東京大学運動会ヨット部

東大ヨット部の現役部員によるブログです。練習の様子、レース結果、部員の主張から日記まで。

西宮で会心のレースが見たい

2019年10月09日 16時01分42秒 | レース反省

2年470クルーの廣瀬です。サポートメンバーを代表して今回の秋インの反省をしたいと思います。

470チームは目標の6位入賞には届かなかったものの9位と85点差の8位で無事に全日本に行くことができました。

とりあえず、サポートチームとしては春インのようなくだらないPTPをつけることもなく、レガッタを終えられたことに安心しています。全日本でもトラブルなくサポートすることが上位校と競ることの必要条件であると思います。準備には時間をかけて丁寧にやっていきたいと思います。

しかし、7位の明治とは151点差、6位の明海とは168点差もついてしまいました。全日本で総合入賞を目指すのなら厳しい点差である事は間違いありません。慣れない海面で上位校に負けないためには海面の調査を中心としたレスキュー艇からの情報が大切です。上位校に勝つサポート力をこの1ヶ月で必ず身につけて、総合力で他校と勝負して、西宮で先輩達の会心のレースをこの目で見たいと思います。

レスキューに乗っていて1年生を中心とした珠屋メンバーが瞬時にリザルトを出してくれてやりやすかったです。全日本でもよろしくお願いします。

また、西坂さんや角出さんが乗ってくださったことで、レースメンバーだけでなくサポートメンバーも安心してレースに臨むことができました。お忙しい中ありがとうございました。

来年、再来年と必ず全日本に出て上位校と競るレースをするためにも4年生との残り少ない時間を貴重にして、技術をしっかり盗んでいきたいです。

まとまりの無い文章となってしまいましたが、ここらへんで終わりにします。

自分は両クラスでの全日本が初めてで、どこまで自分たちの力が通用するのかワクワクします。部員一同一丸となって残り1ヶ月走りきるつもりですので、ご支援ご声援のほど宜しくお願いします。

全日本に向けて。

2019年10月09日 15時57分00秒 | レース反省

470チーム1年の調です。

関東インカレ決勝が終わりました。
東大は無事両クラスでの全日本インカレ出場を決めました。

両クラスでの出場は2年ぶりとのことで、2年前はどんな感じだったのだろうかとブログを遡っておりましたら、印象的なブログを見つけました。

それは、2年前の主将の角出さんのブログです。

とても感動したので、貼っておきます。

話を戻すと、決勝の間、1年生は全員陸におり、僕はたまやを担当していました。

1日目は爆風によるノーレース。

2日目は微風のなか4Rが行われました。
朝のミーティングでは、小松さんが、最初は特に文字を付けないことが重要だと、強調していました。
そして、実際のレース。9位の横国がDNFやUFDを付ける中、東大は文字を付けずに堅実にレースを運び、着実に点差をつけて8位。
たまやではマーク回航順位が直ぐに届きます。
大概リコール艇は前の方を走っています。でも、どんなに良いレースをしても、リコール艇は46点。ノーケース・ノートラブルの重要性が分かりました。

3日目は強風。朝のミーティングにおける小松さんの言葉が印象的でした。
「初日に文字を付けたチームは、文字を付けまいと心に決めて2日目を迎える。そこがチャンスなんだ。」
文字を付けないが故に、次からも自分たちの戦い方が出来る。勉強になりました。


葉山に引っ越してからは、インカレに向けて1年生はサポートに回り、基本ヨットには乗れませんでした。
レスキューの上からひたすらコース練習を見ていたのですが、インカレ直前の本気の各チームを観れたことは、1人でホッパーに乗ることよりもきっと勉強になったのではないかと思います。

勿論、乗りたい気持ちはありましたが、自分はスーパーサブを目指そうと思い、動画撮影やコース練のメモ、レスキューの備品整備を頑張りました。

葉山練の間、紺碧に乗ることも多かったのですが、やっぱり早稲田はサポートメンバーも本当に優秀です。
1人1人がチームに何が必要かを分かってる。
ヨットの技術で早稲田に劣る東大だからこそ、そういったところはどこにも負けたくないと思います。

全日本に向けてサポートの1年生のボクらも一層精進して参ります。


東京大学運動会ヨット部 調亮太郎


塞翁が馬

2019年10月09日 10時43分00秒 | レース反省
塞翁が馬。



実はこうなるような気がしていた。
だから、大会前にブームにこの言葉を書いた。

過去になく、大変なレガッタだった--。


お疲れ様です。スナイプスキッパーをしております、3年戸沢です。
先週末、全日本出場をかけた関東インカレ決勝が行われました。

正直なところ、もっといけた。この1年間、もうスナイプチームは全日本出場を目指すチームではなく、秋インカレや全日本で入賞を目指すチームになっていたし、チカラはあった。

それを他2艇が証明してくれた。
吉武/長岡の船が1位を取れたのも、まぐれなんかじゃない。3位で回航したはずなのに、そこから抜いていっているし、抜いて1位を取るには勝負するコース引きをしなければならないはず。3位を守りきるようなコースを引いたのではなくて、3位でもまだ前に出ようとするチームになった。

ご存じの人も多いかとは思いますが、自分はこの大会の1ヶ月前に右手に全治1ヶ月の怪我をしてしまいました。
本当に辛かった。
ちょうどその頃、実力がついてきてる自信もあったし、前のブログにも書いた通り、結果も出るようになっていた。

家に居てもいてもたってもいられなくて、何度も部活には戻ったけど、サポートするだけでも怪我が悪化して。今は治すことが自分の仕事なんだって。

そして、大会の3日前に練習がやっと再開できました。

初日は風がなさすぎたし、初日から一日中出れないということで2時間でハーバーバック。前よりいろいろなことにセンシティブになっていて、スピードは悪くないなって思えて。なんなら前より早い気がするって話をして。

そして次の日、早稲田とのコース練をしました。
7レースやって、過去になく前を走り続けて。やっぱり感覚は悪くなかった。


そして、レース当日。

ブームに書こうと選んだ言葉は



塞翁が馬。

(【意味】人間の禍福は変転し、予測できないことのたとえ。また、だから容易に喜んだり悲しむべきではないということ。)

怪我してたからといって、だめだだめだなんて思っちゃいけない。実際、ヨットに乗るのが久々だったからこそ感覚が研ぎ澄まされてた。だけど、前々日のコース練で走ったからといって、そんなに簡単に前を走れると思っちゃいけない。

レース中だって、前を走ることも、後ろを走ることも、トラブルだってたくさん起こる。
一喜一憂なんてしない。
そう思ってこの言葉を書きました。

正直なところ、多分どこか自信がなかった。。
みんなはずーっと練習してきていたのに、自分は休んでいたっていうのがどこかにあって。

久しぶりに練習に戻ってきたら、コーチにも仲間にも、みんなスタートが昔より厳しくなってるから気をつけろって言われて。
スタートでも弱気になっていた。
初日はあまり上手い人がいなかったり、空いてたりする真ん中から出続けた。

いつもエンドの5番以内からしか出たことないのに。これまでスタートは得意な自信があったはずなのに。

レースはいつも通り。

これが鉄則だった。でも、今回だけは自分の中に"いつも"がない気がした。

最初の1.2レースは悪くなかった。
スタートは上手くいかなかったけど、ボートスピードでカバーしていた。
実際、上マークまでは順位も悪くなかった。なのに、1レース目は他の船のトラブルに巻き込まれて上マーク付近で止まって。2レース目はそれを取り返そうとポートでレイラインにねじ込んで二回転。

何もかもいつもと違ってきた。

どんどん守りに入るようなヨットになって。何もトラブルがなくても順位もとれなくなった。

2日目。

考えてみると、正直、周りのスタートの技術は言われるほど大したことなかった気がしたし、吉武にそういう時はスタート動画を見返すとイメージが取り戻せるからいいよと言われて、前夜に見ていたらエンドに並んでもいける気がしてきて。
いつも通り、エンドから5番以内に並んで出るようにした。

実際、スタートは上手くいった。

スタート後の見え方が良いと自信が取り戻せるってこういうことなんだって。

でも直ぐにアクシデントが起きた。
1レース目にクルーのフットベルトが取れて、クルーが落ちてしまった。
10メートルオーバーの風予報。フットベルトなしでは走れないので、2分程かけて直した。
ティラーが離れて予期せぬタックもしてしまった。
そして上回航する時には、前の船が小さく見えるほど離れていた。

クルーの大善と、「抜かし甲斐があるな笑、本気で抜いて行こう!」って話して。
周りの音が聞こえなくなるような感覚があるほど集中してた。ボートスピードも過去になく良くて。その集中力は大善も同じようで、真剣さは伝わってくるし、本当にいいコースを引いてくれた。

そして、24位フィニッシュ。
あの強風の中であれだけ離れていてここまで抜いてこれるんだって。自信になった。

大善がその日重くなるようにパーカーを着ていたけれど、レース前に濡らすのを忘れていて、あの落水があったからパーカーが濡れて、早くなったんだよなって話をして。

塞翁が馬だねって。

2レース目。
下マークで前の船に追いついて、衝突回避でマークタッチ。回転を取り戻そうと、センターを下げないで攻めたジャイブをしたら沈。
最後まで、1点でもあげようとしたけれど、

結局44位フィニッシュ。

心が折れかけた。
でも、その時聞かされたのが

吉武がトップフィニッシュだったという吉報。

次こそ、自分が走ってやるって本気でそう思った。
それもあって、次のレースは1上6位、2上で他艇を抑えるタクティクスでコースを引かないで順位を落としてしまったけれど、フィニッシュ16位で帰ってこれた。

終始、他2艇に支えられたレガッタだったし、普段やったことのないことをやって失敗をし、どこか勝手に自信を無くしていったようなレースだった。
普段はコースも一緒に引いていたのに、それが自分の取り柄だったのに、そんな余裕もなかった。

振り返ればこの一年、ハーバーに自分たち1艇だけ。そんな日もあった。怪我した理由も医者にヨットに乗りすぎで、手の使いすぎと言われ。
自信なら持てたはずだった。

全日本では自分が引っ張っていくレース展開をしたい。そして、元々の目標であった、全日本で結果を出す。

なので、これからも応援よろしくお願いします。
そして、全日本では見ていてください。
毎度長い文章読んで頂きありがとうございました。

ps...
大善へ
大変な思いさせたね。もっと前走れるはずなのに走れなくて。大善から、どうにか自信や元気を取り戻させようとしてくれている感じがあって、嬉しかった。
本当にありがとう。

サポートへ
本当にありがとうございました。みんなの分ももっと結果を出したかったけれど、申し訳ない。また前走って結果で恩返しするので待っててください。
そして、特に永田。ありがとう。本当に心強かった。自分が怪我した時も永田が何とかしてくれるって思えた。全日本でみんなで結果を残そう。これからも宜しく。


それでは。

東京大学運動会ヨット部3年 戸沢真矢