小松市天神町、梯(かけはし)川のほとり、小松城の表鬼門にあたる艮(うしとら)の位置に鎮座される「小松天満宮」。御祭神は『菅原道真公・前田利常公・白太夫神・応神天皇』。
由緒「明暦三年(1657)、加賀藩三代藩主前田利常公が小松城に穩居の折、前田氏の氏神である北野天神を城北に当るこの地に社殿を造営したのが始まり。社殿は北野天満宮の社頭を四分の一に縮めて造られました。建仁寺流(17代)加賀藩のお抱え大工「名工:山上善衛門」の手になる。」石川県神社庁HPより
社殿共々、国重要文化財指定の「神門」
「神門」入り口より神域を守護されるのは、少し変わったずんぐり体型の狛犬さん一対。体の割りに小さい尾、若干小さめのお顔。特に吽形さんのお顔は見慣れないタイプ。
社殿近くに奉納されていた社殿近くの「願かけ撫牛」。台座には「慶応元年(1865)六月 越前浜坂浦 城谷氏」の刻。海の大時化を教えた牛として、撫でると願いが叶うと信じられているそうです。
境内に建つ小松市指定有形文化財の「十五重石塔」。社殿創建時に作られと云われ、全国的にも珍しい物だとか。石材には藩主専用とされていた貴重な「坪野石」が使われています。
端正な道真公像の合格祈願絵馬。
境内の一画に、献木された「根上りの松」。こういう場合は根の部分をアップすべきだったと反省(-"-)
天満宮と言えば筆と筆塚。
筆塚の上の撫で牛さん。アップで見ると中々に好ましいお顔 (〃∇〃)
石川県で「実践倫理宏正会」を立ち上げた『上廣哲彦氏』が、昭和21年(1946)5月3日に「小松天満宮」で最初の朝起会を開催した事から建立された「朝起会発祥の地」碑。
色々と見所は尽きないのですが、何しろ境内に夕焼け色が忍び寄り始めた時間。画像はどれも薄暗く、後のアップが思いやられる有様。ラストは芭蕉さんの句碑。「奥の細道」の途中に吟じた句とも、また加賀の北枝亭で披露したものとも言われています。
別の場所に建立されていた『前田利常公:像』。御祭神という事でこちらで紹介。
参拝日:2015年10月21日
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『白太夫(しろだゆう)』、天満天神の眷属神。菅原道真に随行し、最期を看取ったとされる伊勢神宮神主の度会春彦(度会氏。松木春彦)とされる。
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