「で、あなたはどう思う。」
「う~ん。」
「何、その生返事。」
「だって、どのあたりが私の生活に関わるのかよくわからないんだもの。私は健二さんと希とあかりちゃんと今の生活が続けられればそれでいいんだもの。」
「あいかわらずねぇ。まぁいいわ。それでね・・・。」
姉は私の意見を置き去りにして話を続けた。やっぱり年を重ねたせいなのだろうか、少し意固地になったんじゃないかなと思う所もあるけれど、それでも姉は姉で、しっかりとした意見を持っている人であるという事はわかった。
「法案が可決しないように学生運動していた友達たちに声を掛けて国会前でデモ行進してやろうかと思うくらいだわ。」
「姉さん。学生運動してたの? 父さんと母さんが参加しちゃ駄目だって言っていたのに・・・。」
そう言うと、姉は少し困った顔をして「う~ん。積極的に参加してたわけじゃないのよ。」と、言った。
納得がいかない私は、少し言葉を強くして「じゃあ、どういうことなのよ。私が父さんと母さんに代わって姉さんに問うわ。」と、言い返すと姉は苦笑いをしながら「わかったわよ。」と、言って話し出した。
「学生運動が盛んだったころ、学内は常に活気があって祝祭的な雰囲気でね。私もその渦中にいたから、どこかしら影響を受けてたのよ。入学した翌年に起こった安田講堂事件の時は、先輩に誘われてお茶の水から東大を目指したデモ行進に参加したし、駒場であった三島由紀夫さんとの討論会や秩父宮ラクビー場であった東大七学部学生集会にも参加したわ。それは、学生運動によって時代を動かしてやろうというよりも、運動自体にどこかしら祝祭性が伴っていたから参加していたのよ。だから、暴力行為を伴う運動にはずっと疑問を抱いていた。そのきっかけは東大闘争の時に、医学部の友達に会いに行った帰り一部の学生がグラウンドで竹やりを持って整列している姿を観た時だったわ。その時畏怖の念を抱いて、これは学生運動ではなくテロリズムなのではないかと思ったの。そして、こんな時代錯誤した行動で状況を好転させる事が出来るのかって疑問を感じたのが、学生運動を考える出発点になったのね。そして、彼らの起こした行動が、私達が望んでいるものは暴力の果てに得られるものではない事を示したし、抑制が利かなくなった群衆が一丸となって高揚すると危険な方向へと膨れ上がって行く事と、世間とは世相と群集心理との相乗作用の結果だと言うのも実体験を通して知ったわ。それでも、学生運動の本質は良く解らないものだっだったし、当時、吉本隆明さんが支持されたのは、その構造・・・。共同幻想、つまり日本封建性というものは、時代を経て繰り返し訪れるもので、その都度、自己幻想との対立があり、その思想は共同幻想に逆立ちするものなのだと、詩人の感性と歴史観をもってcool、且、論理的に説明できたからなんじゃないかなと今は思う。安田講堂籠城を引率した、議長の山本さんや今井さんの気持ちも分からなくはなかったけれど、私は彼らより、闘争終結のために動いた町村君を中心とするシンパを支持していたわ。それでも、私は、支持するだけで、父さんや母さんの戒めがあったとはいえ、皆の主張に耳を傾け考えるくらいしかできなかった。そんな自身を意気地無しだと責めていた時もあったのよ。」
一気に話す姉の言葉には嘘偽りはない。その頃の私は中学生で、同級生の男の子たちがよく学生運動の真似をしていたのを見て、なんであんなことしているんだろうと思ったくらいだった。
「う~ん。」
「何、その生返事。」
「だって、どのあたりが私の生活に関わるのかよくわからないんだもの。私は健二さんと希とあかりちゃんと今の生活が続けられればそれでいいんだもの。」
「あいかわらずねぇ。まぁいいわ。それでね・・・。」
姉は私の意見を置き去りにして話を続けた。やっぱり年を重ねたせいなのだろうか、少し意固地になったんじゃないかなと思う所もあるけれど、それでも姉は姉で、しっかりとした意見を持っている人であるという事はわかった。
「法案が可決しないように学生運動していた友達たちに声を掛けて国会前でデモ行進してやろうかと思うくらいだわ。」
「姉さん。学生運動してたの? 父さんと母さんが参加しちゃ駄目だって言っていたのに・・・。」
そう言うと、姉は少し困った顔をして「う~ん。積極的に参加してたわけじゃないのよ。」と、言った。
納得がいかない私は、少し言葉を強くして「じゃあ、どういうことなのよ。私が父さんと母さんに代わって姉さんに問うわ。」と、言い返すと姉は苦笑いをしながら「わかったわよ。」と、言って話し出した。
「学生運動が盛んだったころ、学内は常に活気があって祝祭的な雰囲気でね。私もその渦中にいたから、どこかしら影響を受けてたのよ。入学した翌年に起こった安田講堂事件の時は、先輩に誘われてお茶の水から東大を目指したデモ行進に参加したし、駒場であった三島由紀夫さんとの討論会や秩父宮ラクビー場であった東大七学部学生集会にも参加したわ。それは、学生運動によって時代を動かしてやろうというよりも、運動自体にどこかしら祝祭性が伴っていたから参加していたのよ。だから、暴力行為を伴う運動にはずっと疑問を抱いていた。そのきっかけは東大闘争の時に、医学部の友達に会いに行った帰り一部の学生がグラウンドで竹やりを持って整列している姿を観た時だったわ。その時畏怖の念を抱いて、これは学生運動ではなくテロリズムなのではないかと思ったの。そして、こんな時代錯誤した行動で状況を好転させる事が出来るのかって疑問を感じたのが、学生運動を考える出発点になったのね。そして、彼らの起こした行動が、私達が望んでいるものは暴力の果てに得られるものではない事を示したし、抑制が利かなくなった群衆が一丸となって高揚すると危険な方向へと膨れ上がって行く事と、世間とは世相と群集心理との相乗作用の結果だと言うのも実体験を通して知ったわ。それでも、学生運動の本質は良く解らないものだっだったし、当時、吉本隆明さんが支持されたのは、その構造・・・。共同幻想、つまり日本封建性というものは、時代を経て繰り返し訪れるもので、その都度、自己幻想との対立があり、その思想は共同幻想に逆立ちするものなのだと、詩人の感性と歴史観をもってcool、且、論理的に説明できたからなんじゃないかなと今は思う。安田講堂籠城を引率した、議長の山本さんや今井さんの気持ちも分からなくはなかったけれど、私は彼らより、闘争終結のために動いた町村君を中心とするシンパを支持していたわ。それでも、私は、支持するだけで、父さんや母さんの戒めがあったとはいえ、皆の主張に耳を傾け考えるくらいしかできなかった。そんな自身を意気地無しだと責めていた時もあったのよ。」
一気に話す姉の言葉には嘘偽りはない。その頃の私は中学生で、同級生の男の子たちがよく学生運動の真似をしていたのを見て、なんであんなことしているんだろうと思ったくらいだった。