
道の向こうの小高い丘の斜面、梢で小鳥が休んでいるような木が数本見える。何かと聞いたら「ねむの木の花」と教えられた。そう聞いた途端、なぜか「ねむの木学園」そして「宮城まり子」という思いが連続した。そのどれにも直接にも間接にもかかわっているわけでもないのに、この感覚は何なのだろうか。
名前だけ知っているがそれがどのようなものか全く知らない。ネットでHPを開いた。「たくさんのサイトがあるのに、ねむの木学園を開けてくださってありがとう」という挨拶が待っていた。開設から46年目という。学園は「肢体に不自由、知恵に遅れを持つ子、両親のいない子、家庭での養育困難な子などに生活教育を受けながら義務教育を、と作られた養護施設がスタートと知った。
宮城まり子、歌手だったことは知っている。歌詞を見れば歌える曲がある。「わたしゃ雪国薬うり あの山こえて村こえて 惚れちゃいけない他国もの 一年たたなきゃ会えやせぬ 目の毒気の毒河豚の毒 ああ毒けしゃいらんかね 毒けしゃいらんかね」。昭和28年に流行った歌謡曲というから中学1年のときだ。紅白歌合戦にも出たそうだから、NHKラジオで聞き覚えたのだろう。その2年後の「ガード下の靴磨き」、これも知っている。
ねむの木は合歓の木と表すそうだ。合歓には「家族が仲良くする、喜びを供にする」という意味があるとこから、学園の名前になったのか、とHPを読みながら感じた。ねむの木の葉は、夜になるとゆっくり自分で閉じるそうだ。それがまるで眠るようなので「眠りの木」が「ねむの木」に変化していったという。小高い丘の斜面で今夜はどんな夢を見るのだろうか。