このところ体調不良だ。風邪はひかないことにしてたのに寄る年波に逆らえず鼻かぜをひいてしまった。昔の映画で刑事役のイヴモンタンがハンカチでよく鼻をかむシーンがあったけどまさしくそれ。最近、親子ほど年の離れた若い女の子から「好き」と言われてドキマキしたせいかしら。恋の病にお医者を呼んで氷枕で風邪引いたと言う歌があったね。何故か知らないけど今年は、人生最後となるのではと思えるほど良くもてるんだ。自分で言うのもおかしいけどさ。男として安全パイになったということなんだろうか。ちょっと寂しい気もするけど「好き」と言われたらおじさんも悪い気はしない。「お前も可愛いよ」なんて軽口で返したりはするけれど純情中年としましては、この問題をどう扱えばいいのかとドギマギしているのがほんとうのところだ。それで、鼻かぜだろう、鼻垂らしたおじさんでわるかったなぁと心の中ではおもっているのに、つい若やいで「ヨッ!」なんて媚を売ってる自分が情けない。本当のところ、この風邪は、フロの蓋の上に猫が寝転んでいたからあまり沸かすことが出来ず寒い日にぬる燗で入ってしまったから体が冷えて風引いたんだ。世間では、新型だなんだといってるけどおじさんが引く風邪は、クラシックなんだ。ショパンでも聴こうかな。
一昨日の夕方、雨が上がってまだ寒かったのに中年3人組が花見の準備をしていた。あのブルーのシートを広げてダンボールをその上に敷いていそいそとセッチングに余念がなかった。犬を散歩させながら見ていた。頭上の桜はまだ3輪ほどの花を付けているだけ。よいしょよいしょと運んできたのは、なんとビールサーバー。この寒いのにと思いながらその場を離れたけど。ふと気づいたことがあって可笑しかった。こんな馬鹿をやるのは、昔からきまって最初にするのは、若者ではなくのんべぇのおじさん達だ。いつも震えながらのイメージだ。昨日も、今日もおじさんたちは頑張るのかなと思ってたらさすが、昨日も今日も天気悪いのでおじさんたちはいなかった。そりゃぁそうだろう。この風と雨が過ぎて暖かい風が吹いてきたら一気に満開になるからそれまでのしんぼうだね。まったく気がせく人が多いんだから。
シモーヌヴェイユ氏(82)がアカデミーフランセーズの正会員にという夕刊に載っていたのを見て頭がこんがらがった。シモーヌは、34歳で亡くなってるのにと。そしたら同名異人だった。同じ名前でこちらは女性運動闘士だって。どちらも活動家だからえっ、と思った。新聞を開くと僕の好きなジョニーアリディが真ん中に。ジョニー・トー監督の映画「冷たい雨に撃て 約束の銃弾を」の紹介だった。監督は、「自分だけのスタイルを見つけなければならない」と言い放ってノワール映画を撮り続けている。
見返りを求めない男たち ロマンチックな夢描く・・・のコピーが胸を撃つ!

そうなんだ、もう自分達も見返りを求めない領域に一歩足を突っ込んだんだよな。いわば、レジェンドの戦士として。戦士というのは適切でないかもしれないけど自分のスタイル、忘れていたものを思い出させてくれた言葉なんだよね。もうすべてのことにおいて自分は見返りを求めないだろうとボンヤリ思ってたけど「ロマンチック」な夢を忘れていた。おい、思い出せよとでも言うようにジョニーアリディがスクリーンから語りかけてきたんだろう。
見返りを求めない男たち ロマンチックな夢描く・・・のコピーが胸を撃つ!

そうなんだ、もう自分達も見返りを求めない領域に一歩足を突っ込んだんだよな。いわば、レジェンドの戦士として。戦士というのは適切でないかもしれないけど自分のスタイル、忘れていたものを思い出させてくれた言葉なんだよね。もうすべてのことにおいて自分は見返りを求めないだろうとボンヤリ思ってたけど「ロマンチック」な夢を忘れていた。おい、思い出せよとでも言うようにジョニーアリディがスクリーンから語りかけてきたんだろう。
山頭火を読んでいる。
歩かない日はさみしい
飲まない日はさみしい
作らない日はさみしい
ひとりでいることはさみしいけれど
ひとりで歩き、ひとりで飲み
ひとりで作っていることはさみしくない。
「飲みたい水が
音たてていた」
茫々たるべし
悠々たるべし
寂々たるべし
山あれば山を観る 雨の日は雨を聴く
春夏秋冬
あしたもよろし
ゆうべもよろし
何にも言えず山頭火を食べる・・・・・・。
歩かない日はさみしい
飲まない日はさみしい
作らない日はさみしい
ひとりでいることはさみしいけれど
ひとりで歩き、ひとりで飲み
ひとりで作っていることはさみしくない。
「飲みたい水が
音たてていた」
茫々たるべし
悠々たるべし
寂々たるべし
山あれば山を観る 雨の日は雨を聴く
春夏秋冬
あしたもよろし
ゆうべもよろし
何にも言えず山頭火を食べる・・・・・・。
もう春なんだと思っていたら今日は寒い。まさに「春は名のみの風の寒さや」だ。春は霞むもんだけど昨日なんて黄砂でどんよりとした空で北京の普段の空のようになっていた。これから、毎年こんな空になるのだろうか。何とかしてもらいたいね。ゴビ砂漠の砂だけなく化学物質も含まれているんだろうからそれが問題だ。空とか海はつながっているんだから自国の管理だけではいかないんだよ。クロマグロは減ったから捕るなだって多かったら捕っていいなんて誰が決めたのですか。まったく、弱者にとって量で決められたらかなわないと思っているのです。命の値段がグラムいくらだって。この奢った考え方いつか修正せざる終えない時が来るさ。命をいただいているということをもっと違う観点から議論したらいいのに。食べ物は、祭ったり、お供えしたりして神や仏の残り物をいただいているんだぞ。そんふうに食べ物のこと考えられないのかな。考えが違えば行動も変わるし態度もかわると思うよ。
この前の土佐のお客、大変盛り上がったんだけど、あのエンジン01の連中も来てたんだって。勝間さん、林真理子さん、川島なおみさんあとだれだっけ三枝さんかな。夜学を開いてくれたらしい。呼びもしないのによっぽど土佐が気に入ったんだね。「どこか違うの、この街だけは・・・」札幌もそうかもしれないけど、ここも違うんでしょうね彼等にとっては。自分達は地元だから当たり前と思っているんだけど黒潮文化っていうのが他県と違うとこらしい。夜学も大変盛り上がったと聞いた。もう少し来るのが早く分かっていたら一緒に飲めたのになぁと思いを馳せながら彼等が思いっきり土佐を堪能する様子をほのぼのとした気分で感じている。
桂浜にある龍馬館の館長が新聞に寄せていたことだけど龍馬館では龍馬に手紙を書くコーナーがあって1万3千通くらい書かれているらしいんだけどその中の1500通位をまとめて
「ほいらたまちゆうき龍馬」と言う本を出版したとのこと。あるとき、出版社の人との宴会で「この本売れますろうか」ときたら「売れん」と一刀両断に言われたそうな。「なんで?ですか」「タイトルが悪い、意味がわからないから」とのこと。土佐弁のタイトルは「龍馬伝」で土佐弁が浸透しつつあるとはいえ大阪弁ほど全国区ではないからタイトルとしては弱いという出版社の人のいうことは、ごもっともなことだ。この本ただいま苦戦中とのこと福山龍馬が番組の中で「ほいたら」を連発してくれたら状況は変わるかもしれないと館長はいってました。館には、「これは、土佐弁ではどう言いますか」との問い合わせも多いとか。
「手紙をおおせ、ほいたら待ちゆうき」と親切に言ってあげたらもっと売れたと自分は思うのですが、肝心なところをはしょるのが土佐弁だから龍馬ならこう言うと思ったのでしょうね。このタイトルを選んだ人は。京都弁では「ほな、待ってますえ」と言うのです。こっちは、売れそうだね。
「ほいらたまちゆうき龍馬」と言う本を出版したとのこと。あるとき、出版社の人との宴会で「この本売れますろうか」ときたら「売れん」と一刀両断に言われたそうな。「なんで?ですか」「タイトルが悪い、意味がわからないから」とのこと。土佐弁のタイトルは「龍馬伝」で土佐弁が浸透しつつあるとはいえ大阪弁ほど全国区ではないからタイトルとしては弱いという出版社の人のいうことは、ごもっともなことだ。この本ただいま苦戦中とのこと福山龍馬が番組の中で「ほいたら」を連発してくれたら状況は変わるかもしれないと館長はいってました。館には、「これは、土佐弁ではどう言いますか」との問い合わせも多いとか。
「手紙をおおせ、ほいたら待ちゆうき」と親切に言ってあげたらもっと売れたと自分は思うのですが、肝心なところをはしょるのが土佐弁だから龍馬ならこう言うと思ったのでしょうね。このタイトルを選んだ人は。京都弁では「ほな、待ってますえ」と言うのです。こっちは、売れそうだね。
昨日は、夕方の6時くらいから街のメインストリートで開かれている「土佐のお客」というイベントをバジルと見に行ってた。普段は買い物客でにぎあう通りに椅子とテーブルをずらっとならべて町中が居酒屋という雰囲気のイベントなんだけど沢山の人で込んでた。まるでフィリピンの屋台みたいなところで県民所得が全国46位とは思えないくらいののりですでにワーワーと飲んでいる。みんな幸せそうな顔。「これが土佐のお客やー」とかいってたいした盛り上がり。お客っていうのは「大宴会」のことだけどさすがノンべぇが多い県だから半端じゃないね。

その中の一つ炉辺というのか長火鉢に炭火を起こして干物やてんぷら(土佐ではさつま揚げのことをてんぷらという)を焼きながら飲める店の席が空くのを待っていると「おーい」と誰かが声をかけてくる。見ると、のん兵衛グルメの友達の兄貴すが。「ちょっと偵察に来た」とか言ってにこにこ笑っている。何の偵察か分からないけど早速二人が三人になって余計に席が取りにくくなったけどさすがのん兵衛だけあってここの店の人と知り合いで2席を確保してくれたそれに3人で腰掛けてキスゴ、潤め、さば、アジ、てんぷらを火に炙ってビールを飲んでワイワイとはじめた。隣に座ってた人が大阪弁で話すので「大阪からきたの」で話を始めて最後はてんぷら食べて、たたきも食べてなんてすっかり打ち解けて盛り上がった。「笹川良一が昔、人類はみな兄弟とか言ってたけど、あれは、高知の宴会のことだよ」なんていうと「そやな」なんていいのり。さうがさすが大阪人。こっちもいいのり。そこで、ビールから日本酒から沢山飲んで、そのあと知り合いの居酒屋へ繰り出した。メニューに「はまあざみ」とあるのを見つけて「なにこれ」ってきくと「高知の人間が知らんかね」と言われた。そしたら、お兄ちゃんが「室戸の浜にあるぜよ」と教えてくれた。このウドのおちびちゃんみたいなものが春を告げるものらしい。「どうやって食べるの?」「てんぷらがいいかな」こんどのてんぷらは、衣のついた普通のもの。さっきのてんぷらと発音も単語も変わらないけどどこかで使い分けているから土佐人って不思議。出来上がったてんぷらは、小魚のような感じで見た目もおいしそう。食べてみると大好きな牛蒡の味がした。「うまい」牛蒡よりも柔らかく香りが強くとても美味。高知は、食材の宝庫だね。無造作に食ってるけどとまたまた話が盛り上がって酒飲んで久しぶりにヨッパラってしまった。近くだから歩いて帰ってるんだけど斜めにふらふら気持ちいい。帰ったら、そのまま、眠ってしまって起きたら5時だった。それで、昨日は、パソコンまでたどりつけなかったんだ。今日は、ホワイトデーか。

その中の一つ炉辺というのか長火鉢に炭火を起こして干物やてんぷら(土佐ではさつま揚げのことをてんぷらという)を焼きながら飲める店の席が空くのを待っていると「おーい」と誰かが声をかけてくる。見ると、のん兵衛グルメの友達の兄貴すが。「ちょっと偵察に来た」とか言ってにこにこ笑っている。何の偵察か分からないけど早速二人が三人になって余計に席が取りにくくなったけどさすがのん兵衛だけあってここの店の人と知り合いで2席を確保してくれたそれに3人で腰掛けてキスゴ、潤め、さば、アジ、てんぷらを火に炙ってビールを飲んでワイワイとはじめた。隣に座ってた人が大阪弁で話すので「大阪からきたの」で話を始めて最後はてんぷら食べて、たたきも食べてなんてすっかり打ち解けて盛り上がった。「笹川良一が昔、人類はみな兄弟とか言ってたけど、あれは、高知の宴会のことだよ」なんていうと「そやな」なんていいのり。さうがさすが大阪人。こっちもいいのり。そこで、ビールから日本酒から沢山飲んで、そのあと知り合いの居酒屋へ繰り出した。メニューに「はまあざみ」とあるのを見つけて「なにこれ」ってきくと「高知の人間が知らんかね」と言われた。そしたら、お兄ちゃんが「室戸の浜にあるぜよ」と教えてくれた。このウドのおちびちゃんみたいなものが春を告げるものらしい。「どうやって食べるの?」「てんぷらがいいかな」こんどのてんぷらは、衣のついた普通のもの。さっきのてんぷらと発音も単語も変わらないけどどこかで使い分けているから土佐人って不思議。出来上がったてんぷらは、小魚のような感じで見た目もおいしそう。食べてみると大好きな牛蒡の味がした。「うまい」牛蒡よりも柔らかく香りが強くとても美味。高知は、食材の宝庫だね。無造作に食ってるけどとまたまた話が盛り上がって酒飲んで久しぶりにヨッパラってしまった。近くだから歩いて帰ってるんだけど斜めにふらふら気持ちいい。帰ったら、そのまま、眠ってしまって起きたら5時だった。それで、昨日は、パソコンまでたどりつけなかったんだ。今日は、ホワイトデーか。
どうでもいいことだけど、朝青龍にも言わせてあげればいいのにと思う。人は、自分が一番安全なところで話をするもんだから少ししゃべったと言ってワーワー協会が言うのはおかしいね。公務員の守秘義務でもあるまいし。よっぽど言われたら困ることがあるのかなと勘ぐってしまう。ましてや、やくみつるとか言う人がテメェの家のようにこっちは正義だけと言う態度でいうのもおかしい。こっちに言い分があればあっちにも言い分があるというのは当たり前のことじゃないか。たった一人の横綱の言動で壊れるくらいのガラス細工のような相撲協会ならないほうがましなんじゃないのかな。まるで、罪人扱いで聞く耳もたんじゃ相撲の発展はないね。問題ある横綱を作ったのは、協会と横審なんだからもっと反省しなきゃいけないんじゃないの。マスコミが一方的に朝青龍を悪者に仕立てようとするのを見るとまるで太平洋戦争の軍部を連想するね。殺人事件や、覚せい剤事件を起こしているところがあんまり正義ズラするとおかしいよね。まぁ、どうでもいいことなんだけど。
高知のソメイヨシノの標本木に桜の花が3~4輪咲きました。全国で一番早い桜の開花宣言です。早速、高知城の公園に見に行ってきました。気がせくのか、「桜が咲いちゅう」なんて言いながら子供のように喜ぶ中年のおっさんとおばさん。みんなが、たった3輪から4輪咲いてるだけなのにうれしそうに見ている。坂を下りていると帽子を被ったおばさんが「どっからきたの」と観光ボランチアのように親しげに聞いてくる。まぁ、これが高知のおばさんの普通なんだけど。聞きもしないのに「毎日ここを通ってかえりゆう」という。昔若い頃真っ黒に日焼けして頭にバンダナ巻いてこの手の人に今日と同じように言われたことを思い出した。あのとき「カンボジア」とか片言の日本語で言ったんじゃなかったっけ。そんなことを一瞬思い出していた。さぁ、春本番間近、何もかも桜色に染めて土佐路の春の開幕だ