硝子戸の外へ。

優しい世界になるようにと、のんびり書き綴っています。

「となりのトトロ その後 五月物語。」 34

2014-01-26 16:42:19 | 日記
扉を開くと待合室は意外に広く、大部屋ほどのスペースが設けられていて、病室とは異なった大きな窓からは高層ビルが見えた。中には白いテーブルが4つ並べられていて、その奥の窓際のカウンターにはパジャマ姿の女性がほおづえをついて壁に備え付けられたテレビぼんやりと眺めていた。右の奥の席には私達と同じ年頃の夫婦が難しそうな面持ちで何かを話している。私達は手前の席に向かい合って座ったが、あまりの居心地悪さにふいに目をそらした。すると自動販売機が目に入った。

「何か飲む?」

「じゃあコーヒーを。」

席を立ち、気まずさをごまかす。自動販売機にゆき、硬貨を入れボタンを押すと紙コップが落ちるコトッという音の後にコーヒーが注がれていった。工程を知らすランプが点滅している。出来上がるまでの時間が異常に長い事に気づく。ランプが消えるとさっとコーヒーを取り出し、続けて自分の分も買った。
席へと戻る時、テレビのバラエティ番組から聴こえる笑い声が空虚に感じてかえって気分が重くなったが、母さんとの約束を守るためだと自分に言い聞かせメイの前に座った。

「メイ。母さんの言った事、どう思った? 」

「どうって、別に、どうも思わないわ。」

「・・・。母さんがあそこまで弱気な発言をするのって珍しいと思うの。」

「だから、なによ。」

「私がこんな事を言うのもなんだけれど、もっと母さんに逢いに来てくれてもいいんじゃない。」

「・・・心配しないで。これから退院するまで様子を見に来るから。」

「そう。ありがとう。」

「母さんが仲よくしなさいって言ったんだから、仲よくしなくちゃ。そうでしょ。」

「・・・そうね。」

「姉さんは私の事をどう思っているのか分からないけれど、意地を張っても仕方がないじゃない。」

「・・・そうね。」

「力を合わせていかなくちゃいけない。そうでしょ。」

「・・・うん。」

母の体調の事を考えると、二人の間にあるわだかまりを無くさなくては母の心労も癒されないだろう。私が耐えることで状況が好転するなら、私の自尊心など必要ないと思った。

「メイ。本当にごめんね。こんな時、なんて言ったらいいのかわからないけれど、私に非があったわ。」

「・・・いいよ。もう、気にしていないから。」

メイがにこりと笑ってそう言うと、少し心が軽くなった。

それから2日後の朝。病院から連絡が入って母が亡くなった事を知らされた。担当の看護師さんによると、前日の夜までは元気で体調も回復傾向であったのに、早朝の巡視時には眠るように息を引き取っていたという。それを聞いて、母は母が望んだとおりに安らかに父の元へと行ったのだろうと思った。結局、母が私達に告げた言葉は本当に遺言となってしまった。