時は今から十年と少し前の日本、場所は地方のとある田舎町。その町にある美術館から物語は始まる。
俺は慎平。俺の趣味はいろいろあるが、その中でも最近は美術館で絵を見るのがマイブームだ。
もっとも俺の住んでいる町はとても小さいので、美術館は一つしかない。そこは、駅から歩いて十分くらいのところにある。
絵に興味を持ち始めたのは、ここ半年くらいのことだ。
中学に入って最初の三ヶ月くらい絵画部に入っていたことがある。話は逸れるがその絵画部はすぐに辞めて、陸上部に移籍した。やっぱり俺は、身体を動かす部活の方が性に合っていると当時は思った。それから中学高校で約六年間、陸上をやっていた。種目は中距離だ。風を切ってローラースケートで滑るように走る。走っている時は気分がいい。そして走り終わって飲むスポーツドリンクがやたらと旨い。ほてった身体をグラウンドに横たわらせると、一面の空が目に入る。気持ちいい。
今は大学生になっていて陸上は引退した。アルバイトがない日は、こうやって半日以上プラプラしている。
そうこうしているうちに、前に少しだけかじった「絵」というものへの興味が再び湧き出てきた。どこから出てきたのかわからない。今は自分で絵を描くことはないが、他の人たちの描いた絵を見るのが楽しい。
そういうわけで今日も美術館にきている。
なんでも一年前に東京で募集された絵画コンクールの入選作品を展示してあるということだ。
絵はそれぞれバライティに富んでいて、観ていて楽しい。素人が描いたものという感じはしない。むしろ何人かのアーティストに絞っているいつもの展示より束縛がなくて、それぞれが自由に描いたものという印象があり、それが面白い。
慎平(これが大賞をとった絵か…)
大賞受賞作品の前にきた。平日なのでここにもほとんど人がいない。ここから見える範囲に二人、警備員が立っているだけだ。警備員…今日は楽な仕事だけど、かえって暇でツラいかもな。
しかしその警備員の安息を打ち破る事件が、これから起きる。
俺はその受賞作品に魅入られていた。はっきり言って俺にはこの絵が本来なにを表現したくて描かれたものなのかは全くわらない。
しかしその絵には、パワーがあった。ここから抜け出したい、自分はこんなもんじゃない、カラを打ち破ろうとする力と意思が、この絵から俺には感じられた。
慎平(大したもんだな…それにしてもこんな絵を描くのってどんなヤツなんだろう?)
爺さんさんか?…そんな感じじゃないな。もっと若い。
じゃあこの鬱屈したエネルギーは若者?いや、タッチが大人びている…
そうか!四、五十代の中年だ!この絵からにじみ出てくる力感は、現代社会に虐げられて、押さえ込まれているストレスが昇華したものに違いない。
そうか大変なんだなあ……芸術家も楽じゃない。人より繊細な感性を持ち合わせている分、きっと現実社会を生き抜くには人より大きな労力を要するのだ。
慎平「かわいそうに…」
俺は知らないうちにそう呟いていた。
事件はその次の瞬間に起きた。
その男は、いつの間にか俺の後ろで同じ絵をしばらく眺めていたらしい。
そいつは絵の方に近付くと、俺と絵の間にスッと滑り込んできた。
慎平「!?」
その男は突然どこからかペンのようなものを取り出し、大賞受賞作にガリガリと落書きを始めたではないか! 俺は驚いて何も出来ない。
当然男の行動に気付いた警備員が驚きながら駆けつけてくる。
警備員「何をしているんですか!?」
もう一人の警備員も男を取り押さえにやってくる。
男「!!」
男は二人の警備員に羽交い絞めにされ、動きを抑え付けられた。
男「!!!」
男は無言のまま抵抗する。しかし二人の男の力にはかなわない。
警備員「なんてことを! 手に持っているものを離しなさい!」
男「嫌だ!」
俺はこのとき男の声を初めて聞いた。不思議と以前聞いたことのある声のような気がした。まだ声変わり前の少年のような声。小学校の頃の友達の声だろうか、それとも中学? とにかく濁りのない、けれども良く響く声。
男はひとしきり暴れたあと、諦めたのか、身体の力が抜けたようだ。無理やり開かれた手の平から、ペンが床にカシャッと落ちる。
男はうなだれている。
警備員「話を聞きます。警備室まで来なさい」
男「…何ひとつ、僕の思い通りになるものはないんだな…」
俺はその男の小さなささやきを聞き逃さなかった。
男は、二人の警備員に両腕を抱えられながら、その場を去った。
俺はただ一人、その場に残された。
慎平「帰るか…」
俺は、残りの作品を眺めることなく、その美術館を後にした。本音を言うと少しは観ようとしたのだが、全く頭に入ってこなくて、それ以上観るのを諦めたのだ。
梅雨の始まりだ…美術館を出ると雨が降り出していた。ジャケットのフードを被り、俺は小走りで家路を急いだ。走れば十五分程で着くが…傘をコンビニで買っていくか。
傘をさして道を歩く。ボツボツと傘に雨が当たって音がする。雨粒が大きいのだ。本降りだ。いよいよ、家に着くのが待ち遠しくなった。早く帰りたい。家の中に入りたい。温かいコーヒーが飲みたい。
梅雨の始まりは、春の終わり。まだその日の空気は冷たかった。
『ONE EYES』ようやく第一章、物語の始まりです。
例によってこの作品は、文章塾のWAの方にもアップしてありますのでそちらもどうぞ。
なるべく沢山の方々に触れていただきたいのです( ̄ー ̄@
それではでは。
俺は慎平。俺の趣味はいろいろあるが、その中でも最近は美術館で絵を見るのがマイブームだ。
もっとも俺の住んでいる町はとても小さいので、美術館は一つしかない。そこは、駅から歩いて十分くらいのところにある。
絵に興味を持ち始めたのは、ここ半年くらいのことだ。
中学に入って最初の三ヶ月くらい絵画部に入っていたことがある。話は逸れるがその絵画部はすぐに辞めて、陸上部に移籍した。やっぱり俺は、身体を動かす部活の方が性に合っていると当時は思った。それから中学高校で約六年間、陸上をやっていた。種目は中距離だ。風を切ってローラースケートで滑るように走る。走っている時は気分がいい。そして走り終わって飲むスポーツドリンクがやたらと旨い。ほてった身体をグラウンドに横たわらせると、一面の空が目に入る。気持ちいい。
今は大学生になっていて陸上は引退した。アルバイトがない日は、こうやって半日以上プラプラしている。
そうこうしているうちに、前に少しだけかじった「絵」というものへの興味が再び湧き出てきた。どこから出てきたのかわからない。今は自分で絵を描くことはないが、他の人たちの描いた絵を見るのが楽しい。
そういうわけで今日も美術館にきている。
なんでも一年前に東京で募集された絵画コンクールの入選作品を展示してあるということだ。
絵はそれぞれバライティに富んでいて、観ていて楽しい。素人が描いたものという感じはしない。むしろ何人かのアーティストに絞っているいつもの展示より束縛がなくて、それぞれが自由に描いたものという印象があり、それが面白い。
慎平(これが大賞をとった絵か…)
大賞受賞作品の前にきた。平日なのでここにもほとんど人がいない。ここから見える範囲に二人、警備員が立っているだけだ。警備員…今日は楽な仕事だけど、かえって暇でツラいかもな。
しかしその警備員の安息を打ち破る事件が、これから起きる。
俺はその受賞作品に魅入られていた。はっきり言って俺にはこの絵が本来なにを表現したくて描かれたものなのかは全くわらない。
しかしその絵には、パワーがあった。ここから抜け出したい、自分はこんなもんじゃない、カラを打ち破ろうとする力と意思が、この絵から俺には感じられた。
慎平(大したもんだな…それにしてもこんな絵を描くのってどんなヤツなんだろう?)
爺さんさんか?…そんな感じじゃないな。もっと若い。
じゃあこの鬱屈したエネルギーは若者?いや、タッチが大人びている…
そうか!四、五十代の中年だ!この絵からにじみ出てくる力感は、現代社会に虐げられて、押さえ込まれているストレスが昇華したものに違いない。
そうか大変なんだなあ……芸術家も楽じゃない。人より繊細な感性を持ち合わせている分、きっと現実社会を生き抜くには人より大きな労力を要するのだ。
慎平「かわいそうに…」
俺は知らないうちにそう呟いていた。
事件はその次の瞬間に起きた。
その男は、いつの間にか俺の後ろで同じ絵をしばらく眺めていたらしい。
そいつは絵の方に近付くと、俺と絵の間にスッと滑り込んできた。
慎平「!?」
その男は突然どこからかペンのようなものを取り出し、大賞受賞作にガリガリと落書きを始めたではないか! 俺は驚いて何も出来ない。
当然男の行動に気付いた警備員が驚きながら駆けつけてくる。
警備員「何をしているんですか!?」
もう一人の警備員も男を取り押さえにやってくる。
男「!!」
男は二人の警備員に羽交い絞めにされ、動きを抑え付けられた。
男「!!!」
男は無言のまま抵抗する。しかし二人の男の力にはかなわない。
警備員「なんてことを! 手に持っているものを離しなさい!」
男「嫌だ!」
俺はこのとき男の声を初めて聞いた。不思議と以前聞いたことのある声のような気がした。まだ声変わり前の少年のような声。小学校の頃の友達の声だろうか、それとも中学? とにかく濁りのない、けれども良く響く声。
男はひとしきり暴れたあと、諦めたのか、身体の力が抜けたようだ。無理やり開かれた手の平から、ペンが床にカシャッと落ちる。
男はうなだれている。
警備員「話を聞きます。警備室まで来なさい」
男「…何ひとつ、僕の思い通りになるものはないんだな…」
俺はその男の小さなささやきを聞き逃さなかった。
男は、二人の警備員に両腕を抱えられながら、その場を去った。
俺はただ一人、その場に残された。
慎平「帰るか…」
俺は、残りの作品を眺めることなく、その美術館を後にした。本音を言うと少しは観ようとしたのだが、全く頭に入ってこなくて、それ以上観るのを諦めたのだ。
梅雨の始まりだ…美術館を出ると雨が降り出していた。ジャケットのフードを被り、俺は小走りで家路を急いだ。走れば十五分程で着くが…傘をコンビニで買っていくか。
傘をさして道を歩く。ボツボツと傘に雨が当たって音がする。雨粒が大きいのだ。本降りだ。いよいよ、家に着くのが待ち遠しくなった。早く帰りたい。家の中に入りたい。温かいコーヒーが飲みたい。
梅雨の始まりは、春の終わり。まだその日の空気は冷たかった。
『ONE EYES』ようやく第一章、物語の始まりです。
例によってこの作品は、文章塾のWAの方にもアップしてありますのでそちらもどうぞ。
なるべく沢山の方々に触れていただきたいのです( ̄ー ̄@
それではでは。
って思ったんですけど、
ああ
そうですよね。
前に台本形式で書いていたものを小説形式に書き直したんですね。
すごいバイタリティですねー!
ボクなんて一回書いたらそれっきりなんですけど、
鉛筆カミカミさんのこういうひたむきさをボクは学ばなくちゃなりません。
この先から、台本版とは展開というか、テイストが変わってきます。
もう第2章書き上げました。でも発表はもう少しだけ先になります。
小説の形だと脚本では書けなかった内容が表現できるので、僕もこれからこの作品がどう転んでいくのか楽しみにしています。
これからもどうぞお付き合いください。
ではでは。