「ところで、いつも一緒にいる松下さんは?」
「松下さん、今日は風邪をひいて休みなんだよ。ここのところ風邪が流行ってるからね。私も気をつけなければ・・・。」
そう言って、サツキは手編みの白いマフラーに首をひっこめた。
ようやくバスが来て二人で乗り込む。お客さんはまばらで席も空いていた。
サツキは「こんにちは」と車掌さんに挨拶をした。帰りもきちんと挨拶してたんだ。本当に偉い奴だなと後ろで感心していると、すたすたと空いている席へと向かった。今日は松下さんがいないから、後ろに座る理由もない。これは待ちに待ったチャンスかもしれない。そう思って、さりげなく隣に腰を掛けてみた。
何か言うかなと思って少し構えたけれど何も言わない。そうなると僕の方が緊張してしまう。だから、意識しないように普通に話しかけようとするとサツキの方から、
「そっ、そう言えば頼まれてた、これ。」
と、慌ててカバンを開いて、中から便箋を取り出した。
「ほらっ。以前頼まれてたビートルズのアイ・フィール・ファインの歌詞。」
「ああっ。ありがとう。悪いね。」
「いいよ。お安いご用です。でも、思ったんだけれど、歌詞は覚えられても楽譜やレコードがなければ歌えないじゃない。」
「大丈夫だよ。サツキが歌っていたメロディが頭の中に残っているから・・・。」
「へぇ~。すごいじゃない。」
「すごくないよ。それに、今はうろ覚えでも働いて給料もらったらレコードもステレオも買うつもりだから。」
そう言うとサツキは「そっかぁ。」と呟いた。
「なぁ。サツキ。おまえ・・・進路どうするの? 」
そう言うとサツキはぎゅっと握った自分の手をじっと見つめて何か考えていたけれど、スッと顔をあげると、
「もし大学が受かっていたら、もっと知りたい事があるからそれを勉強して、身に付けた事を誰かの役に立てられたらいいなって思っているの。」
と、言った。僕はその言葉にとても強い意志を感じたと同時に本当にサツキらしいなと思った。
「そうか。それで、何処受けたんだっけ? 誰も知らないようだけどさ。」
そう言うと、サツキは少しためらいながらひそひそと答えた。
「・・・ここだけの話だよ。東京大学だよ。」
「ええっ! そうなの。すげえなお前。何で言わないんだよ。」
「こういうのって色々噂になるし、それで、気が散って勉強に身が入らなくなるのもいやだったから先生にも黙っててねってお願いしてたの。」
「そうか。でもさ、今、学生運動すごいだろ。大丈夫なのか? 」
「学生運動なんて・・・。まだ受かったわけでもないし。」
「たしかに、そうだな。気が早いか。 でも、すごいよなぁ~。」
「すごくないよ。私は私。」
「まぁ。そりゃそうだけどさ。」
「そうだよ。」
そう言って、またうつむいてしまった。しばらくつづく沈黙。
この場を何とかしなければと慌てて取りとめのない話を続けた。
「そんな偉い大学行くって、サツキは先生にでもなるのか? 」
そう話しかけると、サツキは顔をあげて、
「先生? うん。そうだね。それも選択の一つだけど、この先どんな事にめぐり合うかもわからないから未定だなぁ。寛太は・・・就職するんだ・・・。」
と、言った。僕はとりあえず沈黙を何とか出来たと安心してサツキの問いに答えた。
「うん。俺はお前みたいに頭良くないし、家が農家だから後を継がなけりゃならないけど、時代も変わってきてるからって両親も言ってくれたから就職する事に決めたんだ。」
「時代は変わって行くかぁ。そうだね。ずいぶん豊かになってきたし、もはや戦後じゃないんだものね。」
「おおっ。それ誰が言ってたっけ? 」
「経済白書の日本経済の成長と近代化の結びの言葉だよ。」
「おお~。サツキは何でも知っているなぁ。」
「何でもってわけじゃないよ。まだ、知らない事の方が多いよ。」
そう言うサツキを見て、やっぱり遠いところへいってしまう人なのかなと思った。
でも、伝えなければならない。結果がどうであれ伝えなければ前には進まない。
今しかない!そう思った僕は意を決して胸の中で温め続けた想いをサツキに伝えた。
「松下さん、今日は風邪をひいて休みなんだよ。ここのところ風邪が流行ってるからね。私も気をつけなければ・・・。」
そう言って、サツキは手編みの白いマフラーに首をひっこめた。
ようやくバスが来て二人で乗り込む。お客さんはまばらで席も空いていた。
サツキは「こんにちは」と車掌さんに挨拶をした。帰りもきちんと挨拶してたんだ。本当に偉い奴だなと後ろで感心していると、すたすたと空いている席へと向かった。今日は松下さんがいないから、後ろに座る理由もない。これは待ちに待ったチャンスかもしれない。そう思って、さりげなく隣に腰を掛けてみた。
何か言うかなと思って少し構えたけれど何も言わない。そうなると僕の方が緊張してしまう。だから、意識しないように普通に話しかけようとするとサツキの方から、
「そっ、そう言えば頼まれてた、これ。」
と、慌ててカバンを開いて、中から便箋を取り出した。
「ほらっ。以前頼まれてたビートルズのアイ・フィール・ファインの歌詞。」
「ああっ。ありがとう。悪いね。」
「いいよ。お安いご用です。でも、思ったんだけれど、歌詞は覚えられても楽譜やレコードがなければ歌えないじゃない。」
「大丈夫だよ。サツキが歌っていたメロディが頭の中に残っているから・・・。」
「へぇ~。すごいじゃない。」
「すごくないよ。それに、今はうろ覚えでも働いて給料もらったらレコードもステレオも買うつもりだから。」
そう言うとサツキは「そっかぁ。」と呟いた。
「なぁ。サツキ。おまえ・・・進路どうするの? 」
そう言うとサツキはぎゅっと握った自分の手をじっと見つめて何か考えていたけれど、スッと顔をあげると、
「もし大学が受かっていたら、もっと知りたい事があるからそれを勉強して、身に付けた事を誰かの役に立てられたらいいなって思っているの。」
と、言った。僕はその言葉にとても強い意志を感じたと同時に本当にサツキらしいなと思った。
「そうか。それで、何処受けたんだっけ? 誰も知らないようだけどさ。」
そう言うと、サツキは少しためらいながらひそひそと答えた。
「・・・ここだけの話だよ。東京大学だよ。」
「ええっ! そうなの。すげえなお前。何で言わないんだよ。」
「こういうのって色々噂になるし、それで、気が散って勉強に身が入らなくなるのもいやだったから先生にも黙っててねってお願いしてたの。」
「そうか。でもさ、今、学生運動すごいだろ。大丈夫なのか? 」
「学生運動なんて・・・。まだ受かったわけでもないし。」
「たしかに、そうだな。気が早いか。 でも、すごいよなぁ~。」
「すごくないよ。私は私。」
「まぁ。そりゃそうだけどさ。」
「そうだよ。」
そう言って、またうつむいてしまった。しばらくつづく沈黙。
この場を何とかしなければと慌てて取りとめのない話を続けた。
「そんな偉い大学行くって、サツキは先生にでもなるのか? 」
そう話しかけると、サツキは顔をあげて、
「先生? うん。そうだね。それも選択の一つだけど、この先どんな事にめぐり合うかもわからないから未定だなぁ。寛太は・・・就職するんだ・・・。」
と、言った。僕はとりあえず沈黙を何とか出来たと安心してサツキの問いに答えた。
「うん。俺はお前みたいに頭良くないし、家が農家だから後を継がなけりゃならないけど、時代も変わってきてるからって両親も言ってくれたから就職する事に決めたんだ。」
「時代は変わって行くかぁ。そうだね。ずいぶん豊かになってきたし、もはや戦後じゃないんだものね。」
「おおっ。それ誰が言ってたっけ? 」
「経済白書の日本経済の成長と近代化の結びの言葉だよ。」
「おお~。サツキは何でも知っているなぁ。」
「何でもってわけじゃないよ。まだ、知らない事の方が多いよ。」
そう言うサツキを見て、やっぱり遠いところへいってしまう人なのかなと思った。
でも、伝えなければならない。結果がどうであれ伝えなければ前には進まない。
今しかない!そう思った僕は意を決して胸の中で温め続けた想いをサツキに伝えた。