おおやにき 供託金制度 2012年9月27日
下記東京新聞の記事を,一応踏まえての記事であるので「逆に真面目な市民運動家であれば支持者がきちんといるはずだから返還ラインを超えるか、少なくとも寄付などによって調達することは可能だと想定されたのだろう。前回選挙における最低得票当選者でも44000票は集めているので、真面目に当選しようと思ってるなら3万人から100円ずつか、3千人から1000円ずつくらい集めてこいと、そういう話になる」というのはものすごい攻撃的な言葉になるわけだが,対象とされる人々はそのことに気付くであろうか(反語的表現)。
東京新聞 供託金600万円 出馬足かせ 脱原発団体「高いけど集めるしか」 2012年9月24日
「小選挙区と比例代表に重複立候補する予定の山口さんに必要な供託金は六百万円。一人一万円ずつ計六百人から集めることを目標に、友人や知人らに声を掛けているが限界がある」
一万円と言えば大した額である。高給取りとされる職についている私ではあるが,そんな額の寄付金なんか,賞与貰った時くらいしか出さない。出した対象は震災義捐金(被災者でもあるが私個人はさほど直接的被害ないし)と本学学生に対する奨学金基金(学費払えなくなっちゃった子が出た場合の対策として積み立てつつある)。多少額を落として宮崎口蹄疫義捐金(私は一応農家の出身だし親戚が牛を飼ったりしていたのである)。
…ふむ,わりと高給取ってるとされるひとでも,よほどの思い入れがないと出さない額であるらしい。
……ということは,そんな平均(以上)を主要な・コアの支持者として想定するひとというのは,いったい「普通の市民」といえようか。たとえ自民党総裁選挙決選投票に臨むのであっても3500円のカツカレーなど高級すぎると言いたくなるようなひとが「普通の市民」なのだとしたら,だ。「カネモチコウムイン」以上の収入以上のひとびとに取り巻かれていて,さて,庶民感覚なるものは十分に発揮されるものであろうか。
となると,もっと気楽に街ゆく人でも募金箱にいれていくような,100円程度の額ならどうか。駅前の托鉢僧のもつ鉢に,わりとひとびとはぽいぽいとお金を入れていく。100円入れると微妙に驚くらしい雰囲気が伝わったりするが,1000円札くらいは入っていたりする。托鉢僧もとい運動員20人くらいで,一日ひとり一万(100円x100人)目標,週二回実行―4か月もあれば600万いくかな(※人件費除く)。
さあ,そこで「真面目に当選しようと思ってるなら3万人から100円ずつか、3千人から1000円ずつくらい集めてこいと」いう言葉をいまいちど読んでみれば―
…実に,実に厳しい言葉であるなあと思われる。
なお所属は「グリーンアクティブ」とあるので検索してみると
グリーンアクティブ 公式サイト
がある。ここの所属の人物であるなら,なんでもサポーター会員 年会費 一口 3,000円(複数口も歓迎)なのだそうだ。してみると自組織公認候補に供託金を用意しようとするなら,会員1000口分の年会費でそれを捻出可能なことが分かる。会員が3万口あれば,一口あたり100円(上掲おおやにきの挙げる数字の一つでもある)。無論全国組織である(はず)ので3万口どころではあるまい,国の動向を左右せんとするものであれば30万口くらいはあろう,というかそのくらい都合付けられんで国政に対する圧力もなにもあるまい。
とくると。
支持者の皆様にお声掛けさせていただいて,多少のご都合をいただくだけで,まあさしあたりは間に合うはずでしょう? 支持母体がしっかりしていれば,銀行からの融資も不可能ではないでしょう? というか,これをも一つの機会として広報活動を展開し,新会員獲得すべく,どぶ板選挙とかゆーヤツをやるべき時機なんではないでしょうか具体的にはさしあたり土日とか使って。
というお言葉にも,聞こえかねないわけだ。
っていうか私でさえ出張して頭下げやったり,とある仕事を振られて「ああ,現場の頭下げ係ですね了解しました」ってな感じだったりするのだが,政治家やろうという向きが取りあえず友人知人に声掛け…って,ちょっと対象範囲が狭すぎ頭下げる個所少なすぎでは。あとグリーンアクティブ政治部はもっと仕事頑張るといいと思う。組織の名前出して政治活動しようとする人間の教育とか。
下記東京新聞の記事を,一応踏まえての記事であるので「逆に真面目な市民運動家であれば支持者がきちんといるはずだから返還ラインを超えるか、少なくとも寄付などによって調達することは可能だと想定されたのだろう。前回選挙における最低得票当選者でも44000票は集めているので、真面目に当選しようと思ってるなら3万人から100円ずつか、3千人から1000円ずつくらい集めてこいと、そういう話になる」というのはものすごい攻撃的な言葉になるわけだが,対象とされる人々はそのことに気付くであろうか(反語的表現)。
東京新聞 供託金600万円 出馬足かせ 脱原発団体「高いけど集めるしか」 2012年9月24日
「小選挙区と比例代表に重複立候補する予定の山口さんに必要な供託金は六百万円。一人一万円ずつ計六百人から集めることを目標に、友人や知人らに声を掛けているが限界がある」
一万円と言えば大した額である。高給取りとされる職についている私ではあるが,そんな額の寄付金なんか,賞与貰った時くらいしか出さない。出した対象は震災義捐金(被災者でもあるが私個人はさほど直接的被害ないし)と本学学生に対する奨学金基金(学費払えなくなっちゃった子が出た場合の対策として積み立てつつある)。多少額を落として宮崎口蹄疫義捐金(私は一応農家の出身だし親戚が牛を飼ったりしていたのである)。
…ふむ,わりと高給取ってるとされるひとでも,よほどの思い入れがないと出さない額であるらしい。
……ということは,そんな平均(以上)を主要な・コアの支持者として想定するひとというのは,いったい「普通の市民」といえようか。たとえ自民党総裁選挙決選投票に臨むのであっても3500円のカツカレーなど高級すぎると言いたくなるようなひとが「普通の市民」なのだとしたら,だ。「カネモチコウムイン」以上の収入以上のひとびとに取り巻かれていて,さて,庶民感覚なるものは十分に発揮されるものであろうか。
となると,もっと気楽に街ゆく人でも募金箱にいれていくような,100円程度の額ならどうか。駅前の托鉢僧のもつ鉢に,わりとひとびとはぽいぽいとお金を入れていく。100円入れると微妙に驚くらしい雰囲気が伝わったりするが,1000円札くらいは入っていたりする。托鉢僧もとい運動員20人くらいで,一日ひとり一万(100円x100人)目標,週二回実行―4か月もあれば600万いくかな(※人件費除く)。
さあ,そこで「真面目に当選しようと思ってるなら3万人から100円ずつか、3千人から1000円ずつくらい集めてこいと」いう言葉をいまいちど読んでみれば―
…実に,実に厳しい言葉であるなあと思われる。
なお所属は「グリーンアクティブ」とあるので検索してみると
グリーンアクティブ 公式サイト
がある。ここの所属の人物であるなら,なんでもサポーター会員 年会費 一口 3,000円(複数口も歓迎)なのだそうだ。してみると自組織公認候補に供託金を用意しようとするなら,会員1000口分の年会費でそれを捻出可能なことが分かる。会員が3万口あれば,一口あたり100円(上掲おおやにきの挙げる数字の一つでもある)。無論全国組織である(はず)ので3万口どころではあるまい,国の動向を左右せんとするものであれば30万口くらいはあろう,というかそのくらい都合付けられんで国政に対する圧力もなにもあるまい。
とくると。
支持者の皆様にお声掛けさせていただいて,多少のご都合をいただくだけで,まあさしあたりは間に合うはずでしょう? 支持母体がしっかりしていれば,銀行からの融資も不可能ではないでしょう? というか,これをも一つの機会として広報活動を展開し,新会員獲得すべく,どぶ板選挙とかゆーヤツをやるべき時機なんではないでしょうか具体的にはさしあたり土日とか使って。
というお言葉にも,聞こえかねないわけだ。
っていうか私でさえ出張して頭下げやったり,とある仕事を振られて「ああ,現場の頭下げ係ですね了解しました」ってな感じだったりするのだが,政治家やろうという向きが取りあえず友人知人に声掛け…って,ちょっと対象範囲が狭すぎ頭下げる個所少なすぎでは。あとグリーンアクティブ政治部はもっと仕事頑張るといいと思う。組織の名前出して政治活動しようとする人間の教育とか。
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