ジムは、初めて動揺の色を見せた。
道の右側を指したジムの指の先を、暗闇の中、目を凝らして見てみると、少しずつ何かがぼんやりと浮かんできた。・・・杭だ。杭が、地面に真っ直ぐに刺してある。こちら側にもありますよ、と宮本が、同じように左側を、おどおどと指さした。ただ単に、柵の代わりに刺してあるだけじゃないか、という気もしたが、何か変だ。ある一定の幅ごとに刺してあるが、数メートル先で途切れている。こんな短い距離だけの柵が、はたして、柵としての役目を果たしていたのだろうか。第一、右側の杭の方が1本多いじゃないか。・・・1、2、3、4、5、6、7、8、9、・・・9本。・・・9本?―――何か、何か、嫌な予感がした。私は、とっさに、その杭の前に走り寄り、ひざまづいた。
その杭には、うっすらと、日付と人の名前らしきものが彫られてあった。これは、・・・柵ではない。・・・私は静かに、―――なるべく2人を動揺させないように―――口を開いた。これは、・・・「墓」だ。・・・宮本は、今さらながらに、ジムに付いてここまで来たことを後悔し出した(しかし、その時は既に遅すぎたのだ)。そして、震える声で、墓って一体誰のですか、と質問した。ジムは、無理に落ち着こうとしているかのように、日付は10年前のだ、と言った。
10年前、・・・10年前にここに来た10人。何かを確かめるために、進んでここに来た10人。・・・そして、その10人と、おそらく同じ思いでここに来た私たち。私たちがここで見つけた墓。・・・9つの墓。9人分しかない墓。私は、寒さで頭が割れそうなほど痛くなった。寒さで震えている宮本と、頭を抱えて座り込んでいる私を心配したらしく、ジムは、9本目の杭の向こう側に歩いて行き、すぐそこに休める場所があることを知らせてくれた。ジムは、先にそこに行き、火を焚き始めた。
その時だ。いきなりジムの叫び声が聞こえたのは。私たちはびっくりしてジムの所に駆け寄り、ジムの目線を追った。私は、―――目を見張った。そして、さっきの、1つ足りない墓の理由が、この時わかった。
そう。もう1つの墓に入るべき人物の無残な姿をここに見たのだ。死に歪んだ顔も、手も足も、炎に照らされて不気味さを増していた。この寒さで、腐敗はほとんど無いようだ。―――この人が、最後に死んでしまったのだ。かわいそうに・・・。
ちゃんと墓に入れてやろうよ、と宮本が口を開いた。私もジムも、反対する理由は無かった。先程の墓地まで3人でそれを運び、土に埋め、杭を立てた。そして、その、10本の杭の中の一番新しい日付に手を合わせながら、私は先程この9本の杭に遭遇した時のあの不安を思い出し、改めて身震いをした。それは、墓が9つしか無いという謎めいた理由が解決したという安心感を確かめているようだった。しかし、ジムが新しい不安を提供した。でもなぜ、彼らは死んだんだろうなぁ・・・そう彼がつぶやくと、気のせいか、空気が張り詰めたような気がした。10人が10人とも死んでしまったという事実が、もしかしたら自分たちも同じ運命に遭うのではないかという思いを暗示しているような感じがしたからだ。―――そう。この、ジムが口にした不安こそ、私たちが山に入った時から、いや、あの不気味な話を村人から聞いた時から、私の心の隅にまとわりついていた影、・・・そう、そうだったのだ。
きっと、寒さと飢えで死んだんだろうなぁ、とジムは、自分の質問に答えていた。続いて宮本が、自分たちは死ぬ訳は無いと言うかのように、さぁ戻っておにぎりでも食べましょう、と言った。私はさっきの不安が忘れられず、1人黙って2人の後に続いた。戻って炎の熱さを感じた時、初めて私は自分の体がこんなにも冷え切っていたことを知った。まるで、死人のような冷たさだった。
(つづく)
道の右側を指したジムの指の先を、暗闇の中、目を凝らして見てみると、少しずつ何かがぼんやりと浮かんできた。・・・杭だ。杭が、地面に真っ直ぐに刺してある。こちら側にもありますよ、と宮本が、同じように左側を、おどおどと指さした。ただ単に、柵の代わりに刺してあるだけじゃないか、という気もしたが、何か変だ。ある一定の幅ごとに刺してあるが、数メートル先で途切れている。こんな短い距離だけの柵が、はたして、柵としての役目を果たしていたのだろうか。第一、右側の杭の方が1本多いじゃないか。・・・1、2、3、4、5、6、7、8、9、・・・9本。・・・9本?―――何か、何か、嫌な予感がした。私は、とっさに、その杭の前に走り寄り、ひざまづいた。
その杭には、うっすらと、日付と人の名前らしきものが彫られてあった。これは、・・・柵ではない。・・・私は静かに、―――なるべく2人を動揺させないように―――口を開いた。これは、・・・「墓」だ。・・・宮本は、今さらながらに、ジムに付いてここまで来たことを後悔し出した(しかし、その時は既に遅すぎたのだ)。そして、震える声で、墓って一体誰のですか、と質問した。ジムは、無理に落ち着こうとしているかのように、日付は10年前のだ、と言った。
10年前、・・・10年前にここに来た10人。何かを確かめるために、進んでここに来た10人。・・・そして、その10人と、おそらく同じ思いでここに来た私たち。私たちがここで見つけた墓。・・・9つの墓。9人分しかない墓。私は、寒さで頭が割れそうなほど痛くなった。寒さで震えている宮本と、頭を抱えて座り込んでいる私を心配したらしく、ジムは、9本目の杭の向こう側に歩いて行き、すぐそこに休める場所があることを知らせてくれた。ジムは、先にそこに行き、火を焚き始めた。
その時だ。いきなりジムの叫び声が聞こえたのは。私たちはびっくりしてジムの所に駆け寄り、ジムの目線を追った。私は、―――目を見張った。そして、さっきの、1つ足りない墓の理由が、この時わかった。
そう。もう1つの墓に入るべき人物の無残な姿をここに見たのだ。死に歪んだ顔も、手も足も、炎に照らされて不気味さを増していた。この寒さで、腐敗はほとんど無いようだ。―――この人が、最後に死んでしまったのだ。かわいそうに・・・。
ちゃんと墓に入れてやろうよ、と宮本が口を開いた。私もジムも、反対する理由は無かった。先程の墓地まで3人でそれを運び、土に埋め、杭を立てた。そして、その、10本の杭の中の一番新しい日付に手を合わせながら、私は先程この9本の杭に遭遇した時のあの不安を思い出し、改めて身震いをした。それは、墓が9つしか無いという謎めいた理由が解決したという安心感を確かめているようだった。しかし、ジムが新しい不安を提供した。でもなぜ、彼らは死んだんだろうなぁ・・・そう彼がつぶやくと、気のせいか、空気が張り詰めたような気がした。10人が10人とも死んでしまったという事実が、もしかしたら自分たちも同じ運命に遭うのではないかという思いを暗示しているような感じがしたからだ。―――そう。この、ジムが口にした不安こそ、私たちが山に入った時から、いや、あの不気味な話を村人から聞いた時から、私の心の隅にまとわりついていた影、・・・そう、そうだったのだ。
きっと、寒さと飢えで死んだんだろうなぁ、とジムは、自分の質問に答えていた。続いて宮本が、自分たちは死ぬ訳は無いと言うかのように、さぁ戻っておにぎりでも食べましょう、と言った。私はさっきの不安が忘れられず、1人黙って2人の後に続いた。戻って炎の熱さを感じた時、初めて私は自分の体がこんなにも冷え切っていたことを知った。まるで、死人のような冷たさだった。
(つづく)