『ディア・ハンター』(78)
音楽が印象的な青春群像映画
この映画の前半は、ペンシルバニアの田舎町に暮らすロシア系移民の若者たち、マイケル(ロバート・デ・ニーロ)、ニック(クリストファー・ウォーケン)、スティーブン(ジョン・サベージ)、スタン(ジョン・カザール)、アクセル(チャック・アスペグレン)、ジョン(ジョージ・ズンザ)の日常を丁寧に描いていきます。ここは彼らの“牧歌の時代”に当たる部分です。
彼らがビリヤードに興じながら歌うフランキー・ヴァリの「君の瞳に恋してる」、そしてスティーブンの結婚式で流れる「カチューシャ」などのロシア民謡が、彼らの若さや無垢、そして故郷を象徴する曲として使われています。
これらの曲が、この後に彼らの身に起こる変転との対比に重要な意味を持つのです。
一転、ベトナムの戦場でのマイケル、ニック、スティーブンの受難が映されます。
ここでは音楽を使わずに現実音とセリフだけで緊張感を高め、ロシア系の移民たちが皮肉にもロシアン・ルーレットの餌食となる戦りつの場面が展開します。
3人はなんとか生き延びますが、スティーブンは半身不随となり、ニックはサイゴンで消息を絶ちます。マイケルも心に深い傷を負って帰国します。
そんな彼らの傷ついた心を代弁するかのように流れてくるのがスタンリー・マイヤーズ作曲、ジョン・ウィリアムズのギター演奏による哀切の名曲「カヴァティーナ」。この曲の登場と共に、映画は深い憂いと悲しみの色を帯び始めます。
終盤、ニックが生きていることを知り、サイゴンに駆け付けるマイケル。しかし、精神を病んだニックはロシアン・ルーレットで命を落とします。
ニックの葬式を終え、ジョンの店に集まった仲間たち。もはや彼らの人生は牧歌から挽歌になっています。
最後に彼らが口ずさむ「ゴッド・ブレス・アメリカ」は、アービング・バーリン作曲のスタンダードで、アメリカの第二の国歌とも呼ばれる曲。彼らが国家に対して抱く複雑な心情を表すようで深い余韻が残ります。
そして「カヴァティーナ」をバックに“無垢だったころの彼らの笑顔”を映しながら映画は幕を閉じます。
イタリア系のマイケル・チミノが監督したこの映画はベトナム戦争を描いた映画として扱われることが多いのですが、私は音楽を効果的に使った優れた青春群像映画だと思います。