降って来るもの

写真と散文とぽえむ

HITOなれば

2018-12-05 20:23:16 | 詩16

               Hitoなれば


明けれも暮れても

同じことを繰り返すのが

 生きているという事だけれど

万人に共有されるのは

 誰にも等しい恩恵は

安易に呼吸できるという

そこだけで

 つまりは

それが生かされている事の

唯一の平等の保証なのだ


附与された生死の間を

どのように”イ・キ・タ”のかは

一に掛かって

 それぞれの意識の

有り様に委ねられている


生まれてくる奇蹟

それゆえヒトは

その一期一会に相応しい

 inochiの分秒を

こころして継ぎ足してゆかねばならぬ


それが天恵への

 宿命の恩返しになる

罷り間違っても

それを仇でなど返してはならぬ

 hitoなれば・・

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心訓抄Ⅱ.50

2018-12-05 17:07:33 | 心訓抄.Ⅱ

               50.幻の糸も


一方通行の想いが

残滓のように残れば

きっと

アナタとは繋がっていないのだ

どんなに近づいたとしても

結ぼれは作れないのだ


もしかしたら

交わることが叶えられない

悲願のように

其処に有るのだ


どんなに縒り合うitoを望んでも

織り込んでゆけない

幻の糸も有る


千手の掌から垂れるitoには

切望しても尚掴めない

どうにもならない

itoもあるのだ・・

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菩提山正暦寺~福寿院へ~

2018-12-05 06:30:07 | お出かけ

 古の寧楽の都の東に連なる山々の深山幽谷の中にそのお寺は有った。992年-正暦3年-一条天皇の勅命によって創建された勅願寺。威容を誇った当時の面影を偲ばせる「正暦寺」は、豪華絢爛の錦繡の秋の撮り納めに相応しい地だった

 我が家からで40分位の距離にあるのだが、ここが紅葉で名高いところだとは露知らず。女房と二人どんな風景に出合えるのかと、いそいそと出かけたのだ。

 予習では3000本を越える楓と1000株以上の南天が色ずく頃を総称して「錦の里」とも言われているらしいのだ期待に違わずの佇まいに、何時もの事ながらシャッターを押しまくっては女房を閉口させた。今朝はその①を

快晴に

噎せ返るような鮮やかな色合いに包まれた参道が続く・・

先ずはメーンの「福寿院客殿」からの晩秋の風景を

既に他にも人が居て、自由気ままにレンズを向けられなかったが・・

膝痛で正座して庭園をじっくりとは

12/2 まだ見頃の残る紅葉の里

本殿に向かって錦の襖の間を抜ける

撮り納めの地に過不足なし

1000株もの南天の真紅がさらに華燭の色合いを加える

散紅葉も散銀杏も素晴らしい

本堂へ

                                   12/05 06:30 まんぼ

 

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