償いの書(62)
それぞれの都合をきき、ぼくと裕紀と笠原さんと高井君はあった。彼らがどのような気持ちを持っているのか分からなかった。ぼくは、誰かを紹介してもらうという立場に自分を置かなかったからだ。それは勝手に訪れ、勝手にぼくのこころをもっていった。そこには必然があり、運命であるということをわざわざ感じようとした。ぼくは操られるべき人間で、その渦に自分自身を投げ込むのだという風に、ある意味、自棄てきな気分もあった。
そして、ここまで歩んできた。それは、正しかったという認識ももっている。もし、正しくなかったとしても、自分ではなにも変えられなかった。
「こんな服でいいのかな?」
「別に、裕紀のアピールの場でもないじゃん」
「そういうところが、ひろし君は何も分かっていない」と、彼女はすこしふくれる。多分、なにもわかっていないのだろう。ぼくも普段着よりかいくらかましな服装で戸外にでた。快適な青空とすがすがしい空気の入り混じった、そろそろ秋の終わりを予感させるような日だった。裕紀は珍しくサングラスをしている。彼女の視力はとてもよく、普段もメガネはしなかった。
「なんか、太陽の力を過敏に感じてしまうようになった」と、最近、強い日差しのときはかけていると言った。
「そう、なんか変わったのかね」と意味らしきない言葉を発し、それでも、ぼくは裕紀の隠れた視線を探そうとしている。ぼくらはその後、早めに着き、コーヒーを飲んでいる。すると、笠原さんがやってきた。歩いているという感じではなく移動しているような不思議な歩き方をしていた。彼女は照れたように、
「なんか、白々しいような感じにしないでください」と、素っ気無く言った。素っ気無いのとは裏腹に、そこには愛情の発露のような気分があった。やがて、高井君もやってくる。彼は、いまなにか用事をすませたついでに通りがかったというような自然な感じで歩いてきた。ぼくらを見つけると手を振り、それを止めるタイミングが分からないように、直ぐそばまで歩いてきた。
何分か経ち、最初の気まずい空気が消えた後は、それぞれの個性が出てくるようになった。自分らしく振舞うことがいちばん楽であることを知っているようなふたりでもあったのだ。
「近藤さん、やっぱり、嘘をつかないひとなんですね。可愛いと言ったら、ほんとに可愛い」笠原さんがいなくなった瞬間、彼はぼそっと言った。
「ぼくじゃないよ。裕紀だよ。ぼくは、ただ約束をして、それを忘れてしまうようなことができなかっただけ」
「ほんとですか?」高井君は裕紀に訊く。それをどっちの意味か考えている裕紀の表情があった。
「ひろし君が守らない約束は、いままでにない」結局、質問をそちら側に受け取った裕紀は答えた。
ぼくらは、店を変え、アルコールを飲ます場所に向かった。最初のうちはみなでワイワイと騒いでいたが、時間が経って、意図的にぼくは裕紀とだけ話すようにした。たまたま、隣合ったふたりと相席でもしたような感じで。裕紀も普段、話さないようなことをそのときには話した。日常、ひとりで家にいて、夜しか話すことが少ない生活では、物足りなさを感じていたのかもしれない。そうしていると、遅くなり、
「同じ方面なので、彼女を送ってきますね」と、高井君が声をかけてきた。「今日は、ありがとうございました」ぼくは、そこにまだ高校生のラグビー少年を発見したようだった。
「帰ったね? どうなるのかな」
「さあ、もうぼくの問題じゃない」
「冷たいよ」最善の人間を紹介したかもしれないという自分の満足感で、ぼくは、あとのことは無関心でいようと決めた。種は撒かれたのであり、それを生かすもどうするかも、ぼくの荷ではなかった。ぼくは、自分の荷物を充分に抱えていた。やるべき仕事もたくさんあり、愛すべき妻のこころを楽しませる必要もあった。
それから、何日か経ち、上田さんから電話があった。
「あいつ、最近、なんだかウキウキしているよ」
「そうですか、じゃあ」
「うまくいったんだろう。ありがとうな」
「上田さんに言ってもらうことじゃないですよ」
「不満顔の女性が我がチームにいることを考えると」ぼくは、そのことを自分に照らし合わせて考えてみた。まあその予測はつき、上田さんの気持ちも分かった。「島本さんの後輩がね。つくづく、お前はあのひとに縁があるんだな」
「そんな言い方、しないでくださいよ」だが、それは自分でも感じていた。そして、はっきりと厭な気持ちがしていた。だが、これさえも自分の運命であり、逃れられない糸に絡められているような気持ちももった。
「いつか恩は返すよ」
「必要ないですよ」
「まあ、こっちの気分だし。智美もオレもたまには裕紀ちゃんの顔が見たい」
「そうですね。では」
ぼくらには見えない絆があるのかもしれない。その範囲に誰を入れるのかをぼくは考えている。職場の怠惰な空気が流れた一瞬、ぼくはその思いに捉われる。それを空白の紙にメモをしていった。そこには上田さんも智美もいて、向う側には雪代がいた。島本さんもそこに入りたそうな気配がした。だが、ぼくは断固としてその名前を紙に書き付けることはしなかった。だが、書いていなかったとしても、彼のいくつかの表情をぼくは知り、またそれを雪代も知っているのだろうということを実感としてもっていた。
それぞれの都合をきき、ぼくと裕紀と笠原さんと高井君はあった。彼らがどのような気持ちを持っているのか分からなかった。ぼくは、誰かを紹介してもらうという立場に自分を置かなかったからだ。それは勝手に訪れ、勝手にぼくのこころをもっていった。そこには必然があり、運命であるということをわざわざ感じようとした。ぼくは操られるべき人間で、その渦に自分自身を投げ込むのだという風に、ある意味、自棄てきな気分もあった。
そして、ここまで歩んできた。それは、正しかったという認識ももっている。もし、正しくなかったとしても、自分ではなにも変えられなかった。
「こんな服でいいのかな?」
「別に、裕紀のアピールの場でもないじゃん」
「そういうところが、ひろし君は何も分かっていない」と、彼女はすこしふくれる。多分、なにもわかっていないのだろう。ぼくも普段着よりかいくらかましな服装で戸外にでた。快適な青空とすがすがしい空気の入り混じった、そろそろ秋の終わりを予感させるような日だった。裕紀は珍しくサングラスをしている。彼女の視力はとてもよく、普段もメガネはしなかった。
「なんか、太陽の力を過敏に感じてしまうようになった」と、最近、強い日差しのときはかけていると言った。
「そう、なんか変わったのかね」と意味らしきない言葉を発し、それでも、ぼくは裕紀の隠れた視線を探そうとしている。ぼくらはその後、早めに着き、コーヒーを飲んでいる。すると、笠原さんがやってきた。歩いているという感じではなく移動しているような不思議な歩き方をしていた。彼女は照れたように、
「なんか、白々しいような感じにしないでください」と、素っ気無く言った。素っ気無いのとは裏腹に、そこには愛情の発露のような気分があった。やがて、高井君もやってくる。彼は、いまなにか用事をすませたついでに通りがかったというような自然な感じで歩いてきた。ぼくらを見つけると手を振り、それを止めるタイミングが分からないように、直ぐそばまで歩いてきた。
何分か経ち、最初の気まずい空気が消えた後は、それぞれの個性が出てくるようになった。自分らしく振舞うことがいちばん楽であることを知っているようなふたりでもあったのだ。
「近藤さん、やっぱり、嘘をつかないひとなんですね。可愛いと言ったら、ほんとに可愛い」笠原さんがいなくなった瞬間、彼はぼそっと言った。
「ぼくじゃないよ。裕紀だよ。ぼくは、ただ約束をして、それを忘れてしまうようなことができなかっただけ」
「ほんとですか?」高井君は裕紀に訊く。それをどっちの意味か考えている裕紀の表情があった。
「ひろし君が守らない約束は、いままでにない」結局、質問をそちら側に受け取った裕紀は答えた。
ぼくらは、店を変え、アルコールを飲ます場所に向かった。最初のうちはみなでワイワイと騒いでいたが、時間が経って、意図的にぼくは裕紀とだけ話すようにした。たまたま、隣合ったふたりと相席でもしたような感じで。裕紀も普段、話さないようなことをそのときには話した。日常、ひとりで家にいて、夜しか話すことが少ない生活では、物足りなさを感じていたのかもしれない。そうしていると、遅くなり、
「同じ方面なので、彼女を送ってきますね」と、高井君が声をかけてきた。「今日は、ありがとうございました」ぼくは、そこにまだ高校生のラグビー少年を発見したようだった。
「帰ったね? どうなるのかな」
「さあ、もうぼくの問題じゃない」
「冷たいよ」最善の人間を紹介したかもしれないという自分の満足感で、ぼくは、あとのことは無関心でいようと決めた。種は撒かれたのであり、それを生かすもどうするかも、ぼくの荷ではなかった。ぼくは、自分の荷物を充分に抱えていた。やるべき仕事もたくさんあり、愛すべき妻のこころを楽しませる必要もあった。
それから、何日か経ち、上田さんから電話があった。
「あいつ、最近、なんだかウキウキしているよ」
「そうですか、じゃあ」
「うまくいったんだろう。ありがとうな」
「上田さんに言ってもらうことじゃないですよ」
「不満顔の女性が我がチームにいることを考えると」ぼくは、そのことを自分に照らし合わせて考えてみた。まあその予測はつき、上田さんの気持ちも分かった。「島本さんの後輩がね。つくづく、お前はあのひとに縁があるんだな」
「そんな言い方、しないでくださいよ」だが、それは自分でも感じていた。そして、はっきりと厭な気持ちがしていた。だが、これさえも自分の運命であり、逃れられない糸に絡められているような気持ちももった。
「いつか恩は返すよ」
「必要ないですよ」
「まあ、こっちの気分だし。智美もオレもたまには裕紀ちゃんの顔が見たい」
「そうですね。では」
ぼくらには見えない絆があるのかもしれない。その範囲に誰を入れるのかをぼくは考えている。職場の怠惰な空気が流れた一瞬、ぼくはその思いに捉われる。それを空白の紙にメモをしていった。そこには上田さんも智美もいて、向う側には雪代がいた。島本さんもそこに入りたそうな気配がした。だが、ぼくは断固としてその名前を紙に書き付けることはしなかった。だが、書いていなかったとしても、彼のいくつかの表情をぼくは知り、またそれを雪代も知っているのだろうということを実感としてもっていた。