ジムは、小型の医学書をリュックから取り出し、必死で治療法を探していた。私は、それを冷たく見つめていた。そして、熱でのぼせ上がっている宮本に水を飲ませた。宮本は、私の腕をつかみ、村の人はまだ来ないのですか、と聞いた。私が、彼に手を離させて、そんなに心配しなくても来たらちゃんと教えるよ、と言うと、宮本は、僕も怒りに触れてしまったんでしょうか、とすがるように聞いた。私はその時、例え嘘でも、そんなことはあるはずは無い、と彼に言うことはできなかった。宮本の目は真剣というよりも、それを通り越して、まさしく今これから死に直面しようとしている目だった。彼は瞬きもせずに、死にたくない、絶対に山を下りるぞ、と震える声でつぶやいた。しかし宮本は、そう自分に言い聞かせれば言い聞かせるほど、ゆっくりと、そして確実に、“呪い”という名の暗示に掛けられていった。
ジムは、そんな私たちのやり取りには一切耳を貸さずに黙々と医学的な治療法を探していた。いや、探していたというよりは、その治療法の中から自分たちにもできるものを選び出し、それを順序立てていたという方が適切かもしれない。ジムは、ノイローゼ気味になっている宮本を見ても、その、彼が恐れている妄想に対しては何の関心も見せなかった。そのジムの態度は、私たちには、頼りがいのある、いかにもリーダーらしいものではあったが、ある意味では、“呪い”などという非常識なものやそれを信じる者をばかにするような冷たいものでもあった。私はジムを信頼してはいたが、それは友情というよりも、むしろ、服従心に近いものであった。私はこの対照的な2人の真ん中に立たされてしまっている。私個人としては、超自然的な力を信じられるだけの柔軟な心を持ち合わせているつもりだし、他の諸の意味でも宮本の方に対して強く同情していたが、リーダーと共に責任を任されている立場上、ジム1人を孤立させる訳にはいかなかった。私は、自分の気持ちが動揺しているのを2人に悟られないように、外の様子を見てくる、と言い捨ててその場を去った。
私は、ただただ、早く山を下りたいと思った。このまま3人で行動するのは、体力的にだけでなく、精神的にも無理だろう。あぁ、早く帰りたい。帰ったら、ぐっすり眠って、疲れを取って、・・・そして、しばらく、登山は止めよう。しばらく、あの2人と顔を会わせずにいよう。そうすれば、2人の登山仲間を失わずに済む。このまま、嫌な思いを抱いたままお互いに会ったりしたら、いつかきっと、相手を嫌いになることだけに時間を費やすことになるだろうから・・・。友人を、一時の感情で失ってしまうなんてバカなことはしたくはない。・・・そう、そうならないためにも、早く、山を下りよう。アジア人の怒りが、私たちをここに閉じ込めてしまわないうちに―――。
(つづく)
ジムは、そんな私たちのやり取りには一切耳を貸さずに黙々と医学的な治療法を探していた。いや、探していたというよりは、その治療法の中から自分たちにもできるものを選び出し、それを順序立てていたという方が適切かもしれない。ジムは、ノイローゼ気味になっている宮本を見ても、その、彼が恐れている妄想に対しては何の関心も見せなかった。そのジムの態度は、私たちには、頼りがいのある、いかにもリーダーらしいものではあったが、ある意味では、“呪い”などという非常識なものやそれを信じる者をばかにするような冷たいものでもあった。私はジムを信頼してはいたが、それは友情というよりも、むしろ、服従心に近いものであった。私はこの対照的な2人の真ん中に立たされてしまっている。私個人としては、超自然的な力を信じられるだけの柔軟な心を持ち合わせているつもりだし、他の諸の意味でも宮本の方に対して強く同情していたが、リーダーと共に責任を任されている立場上、ジム1人を孤立させる訳にはいかなかった。私は、自分の気持ちが動揺しているのを2人に悟られないように、外の様子を見てくる、と言い捨ててその場を去った。
私は、ただただ、早く山を下りたいと思った。このまま3人で行動するのは、体力的にだけでなく、精神的にも無理だろう。あぁ、早く帰りたい。帰ったら、ぐっすり眠って、疲れを取って、・・・そして、しばらく、登山は止めよう。しばらく、あの2人と顔を会わせずにいよう。そうすれば、2人の登山仲間を失わずに済む。このまま、嫌な思いを抱いたままお互いに会ったりしたら、いつかきっと、相手を嫌いになることだけに時間を費やすことになるだろうから・・・。友人を、一時の感情で失ってしまうなんてバカなことはしたくはない。・・・そう、そうならないためにも、早く、山を下りよう。アジア人の怒りが、私たちをここに閉じ込めてしまわないうちに―――。
(つづく)