昨日、11月1日号として、メルマガ発行したものを、今、ここでご紹介します。
メルマガ購読者の方には、お詫びに、この文章以上のものを、号外として発行します。
と言いますのも、昨日、少し、寝付きが悪かった(10時には寝ようとしたのでしたが、疲れ過ぎていたのか)ので、起きて、昨日、手元に届いた、週刊アエラを読んでいたのですが、古賀茂明さんが、アエラの気鋭の記者である、大鹿靖明のインタビューに答えた、記事が在ったからです。
先ず、芥川の、メルマガ11月1日号を、ご紹介します。
音楽で日本と世界は語れる。
音楽を通して見れば、全ては一目瞭然。
日本が世界のリーダーに成れずに来た事、「政治とカネ」という内向きの虚構ゲームをやり続けて来た、或いは、やり続けられて来た事も、この国の音楽の有り様、彼我との天と地ほどの違い…この一点で全てが解明出来る。
彼らの魂は実に深く清い、「おためごかし」をやり続けて来た我らの魂は、話にも成らないほど、彼らの魂、響きには比較もできないほど底が浅く、汚れたものだった。醜いものだった。
汚れて醜い魂だから、本質的な解決に向かおうとせず、常に、弱い者いじめに走る。弱い物から税金をむしり取るのも同じ性根から出て来る発想。
「おためごかし」な魂に無いもの、「おためごかし」な魂が持てないものは、高貴さ、高潔さ、深さ。
本質的な解決を計る決断力、日本国を救い世界を救う本物の知性。
その時、ipodから流れていた曲は、The Walkmen の或る曲だった。
その曲について言えば、音楽とは、世界とダンスをするものである、ということ…とても深い意味でだ。生きて在る私とあなたが、この世界、汲めども尽きぬ、この世界、峻厳で、妥協もない地球と、宇宙で出来た、この世界に、限りない愛惜を込めて、踊る。
それが音楽である。
日本の痴呆テレビに出て来るような者達、この国で歌手だと言われている様な者達は、皆、魂が汚れている。彼等の魂はそうではない。それが彼我の一番大きな違いである事に、芥川の耳は気付いたのだった。
©芥川賢治
メルマガ購読者の方には、お詫びに、この文章以上のものを、号外として発行します。
と言いますのも、昨日、少し、寝付きが悪かった(10時には寝ようとしたのでしたが、疲れ過ぎていたのか)ので、起きて、昨日、手元に届いた、週刊アエラを読んでいたのですが、古賀茂明さんが、アエラの気鋭の記者である、大鹿靖明のインタビューに答えた、記事が在ったからです。
先ず、芥川の、メルマガ11月1日号を、ご紹介します。
音楽で日本と世界は語れる。
音楽を通して見れば、全ては一目瞭然。
日本が世界のリーダーに成れずに来た事、「政治とカネ」という内向きの虚構ゲームをやり続けて来た、或いは、やり続けられて来た事も、この国の音楽の有り様、彼我との天と地ほどの違い…この一点で全てが解明出来る。
彼らの魂は実に深く清い、「おためごかし」をやり続けて来た我らの魂は、話にも成らないほど、彼らの魂、響きには比較もできないほど底が浅く、汚れたものだった。醜いものだった。
汚れて醜い魂だから、本質的な解決に向かおうとせず、常に、弱い者いじめに走る。弱い物から税金をむしり取るのも同じ性根から出て来る発想。
「おためごかし」な魂に無いもの、「おためごかし」な魂が持てないものは、高貴さ、高潔さ、深さ。
本質的な解決を計る決断力、日本国を救い世界を救う本物の知性。
その時、ipodから流れていた曲は、The Walkmen の或る曲だった。
その曲について言えば、音楽とは、世界とダンスをするものである、ということ…とても深い意味でだ。生きて在る私とあなたが、この世界、汲めども尽きぬ、この世界、峻厳で、妥協もない地球と、宇宙で出来た、この世界に、限りない愛惜を込めて、踊る。
それが音楽である。
日本の痴呆テレビに出て来るような者達、この国で歌手だと言われている様な者達は、皆、魂が汚れている。彼等の魂はそうではない。それが彼我の一番大きな違いである事に、芥川の耳は気付いたのだった。
©芥川賢治