『TAR/ター』(2023.4.20.GAGA試写室)
ドイツの有名オーケストラで、女性として初めて首席指揮者に任命されたリディア・ター(ケイト・ブランシェット)。天才的な能力と優れたプロデュース力で、現在の地位に上り詰めたが、今はマーラーの交響曲第5番の演奏と録音のプレッシャーと、新曲の創作に苦しんでいた。そんな中、かつて指導した若手指揮者が自殺したとの報が入り、ある疑惑をかけられたリディアは次第に追い詰められていく。
リディアは、レナード・バーンスタインの弟子で、音楽に対しては純粋で完璧主義者だが、上昇志向が強くごう慢で他人に対しては冷たい。エミー賞、グラミー賞、オスカー、トニー賞を全て受賞し、ドイツとアメリカをプライベートジェットで往復する日々。ドイツ人の女性音楽家と同居するレズビアンで、2人で移民の養子を育てている。そんな彼女があることをきっかけに、本性をあらわにし、壊れていく…。こうした複雑なキャラクターをブランシェットが見事に演じている。
今年のアカデミー賞の主演女優賞は『エブエブ~』のミシェル・ヨーが受賞したが、以前のアカデミー賞なら、この映画のブランシェットが受賞していたのではないかと思われる。それほどの熱演である。
映画全体を考えてみても、トッド・フィールドの16年ぶりの監督作となったこの映画は、トーク、心理サスペンス、音楽を融合させた2時間38分として決して長くは感じさせない。
ただ、これは最近のあまりよろしくない傾向だと思うのだが、何でもかんでも無理矢理LGBTQに結び付けて描くところには違和感が残る。それによって物語や設定に無理が生じるし、作り手が、必ずそれを入れ込まなければならないとでもいうような、一種の強迫観念に捉われているようにも思えるからだ。
さて、マーラーの交響曲第5番が使われた『ベニスに死す』(71)と『地獄の黙示録』(79)が会話の中に現れるこの映画、こちらにクラシック音楽に関する素養があればもっと楽しめたのだろうかと思う。