硝子戸の外へ。

優しい世界になるようにと、のんびり書き綴っています。

「となりのトトロ その後 五月物語。」 25

2014-01-16 09:45:09 | 日記
秋も深まった11月の半ば。街路樹や学堂の木々も色付き始めた頃、昼食を取りながら、「紅葉狩に行きたいわね。」という話をしていたら、友人が「郊外に綺麗な紅葉が見られる渓谷があるよ。」と言った。これはと思い、詳細を尋ねると「人づての話だから詳しくは分からないの。」と言われたけれど、彼女のおぼろげな情報をもとに登山を共にする友人に尋ねると、山を熟知している友人だけあって、すぐにその場所は判明した。そこは、関東地方で紅葉が綺麗なところとして有名で、途中まで遊歩道がついており、手軽に行ける山である事が分かったから、いつもは学内で研究を専門としていて、外に出たがらない友人達を「たまには自然に触れておかないと生き物としての感覚が鈍くなるわよ。」等、上手い事説き伏せて誘いだした。

最初は渋っていた友人達も、風光明美な渓谷の紅葉は彼らに感動を与え、標高800メートルほどの小高い山の頂上に辿り着くと、友達の説明通り、西には富士山、東には関東平野が広がる風景に気持ちは自然に盛り上がった。私達はさっそくお弁当を開け、多岐に渡ったおしゃべりを展開すると、普段インドアが中心の友達も「来てよかったわぁ」と言って、とても喜んでいたから、私もついついおしゃべりに夢中になり、秋はつるべ落としだということをすっかり忘れていた。
それでも日没までには何とか下山できるだろうと山を降り出したが、私達の足よりも日が落ちるのが早く、周りが薄暗くなってきて、しかも遊歩道までの山道にはいくつもの分かれ道があったにもかかわらず、おしゃべりをしながら下山していたものだから、どこかで道を誤ってしまい、気づいた時にはどのあたりを歩いているのか分からなくなっていた。

「これはまずい事になった。」

私はこの場をどう乗り切るか必死で考えたけれど、どんどん暗くなるし、山登りが初めてという友達も次第に不安を感じたのか、「ねぇ、本当にこの道であっているの?」と、口に出し始めた。私は「うん。大丈夫だよ。行き来た道とコースは違うけれど。」と、返事をして不安な気持ちを隠したけれど内心は穏やかではなかった。

「どうしよう。遭難なんて・・・。」

その時、私は無神論者にもかかわらず、祈ってしまった。「お願い。神様、私たちを助けて。」と。

「となりのトトロ その後 五月物語。」 24

2014-01-15 09:02:12 | 日記
「ほら、大学4年の今くらいの季節。紅葉を観に行くっていって・・・。」

「ああっ。あったあった!! そんな事あったわね。そうそう、高尾山みたいな山だったから、女子ばかりでハイキングに行った時ね。」

「それで、なにかあったの? 」

すると姉は苦笑いをしながら、

「あれは、たしか、すごく天気が良い日で、頂上でお弁当広げておしゃべりしていたら、日が傾くのも忘れるくらいとても楽しくなっちゃってね。慌てて下山したら途中で道に迷ったのよ。」

「迷ったの! 」

「うん。それまでに、雲取山や甲武信ヶ岳に登っていたから過信してたのね。後で猛省したわ。」

「へぇ~。でも、よく下山できたね。」

「そうそう。それがね・・・。そうだ! あなた、覚えてる? あなたが4歳の時、一人で母さんのいる七国山病院へ行こうとした事。」

姉が突然話を変えたことにも驚いたけれど、急に4歳の時に起こった出来事を思い出せるわけがなかった。

「そんなことあった? 」

「やっぱり覚えてないのね・・・。すごく大変だったのに。まったく呆れちゃうわ。」

そう言う姉にイラッとした。

「それと、これと、どういう繋がりがあるっていうのよ? ぜんぜんわからないわ。」

「それが大ありなのよ。あなたは忘れてしまっているかもしれないけれど・・・。」

姉は、想い出を紡ぐように、その時何があったのかを語り出した。

「となりのトトロ その後 五月物語。」 23

2014-01-14 08:19:56 | 日記
「まぁ。紆余曲折だったわね。これで納得行った? 」

「うん。」

「そう。よかった。」

「でもね、こう話すとなにか難しいような感じがするけれど、実際は楽しい事が多かったように思うわ。学生運動を通していろんな人に会ったし、いろんなところに行けたからね。」

「いろんな所って? 」

「そうねぇ。一人では絶対に足を踏み入れない所。たとえば、演劇なんてよく解りもしないのに、演劇の好きな日大の人に連れていかれたシアターアート新宿文化や草月堂、ジャズと文学の好きな早稲田の人に連れていかれた、新宿風月堂とか、あと新宿ピット・インね。」

「それは? 」

「娯楽よ。娯楽。う~ん。アートと言った方がいいのかしら。」

「芸術? 」

「まぁ、そう言った方がいいかも。あの頃は何も知らない娘だったし、見るものすべてが刺激的だったわ。寺山修二さんとかオノ・ヨーコさんは良く解らなかったけれど、ジャズは衝撃的だったわ。社会に出てからも、その早稲田の友達とピット・インや、そうそう、国分寺のピーター・キャットにはよく行ったわ。あ~懐かしいわね。村上君との会話は知的で本当に面白かったわぁ。」

懐かしそうに語る姉を見ながら、この話は何処まで行くのだろうかと思って聞いていた。

「そういえば、その反動もあってか大学の3年になってから、山登りなんていうのも始めたわね。あれも、大学の先輩の誘いだったなぁ。」

「あーっ。それ覚えてる。車に乗った友達が迎えに来てくれて、大荷物を背負って出かけてた頃の事でしょ。姉さん、前日になるとすごく嬉しそうに準備してたのもね。」

「あら。覚えているの。」

「そりゃそうよ。あんなに生き生きとした姉さん見るの久しぶりだったから。」

「そうかぁ・・・。そうね。今思えば自然に親しむなんて、松之郷を出て以来だったからかもしれないわね。」

「そうだね。大学に行き始めてから、ずっとここにいたものね。」

「うん。だから自然に身いている自分を感じるとね、心がすーって澄んでゆくのよ。それがすごく不思議で、山からここに帰ってくると、思いのほか勉強に集中できたことも、山登りが好きになった理由だったわ。都会で暮らしていると何かと便利で有難いけれど、人間の根源的な要素が薄れてしまうような気持ちにもなるわね。」

「そう言うのって、姉さんらしいね・・・。でも、山登りっていえば、一度だけひどく疲れて帰ってきた事なかった。いつも、はつらつとして帰ってきてたから、その時の印象がすごく鮮明に残っているのよ。あの時、何かあったの? 」

そう言うと、姉は「う~ん。いつの事だったかしら。」といって腕組をした。

「となりのトトロ その後 五月物語。」 22

2014-01-13 18:34:49 | 日記
「で、あなたはどう思う。」

「う~ん。」

「何、その生返事。」

「だって、どのあたりが私の生活に関わるのかよくわからないんだもの。私は健二さんと希とあかりちゃんと今の生活が続けられればそれでいいんだもの。」

「あいかわらずねぇ。まぁいいわ。それでね・・・。」

姉は私の意見を置き去りにして話を続けた。やっぱり年を重ねたせいなのだろうか、少し意固地になったんじゃないかなと思う所もあるけれど、それでも姉は姉で、しっかりとした意見を持っている人であるという事はわかった。

「法案が可決しないように学生運動していた友達たちに声を掛けて国会前でデモ行進してやろうかと思うくらいだわ。」

「姉さん。学生運動してたの? 父さんと母さんが参加しちゃ駄目だって言っていたのに・・・。」

そう言うと、姉は少し困った顔をして「う~ん。積極的に参加してたわけじゃないのよ。」と、言った。

納得がいかない私は、少し言葉を強くして「じゃあ、どういうことなのよ。私が父さんと母さんに代わって姉さんに問うわ。」と、言い返すと姉は苦笑いをしながら「わかったわよ。」と、言って話し出した。

「学生運動が盛んだったころ、学内は常に活気があって祝祭的な雰囲気でね。私もその渦中にいたから、どこかしら影響を受けてたのよ。入学した翌年に起こった安田講堂事件の時は、先輩に誘われてお茶の水から東大を目指したデモ行進に参加したし、駒場であった三島由紀夫さんとの討論会や秩父宮ラクビー場であった東大七学部学生集会にも参加したわ。それは、学生運動によって時代を動かしてやろうというよりも、運動自体にどこかしら祝祭性が伴っていたから参加していたのよ。だから、暴力行為を伴う運動にはずっと疑問を抱いていた。そのきっかけは東大闘争の時に、医学部の友達に会いに行った帰り一部の学生がグラウンドで竹やりを持って整列している姿を観た時だったわ。その時畏怖の念を抱いて、これは学生運動ではなくテロリズムなのではないかと思ったの。そして、こんな時代錯誤した行動で状況を好転させる事が出来るのかって疑問を感じたのが、学生運動を考える出発点になったのね。そして、彼らの起こした行動が、私達が望んでいるものは暴力の果てに得られるものではない事を示したし、抑制が利かなくなった群衆が一丸となって高揚すると危険な方向へと膨れ上がって行く事と、世間とは世相と群集心理との相乗作用の結果だと言うのも実体験を通して知ったわ。それでも、学生運動の本質は良く解らないものだっだったし、当時、吉本隆明さんが支持されたのは、その構造・・・。共同幻想、つまり日本封建性というものは、時代を経て繰り返し訪れるもので、その都度、自己幻想との対立があり、その思想は共同幻想に逆立ちするものなのだと、詩人の感性と歴史観をもってcool、且、論理的に説明できたからなんじゃないかなと今は思う。安田講堂籠城を引率した、議長の山本さんや今井さんの気持ちも分からなくはなかったけれど、私は彼らより、闘争終結のために動いた町村君を中心とするシンパを支持していたわ。それでも、私は、支持するだけで、父さんや母さんの戒めがあったとはいえ、皆の主張に耳を傾け考えるくらいしかできなかった。そんな自身を意気地無しだと責めていた時もあったのよ。」

一気に話す姉の言葉には嘘偽りはない。その頃の私は中学生で、同級生の男の子たちがよく学生運動の真似をしていたのを見て、なんであんなことしているんだろうと思ったくらいだった。

「となりのトトロ その後 五月物語。」 21

2014-01-12 16:32:18 | 日記
私達の間にできた溝は、母さんのおかげで解消したけれど、その時の名残というか、もともと面倒くさがりの私は寺島の家に行かなくなってしまった。それでも、そのおかげか臆することなく姉に皮肉交じりの冗談を言えるようになったのは私にとって大きな進歩だった。

「姉さんは、いつも手堅いものね。旦那様も霞が関にお勤めで、しかも、お見合いだったし・・・。私には到底分らないわ。」

と、言い放った。すると、姉はストレートに、

「いやだわ。それって嫌み? 」

と、言った。私も負けじと、

「そうよ。嫌みよ。」

と、言い返したら、何となく可笑しくなり二人で笑った。

「そう言えば、旦那さまは健在? 」

「まァ、元気なんだけれどね・・・。」

そう言うと、ため息をついた。姉の旦那様はいつも忙しいせいか姉の結婚式から数えるほどしか会っていない。だから訪問する度に旦那さまの様子を聞くのだけれど、いつもの明快な返事ではなくて、なにかあったのかもと思った私は黙って姉を待った。すると姉は少し間をおいてから歯切れ悪そうに話を再開した。

「実は。つい、この間・・・。口論しちゃって。今、少しぎくしゃくしているのよ。」

「へぇ。口論って、姉さんにしては珍しいね。」

「そうかな。でもね、久しぶりに本気で議論したわ。」

「なんなの? 何が原因なの? 洋司君の事? 」

「洋司の事は何も心配してないわよ。もうお嫁さんに任せてあるから。」

「じゃあなによ。」

「特定秘密保護法よ。」

「えっ。家の事じゃないの? 」

「そうよ。」

「・・・それで。」

私は大きなため息をついた。姉らしいと言えば姉らしいのだけれど、法案を巡って中が悪くなるなんてちょっと考えられない。でもどういういきさつで口論になったのか気になる所。だから私は姉の話の行方を見守る事にした。

「洋介君はね、特定秘密保護法はこれからの国家と国益を守るためには必要不可欠な法だっていうのよ。それでね。科学は飛躍的に進歩を遂げたが、人間の根本は紀元前から進歩していないだろう。したがって、利便性の向上というものは、経済を発展させる要素ではあるが、人間を堕落させ、リスクを増長するだけだから、国家が主体となって抑制し、国民が低きに流されないように導かなければならない。それを怠れば国家が国家としての体を失ってしまいかねないって、そんな不遜な事を言うのよ。」

「はぁ。」

「だからといって、国家と国益のために私達の生活の根幹にかかわる事のすべてを政府の都合で秘密してしまうって、どう考えてもおかしいでしょ。だから、その考え方は、国民主権や民主主義をないがしろにしている。あなたは日本が戦中に戻ってしまってもかまわないっていうの? もし人間の根本が紀元前から変わらないなら、それを作った法案自体に国家の体を失う危険性が含まれているんじゃないの。特定の国に対して守秘する事を約束するよりも積極的に情報を開示したほうが、世界から信頼を得られ、それが国益に繋がるんじゃないのって言ってやったのね。そうしたらお互いにヒートアップして・・・。」

姉は国会中継で行われている答弁している人のようにその趣旨を語るけれど私にはあまり響かないものだった。気持ちは分からないでもないけれど気持ち半分で聞いていた。

「となりのトトロ その後 五月物語。」 20

2014-01-11 08:41:09 | 日記
「確かにそうなんだけど・・・。恋愛に対して弱虫だったのよ・・・。」

恋愛事となると姉はいつも慎重で、石橋を叩いて渡るようにいつも友達や両親に相談していた事が多かった。今の旦那様との出会いも文部省に勤めていた時に上司から持ちかけられたお見合いだった。

「弱虫って・・・。」

「うん。あの時私にもっと勇気があったら、今とは違う人生を歩んでいたわ。」

恋愛に勇気が必要。私にはそう言う気持ちは分からない。誰かを好きになったら、その人の事だけを想えばいい。すごく簡単な事なのになと思った。

「そういう姉さんの気持ちは、私には分からないなぁ。」

「そうね。貴方の恋愛はいつも猪突猛進だものね。でも、それで私達にどれほど心配させたと思っているのよ。」

姉はそう言ってフフフと笑った。

「またそのはなしをもちだすぅ~。」

そう言われると本当に困ってしまうけれど、今思い出しても無鉄砲だったなと思う事がある。それは私が高校3年生の一学期の終わり頃に図書館で出逢った大学4年生の彼に一目ぼれしてしまって、何度目かの図書館で私から告白して、その年の夏休みの間、親には友達の家で勉強すると嘘をついて、彼のアパートに泊り込んだことがあった。
それでも、母さんには心配させたくなかったから、後から彼のアパートにいる事を電話で伝えた。すると母は怒るでもなく「あまり迷惑掛けるんじゃありませんよ。」と、とても優しく行ってくれたから、それをいい事にずっと彼のアパートに泊った。でも、半月過ぎても帰らない私に、さすがに心配したのか電話を掛けてきて「もう、帰っていらっしゃい。これ以上彼に迷惑かけてはいけませんよ。」と諭した。その言葉に反抗する理由もないし、私は母さんが大好きだったから、彼にその事を告げると、彼は少し渋っていたけれど、お構いなしに家に帰った。家に帰ると父さんは「嘘はいけないよ。」とだけ言って普段通りに接してくれたけれど、姉は私の身勝手さに激怒していて、その怒りはしばらく収まることはなかった。

それほどに夢中だった彼との恋も卒業と共にあっさりと消えてしまったけれど、別に落ち込むほどの事でもなかったから、あっけらかんとしていたら、姉は「なんで、そんなに平然としていられるの!まったく信じられない。」と呆れていた。
その頃からだろうか。私は姉を少し疎ましく感じるようになり、すれ違い始めた互いの感情は次第に思春期の私達に大きな影を落としていった。そして、高校を卒業し就職先で出逢った健二君とほどなく恋に落ち、親の相談もなしに同棲を始め、出逢って半年くらいで結婚を決めた。それは、彼が大好きだった事が大きな理由だけれど、その頃、ちょうど姉のお見合い話が進んでいた事と、ぎくしゃくしている関係が耐えられなくなっていた事が結婚を速めたきっかけだった。

姉は、私が先に結婚した事にも余りいい顔はせず、ぎくしゃくしたまま口もきかなくなり、自然に距離を置くようになってしまった。

「となりのトトロ その後 五月物語。」 19

2014-01-10 16:35:13 | 日記
「それと、寛太兄ちゃんたら、煙草を吸ってたのよ。びっくりしちゃった。」

「?」

「だって、最後に会ったのが小学生の頃だったでしょ。だから、おもわず煙草を吸うんですねって言っちゃったのよ。」

「もう、なにいってるのよ。恥ずかしいじゃない。寛太さんは私と同い年なのよ。」

「それは分かってるけど、ついね。」

「メイったら。」

「でも、それで面白い事が聴けたのよ。」

「面白い事? 」

「うん。」

「なに? 」

「聞きたい? 」

「なによ。また意地悪? 」

そう言って頬を軽く膨らませる。いつも毅然としてる姉が時頼幼く見える瞬間だ。私は勿体ぶりながら話を続けた。

「それがね・・・。煙草を吸うきっかけが・・・。姉さんと失恋だったんだって! 」

「えええっ!! 」

思った通りだ。顔を紅潮させ狼狽する姉に思わず笑った。

「あなっ、あなたねぇ。なんでそんなこと聞いたのよ! ちょっと、どういうことなのよ!それ!! 」

「聴いたんじゃないもの。寛太兄ちゃんが話してくれたのよ。私が悪いんじゃないわ。」

そう反論すると、姉は落ち着きを取り戻し「ああっ。ちょっと興奮しちゃったわ。ごめんね。」と謝ってきた。私は寛太兄ちゃんから聞いた話を姉に話すと、

「そんな事もあったわ。」と、言った。でも、どうして駄目だったのかとても気になったから、

「姉さん。どうして寛太兄ちゃんじゃあ駄目だったの? そこが良く分からないんだけど。」

と、聞くと、姉はお茶を飲み、「そうねぇ~」と、言ってしばらく考えてから、

「まだ、若かったしね。知りたい事もやりたい事も沢山あって、そっちの気持ちの方が大きかったからかなぁ。」

と、当時の気持ちを話してくれたけれど、腑に落ちなかったから、

「でも、寛太兄ちゃんは、待っててくれるって言ってくれてたんでしょ。」

と、問い詰めると姉の表情が少し厳しくなった。これは触れてはいけない事だったのかなって思ったけれど、聞いた後ではどうしようもなく自然に任せるしかなった。しばらく応接間には柱時計の振子の音だけが聞こえていた。そして、姉はまた少しずつ話しだした。

「となりのトトロ その後 五月物語。」18

2014-01-09 08:42:18 | 日記
「それでね。寛太兄ちゃんから、どうして文部省に入ったのかって聞かれたんだけれど、その話は聞いてなかったでしょ。だから分からないって答えたけれど、どうしてだったんだろうなって・・・。ねぇ、どうしてなの? 」

そういうと、姉はお茶を一口飲むと「そうねぇ。あなたにははなしてなかったわね。」と言って、その訳を話しだした。

「大学3年生の終わり頃にね、漠然と教師を目指していた事に迷いが生じて恩師に相談したの。その時の恩師の言葉というのは、とても印象深くてね。今でも時々思い出すほどだわ。」

「それほどに? なんて言われたの?」

そう聞くと、姉は腕を組み遠くを見ながら想い出を再生させた。

「恩師はね、教員の資格の取得を教育者としての唯一の目標と考えるなら、これは良い、悪いと言う以上に悲しむべき事で、しかも人間の魂に自覚の火をつけるべき教育者の道を選びながら、ただ漠然と教員の免許状を取る事を目標としてしまったら、その後も今のあなたと同じように迷い、虚しいと感じるのではないでしょうか。もし、本当に教育者を志すならば、教員の資格は資格でしかないと考え、取ったその先に教育者としての無限の大道がある事を知り、いやしくも学問修養に志す以上、偉大な先人の踏まれた足跡を、一歩なりとも踏もうと努め、それににじり寄ろうとする気魄がなくてはならないのですよって、私に教授してくださったの。それで、私なりに考えていた時に、文部省に行かれている先輩から声を掛けられて、話を聞いてみるとそこに私のやりたい事があるんじゃないかと思って、国家二種の試験を受ける事にしたの。それで、文部省に入省する事になったのだけれど、今思うと少し稚拙な思考だったと反省しているわ。でも、その恩師のアドバイスがなければ、今の仕事はしていなかったと感じているわ。」

「ふ~ん。」

「なによ。」

「いやぁ。よくわからないけれど、姉さんらしいなと感心してたのよ。」

「あら、それはありがとう。でも、なんだか懐かしいわね。」

とても嬉しそうに懐かしんでいる姉を見て、いい想い出だったんだなぁと思った。

「それで、寛太さんは他に何か言ってなかった? 」

「そうそう。それでね、出産を機に文部省を退官したってはなしたら、サツキさんらしいって笑ってたわ。」

「いやだ。恥ずかしいじゃない。」

「でも、本当に思いきった選択だったね。」

「そうかな。たしかに周りの人はもったいないと言っていたけれど、私にしてみれば自然な選択だったわよ。だって、母さんが療養中の時とても淋しかったでしょ。現在のように社会が支援してくれる制度があれば考えたけれど、その当時働きながら育児をする事は、自分の子供にも淋しい思いをさせてしまう事だって思ったからよ。」

さすがは姉。そこまで考えて仕事を辞めたのかと思った。

「へぇ。それが理由だったんだ。たしかに、母さんがいない時はすごく寂しかったな。」

「そうでしょ。それに一つの事に集中した方が心身共に余裕が出来て充実するからメリットとしても大きいと思うよ。」

「うん。たしかに、そうかも。」

「寛太さんは他に何か言ってなかった? 」

「う~ん。それくらいかなぁ。あっそうだ!! 」

「なに、なに? 」

「よく解らないんだけれど、ビートルズのおかげで英会話が助かったっていってたよ。」

そう言うと、姉は湯呑茶碗を両手で持って微笑んでいた。

「となりのトトロ その後 五月物語。」 17

2014-01-08 08:12:54 | 日記
「おまたせ。」

「ありがとう。」

コーヒーを受け取りテーブルの上に置く。姉は自分の湯呑茶碗を置いてから私の前に座った。

「あれっ、姉さんはお茶なの。」

「ああっ、そうね。コーヒーは朝飲んだから。」

「あら。それならお茶でもよかったのに。ごめんね。気を遣わせて。」

「いいわよ。気にしなくて。」

向かい合わせて二人でお茶を飲む。静かな時間が流れる。久しぶりの対面。何から話そうかと少しばかり気が焦る。

「そうそう。そういえば、このあたりの風景もずいぶん変わったわねぇ。おかげで家を見落としそうだったわ。」

「それは、あなたがなかなか来ないからでしょ。それに、鴨長明もいっているでしょう。川の流れは絶えずしてしかも元の水にあらず。世の中にある人と栖と、又かくのごとしって。」

「姉さんってほんと変わらないなぁ。」

「なにが?」

「いやねぇ。話に鴨長明のたとえとか持ち出す所よ。」

「そうかなぁ・・・。そうそう、そんな事はさておき、昨日の話の続きよ。」

早速に話の本題を切り出して来た。そんな姉に失笑しそうになったけど、ぐっと堪えて少しとぼけてみた。

「昨日の話って? 」

「あらいやだ。それって意地悪? 」

思わず笑ってしまった。

「ごめん。冗談よ。昨日の話ね。」

姉はうんうんと頷くと、私の話に注目した。

「本当に驚いたわ。まさか寛太兄ちゃんに会うなんて思わなかったから。」

「本当なのね。彼・・・元気そうだった? 」

少し心配そうな表情の姉。やはり気になるようだ。

「うん。元気そうだったよ。今は松之郷に帰ってきて恩田技研で長のつく役職してると言ってたわ。」

「へぇ。がんばってるんだ・・・。松之郷に帰ってきてって言ったわね。それまではどうしてたの。」

「なんでもね。出張やら出向で海外勤めだったそうよ。」

「そうかぁ・・・。でも、無事でよかった。」

姉は少し安堵したようだった。

「それからね。サツキさん元気にしてますかって言っていたから、元気にしてますって答えておいたよ。」

「・・・そう。」

姉は少しうつむき、ギュッと握った手をじっと見ていた。きっと何かを思っているのだろう。

「となりのトトロ その後 五月物語。」 16

2014-01-07 08:20:09 | 日記
姉の家は母の実家である寺島家の家だ。母は寺島家の一人娘だったから父は婿入りという形をとってはいたが、父が草壁家の長男だった事と御婆ちゃんが物事にこだわらない人だったから、当時にしては珍しく父の草壁を名乗る事になったらしい。
そして、なんといっても寺島の家は都心で地下鉄の駅も近くにあり父さんの勤めていた大学院も近いからとても便利だけれど、郊外に住む私の家から車で行こうとするとかならず渋滞につかまり、ひどい時は2時間もかかってしまう。でも、バスと電車で行けば45分なので姉の言うように公共交通機関で行った方が早くて安全で良いと言えば良い。

支度を済ますとバス停まで歩いてゆく。風が冷たく少し寒いけれど天気が良いから心も晴れやかだ。バスに揺られ最寄りの駅から電車に乗りかえる。車窓から見える建物がどんどん高くなり空も狭まってくると姉の実家の最寄り駅である大所駅までもうすぐだ。

大所駅で下車すると銀座も近いだけあって沢山の人が行き来している。人混みが苦手な私は早足に改札を抜けると、さっそくタクシーを拾った。本当は歩いて15分程で辿り着けるのだけれど歩くのがめんどくさくなってしまった。

タクシーの運転手さんに行き先の番地を告げると、「かしこまりました。」と言って、スムーズに車をスタートさせた。私は後ろの席に深く座ると流れてゆく風景をぼんやり眺めた。このあたりも再開発が進み街並みがずいぶん変わってしまっていて、酒屋さんがコンビニになっていたり、八百屋さんが駐車場になっていたり、銭湯がファミリーレストランになっていたりして少し淋しさを感じてしまった。

大通りを左に曲り少し細い路地進んでゆくと住宅街が広がる。ここでも世代交代が始まっているせいか所々建物が新しくなっている事に気づく。道をしばらく進むと左手に築80年の立派な日本家屋が見えてくる。寺島の家だ。

「運転手さん。ここで止めてください。」

寺島の家の前でタクシーを止めてもらい料金を支払うと運転手さんが爽やかに「御乗車ありがとうございました。」と言ってお辞儀をしてくれた。気分良くなった私は「お釣りはいいから取っておいて。」言って軽く会釈し車から降りた。そして門の横に取り付けてあるインターフォンを押すと、かしこまった声で「はい。どちらさまでしょうか?」と、姉が尋ねてきた。

「わたしよ。わたし。」

「あら、早かったわね。今開けるから入っていらっしゃい。」

家の前には小さな庭がある。一年に一度は庭師に入ってもらい手入れをする決まりを守っているだけあって美しさを保っている。お祖父ちゃんの趣味であった盆栽も姉の旦那さんが受け継いで時々手入れをしているようであの頃のままの姿を留めていた。

「こんにちは。」

玄関で待ち受けていた姉は軽く化粧をし、髪を後ろで縛り、温かそうな白いセーターに千鳥格子柄のスカートを履いてとても若々しい。それに比べ私はそう言う事に疎いから尊敬してしまう。

「いらっしゃい。お上がんなさい。」

「おじゃまします。」

仕事に追われているにもかかわらず、家もきちんと掃除されていてびっくりする。

「あいかわず、綺麗にしてるわね。さすがだわぁ。」

「あら、ありがとう。」

「応接間で待ってて。飲み物持って行くから、お茶とコーヒーがいい? 」

「・・・そうねぇ。コーヒーがいいわ。」

「わかった。」姉はそう返事をすると、さっと台所へ向かっていった。私は応接間に行き、ふかふかのソファに座る。

「へぇ。このソファまだ健在なのね。」

小学生の頃、このソファではねて遊ぶ度に御婆ちゃんに怒られていた事を思い出した。今思うとなにが面白かったんだろうと不思議に感じるけれど、当時の私にとってはこのふかふか感がたまらなかったんだろうなと思った。
この応接間も日本家屋の中に応接間だけ洋風というとても時代を感じさせる作りなのだけれど、手入れが行き届いていて変化と言えば使わなくなった暖炉の上に父と母の仲むつまじい写真が上品なフォトフレームに納められ飾られているくらいだった。

「となりのトトロ その後 五月物語。」 15

2014-01-06 15:41:52 | 日記
翌日、またいつものように夫と娘と孫を送り出した後、さっそく姉に電話をすると2回目のコールで元気な声が聞こえてきた。

「おはよう。昨日のメール、びっくりしたわよ。本当に寛太さんに会ったの? 」

早速の問いに、顔が緩んだけれど、察しはついているから、わざともったいぶらせて、

「うん。まあね。私もびっくりしたけどね・・・。でも、寛太兄ちゃんと色々と話しをしたら、姉さんに聞きたい事が出来たわ。」

と、言うと、「なんなの? 聞きたい事って。」と言った姉の声が少し動揺しているのが電話口から伝わってきた。余り物事に動じない姉が動揺するのは本当に珍しいからなんだかおかしくて笑えてくるのをぐっこらえ、

「だから、そっちに行ってから話すわよ。それより、どうしたの姉さん。様子が変よ。」

と、少し茶化すと、「なっ、なんでもないわよ。それよりも気をつけていらっしゃいな。」と、巧みに切り返し何事もなかったように畳みかけてきた。

「いいこと。車は駄目よ。公共交通機関を使っていらっしゃい。」

「ええっ。めんどうくさいじゃん。」

「なにいってるの。危ないじゃない。絶対駄目だからね。」

姉の強い押しにくじけた私は、

「わかったわよ。じゃあ今から支度をして出かけるから。電車なら姉さんの家に着くのは11時ごろになると思うわ。」

と、言って引きさがると、

「じゃあ、お昼御飯の用意しておくわ。何が食べたい? 」

と、言ってくれた。でも、突然何が食べたいかなんて思いつかないから、「んー。何でもいい。」とあいまいに答えたら、

「それが一番困るのよ。」

と、きっぱり言われ、困った私は姉に甘えることにした。

「だって何でもいいんだもの。」

「わかった。じゃあ見繕って用意しておくわ。」

「うん。ありがとう。じゃあ後でね。」

「うん。じゃあ後で。」

携帯電話を閉じると、姉との会話を少し苦手とする私はふぅっと息ついてから、ゆっくり支度を始めた。

「となりのトトロ その後 五月物語。」 14

2014-01-05 10:03:55 | 日記
姉と寛太兄ちゃんが大人の悩みを抱えていたなんてと思いもよらなかった。でも、母の代わりをしていたしっかり者の姉にもあのころからそういう所があったのに、そんな姉のことも知らずわがまま言い放題だった私に心が痛んだ。

私が昔の事を回想している間にも撤去作業は着々と進み、気が付けば大クスは徐々に切り離されていって、最後には大きな切り株を残して無くなってしまった。

「そうだ、写メをとって姉に送ろう。」

ベンチから立ち上がると切り株となってしまった大クスの方に向かって歩いてゆき作業員さんに会釈をして切り株が見えるところまで近づくと写メに納めた。そして、姉に「寛太兄ちゃんに会いました。」と言葉を添えてメール送信した。どんな返信がくるんだろうと、いたずらっ子のようにうきうきしながら携帯が表示する時間を見ると急にお婆ちゃんという現実に引き戻された。

「いけない! あかりちゃんが帰ってくる。」


慌てて小走りで車に乗り込むと家路に向けて車を走らせた。

少し交通量が増えた帰り道の風景にもあの頃の景色は見当たらない。想い出を探すことは淋しいという気持ちを埋めたいからなのかなと思うけれど、想い出の場所から離れた者がそこで暮らし続けている人達の想いを慮らずに想い出のまま留めておきたいと思う気持ちは私達のエゴなのかもしれないと思った。

家に着いて携帯を見ると姉から返信が届いていた。珍しく誤字脱字があってかなり慌てた様子が伺いしれて思わず笑ってしまった。

「ふ~ん。寛太兄ちゃんと出逢った事がそんなに大変な事だとはねぇ。まぁ、話なら明日ゆっくりできるから返信はしなくていいか。」

私は姉より少し優位に立てていることにうきうきした。明日は楽しくなるぞぉと思いながら時計を見るともうすぐ3時になろうとしていた。

「あっいけない。あかりちゃんを迎えに行かなければ!! 」

こういう所はいつまでたっても本当に治らないなと反省しながら、送迎バスの停留所まで孫のあかりちゃんを迎えに行った。

「となりのトトロ その後 五月物語。」 13

2014-01-04 13:51:23 | 日記
それから、なるべく普通にしていようと心がけていたけれど、僕らは何となくよそよそしくなりあまり顔を合わさなくなってしまっていた。サツキは大学に合格したみたいだったけど、やっぱり誰にも告げることなく普段通りにみんなに接していた。
そして、卒業式を終えた2、3日後だっただろうか。草壁家の人々が僕の家に引越しの挨拶をしに来た。親爺やおふくろ、婆ちゃんは随分前から知っていたらしいが、サツキは僕の前では一切そんなそぶりも見せなかったからとても驚いた。
本当は挨拶なんてしたくはなかったが義理を欠いてはいけないと御婆ちゃんが言うので、しぶしぶその場に出て行った。両親が話をしている間、僕は気まずい雰囲気を出さないように普段通りに話を聞いて時頼相槌や作り笑いをしてみせたが、サツキは両親の傍にいてずっと下を向いたままだった。それに比べ、メイちゃんはいつものように庭先で元気よく犬と遊んでいた。
サツキの両親は僕らの間に何があったか知らない。いつものサツキならきちんと挨拶をするはずなのに、いつまでたっても下を向いたままだったから両親から「きちんと挨拶しなさい。」と諭され、ようやく小さな声で「お世話になりました。」と一言だけ言った。

僕はその日、こたつの上に置いてあった「朝日」と書いてある親父の煙草を一本拝借して家の裏で初めて煙草を吸った。思い切りむせて涙が出たけれど少し大人になった気がした。

「まぁ、きっかけはそんなところです。・・・つまらない話をしてしまいましたね。」

寛太兄ちゃんは苦笑いをしながら初めて煙草を吸ったのはお姉さんに振られたのがきっかけになった話をしてくれた。少し驚きながらも、そういえば引越しをする前くらいから大学を受かったにもかかわらず姉の元気が無かった事を思い出していた。

「・・・そんなことが姉との間にあったんですねぇ。」

そう言うと、寛太兄ちゃんは少し照れくさそうにしながら、

「ええ。まあ、幼い頃の思い出だから、おぼろげですけどね。でも、いい思い出です。」

と、感慨深そうに言った。

「私、その頃小学生だったから全く分からなかった。」

そういうと、またハハハッと笑って「そうでしょう。だって、その頃のメイさんは、まだ鼻水を垂らしていても平気なおてんばさんでしたから。」

そんな事を言われるとは思わなかったから、幼いころのこととはいえすごく恥ずかしくなってしまった。
でも、それが寛太兄ちゃんが思っていた私なんだと分かると、なんだか面白いなと感じた。

「さて、そろそろ仕事に戻りますか。」

寛太兄ちゃんは、そう言うとズボンのポケットから携帯灰皿を取り出し煙草の吸殻を入れた。

「お仕事中でしたの?」

「ええ。今は昼休みです。仕事は今でも変わらないですから・・・。でも60を過ぎてようやくここに戻ってこれたのは本当にうれしいですね。そして、大クスの最期も見届ける事が出来て・・・。しかも定年前だから感慨深いですね。」

「えっ。60を過ぎてからって。それまではどちらに? 」

「海外ですよ。西ヨーロッパ、北米、東南アジア、南米と渡ってきました。大変でしたが、おかげで長のつく役職につけました。」そう言って笑うと、すくっと立ちあがり、「では、お元気で・・・。そうだ! サツキさんにビートルズのおかげで、その後の英会話が随分助かりましたと、お伝えください。」そう言うと、何かの歌だろうか、 Baby's good to me, you know~と、口づさみながら公園から去って行った。

「となりのトトロ その後 五月物語。」 12

2014-01-03 11:20:34 | 日記
「なぁ。サツキ・・・。」

「なに? 」

「俺・・・。お前の事が好きだ。松之郷に引っ越してきた時からずっと・・・。大学卒業するまで待っているから・・・。だから結婚を前提に付き合ってくれないか。」

そう告げると、サツキは顔を真っ赤にしながら窓の外の風景に顔を向けて、

「・・・突然何を言うのよ。そんな事、急に云われても困るじゃない・・・。」

と、言った。

「いつか伝えようと思ってたけど、なかなか勇気が出なくて今日になってしまった。」

サツキの耳が真っ赤になっているのが見えた。それでも、一生懸命に考えてくれている事が分かったからサツキが答えてくれるのを静かに待っていた。
ただただ、じっと待っていた。
すると、サツキはとてもか細い声で、言葉を選ぶようにゆっくりと、

「・・・気持ちは嬉しいし、私も寛太の事は好きよ。でも、私にとってまだ早すぎるの。」

と、言った。沈黙を破った言葉は僕にとって切ないものだったけれど、簡単には諦めきれなかった。

「だから、待ってる。」

「・・・ごめん。」

「ごめんって・・・。」

「今の私は、あなたの気持ちには応えられない。」

「なんで。なんでなの? ひょっとして農家の嫁さんになる事が駄目なのか? 」

そう言うとすごく困った顔をして、

「・・・そうじゃないの。大垣のおばあちゃんから色々教わったからきっと農業は出来るよ。でもね。今の私では考えられないの・・・。」

そう言われると返す言葉もなく、ただ、ただ、悲しくて仕方がなかった。しかし、男は諦めが肝心。誰かがそう言っていた。だから、その言葉を飲み込み、大きく息を吐いた。

「わかった。これからも友達でいよう。このままずっと。・・・。」

そう言うと、サツキはほろほろと涙を流し、小さな声で「・・・ごめんね。本当にごめんね。」と繰り返した。

「なんか、俺の方こそ突然でごめんな。 サツキの気持ちは十分わかったから、もう泣かないでくれ。」

そう言って、ハンカチを渡すとサツキはハンカチを手にとって涙を拭いて首を横に振った。

「私がバカだから・・・。」

その言葉は、僕にとってよくわからないものだった。

バスが松之郷の停留所に着くと、僕たちは静かにバスを降り、いつものように「また明日ね。」「また明日。」と言った。その挨拶が唯一の救いだった。そして、その日の出来事が何事もなかったかのように次の日もやってきて、いつものように稲荷前のバス停で「おはよう!」と元気よく挨拶するサツキに僕も気後れするまいといつものように

「おう。おはよう。」と返事をした。

すごく些細なことだけれど、それがこの時の僕がサツキに出来る精いっぱいの事だった。

「となりのトトロ その後 五月物語」 11

2014-01-02 19:01:27 | 日記
「ところで、いつも一緒にいる松下さんは?」

「松下さん、今日は風邪をひいて休みなんだよ。ここのところ風邪が流行ってるからね。私も気をつけなければ・・・。」

そう言って、サツキは手編みの白いマフラーに首をひっこめた。

ようやくバスが来て二人で乗り込む。お客さんはまばらで席も空いていた。

サツキは「こんにちは」と車掌さんに挨拶をした。帰りもきちんと挨拶してたんだ。本当に偉い奴だなと後ろで感心していると、すたすたと空いている席へと向かった。今日は松下さんがいないから、後ろに座る理由もない。これは待ちに待ったチャンスかもしれない。そう思って、さりげなく隣に腰を掛けてみた。

何か言うかなと思って少し構えたけれど何も言わない。そうなると僕の方が緊張してしまう。だから、意識しないように普通に話しかけようとするとサツキの方から、

「そっ、そう言えば頼まれてた、これ。」

と、慌ててカバンを開いて、中から便箋を取り出した。

「ほらっ。以前頼まれてたビートルズのアイ・フィール・ファインの歌詞。」

「ああっ。ありがとう。悪いね。」

「いいよ。お安いご用です。でも、思ったんだけれど、歌詞は覚えられても楽譜やレコードがなければ歌えないじゃない。」

「大丈夫だよ。サツキが歌っていたメロディが頭の中に残っているから・・・。」

「へぇ~。すごいじゃない。」

「すごくないよ。それに、今はうろ覚えでも働いて給料もらったらレコードもステレオも買うつもりだから。」

そう言うとサツキは「そっかぁ。」と呟いた。

「なぁ。サツキ。おまえ・・・進路どうするの? 」

そう言うとサツキはぎゅっと握った自分の手をじっと見つめて何か考えていたけれど、スッと顔をあげると、

「もし大学が受かっていたら、もっと知りたい事があるからそれを勉強して、身に付けた事を誰かの役に立てられたらいいなって思っているの。」

と、言った。僕はその言葉にとても強い意志を感じたと同時に本当にサツキらしいなと思った。

「そうか。それで、何処受けたんだっけ? 誰も知らないようだけどさ。」

そう言うと、サツキは少しためらいながらひそひそと答えた。

「・・・ここだけの話だよ。東京大学だよ。」

「ええっ! そうなの。すげえなお前。何で言わないんだよ。」

「こういうのって色々噂になるし、それで、気が散って勉強に身が入らなくなるのもいやだったから先生にも黙っててねってお願いしてたの。」

「そうか。でもさ、今、学生運動すごいだろ。大丈夫なのか? 」

「学生運動なんて・・・。まだ受かったわけでもないし。」

「たしかに、そうだな。気が早いか。 でも、すごいよなぁ~。」

「すごくないよ。私は私。」

「まぁ。そりゃそうだけどさ。」

「そうだよ。」

そう言って、またうつむいてしまった。しばらくつづく沈黙。

この場を何とかしなければと慌てて取りとめのない話を続けた。

「そんな偉い大学行くって、サツキは先生にでもなるのか? 」

そう話しかけると、サツキは顔をあげて、

「先生? うん。そうだね。それも選択の一つだけど、この先どんな事にめぐり合うかもわからないから未定だなぁ。寛太は・・・就職するんだ・・・。」

と、言った。僕はとりあえず沈黙を何とか出来たと安心してサツキの問いに答えた。

「うん。俺はお前みたいに頭良くないし、家が農家だから後を継がなけりゃならないけど、時代も変わってきてるからって両親も言ってくれたから就職する事に決めたんだ。」

「時代は変わって行くかぁ。そうだね。ずいぶん豊かになってきたし、もはや戦後じゃないんだものね。」

「おおっ。それ誰が言ってたっけ? 」

「経済白書の日本経済の成長と近代化の結びの言葉だよ。」

「おお~。サツキは何でも知っているなぁ。」

「何でもってわけじゃないよ。まだ、知らない事の方が多いよ。」

そう言うサツキを見て、やっぱり遠いところへいってしまう人なのかなと思った。
でも、伝えなければならない。結果がどうであれ伝えなければ前には進まない。
今しかない!そう思った僕は意を決して胸の中で温め続けた想いをサツキに伝えた。