フェンネル氏の奇妙な生活

気付いた世界の中の小さな出来事と水彩画と時たま油絵と思いついたことを爺さんが一人語りいたします。

See sea

2009-05-21 19:05:21 | Weblog
久しぶりに海を見つめていた。ふと 思い出した詩



一日のはじめに於いて

          山村 暮鳥

みろ
太陽はいま世界のはてから上るところだ
この朝霧と街と家家
この朝あけの鋭い光線
まづ木木の梢のてっぺんからして
新鮮な意識をあたへる
みづみづしい空よ
からすがなき
すずめがなき
ひとびとはかっきりと目ざめ
おきいで
そしていう
お早よう
お早ようと
よろこびと力に満ちてはっきりと
おおこの言葉は生きてゐる!
何という美しいことばであろう
此の言葉の中に人間の純さ(きよさ)はいまも残っている
此の言葉より人間の一日ははじまる

もちろん、長いから全部覚えているわけじゃないけど海を見てたら始まりを感じてしまってオハヨウが一日のはじまりだからと思うとこの詩を思い出していた。家に帰ってノートをめくると書き留めていたのがあって、再読した。この言葉より人間の一日は始まると言い切られたら納得する以外ないよね。裁判員制度今日から始まる。実しやかにこの制度導入の説得と説明を繰り返すマスコミにはウンザリしている誰が仕掛けて誰が儲かったのかをハッキリさせずにヨーロッパではどうのアメリカではどうこうというのは、全く国民を馬鹿にしてるな。明治維新でもあるまいに。ただ、検察の証拠を再吟味すると言う切り口は、面白いと思うけど。人間の純さはどれくらい残っているのだろうかを試される場でもありますね。
コメント
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