『どですかでん』(70)
表裏一体の悲劇と喜劇
黒澤明監督が初めて撮ったカラー映画です。若き日に画家を目指していた黒澤は、カラーフィルムの色に満足せず、モノクロで映画を撮り続けてきました。その黒澤がカラー映画を撮る。しかもスペクタクル大作ではなく、山本周五郎の短編連作集『季節のない街』を原作に、市井の人々の姿を描くというのですからファンは皆驚きました。
この映画は、「どですかでん」という擬声を発しながら見えない電車を運転する“電車ばか”の六ちゃん(頭師佳孝)を狂言回しに、謎のスラム街に暮らすさまざまな人々が登場します。黒澤は、人生に敗れた末にこの街にたどり着いた人々を温かいまなざしで描き、撮影終了時には「もう彼らに会えなくなるのかと思うととても淋しかった」と語りました。こうした思いは、周五郎の原作によるものというよりも、この後自殺未遂をする黒澤自身の当時の心情が反映されていたのかもしれません。
よく「黒澤映画は強者ばかりを描いている」と言われますが、それは誤解です。この映画や『生きる』(52)や『どん底』(57)を見れば、黒澤が弱者の中に、表裏一体の悲劇と喜劇を見いだし、群像劇として描いていることが分かるはずです。黒澤が子供の絵のような大胆な色使いで現出させた幻想的なシーンの数々、喜劇畑の伴淳三郎、三波伸介、藤原釜足、渡辺篤らの名演、そして、スラム街に住む人々を応援するかのような、武満徹の美しくも力強い音楽もこの映画を忘れ難いものにしています。