田中雄二の「映画の王様」

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『さらば愛しき女よ』

2016-01-12 09:32:34 | All About おすすめ映画

『さらば愛しき女よ』(76)(1977.1.22.渋谷全線座.併映は『風とライオン』)
1940年代のムードを再現

 レイモンド・チャンドラー原作のハードボイルドミステリーの映画化です。見どころは、謎の女と犯罪というパターン劇、粋なファッションなどで、1940年代のムードを見事に再現しているところ。監督はファッションカメラマン出身のディック・リチャーズです。

 ロバート・ミッチャムが主人公の私立探偵フィリップ・マーローを雰囲気たっぷりに演じてキャリア後半の当たり役としました。同時代に、現代的なマーロー(エリオット・グールド)を登場させて物議を醸したロバート・アルトマンの『ロング・グッドバイ』(73)があっただけに、原作に忠実なこの映画の存在が一層際立ちました。

 さらに、この映画の秀逸な点は、フィクョンの中に巧みに史実を盛り込んだことにあります。その史実とは、ニューヨーク・ヤンキースのジョー・ディマジオが41年に記録した56試合連続安打です。マーローは事件の謎を追いながら、連続試合安打を続けるディマジオのことを常に気に掛けていますが、事件の解決と同時にディマジオの記録もストップします。

 この外伝の挿入は映画独自の試みでしたが、これを加えたことで、41年という時代をより明確に表現し、映画全体に哀感を漂わせることにも成功したのです。

 筆者も、イチローがメジャーリーグのシーズン最多安打を更新したシーズンに、この映画のマーローと同じような気分を味わうことができました。芳醇なミステリーの魅力は、こうした隠し味にあるのかもしれません。無名時代のシルベスター・スタローンが端役で出ていますので、見つけてあげてください。

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『東京叙情』(川本三郎)

2016-01-12 09:11:14 | ブックレビュー

風景のうしろに、もうひとつの風景が



 各誌に書かれた川本氏の「東京」にこだわった文章を集め、第一部「ノスタルジー都市東京」、第二部「残影をさがして」、第三部「文学、映画ここにあり」として構成。

 この人の文章を読むと、書かれた場所に行きたくなり、紹介された本を読みたくなり、映画が見たくなる。そこがすごいところ。毎度読みながら見習わなくてはと思うのだがなかなかそうはいかない。今回はあとがきに集約された川本氏の東京への思いに、同じく東京で生まれ育った者として共感した。

 それはこんな感覚。ふと気づくと、ある建物がなくなって更地になっていたり、他のものに立て替えられていたりする。けれどもそこが以前はどんな建物や店だったのかすぐには思い出せない。東京で50年以上暮らしているとこんなことは日常茶飯事でもはや慣れっこになっているはず。だが、二度と戻らない風景に一抹の寂しさを感じることもある。

 それが川本氏にかかるとこんな表現になる。
 「東京のようにつねに風景が激変している都市では、ついこのあいだの都市風景が懐かしい。~京都や奈良のような古都では歴史が語られるが、東京ではついこのあいだの記録が大事になる」「ノスタルジーとは、実際にあった過去を懐かしむことだけではなく、あるべき過去の姿を愛しむことでもある。当然そこには大事なものを失った痛みがある」「東京の町を歩いている時、いま見ている風景のうしろに、もうひとつの風景を見ていることに気づく」

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