硝子戸の外へ。

優しい世界になるようにと、のんびり書き綴っています。

「となりのトトロ その後 五月物語。」 13

2014-01-04 13:51:23 | 日記
それから、なるべく普通にしていようと心がけていたけれど、僕らは何となくよそよそしくなりあまり顔を合わさなくなってしまっていた。サツキは大学に合格したみたいだったけど、やっぱり誰にも告げることなく普段通りにみんなに接していた。
そして、卒業式を終えた2、3日後だっただろうか。草壁家の人々が僕の家に引越しの挨拶をしに来た。親爺やおふくろ、婆ちゃんは随分前から知っていたらしいが、サツキは僕の前では一切そんなそぶりも見せなかったからとても驚いた。
本当は挨拶なんてしたくはなかったが義理を欠いてはいけないと御婆ちゃんが言うので、しぶしぶその場に出て行った。両親が話をしている間、僕は気まずい雰囲気を出さないように普段通りに話を聞いて時頼相槌や作り笑いをしてみせたが、サツキは両親の傍にいてずっと下を向いたままだった。それに比べ、メイちゃんはいつものように庭先で元気よく犬と遊んでいた。
サツキの両親は僕らの間に何があったか知らない。いつものサツキならきちんと挨拶をするはずなのに、いつまでたっても下を向いたままだったから両親から「きちんと挨拶しなさい。」と諭され、ようやく小さな声で「お世話になりました。」と一言だけ言った。

僕はその日、こたつの上に置いてあった「朝日」と書いてある親父の煙草を一本拝借して家の裏で初めて煙草を吸った。思い切りむせて涙が出たけれど少し大人になった気がした。

「まぁ、きっかけはそんなところです。・・・つまらない話をしてしまいましたね。」

寛太兄ちゃんは苦笑いをしながら初めて煙草を吸ったのはお姉さんに振られたのがきっかけになった話をしてくれた。少し驚きながらも、そういえば引越しをする前くらいから大学を受かったにもかかわらず姉の元気が無かった事を思い出していた。

「・・・そんなことが姉との間にあったんですねぇ。」

そう言うと、寛太兄ちゃんは少し照れくさそうにしながら、

「ええ。まあ、幼い頃の思い出だから、おぼろげですけどね。でも、いい思い出です。」

と、感慨深そうに言った。

「私、その頃小学生だったから全く分からなかった。」

そういうと、またハハハッと笑って「そうでしょう。だって、その頃のメイさんは、まだ鼻水を垂らしていても平気なおてんばさんでしたから。」

そんな事を言われるとは思わなかったから、幼いころのこととはいえすごく恥ずかしくなってしまった。
でも、それが寛太兄ちゃんが思っていた私なんだと分かると、なんだか面白いなと感じた。

「さて、そろそろ仕事に戻りますか。」

寛太兄ちゃんは、そう言うとズボンのポケットから携帯灰皿を取り出し煙草の吸殻を入れた。

「お仕事中でしたの?」

「ええ。今は昼休みです。仕事は今でも変わらないですから・・・。でも60を過ぎてようやくここに戻ってこれたのは本当にうれしいですね。そして、大クスの最期も見届ける事が出来て・・・。しかも定年前だから感慨深いですね。」

「えっ。60を過ぎてからって。それまではどちらに? 」

「海外ですよ。西ヨーロッパ、北米、東南アジア、南米と渡ってきました。大変でしたが、おかげで長のつく役職につけました。」そう言って笑うと、すくっと立ちあがり、「では、お元気で・・・。そうだ! サツキさんにビートルズのおかげで、その後の英会話が随分助かりましたと、お伝えください。」そう言うと、何かの歌だろうか、 Baby's good to me, you know~と、口づさみながら公園から去って行った。