Amartya Sen 33年生まれ。ハーバード大教授。
「単一帰属」の幻想を打ち砕く 評・姜 尚中 東京大学教授・政治思想史
文中黒字化と*は芥川。
グローバル経済の格差と貧困を温床とするテロと暴力の連鎖。この、それこそグローバルなテーマにどう向き合ったらいいのか。本書は、ノーベル経済学賞受賞のセンによる渾身の処方箋である。そのキーワードは、アイデンティティーだが、本書が心打つのは、センが自らのアイデンティティーをめぐる「生体解剖」的な分析を通じて、アイデンティティーの複数性と「選択」の必要を説いていることにある。
この揺るぎない信念から、センは、暴力への誘因となる「単一帰属」のアイデンティティーの幻想を打ち砕こうとする。その一つが、狭隘な利己的功利主義に基づく「合理的愚か者」の幻想だ。
これは、一切の個別的なアイデンティティーを消し去り、人間をただ欲望機械のような利己心だけで動く「普遍的な」アイデンティティーに還元しようとする。このような還元主義を代表するのが、新自由主義的な市場原 主義の幻想だ。
これに抗うようにテロや暴力に走る宗教的原理主義があり、そしてより知的な意匠をこらした還元主義的な単一アイデンティティーの幻想がメディアや学術の世界を闊歩している。
マイケル・サンデルに代表されるような共同体主義と、ハンチントンの「文明の衝突」論だ。両者とも、人間と社会を、「共同体」と「文明」という単一のアイデンティティーに還元し、アイデンティティーの複数性と選択の自由を否定する点で共通している。
これらの点に於いては、芥川とセン教授は全く同等の思索をしていると言っても過言ではない。
これらもまた「運命」としてのアイデンティティーという幻想を分かち持ち、目に見えない暴力に荷担していることになる。
センの共同体主義の解釈などには異論もあるかもしれない。しかし、本書は、アロー以降の社会選択論・厚生経済学とともに、ロールズ流の公正としての正義や自由論を受け継ぐセンの信仰告白にも近いマニフェストとして読み応えがある。
*この評者である姜氏は、芥川とほぼ同年代の人間で在る訳だが、芥川が、彼を初めて観たのは「朝まで生テレビ」に於いてだったが。
芥川は、彼については、「日本の失われた20年」、特に、この15年だ…を作って来た、たった3万人の側の範疇のイン物であると考えているのである。
日本が、どれだけの経済超大国で在る事か、なかんずく、「文明のターンテーブル」、が廻った国で在る事に、全く気付かせなかった、マスメディア。
その張本人の一人だと芥川は考えているのである。その事については、いずれメルマガにでも書く事にする。
「単一帰属」の幻想を打ち砕く 評・姜 尚中 東京大学教授・政治思想史
文中黒字化と*は芥川。
グローバル経済の格差と貧困を温床とするテロと暴力の連鎖。この、それこそグローバルなテーマにどう向き合ったらいいのか。本書は、ノーベル経済学賞受賞のセンによる渾身の処方箋である。そのキーワードは、アイデンティティーだが、本書が心打つのは、センが自らのアイデンティティーをめぐる「生体解剖」的な分析を通じて、アイデンティティーの複数性と「選択」の必要を説いていることにある。
この揺るぎない信念から、センは、暴力への誘因となる「単一帰属」のアイデンティティーの幻想を打ち砕こうとする。その一つが、狭隘な利己的功利主義に基づく「合理的愚か者」の幻想だ。
これは、一切の個別的なアイデンティティーを消し去り、人間をただ欲望機械のような利己心だけで動く「普遍的な」アイデンティティーに還元しようとする。このような還元主義を代表するのが、新自由主義的な市場原 主義の幻想だ。
これに抗うようにテロや暴力に走る宗教的原理主義があり、そしてより知的な意匠をこらした還元主義的な単一アイデンティティーの幻想がメディアや学術の世界を闊歩している。
マイケル・サンデルに代表されるような共同体主義と、ハンチントンの「文明の衝突」論だ。両者とも、人間と社会を、「共同体」と「文明」という単一のアイデンティティーに還元し、アイデンティティーの複数性と選択の自由を否定する点で共通している。
これらの点に於いては、芥川とセン教授は全く同等の思索をしていると言っても過言ではない。
これらもまた「運命」としてのアイデンティティーという幻想を分かち持ち、目に見えない暴力に荷担していることになる。
センの共同体主義の解釈などには異論もあるかもしれない。しかし、本書は、アロー以降の社会選択論・厚生経済学とともに、ロールズ流の公正としての正義や自由論を受け継ぐセンの信仰告白にも近いマニフェストとして読み応えがある。
*この評者である姜氏は、芥川とほぼ同年代の人間で在る訳だが、芥川が、彼を初めて観たのは「朝まで生テレビ」に於いてだったが。
芥川は、彼については、「日本の失われた20年」、特に、この15年だ…を作って来た、たった3万人の側の範疇のイン物であると考えているのである。
日本が、どれだけの経済超大国で在る事か、なかんずく、「文明のターンテーブル」、が廻った国で在る事に、全く気付かせなかった、マスメディア。
その張本人の一人だと芥川は考えているのである。その事については、いずれメルマガにでも書く事にする。