BBC Japan flood: At least 179 dead after worst weather in decades 11 Jul 2018
「This is the highest death toll caused by rainfall in Japan since 1982.」
まあその、降雨によるものとしては約40年ぶりということで…大変だ。しかし
「"Food is in short supply. We have to eat instant ramen because the supermarkets don't have much food. We can't get much information about flooded roads, evacuation centre and where to get food," said the 24-year-old, who is still in Okayama.」
とあり、インスタントラーメンがまあまあ行き渡ったものと思われ、まだしもである。
さて、
関連:「広島・岡山の降雨被害の報道メモ(2018-07-10)」
の件で、あからさまに共産党シンパ・まあ党員じゃねえかなあというひとの発言中心に大賑わいをしているtwitter islandであるが:
引用だからデマじゃないもん、というのなら、社会を動揺させようという陰謀家が、乗るおばかを予定してデマ流し放題じゃねえか、とか。だから、できるだけ不確かなことを流さないようにとかなんとかするんであってだな。
関連:「デマ・かなり悪意の入った”自由な解釈”に対してどういう態度をとるか問われるのではないか(2018-07-12)」
関連:「被災地エアコン騒ぎに対するメディアサイボーグのご提案(2018-07-14)」
…まあ、かなりがんばって援護しようとする向き:
などについて、多少思う点があったので物のついででメモしようと思う。
これに対する答えは簡単で、
一撃必殺とはこういうのを言うかなあ、とか。
でなくとも、道路の都合で1時間くらいはずれるだろうし、もし総理大臣が来るゆえの忖度だとしたら、まー1時間程度で表明される格付けに、いったい誰がどのくらい満足するのかという話もあろう(勿論、これに対する答えには「安倍のような馬鹿なら、そうやって忖度されて喜ぶんだ」というものが予測できるが)。
…今回は端的に
という判断ミスがあったわけで、これを攻撃すればいいだけの舐めプレイ状態じゃないのか、なんで無理筋を攻撃するんだ、バカか、と私はおもっていたのだが、この状況に合理的な解釈を施すならこうだなあと思ったのが以下―
エアコン配備に忖度があったと主張する者は、二兎三兎を追っているのだ。
彼らにしてみれば、今回のエアコン配備について、その時間の差についても、安倍総理への忖度が働いていなければならないのだ。
このようなことにも当然のように忖度が入り込む、そんな政権の癖・病的な本質を露呈する、これはその一例でなければならぬ。
と、当然、ここから推測されるように、モリ・カケ問題も当然安倍政権の忖度的本質の先行例であるはずであり―
―自分たちはそのような安倍政権の病的な本質をいち早く気付き、指摘し、批判してきた、先見の明ある・本質を見通す目を備えた賢者たちなのである―という自意識がこれで確立する。
とまあ、このように「安倍政権の病的な忖度性質が一貫していること」という”真実”と、「そうした真実を透徹した視線で見通す賢者たる私」という認識とは、車の両輪のように相補的なものなのだろう。それゆえ、そうした論者はこの路線から離れられない。
ところが現物の安倍さんは、降雨被害情報収集チームの設置を急がないというスカを打ったらしいほどに勝負勘が鈍ったりする、わりと気楽なおっさんであり、そこはときおりノーガードで晒される。彼を潰すには、そうしたうっかりノーガードポイントをぶち抜けばいいんじゃねーかなーと思うのだが―
―しかし、反アベのひとたちにとっては、それでは「アベとそのとりまきの低劣な本性を透徹した視線で見通す賢者たる私」たる自己認識が得られない。それゆえ、純粋なポカに目を向けることができない。結果、安倍氏のポカは見過ごされてしまうのではないか。
つまり一言で言い直せば、反アベのひとたちの反アベ行動の相当部分は、彼らの自己実現活動の一環なのだ。従って、安倍政権を倒すと口ではいうものの、実際には、そのために合理的な行動を選択することは「二の次」になりかねない。だって、このひとたちにとっては自己実現のほうが大事なんだから。このひとたちが「アベ応援団」と揶揄されるのは、こうした理由によると思う。彼らは、「恐らくは英雄史観・英雄志願の欲望が強い人たちでもあるのだろう、己の名前でもって社会に一大影響を与える大運動を巻き起こし革命の英雄とならんとして、そのために一貫して「他ならぬこの私の活動」とラベルをつけないと気がすまないのだ。
こうして、二兎=自己実現、三兎=自意識の満足、を追っていればこそ、真に実現すべきとされる一兎=安倍政権打倒のチャンスは、ほぼかならず見過ごされる運命にある、ということになる。
「This is the highest death toll caused by rainfall in Japan since 1982.」
まあその、降雨によるものとしては約40年ぶりということで…大変だ。しかし
「"Food is in short supply. We have to eat instant ramen because the supermarkets don't have much food. We can't get much information about flooded roads, evacuation centre and where to get food," said the 24-year-old, who is still in Okayama.」
とあり、インスタントラーメンがまあまあ行き渡ったものと思われ、まだしもである。
さて、
関連:「広島・岡山の降雨被害の報道メモ(2018-07-10)」
の件で、あからさまに共産党シンパ・まあ党員じゃねえかなあというひとの発言中心に大賑わいをしているtwitter islandであるが:
このツイートに対して紫野さんのツイートが「デマ」だと言う人がいる。デマとは意図的に悪意をもって嘘を言うこと。紫野さんは友人の発言を「」でくくって紹介している。友人の発言が意図的な嘘か、紫野さん自身がありもしない友人の話をでっち上げたか、どちらかだとデマになるが、果たしてそうか。 https://t.co/llBw2osWEP
— 住友陽文 (@akisumitomo) 2018年7月12日
引用だからデマじゃないもん、というのなら、社会を動揺させようという陰謀家が、乗るおばかを予定してデマ流し放題じゃねえか、とか。だから、できるだけ不確かなことを流さないようにとかなんとかするんであってだな。
関連:「デマ・かなり悪意の入った”自由な解釈”に対してどういう態度をとるか問われるのではないか(2018-07-12)」
関連:「被災地エアコン騒ぎに対するメディアサイボーグのご提案(2018-07-14)」
…まあ、かなりがんばって援護しようとする向き:
世耕経産大臣のツイートによれば7月9日午後8時台には第二福田小にエアコンが到着、さらに午後9時台には真備町にエアコンが到着している。若干だが時間差があり、第二福田小近くの方が、なぜ深刻な被害が出ている所よりも早くエアコンが付くのかと疑念が出てもおかしくない。デマではない。
— 住友陽文 (@akisumitomo) 2018年7月12日
などについて、多少思う点があったので物のついででメモしようと思う。
これに対する答えは簡単で、
倉敷市の地図を見れば納得できるかと思います。 pic.twitter.com/EMnOE7gFZO
— ハチマキくろだ@みちのくティア F21 (@hatimaki_kuroda) 2018年7月13日
一撃必殺とはこういうのを言うかなあ、とか。
でなくとも、道路の都合で1時間くらいはずれるだろうし、もし総理大臣が来るゆえの忖度だとしたら、まー1時間程度で表明される格付けに、いったい誰がどのくらい満足するのかという話もあろう(勿論、これに対する答えには「安倍のような馬鹿なら、そうやって忖度されて喜ぶんだ」というものが予測できるが)。
…今回は端的に
これだから非難もされますよ。 pic.twitter.com/XlatELjAQI
— ぐちうら (@guchirubakari) 2018年7月12日
という判断ミスがあったわけで、これを攻撃すればいいだけの舐めプレイ状態じゃないのか、なんで無理筋を攻撃するんだ、バカか、と私はおもっていたのだが、この状況に合理的な解釈を施すならこうだなあと思ったのが以下―
エアコン配備に忖度があったと主張する者は、二兎三兎を追っているのだ。
彼らにしてみれば、今回のエアコン配備について、その時間の差についても、安倍総理への忖度が働いていなければならないのだ。
このようなことにも当然のように忖度が入り込む、そんな政権の癖・病的な本質を露呈する、これはその一例でなければならぬ。
と、当然、ここから推測されるように、モリ・カケ問題も当然安倍政権の忖度的本質の先行例であるはずであり―
―自分たちはそのような安倍政権の病的な本質をいち早く気付き、指摘し、批判してきた、先見の明ある・本質を見通す目を備えた賢者たちなのである―という自意識がこれで確立する。
とまあ、このように「安倍政権の病的な忖度性質が一貫していること」という”真実”と、「そうした真実を透徹した視線で見通す賢者たる私」という認識とは、車の両輪のように相補的なものなのだろう。それゆえ、そうした論者はこの路線から離れられない。
ところが現物の安倍さんは、降雨被害情報収集チームの設置を急がないというスカを打ったらしいほどに勝負勘が鈍ったりする、わりと気楽なおっさんであり、そこはときおりノーガードで晒される。彼を潰すには、そうしたうっかりノーガードポイントをぶち抜けばいいんじゃねーかなーと思うのだが―
―しかし、反アベのひとたちにとっては、それでは「アベとそのとりまきの低劣な本性を透徹した視線で見通す賢者たる私」たる自己認識が得られない。それゆえ、純粋なポカに目を向けることができない。結果、安倍氏のポカは見過ごされてしまうのではないか。
つまり一言で言い直せば、反アベのひとたちの反アベ行動の相当部分は、彼らの自己実現活動の一環なのだ。従って、安倍政権を倒すと口ではいうものの、実際には、そのために合理的な行動を選択することは「二の次」になりかねない。だって、このひとたちにとっては自己実現のほうが大事なんだから。このひとたちが「アベ応援団」と揶揄されるのは、こうした理由によると思う。彼らは、「恐らくは英雄史観・英雄志願の欲望が強い人たちでもあるのだろう、己の名前でもって社会に一大影響を与える大運動を巻き起こし革命の英雄とならんとして、そのために一貫して「他ならぬこの私の活動」とラベルをつけないと気がすまないのだ。
こうして、二兎=自己実現、三兎=自意識の満足、を追っていればこそ、真に実現すべきとされる一兎=安倍政権打倒のチャンスは、ほぼかならず見過ごされる運命にある、ということになる。
実のところ、「民主主義の敵たるアベ打倒という偉大なる大義」のため(政治目的)ではなく、「~に挺身する私」のための自己満足要素がけっこーあるよなこれ、というふうに考えてみた私である。