東京大学運動会ヨット部

東大ヨット部の現役部員によるブログです。練習の様子、レース結果、部員の主張から日記まで。

迷走録.03

2017年11月07日 11時05分53秒 | 全日本インカレ2017

こんばんは。元スナイプスキッパーの師田です。

 

先日の全日本インカレ終了をもちまして私の現役生活に幕が下りました。数日たってそう思うと何か、長い長い夢を見ていたような心地がするものです。Facebookを見れば未だに各大学の全日本インカレ速報が流れてきて、終わったと知っているのに、なんだか妙にリアルに感じて、はぁ、そうか、そう簡単に切り替えられないよなァ、と納得するときもあります。今日は海着を放出しに八景島へ行き、自分の荷物置き場はないし、布団もどこへやら、セーリングアイテムは全放出(貰った一年生、絶対、辞めないでな)と引退三拍子が揃った瞬間も、イマイチ現実感がないものでしたな。

 

さて件の全日本ですが、個人的な反省というか、今のレースはこうすればよかったね、というモノが最後の最後まで尽きない中(本当に、悔しいものなのですよ。)、未熟な私を最後までサポートしてくれた下級生たち、ブラックにかかって最終日のレースに参加できないかもしれないのに、最後までスタートのアドバイスをしてくださった小松コーチ、福井に実際来てくださったOB,家族、物理的に近くなくとも、メッセージで励まして下さった方々、、、その、本当に多くの方々には感謝が尽きません。2年生くらいで少しずつ感じられたことなのですが、そんな方々の支援、ご声援に囲まれた環境で部活をやっていくうちに、私のセーリングは、ただ一選手として勝利欲を満たすものではなく、周囲との関係において成立するもの、期待を背負い、結果で返し、また応援をもらい…というインタラクティブな関係のなかで逞しく、成長してきました。それはきっと、セーリングスキルにとどまらないものでしょう。だからこそ、関東決勝の結果は個人的に悔しいばかりか、周囲にも申し訳なく、思い返しては苦い、苦い思い出になったわけです。そして全日本も決して晴れやかな有終の美とは行かず、重ねて悔しいものなのでした。

 

そして、もっと思うことがあります。それは、去年この体験をしていたら、この1年間まるで変わるなと。小松さんのおっしゃっていた、「目指すなら、ワセダと同じ日本一を目指すくらいの気概でいてほしい」、そんな言葉が、全日本という舞台を終え、求められるレベルの高さを見た今なら、真に心を打つのです。想像もつかない目標に、どこか、等身大ちょっと上、そんなシビアさで許すような心理があったような、そんな気は、なかったろうか。。。。少ないレース数、上げ潮のコンディション。あんなに一緒にいて、距離として近くにいた早稲田のシビアさの横で、自分は真に彼らと同じシビアさで練習し続けていたのか。。。。決して自分を甘く許していた気はしてなかったのに、よりレベルの高い学生大会を経て、ここに来てそんな感覚があるのです。

 

さて。この気持ちは残った自分自身の人生で精算せねばならぬと思う傍ら、後輩たちが来年、気持ちよく、この思いを全日本の海で晴らしてくれること、自分が為し得たかもしれない成長を見事、やってのけてくれることを、私は期待しないわけにはいかない。かつて先輩たちが、私たちに期待してくれていたように。泣いても笑っても4年で新陳代謝されていく伝統が生んだ、旧く、ずしりと重く、美しいこのバトンは、八景島で入部宣言をした3年前のあの日から、知らぬ間に持たされのだろう、気付いたらずっとずっと握って、ここまで走ってきたものだった。このバトン、雪の日の練習やら、納会の大笑いやら、汚い合宿所のニオイやら、ムダに色々な思い出も、いっぱいに詰め込んであるのだが。ふむ。きっとあの愛すべき後輩たちが、しっかりと掴んでくれていることだろう。と、信じて、今日の八景島の帰り、私はもう、手放すことにした。

 

4年間ありがとうございました。以上で擱筆させて頂く。

 

p.s.どうやら持ち帰ろうとしていた船舶免許も道半ばで手放していたらしく、申し訳ないと思う。