一昨日の続き。「プロローグ」の後編です。
『プロローグ』後編
林の中だった。まわりにあるのは木ばっかりで、どちらに進んだらここを抜けられるかなんて、全然見当がつかない。けれど、とりあえず逃げおおせたのは確かだった。立ち止まって息を整えるあたしたち二人。
さあて、どうしたもんかだけど・・・
「休もう」
「そうね」
異論なし。その場にしゃがみ込むあたし達。
まわりは静寂としていて、森の動物の声さえ少しも響いてはこない。あまりじっとしていると、耳が痛くなってくるほどだ。
「・・・」
それにしても、さっきのには驚いた。なんだかよくわからないままここまで引っ張ってこられたけど、あんな行動力のあるところがこいつにあるなんて、全然知らなかった。今まで意識しなかったけど、こいつも男なのだな。えらいえらい。
見ると、あいつはいびきをかいて寝ていた。おいおい。つくづく無神経だな、こいつは。不安ということを知らんのか。
キンと澄んだ空気の中に、寝息というには少々激しいあいつの発する音声だけがそこにある。もしこれがなかったら、あたしはこの場所に一人なのだ。
急に体が小さくなるような感触を覚える。
そういえばここはどこなのだ? 周りには木の影しか見えない。見上げた空は灰色に曇った、この場所はどこなのだろう。
頭の後ろを引っ張られるような感覚がした。振り返ってみる。他の方向を向いて見えるのと同じ、果てのない木々の景色。
また後ろを引っ張られる感覚。元の姿勢に戻る。見える景色に変化はない。
ゆっくりと立ち上がってみる。その場所で首を巡らし、少しずつ身体の向きを巡らしながら、見える景色を凝視する。
瞬間、風景の端が揺らいだ気がした。目をこする。目を凝らす。うーん、目の乾燥が気になる。涙よ出ろっ。ごしごし。
林の向こうの景色があいまいになる。急いで周囲を見渡す。おかしい!何か異変が起きている!
「ちょっと哲也! 起きなさいって!」
「・・・!」
でも哲也は起きない。こんな時にぃ!
どんどん景色は移り変わり、空間は揺らいでいる。ここは、・・・いったいどこ?
あたしは哲也の傍に立った。
嘘でしょ~ぅ? 哲也はこの状況でまだ寝ている。起きる気配も・・・
「あ~~ぁ」
起きたっ!! あたしは足で何度も小突く。
「おいっ、おいっ、おいっ!」
哲也は構わずにまだのんびりと伸びなんぞをしている。
「・・・いってえな、何だよ?」
ようやくこっちを向く。そして、まわりの景色が落ち着いた。
「何だよじゃないわよ! あんたよくこんな時に寝てられるわね! 早く周りを見ろっ!!」
「なに? 今何時だよ?」
「時間なんてあるかっ! それ、よ・・・」
あたしは落ち着いて周りを見ていた。そこは、あたしの目によく馴染んだ風景。あたしが一生かかっても読みきれないような沢山の本、そのまわりのこげ茶色の本棚、少し埃を被った天井・・・
「サンキュ」
「へ?・・・」
「いい時間♪」
あいつはいつの間にか腰を上げていて、その部屋の出口の方に向かおうとしていた。
あたしはまだ、起こっている事が理解できずにポカンとしていた。
なに? いったい・・・?
「行かないの?」
「・・・」
「先行くよ」
「・・・ちょっと、待ってよ」
あたしは反射的に後を追った。
「また本?」
「え?」
「本読んでたの?」
「・・・」
なんだかまだよくわからない。結局あたしはどうなったのか。
「また昼休み中寝てたんだ。いい加減、あたし誰かに言いたいんだけどなー・・・」
「やめろよ。誰に迷惑かけてるって訳でもねーだろーが」
「そうかなぁ」
「・・・」
この人は誰だろう。今は目の前にいるけど、あたしの知ってるあの人なのだろうか。
「ほら」
「ん?」
「忘れもん」
あたしが受け取ったのは、一冊の本。
「床に落ちてたぞ」
「ちょっとあそこのは持ち出しちゃいけないんだから・・・」
見覚えがあった。表紙にも、その手触りにも。
「返してくる」
「いいじゃんか別に。変なとこでかたっ苦しいな、お前」
「んん、そういうんじゃなくてさ」
「?」
あたしは本当に向かおうと思った。さっきの場所に。
「じゃ、行ってくる」
「教室で待ってるからな。先生が来たらうまくやっといてやる」
「ん。ありがと」
あいつは行ってしまった。
まったく、薄情な奴だ。
でも元から、当てにしてないもん。
「ふううううう~~っ」
あたしは強く息を吐いた。気合いを入れたつもりだけど、こんなんで目の前の問題が解決したら、こんなに楽なことはない。
あたしは目の前を見た。うん、景色ははっきりしてる。見えるはずのものが見えてるということは、大切だ。
そして扉を開ける。本の扉と同じくらい大きくてキョウ大な、現実という名前の扉を。
・・・ありゃ、シリアスになっちまったよ。
あたしはそういって、頭から水の中へと飛び落ちる。
そして、水飛沫があがった。
とりあえず、了
* * *
次回(明後日)からは以前予告した通り、10年前に書き、大学の学園祭で上演した芝居の脚本を発表します。何回で終わるかな~?わかんない。
では。
『プロローグ』後編
林の中だった。まわりにあるのは木ばっかりで、どちらに進んだらここを抜けられるかなんて、全然見当がつかない。けれど、とりあえず逃げおおせたのは確かだった。立ち止まって息を整えるあたしたち二人。
さあて、どうしたもんかだけど・・・
「休もう」
「そうね」
異論なし。その場にしゃがみ込むあたし達。
まわりは静寂としていて、森の動物の声さえ少しも響いてはこない。あまりじっとしていると、耳が痛くなってくるほどだ。
「・・・」
それにしても、さっきのには驚いた。なんだかよくわからないままここまで引っ張ってこられたけど、あんな行動力のあるところがこいつにあるなんて、全然知らなかった。今まで意識しなかったけど、こいつも男なのだな。えらいえらい。
見ると、あいつはいびきをかいて寝ていた。おいおい。つくづく無神経だな、こいつは。不安ということを知らんのか。
キンと澄んだ空気の中に、寝息というには少々激しいあいつの発する音声だけがそこにある。もしこれがなかったら、あたしはこの場所に一人なのだ。
急に体が小さくなるような感触を覚える。
そういえばここはどこなのだ? 周りには木の影しか見えない。見上げた空は灰色に曇った、この場所はどこなのだろう。
頭の後ろを引っ張られるような感覚がした。振り返ってみる。他の方向を向いて見えるのと同じ、果てのない木々の景色。
また後ろを引っ張られる感覚。元の姿勢に戻る。見える景色に変化はない。
ゆっくりと立ち上がってみる。その場所で首を巡らし、少しずつ身体の向きを巡らしながら、見える景色を凝視する。
瞬間、風景の端が揺らいだ気がした。目をこする。目を凝らす。うーん、目の乾燥が気になる。涙よ出ろっ。ごしごし。
林の向こうの景色があいまいになる。急いで周囲を見渡す。おかしい!何か異変が起きている!
「ちょっと哲也! 起きなさいって!」
「・・・!」
でも哲也は起きない。こんな時にぃ!
どんどん景色は移り変わり、空間は揺らいでいる。ここは、・・・いったいどこ?
あたしは哲也の傍に立った。
嘘でしょ~ぅ? 哲也はこの状況でまだ寝ている。起きる気配も・・・
「あ~~ぁ」
起きたっ!! あたしは足で何度も小突く。
「おいっ、おいっ、おいっ!」
哲也は構わずにまだのんびりと伸びなんぞをしている。
「・・・いってえな、何だよ?」
ようやくこっちを向く。そして、まわりの景色が落ち着いた。
「何だよじゃないわよ! あんたよくこんな時に寝てられるわね! 早く周りを見ろっ!!」
「なに? 今何時だよ?」
「時間なんてあるかっ! それ、よ・・・」
あたしは落ち着いて周りを見ていた。そこは、あたしの目によく馴染んだ風景。あたしが一生かかっても読みきれないような沢山の本、そのまわりのこげ茶色の本棚、少し埃を被った天井・・・
「サンキュ」
「へ?・・・」
「いい時間♪」
あいつはいつの間にか腰を上げていて、その部屋の出口の方に向かおうとしていた。
あたしはまだ、起こっている事が理解できずにポカンとしていた。
なに? いったい・・・?
「行かないの?」
「・・・」
「先行くよ」
「・・・ちょっと、待ってよ」
あたしは反射的に後を追った。
「また本?」
「え?」
「本読んでたの?」
「・・・」
なんだかまだよくわからない。結局あたしはどうなったのか。
「また昼休み中寝てたんだ。いい加減、あたし誰かに言いたいんだけどなー・・・」
「やめろよ。誰に迷惑かけてるって訳でもねーだろーが」
「そうかなぁ」
「・・・」
この人は誰だろう。今は目の前にいるけど、あたしの知ってるあの人なのだろうか。
「ほら」
「ん?」
「忘れもん」
あたしが受け取ったのは、一冊の本。
「床に落ちてたぞ」
「ちょっとあそこのは持ち出しちゃいけないんだから・・・」
見覚えがあった。表紙にも、その手触りにも。
「返してくる」
「いいじゃんか別に。変なとこでかたっ苦しいな、お前」
「んん、そういうんじゃなくてさ」
「?」
あたしは本当に向かおうと思った。さっきの場所に。
「じゃ、行ってくる」
「教室で待ってるからな。先生が来たらうまくやっといてやる」
「ん。ありがと」
あいつは行ってしまった。
まったく、薄情な奴だ。
でも元から、当てにしてないもん。
「ふううううう~~っ」
あたしは強く息を吐いた。気合いを入れたつもりだけど、こんなんで目の前の問題が解決したら、こんなに楽なことはない。
あたしは目の前を見た。うん、景色ははっきりしてる。見えるはずのものが見えてるということは、大切だ。
そして扉を開ける。本の扉と同じくらい大きくてキョウ大な、現実という名前の扉を。
・・・ありゃ、シリアスになっちまったよ。
あたしはそういって、頭から水の中へと飛び落ちる。
そして、水飛沫があがった。
とりあえず、了
* * *
次回(明後日)からは以前予告した通り、10年前に書き、大学の学園祭で上演した芝居の脚本を発表します。何回で終わるかな~?わかんない。
では。