていること。だから、これをクリアした商品であるかを確認しなければならない。今回の場合は、コートというアウターなのでそこまで厳密な規制は必要ないだろう。ただ、伊勢丹が自店で販売する限り、百貨店としての信用、適正な商品であることが担保されることを念頭に、経営陣は国の規制よりも内規を重視させたと考えられる。もし、販売後に何らかのクレームが生じれば、バイヤーの首が飛ぶくらいでは済まされないからだ。

 おそらく、バイヤーにはそうした条件をクリアさせることで、古着の販売を許可したのではないか。バイヤーとしても、いくら中古衣料の販売事業者と個人的に懇意にしているとは言え、ビジネスとして考えれば、顧客が被るいかなる影響も想定しておかなければならない。変える部分と大事にする部分が共存してこそ、新たな百貨店を創造できるのである。様々なハードルを一つずつ超えながら、新たな商品と出会の場を提供していく。そんな百貨店が変わっていく姿をこれからも興味深く見ていきたい。

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